みちのくの山野草

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甚次郎にだけ「農本主義」のレッテルを貼るのは如何なものか

2020-10-12 12:00:00 | 甚次郎と賢治
〈『近代山形の民衆と文学』(大滝十二郎著、未来社)〉

  そして大滝はこの項「二人の農本主義者」を最後、こうまとめていた。
 窮乏化する農村を救済する松田の実践は、多岐にわたった。自給自足的農業経営を根幹とする味噌・醤油の自家醸造法の考案、オガくずを利用した肥料改良、農繁期の託児所、共同炊事、共同風呂の開設などである。これらの実践は、当時展開された農山村漁村経済更生運動とからみ、近隣の村々にも影響を与えた。
 …投稿者略…一九三八年五月『土に叫ぶ』(羽田書店)を刊行…投稿者略…これが劇化されて同年八月、東京有楽座で上演、これを農林大臣有馬頼寧が観て松田の実践を激賞し、全国にけん伝された。以後、松田は時代の先導者として世の注目をあび、執筆や講演などで東奔西走の日々が続いた。一九四三年(昭18)年七月、村の雨乞いの雨に打たれ、翌八月四日、中耳炎と急性心臓炎のために没した。三五歳の生涯であった。
            〈『近代山形の民衆と文学』(大滝十二郎著、未来社)140p〉

 まさに松田甚次郎の最期は、甚次郎の師である賢治が昭和3年8月10日に実家へ戻った際のことについては、
 八月、心身の疲勞を癒す暇もなく、氣候不順に依る稻作の不良を心痛し、風雨の中を徹宵東奔西走し、遂に風邪、やがて肋膜炎に罹り、歸宅して父母のもとに病臥す。
と巷間いわれているが、このことを彷彿とさせる(ただし、賢治のこの通説はたしかなものでないことは拙著の『羅須地人協会の終焉-その真実-』『「涙ヲ流サナカッタ」賢治の悔い』で明らかにしたところである)。
 それから甚次郎の実践については大滝氏の言うとおりだと私も思っているが、これらにさらに、女性の地位向上のためにも尽力したという、進取の気風もあったということも私は付け加えたい。

 そして改めて不思議に思うことは、このような甚次郎が戦争に協力したということで、何故彼一人だけが批判されるのか、ということだ。昭和恐慌・農村恐慌に晒されて困窮している農村を、さらには戦時下のふるさとから多くの働き盛りの男性が戦争に駆り出され、残された老人や女性たちで農産物等の確保をするために甚次郎は多くの工夫を凝らして粉骨砕身、一方で演劇を上演し続けて農村文化の向上ためにも寸暇を惜しんで尽力したというのに、だ。だから私は、おそらくそこには誰かの何等かの悪意が働いていたと勘ぐりたくもなる。

 戦後になると以前の高い評価は一転し、「農本主義」というレッテルが松田甚次郎に貼られてしまってその評価は逆転してしまったといえそうだが、この『近代山形の民衆と文学』を読んでみて、少なくとも甚次郎はあの加藤完治や橘孝三郎のような典型的な「農本主義」ではないことはもとより、岡本利吉や星川清躬ほどの農本主義者でさえもないと言えそうだということが判った。当然、そのような甚次郎に対してだけ「農本主義」というレッテルを貼って、「時流に乗り、国策におもね、そのことで虚名を流した」と誹ることは普通はしないだろう。だから、
   甚次郎にだけ「農本主義」のレッテルを貼り、こう誹るのは如何なものか
と言いたい。もしこのような程度の「農本主義者」甚次郎だけが独り、「時流に乗り、国策におもね、そのことで虚名を流した」と誹られるのであれば、同じ論理で、賢治だってそう誹られかねないのだから。

 どうやら、高瀬露が濡れ衣を着せられたのと同様に、ここにもまた濡れ衣を着せられた人物がいたということになりそうだ。

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