みちのくの山野草

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群馬 阿部いわ

2020-09-24 12:00:00 | 甚次郎と賢治
〈『追悼 義農松田甚次郎先生』(吉田六太郎編)、吉田矩彦氏所蔵〉

 今度は群馬の女性からの、次の「追悼」である。
   群馬 阿部いわ 
先生 とお呼び申上げれば「ハイ」とお返事下されて何でも話して御覧との御顔にてお向き下される御懷しき松田先生。
噫 だが今は声を限り呼べども更に答へなく永久に永久に御返事は頂けぬとか 何と云ふ大きな恐しき事実で御座いませう。信じられぬ夢の如き訃報で御座いました
上越線湯檜曽駅前本家旅館の一室に中嶋様と兄と私、先生を中心に楽しき夕の語らいは再び巡り来ぬ恐しき思ひ出となりました 土に立つ吾等が生活の一つ一つ、経営の話、農産加工、ホームスパン、決戦下農村の使命等々、静かに御話し下される先生の瞳は光り輝いて私達何時しか真剣に聽き入るのでした そして農村に産れし吾身の幸をどんなに有難く感謝した事で御座いませう
どんなに困つても先生に御相談申上げれば直ちに解決して下されるような氣がしてお母さんのような思いでお慕い申して居りました。この思い、御家族の皆様に馳せる時 噫 どんなだろうかとお慰め申上げる言葉を知りません。
大きな大きな悲しみを残して逝きませる先生は だが又永久に生きて居られるで御座いませう 御命の光りは永久に輝きて私達の胸に生きて居ります 御生前の御教へをあらん限り力にかけて御恩に生きたく存じます
御写真の前に著書を繙きつゝ一つ一つ思ひ出をあさりつゝ只管ご冥福をお祈りさせて頂いて居ります
             〈『追悼 義農松田甚次郎先生』(吉田六太郎編)より〉

 さて、以前述べたように、「甚次郎は「農村婦人愛護運動」にも熱心に取り組み、住井すゑや奥むめお等との交流も深かったという」だけあって、なるほどと私は納得した。例えば、「どんなに困つても先生に御相談申上げれば直ちに解決して下されるような氣がしてお母さんのような思いでお慕い申して居りました」ということはさもありなんと。
 ところでこの「追悼」によれば、檜曽駅前本家旅館での語らいの際に、甚次郎は、 
    土に立つ吾等が生活の一つ一つ、経営の話、農産加工、ホームスパン、決戦下農村の使命等々
について語ったということになる。さて、これらの中で私にとって違和感があるのは只一つ、「決戦下農村の使命」である。さてその中身は具体的にはどんなものであったのであろうか。戦意昂揚に直結するような内容であったのであろうか、もしそうであったとすれば問題がないわけではない。
 とはいえ『農への銀河鉄道』によれば、当時は、
 (2) 戦争に協力した文学者・芸術家と日本文学報国会・大日本言論報国会
 こういう中で有名な文学者・芸術家が戦争に協力するようになりました。一九三三年(昭和八年)四月には浪岡惣一郎作詞「日章旗の下に」を中山晋平が作曲。八月、内閣情報部の中国の漢江攻略戦従軍に関する文芸家との協議に菊池寛、吉川英治、佐藤春夫らが出席。陸軍二班計二十二名の従軍に決定、佐藤春夫は永井荷風に報告。九月には吉川英治、佐藤春夫、小島政二郎、吉屋信子らが文学者の従軍海軍班として中国に行きました。
 それどころか、「満州事変」から、敗戦までの十五年戦争の間、特に一九三七年の支那事変となり、大政翼賛会がつくられると休息に戦争協力の文学・芸術家の人たちが増えました。
 島崎藤村は「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」という東条英機の戦陣訓の校閲をしました。…(略)…
 山田耕筰は「日支事変」以来、戦時歌謡、軍歌として「杭州小唄」、戦争昂揚の歌「英霊賛歌」…(略)…などを作曲し…(略)…
 北原白秋は一九三八年には「万歳ヒットラー・ユーゲント」を作詞するなど、国家主義への傾倒がはげしくなり…(略)…
 歌人斎藤茂吉はアララギ派の総帥で、高村光太郎に似て戦争賛美・戦意昂揚短歌、言わば戦争強力の歌を詠み、その中には東条英機賛歌などもあり、戦争協力を恥じたり、反省するというようなことは全くありませんでした。
             〈『農への銀河鉄道』(小林節夫著、本の泉社)233p~〉
ということであるから、名だたる文学者・芸術家そして知識人がこぞって戦争に協力したことになるのだから、「決戦下農村の使命」という一言だけで、松田甚次郎一人を責めるのは不公平だろう。
 例えば、光太郎はそのことを恥じて反省し、「自己流謫」をしたわけで、私は光太郎は他の人たちとは違うと思っている。ならば、甚次郎のことを「時流に乗り、国策におもね、そのことで虚名を流した」と誹ったあのMは、しかも光太郎に師事したMは師に倣って反省したのだろうか。はたまた茂吉に師事したあのYは、甚次郎のことを「鳥なき里の蝙蝠」などと辛辣に批判する一方で師に対してもそうしたかというと、私は今のところ確認できないでいる。よって、MやYの甚次郎に対する非難はやはりフェアではない、となるのではなかろか。

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