〈『宮沢賢治の声 啜り泣きと狂気』(綱澤 満昭著、海風社)の表紙〉
では今度は「家・父親・宗教」からである。そこでは例えば、
父政次郎は、暴君ではないが、賢治にしてみればなにかにつけて、煩わしい存在であった。政治家であり、篤信家であった父親からの圧力は、賢治にとっては目に見えない暴力であった。この目に見えない暴力というものは、物理的暴力と違って、陰湿で重くのしかかるものであった。単なる暴力的父親であったならば、賢治の対処の仕方も単であったかもしれない。しかし、そうではない父親の前で、彼は自分を押し殺し、小さくなって、内面に、内面に思いを沈めていった。
〈『宮沢賢治の声 啜り泣きと狂気』(綱澤 満昭著、海風社)122p〉ということが論じられていた。
そして私は、なるほどこういう見方もできるのかと感心した。そこで次に、賢治の側から見て政次郎が精神的暴君であるとするならば、賢治との関係は圧倒的な上下関係であり、この時の賢治は何と呼ばれるのかと考えてみた。すると思いつくのは、賢治は精神的奴隷だ。しかしながら、そうとは言い切れないことに容易に気付く。もし賢治が奴隷であるとするならば、次のようなことは普通は起こりえないと私には思われるからだ。
たとえば、
折角初めて社会人として生きることができるはずだった花巻農学校を突然辞したこと。
とか、
下根子桜に移り住んで定収もない正15年末にしばし滞京し父に200円もの大金を無心していたこと。
がだ。
そこで私は、この非対称性が私に何を教えてくれるかというと、
彼は自分を押し殺し、小さくなって、内面に、内面に思いを沈めていった。
ということはあり得ず、賢治はしたたかに父政次郎を利用したという可能性も否定しきれないということを、だ。言い方を換えれば、
賢治は案外ダブルスタンダードだった。
のではなかろか、ということだ。言ってみれば、賢治は精神的暴君を逆手にとってしたたかに活用したのではなかろうかと思った。そして私がそう思ってしまう根拠は、次のこともあるからだ。
承知のように、羅須地人協会時代の賢治は松田甚次郎に、
小作人たれ
農村劇をやれ
と強く「訓へ」た。そして甚次郎はその「訓へ」どおりに、いわば賢治精神を実践し、実践し続けた。ではそう「訓へ」た当の本人はどうであったか。普通であればそれはかなり非難されることのはずだが、羅須地人協会時代以降の賢治が小作人になったわけでもなければ、農村劇さえも一度も上演していない。完全なるダブルスタンダードだった。
しかも私はさらにこう想像を膨らましてしまう、このように非対称性があっても賢治は何ら悪びれてはいなかったはずだと。それは天才賢治のいわば「認知的脱抑制」が遺憾なく発揮されていたからだ、と。そこで私は先ほど「したたかに活用した」と言ってしまったが、それよりは「あざとく活用した」と言った方が間違ってはいないかもしれない。とまれ、賢治は基本的には不羈奔放であり、阿修羅だったのだのだということになりそうだ。
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************この度「非専門家の調査研究・報告書」だからという理由で「宮城県図書館」から寄贈を拒否された『本統の賢治と本当の露』です***********
賢治の甥の教え子である著者が、本当の宮澤賢治を私たちの手に取り戻したいと願って、賢治の真実を明らかにした『本統の賢治と本当の露』本書は、「仮説検証型研究」という手法によって、「羅須地人協会時代」を中心にして、この約10年間をかけて研究し続けてきたことをまとめたものである。そして本書出版の主な狙いは次の二つである。
1 創られた賢治ではなくて本統(本当)の賢治を、もうそろそろ私たちの手に取り戻すこと。
例えば、賢治は「ヒデリノトキニ涙ヲ流サナカッタ」し「寒サノ夏ニオロオロ歩ケナカッタ」ことを実証できた。だからこそ、賢治はそのようなことを悔い、「サウイフモノニワタシハナリタイ」と手帳に書いたのだと言える。
2 高瀬露に着せられた濡れ衣を少しでも晴らすこと。 賢治がいろいろと助けてもらった女性・高瀬露が、客観的な根拠もなしに〈悪女〉の濡れ衣を着せられているということを実証できた。そこで、その理不尽な実態を読者に知ってもらうこと(賢治もまたそれをひたすら願っているはずだ)によって露の濡れ衣を晴らし、尊厳を回復したい。
〈はじめに〉
………………………(省略)………………………………
〈おわりに〉
〈資料一〉 「羅須地人協会時代」の花巻の天候(稲作期間) 143
〈資料二〉 賢治に関連して新たにわかったこと 146
〈資料三〉 あまり世に知られていない証言等 152
《註》 159
《参考図書等》 168
《さくいん》 175
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