瀬崎祐の本棚

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Aa  5号  (2012/09)

2012-09-19 17:42:22 | ローマ字で始まる詩誌
 5人の同人、高塚謙太郎、タケイ・リエ、荻野なつみ、疋田龍之介、望月遊馬、が「ニコニコした魚の起源に浮かぶ酒のはなびら」という同じタイトルで作品を書いている。
 しかも、今号ではどの作品の頁にも作者名が記されていない。最後の素っ気ない目次のような頁にタイトルと作者名が記されている。したがって、誰がどの作品を書いたのか、まったく知らないで読むことが出来る。

 2つの面白い試みが同時になされているといえる。
 与えられたタイトルで作品を書くということは、その与えられた言葉が自分の中に抱えていたものとぶつかりあうということになる。あるいは発火されるといってもいいかもしれない。与えられて言葉によって惹起されるものもあるわけだが、それも自分の中にあったものに他ならない。
 さらに、常に揺れ動く自分の、それはその時の自分ということもある。もちろんなにがしかの時間的な猶予はあるわけだが、イメージ的にいえば、その言葉を与えられた瞬間の自分が抱えていたものがあらわれるわけで、他の時の自分が抱えていたものではない。その時の自分での勝負となるわけだ。これもぞくぞくとするようなことである。

 もうひとつの試み、作者を知らずに作品を読む、ということも意外に新鮮であった。初めて作品を読む作者の場合は別だが、それまでに知っている作者のはずが判らなかったりする。逆に、ああ、これは、とすぐに判る作者もある。どちらもそれぞれに面白い。
 作品にまつわる、というよりも作者にまつわる緒事情、情報を知って読む場合と知らずに読む場合の違いは何なのか、そんな情報は作品を読む場合に必要なのか、ということを改めて考えさせられた。
コメント
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