瀬崎祐の本棚

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詩集「鳥のうた」 中村不二夫 (2019/09) 土曜美術社出版販売

2019-10-08 18:16:05 | 詩集
第8詩集。105頁に24編を収める。
 「別れの時」は辻井喬氏に捧げられた作品。業界人としても多忙であった氏に、若かった作者がサインをねだった逸話が詩われている。そしてその人が書いてくれた詩句が私を励まし続けてくれたのだ。

   今日の空の深さは その人の歩いた孤独な道のりだ
   この先 どうか優しさを忘れず生きて行くように

 おそらく辻井氏は覚えていないような事柄だったのだろうが、人の関わりの不思議さを感じてしまう。

司修デザインのカバーには、四つに仕切られたピカソのゲルニカの絵の前に置かれた二脚の椅子が描かれている。そして作品「ゲルニカ」は、その壁画の前に立った話者の独白である。フランコ軍と手を組んだナチスドイツの無差別爆撃のこと、それに抗議して大作を描いたピカソのこと、我が国の集団的自衛権の強行閣議決定のこと、そしてゲルニカのその日の一女性の再現された部屋のこと。

   机の前にはペンとノート ラジオからは歌が流れている
   彼女は最後に何をそこに書き留めようとしたのか
   きっとそれは命を奪おうとする者への抗議の言葉ではない
   彼女は彼女の「ゲルニカ」を残し その短い生涯を閉じた

圧倒的な迫力で向かってきたであろうピカソからのメッセージを受け止めた作者が、この作品にはあった。私(瀬崎)は写真でしか見たことのないあの壁画だが、実際に対峙したときにはどのような思いにとらわれるのだろうか。

 詩集最後に置かれた「光の手」は清々しい作品。入院生活を終えて院外へ歩み出した話者は、その開放感に無上の喜びを感じている、そのことをまさに正々堂々と詩っている。抑制されたものがあったからこそ、今はかすかな光にも自己肯定をすることができるのだろう。虹は「生きとし生けるものに祝福を与え」ていて、

   ぼくの心は向かう 祈りのような空へ
   明日になれば きっと病める者は立ち上がる
   そのことを確信し ぼくは光の輪を潜った

 その幸福感は我が事だけにはとどまらずに、院内に残してきた者たちへの思いへもつながっていく。
 帯には新川和江の言葉「キリスト者の清潔な詩集に」とある。たしかにどこまでも清廉潔白な詩集であった。
コメント
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