瀬崎祐の本棚

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詩集「海辺のまちの小さなカンタータ」  柴田康弘  (2015/03)  書肆侃侃房

2015-04-13 22:45:25 | 詩集
 第一詩集。108頁に23編を収める。
 「八月」には美しい暗喩が散りばめられている。たとえば冒頭近くでは、「セミの羽根を拾い集めながら/八月の斥候たちが/消えた夏の神々を捜している」。とても明るい季節の中に潜んでいる不安感ははっきりとした形をもたないのだろう。名付けることもできないのだろう。だから暗喩を語るしかないのだろう。あまりにも美しすぎることが気にはなるのだが。

   真昼の水平線の向こうでは
   さまざまな矛盾の重みをのせた
   いく枚もの白い天秤の受け皿が
   いつまでも危うい均衡を保ち続けている

「冬の階段」では、アパートの階段を昇りながら死者が還ってくることを思っている。だから「一段一段昇るごとに/どんどん背中が重くなる」のだ。そしていまこのときに真冬の海底で流れている時間を感じているのだ。「弔われるひとと/弔うひとの共有する時間」というイメージが鮮やかである。死者と出会うためには、そういった隠された時の場所へ自分を解き放さなければならないのだろう。

   その靴のかかとのあとから
   追いかけてくる靴音の意志を通して
   ぼくはこの季節のさまざまな幻滅やかなしみを
   厳冬の海に絶え間なく打ち寄せる岩礁の波しぶきとして
   かんずることができる

 どの作品もていねいに書きとめているのだが、その場所からいつまでも立ち去ろうとはしない様子が感じられることが、いささか残念だった。描いてしまったからには、そこから立ち上がらなければならないだろう。それが書いてしまったことの意味だ。
コメント
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