桑の海 光る雲

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大雪の山々に登る⑥ トムラウシ・その2

2005-06-19 22:15:02 | 旅行記
早朝に起き、いよいよトムラウシ登頂である。

ヒサゴ沼の岸辺に着けられた木道を歩き、ヒサゴ沼の水源になっている雪渓までやって来る。ここから雪渓をしばらく登る。大きな雪渓なので、踏み抜きの心配はないが、私は雪渓歩きはあまり得意でないので、2回目の時は雪渓を外れ、雪の解けた斜面を歩いた。

雪渓が終わって間もなく、道は化雲岳からトムラウシに通じる道とぶつかる。ここで荷物をデポし、南にあるトムラウシに向かう。

歩き始めから岩が積み重なる間を縫うようにして歩く。所々に池や沼、湿地などが点在している。特に日本庭園と呼ばれる辺りはまさに京都の寺院にある池泉庭園、あるいは枯山水庭園さながらの光景である。中でも天沼周辺は、苔むした石の造形、朝の青空を映した美しい沼、岸辺を彩るイワイチョウの緑の葉と白い花、岩の間にはチングルマやエゾノツガザクラなどの花々が咲き乱れており、自然の造形の妙には驚嘆せずにはおれない。

日本庭園を過ぎるとロックガーデンと呼ばれる大きな岩が積み重なっている地帯に入る。ここはこのコース最大の難所で、斜度はほとんどないのだが、大きな石を飛び越えたり、よじ登ったりして、歩きにくいことこの上ない。2回目の時、トムラウシに入る前にゆわんと村で泊まり合わせ、五色岳の山頂でばったり再会し、ヒサゴ沼でも一緒だった自治医大のグループは、山頂で日の出を見るために、暗いうちに出発したそうだが、暗い中でこのロックガーデンを歩くのはさぞかし大変であったことだろう。

ロックガーデンを通り過ぎ、ややきつい斜面を登り切ると、緩やかな稜線を描く山の向こうに、ついに目指すトムラウシの山頂が見える。道は山頂めがけてまっすぐに付いている。きっと私と同じ道を歩いてきた人は、皆ここで歓声を上げたに違いない。そんなことを考えずにはおれない感動的な光景である。

振り返ると化雲岳山頂にある”化雲のへそ”がはっきりと見える。そして、その向こうに表大雪の山々が勢揃いしている。化雲岳から続く道が所々に見える。あの道を私は歩いてきたのだと思うと、我ながら自らの脚力に感心してしまう。

緩やかな稜線を描く山を登り切ると、眼下に北沼が見える。北沼まで一端下り、そこから山頂への最後の登りが始まる。これがまたきついのである。先ほど歩いたロックガーデンに斜度が加わり、ロックガーデン以上に歩きにくい。しかも、ロックガーデンと異なり、矢印等が示されていないので、どこをどう歩いたらいいかわからないのである。また、そのためか、踏み跡があちこちに付いており、紛らわしいことこの上ない。しかし、念願の山頂を目前にしては、そんなこともあまり気にならない。

そして、念願の山頂にたどりついた。ただただ喜ばしく思った。これまでいくつもの山に登ったが、これほど登頂の喜びを感じたのは、利尻山とトムラウシだけである。深田久弥の「念願の頂に立てた喜びは無上であった。」という言葉は、きっとこのような思いを言うのだろうと思った。

山頂は岩の積み重なった火口の縁である。トムラウシにも火口があり、それが小さな池になっていることを初めて知った。1回目の時は2,000メートル付近に雲がかかっており、表大雪、ニペソツ山、十勝岳、遙か遠く幌尻岳だけが雲海の上に頭をのぞかせている、大変印象的な光景を目にすることができた。2回目の時は、雲一つ無い、無風の、まさにドピーカンの天気だった。やや硫黄臭い臭いがしたのは、十勝岳の噴煙によるものと思われた。

それにしても周囲の山々の眺めのすばらしさと言ったらなかった。表大雪、十勝岳連峰、芦別・夕張岳方面の山々、石狩・音更連峰、そして前々日(2回目の時)に登頂したニペソツ山。遠く南に日高連峰。一番高く見えるところがおそらく幌尻岳だろう。念願の山の山頂に、しかも2度も、好天の時に立つことができ、私は何と恵まれていることだろうと思った。あの深田久弥でさえ、トムラウシの山頂では何も見えず、天人峡方面への下山道でようやくトムラウシの姿を目にしている。北海道の山に登り始めた時、トムラウシなんて夢のまた夢、と思っていたのが、2度も実現することができた。山頂から、トムラウシ以上に無理だと思っている幌尻岳の姿を目にし、幌尻岳だって何とかなるんじゃないか、と思えてきた。

結局その日は一日中好天が続いた。沼ノ原まで、トムラウシはその雄大な姿を見せ続けてくれた。深田久弥が天人峡へ下る道で何度もトムラウシを振り返ったように、私も何度も何度も、それこそ数えきれないくらい何度も、私はトムラウシの姿を眺めた。

現在では五色ヶ原や日本庭園当たりは木道が整備され、以前よりずっと歩きやすくなっているそうだが、私が目にした、あの自然のままの日本庭園の姿は、もう目にすることができない。

でも、そろそろ3度目の登頂を考え始めている。でも、いつのことになるやら・・・


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大雪の山々に登る⑤ トムラウシ・その1

2005-06-19 00:05:32 | 旅行記
今回と次回とで、トムラウシのことを書こうと思う。

トムラウシの名前を初めて耳にしたのは、礼文・星観荘でのことであった。Sさんがぜひ登ってみたい山だと言っていたのが印象に残っていて、その年の秋、白雲岳から初めてそれと意識してトムラウシを眺めた。そして、五色岳山頂から間近に眺めて、登頂を決意したのである。そして、天候にも恵まれ、2回登頂することができた。

トムラウシに登るには、南にあるトムラウシ温泉から登るコースと、南西にある十勝岳連峰から縦走してくるコース、そして北にある化雲岳方面から縦走してくるコースがある。更に化雲岳方面からのコースは、化雲岳を起点に天人峡からのコースが、五色岳を起点に沼ノ原からのコースと高根ヶ原からのコースに別れる。

私は車で登山口まで入れ、一番距離の短い沼ノ原のコースを2回とも利用した。(五色岳までは「大雪の山々に登る④」を参照されたい。)

五色岳からは、人の背丈ほどもあるハイマツをくぐり抜けながら歩く。しばらくするとハイマツ帯がとぎれ、化雲平にさしかかる。右手に雪田のお花畑、左手に湿原が広がる。私は7月の終わりに登ったが、エゾキスゲやエゾノハクサンイチゲをはじめ、様々な花が咲いていた。ホソバウルップソウも咲き残っており、もう少し早い時期に来ていれば、それはそれは見事なお花畑を眺めることができたことだろうと思われた。

この辺りではトムラウシの姿はますます雄大に迫ってくる。あの山に明日は登頂しているかと思うと、胸が高鳴ってくる。天人峡からの道と合流して少しすると、ヒサゴ沼へ下る道が分岐している。トムラウシは夏場の午後には雲がかかりやすいため、朝のうちに登るとよい。私は2回ともそうしたが、初めて登った時は、山頂では晴れていて、表大雪を一望できたが、下山しているうちに雲に覆われてしまい、五色ヶ原辺りでは全く見えなくなってしまった。よって、ヒサゴ沼の避難小屋で一泊し、早朝に出発し、晴れているうちに登頂することができたのである。

ヒサゴ沼へ下る道も雪田跡に付けられており、木道の周囲は一面のお花畑であった。眼下にはヒサゴ沼が青く水をたたえている。

ヒサゴ沼に到着し、非難小屋で今夜の寝場所を確保する。なるべく早い時間に到着して、場所を確保した方がよい。時にはツアー客が団体で泊まることがある。また、十勝岳方面から縦走してくる人は到着が遅く、暗くなってからやって来る人もいる。よって、小屋の隅に場所を確保するとなおよい。ただし、独特のホコリ(カビ?)臭さを我慢する必要があるが。でも、それにはすぐ慣れる。テン場もあまり広くないので、やはり早い時間の到着が必要である。

ヒサゴ沼は東西に長い沼で、西端の大きな雪渓から、雪解け水が勢いよく流れ込んでいる(雪渓の先端は水場にもなっている)。周囲はお花畑になっており、様々な花が咲き乱れている。特にエゾキスゲの群落は見事である(私は名残を目にしただけだった)。沼の真ん中辺りのくびれたところには石が飛び石状に積み重なっており、そこを歩いて対岸に渡ることができる。渡った辺りはナキウサギの生息地で、声が盛んに聞こえる。

ヒサゴ沼はまさに大雪連峰最奥部の別天地である。そんな場所で一夜の夢を結ぶのは、何とも言えない贅沢なことではないだろうか。



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