瀬崎祐の本棚

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詩集「夜のバザール」 山本博道 (2022/05) 思潮社

2022-06-01 22:06:05 | 詩集
第17詩集。125頁に25編を収める。

すべての作品が、カンボジア、タイ、ミャンマー、バングラデシュ、ベトナムといった東南アジアの地を踏んで書かれている。読む者はそれらの異国風土に否応なしに連れて行かれる。
「寺院の階段」では、話者はミャンマーにある古い寺院の不ぞろいな石段を上っている。沢山の人が「芥川龍之介の蜘蛛の糸のように上が」っていく。最上階のテラスには柵もなく、話者はおそるおそる眼下に広がる光景を見ているようだ。そして気がつけば、

   それまでいた人たちはいつ下りたのだろう
   もう人影はほとんどなかった
   こんどは一段一段と急階段を下りていく
   鉄製の青い手すりを命綱にして
   ぼくは裸足で下へ下へと石段を下りる

まるで異界に一人取り残されたようだ。そこから慌てて下りてきた場所は、はたして元の場所だったのだろうか。千年前の寺院の最上階を訪れてしまった話者には、異なる光景が待っていたのではないだろうか。

「泥棒市場(タラート・クロントム)」はバンコクでの作品だが、その市場の露天には、およそ廃品としか思えないような品物が並んでいる。そんなものが商品となる地に作者はいる。そしてホテルに戻ろうとして乗ったトゥクトゥクは、「再三再四念押ししたのに」「おかしな道ばかり走って」いつまでもたどりつかないのだ。ここでも、作者はあの地から変貌を遂げて帰還したに違いない。

「サータイ市場」はホーチミンでの作品。話者は誘われるままにガイドのバイクに乗って中華街や古刹をめぐる。そこはデュラスの小説「愛人・ラマン」の舞台にもなった街で、

   二人が逢瀬を重ねた部屋の近くには
   フーさんのバイクは通り過ぎたが
   切り落とされた豚の足や葉物野菜や洋服や
   花や魚のサータイ市場がある

このように作者は日本から離れた非日常の地に身を置いて作品を書いている。もちろんその題材に読む者はまず引き込まれる。しかし、そこに書かれているのが単なる非日常の風景、事物だけであれば、それは紀行文であり、旅行記で終わってしまう。そこに広がった光景によって作者のなかでもつれ合った何かが描かれることによって、この詩集の作品は成り立っている。
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