瀬崎祐の本棚

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詩集「青挿し」 中村梨々 (2018/04) オオカミ編集室

2018-06-05 18:01:27 | 詩集
第2詩集。107頁に31編を収める。巻末に広田修の「てびき」が載っている。
「廃屋」では、「またひとりいなくなったと/誰かがわたしに告げる」のだ。季節は夏のようで、すべてのものの影もくっきりと濃いような気がする。あまりにくっきりとしているので、かえって捉えることが不安にもなるようだ。そこは”廃屋”ではなくて、人が居なくなる場所なのかもしれない。

   いないものに囲まれた家で
   ことばは隅々にまでゆきわたり
   無言のやさしさを柱時計に刻む
   その、ほんのわずかの振動で
   目覚め
   始まるものがある
   いる

この詩集では、青色、夏、そして海が繰り返しあらわれる。季節は巡り、二月の風や春もあらわれるのだが、それは夏を待つ季節であり、夏を迎えるための季節である。

「ツンドク」。タイトルの意味はよく判らないが(まさか”積ん読”?)、話者は「日々に戻れる方法はいくらでも知っています」という。ということは、今は通常の日々ではないわけだ。

   いつも履く靴のなかでお湯が煮えていました
   二月に夏のコーヒーを淹れようとしたのです
   また別の日
   カーディガンに腕を通す途中で電車にさらわれました
   冷たい切符を掴もうとする指先が粉々になる
   それしかないような蓋がある

 こんなことで今の状態から抜け出せるのだろうか。そして、どこか話者には余裕もあるように感じられる。それは独特の美意識のようなものが崩れずに保たれていると感じられるからだ。

 この詩集全体を覆っている軽やかなイメージは、くっきりとした物事の輪郭、どんなことでも醜い拒否を振り切った前進感、そんなものから来ている。それを浅いと捉える人もいるかも知れないが、この透明感は悪くないと思う。
コメント
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