みちのくの山野草

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「部落内での私達の仕事」(後篇)

2020-12-03 12:00:00 | 甚次郎と賢治
《『續 土に叫ぶ』(松田甚次郎著、羽田書店)》

 さて、これで残された項は次の一つだけだ。はたして、この項に「時流に乗り、国策におもね」と誹られる因が述べられているのだろうか。
 まずその主な内容はおおよそ以下のようなものだった。
戰時下の農民の使命
 我國は、時局を契機として、本來の食糧自給の經濟國家として、高度國防國家として邁進せんとするの秋、吾等農民の使命は、實に国運にかゝつて重大である。吾等は、公的な職務は幾重あらうとも、此の食糧の直接生産增加の實践を空にしては、何の公ぞといひ度いのである。職域の奉公とは、此の天地を御預りして居る我々農民が、如何により善く御預り出來、そに上に作られたる作物が、國民同胞に充分に供出出來るか否かの事であつて、少ない勞働力と減少した金肥や飼料の配給減少の渦中に於て、最も合理的に生産增加が可能であらしめなければならぬところの絶對的使命に立って居るのである。
             〈同142p〉
 …投稿者略…極寒の大陸に、極暑の南方に於て、妻も子も同胞もすてて、二つなき生命を捧げて、御戰に、盾とはなつて戰ふ、わが子、我が夫、兄弟のことを思へば、暑しとも暑くなく、寒しとも寒くなくなるのである。此の身を削ぎ、此の血を別けて、出て征ける戰士のことを思ひつゝ、今戰ひの勝利にひたすら進むのみのとき、農耕に作物の慈育に、収納に根本改良に一生懸命にならざるを得ぬのは當然である。これこそ、日本民族の生魂である。此の當然を當然と素直に懸命し得る農民を、祖國の礎とせることこそ、強き正しき大國本である。
             〈同143p〉
 前段については、結局農民の使命は、「少ない勞働力と減少した金肥や飼料の配給減少の渦中に於て、最も合理的に生産增加が可能であらしめなければならぬ」ということに尽きるはずで、それはそのとおりであろう。そしてその為に、甚次郞は当然農民の先頭に立って尽力しただあろうし、できたであろう。しかしこのようなことで、甚次郞独りだけが「時流に乗り、国策におもね」と誹られる謂われはもちろんないはずだ。
 次に後段についてだが、まず「極寒の大陸に、極暑の南方に於て、妻も子も同胞もすてて、二つなき生命を捧げて、御戰に、盾とはなつて戰ふ、わが子、我が夫、兄弟」ということはまさにそのとおりの実態であっただろう。さすれば、これを受けて、「……のことを思へば、暑しとも暑くなく、寒しとも寒くなくなるのである。此の身を削ぎ、此の血を別けて、出て征ける戰士のことを思ひつゝ、今戰ひの勝利にひたすら進むのみのとき、農耕に作物の慈育に、収納に根本改良に一生懸命にならざるを得ぬのは當然である。これこそ、日本民族の生魂である。此の當然を當然と素直に懸命し得る農民を、祖國の礎とせることこそ、強き正しき大國本である」………①と甚次郞が述べたことだけをもってして、「あの人」は「時流に乗り、国策におもね」とくさしたのだろうか。それはもちろん、ここまで調べてきた限りにおいては甚次郞がそうされる因はなかったからである。
 となれば、「あの人」がこうくさすのは理に適っているのだろうか、ということだ。その時に思い出すのは「あの人」がこんなことをしていたということだ。
 かつて「満蒙の空には侵略主義の鉄砲が轟いてゐる」(『犀』昭和6・10)と記したM(「あの人」のこと)「建国の頌歌」をうたい、また、日本文学報国会編『辻詩集』に「農村学校」を寄せ、銃後の村の少年少女の姿をうたう。戦争讃美の語句はどこにもないが、この詩集の原稿は東京で即売、印税ともども「戦艦献納愛国運動」に役立てられた(大政翼賛会文化厚生部「運動資料」第二輯)………②
             〈『近代山形の民衆と文学』(大滝十二郎、未来社)153p〉
 見方によっては、この行為だって「時流に乗り、国策におもね」たものだと言われ得る。そしてこのことと前掲の〝①〟とどれだけ違うというのだろうか。よって、〝②〟というようなことをやっていた「あの人」が、〝①〟と述べた甚次郞を一方的に「時流に乗り、国策におもね」とくさしたことははたしてフェアなことなのであろうか。

 というわけで、長々とここまで調べてきた限りにおいては、甚次郞独りだけが「時流に乗り、国策におもね」とくさされる謂われはやはりない、と言えるだろう。

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            〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守
            ☎ 0198-24-9813
 なお、目次は次の通りです。

 そして、後書きである「おわりに」は下掲の通りです。



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