瀬崎祐の本棚

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詩誌「歴程」 615号 (2023/05) 神奈川

2023-05-17 11:33:17 | 「ら行」で始まる詩誌
93頁に同人28人の作品を載せている。

「おもいだすこと -黒田喜夫」田村雅之。
作者はとにかく博識である。それに永年の編集者活動から、今は亡い著名詩人との交流も多かった。作者は晩年の黒田喜夫に頼まれて集めた資料を自宅に届けたのである。そしてまもなくして訃報が入るのである。葬儀には胡座をかいた中上健次や谷川雁がいたのである。

   それでも周囲に流れる空気は
   澄んだ、幾分か高貴な
   こころざしが流れていて
   清らかな時間だったことを覚えている

その人の思い出をどのように切り取るか。甘くもならず、感傷的にもならず、それでいて故人を悼んでいる作品となっていた。

「刀身」中井ひさ子。
「研いだばかりの/短刀」に対峙している。無駄を省いて、ただ切るという目的のためにだけ鍛えられた存在があるわけだ。そのように研ぎ澄まされると、物でありながら精神性まで孕んでしまうようだ。

   瞬時に
   相手の思いが
   刀身に映るって
   ほんとか

短くそろえられた詩行が短刀の鋭い切れ味をイメージさせて成功している。最終連は1行だけ。「切られたのは私か」。お見事。

「アンモナイトホテル」黒岩隆。
浜辺でホテルの名前を忘れた夢を見た私は「浜辺に置いてきた/迷子の私が心配になる」のだ。だから、もう一度夢に入って「駐在所の前のベンチで/白い巻貝を蹴っている私に」教えてやろうと思うのだ。

   ほら
   その巻き貝に入るんだ
   桃色回廊の
   ドアを次々開けてゆけば
   祖母がいる
   母がいる
   まだ生まれない砂粒の私がいる

タイトルは迷路のように螺旋形に部屋が続くホテルを想起させる。そこでは時間も空間も捻れていて、どこまでも懐かしいものを探すことになるのだろう。

編集後記に「新藤涼子さんを偲ぶ会」が開かれた旨が記載されていた。
コメント
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