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〈『山荘の高村光太郎』》(佐藤勝治著、現代社)
今度は、
懐かしい先生(75p~)
という項からである。そこにはこんなことなどが述べられていた。
私が先生と御一緒したのは、昭和二十年の十月から、二十二年の三月つまでであります。
これは丁度先生が、あの詩「暗愚小伝」を書いておられた頃で、その外には、お仕事らしいお仕事はしておられません。…投稿者略…「暗愚小伝」を唯一の仕事として、土地と人と気候に馴れることを心がけていられたのでしょう。
これは丁度先生が、あの詩「暗愚小伝」を書いておられた頃で、その外には、お仕事らしいお仕事はしておられません。…投稿者略…「暗愚小伝」を唯一の仕事として、土地と人と気候に馴れることを心がけていられたのでしょう。
ということであれば、勝治は「山居七年」のかなりの年月、光太郎と一緒だったのだろうと私はそれまで思い込んでいたのだが、実は昭和20年からのたった一年半の間であったのかと知り、吃驚した。二人の親交はかなり深かったのだと私は解釈していたのだが、それは期間の問題ではなく、信頼関係の深さによるものであったということのようだと気付いたからである。そしてそれは、勝治の、
私は先生から実に得がたい多くのことを学びました。
その中で一番の大きな教えは…投稿者略…ものの美しさを知ったことであります。一木一草に至る自然界の美しさがよくわかり、人の些細な厚意に感じ、どんな人にも良心と愛とを見るということであります。
たとえば私が日常何気なく見過ごしていた山口山を、先生は感にたえたように、
「あの山は実にすばらしい山ですね。実に豊富だ」
と言われます。…投稿者略…
その中で一番の大きな教えは…投稿者略…ものの美しさを知ったことであります。一木一草に至る自然界の美しさがよくわかり、人の些細な厚意に感じ、どんな人にも良心と愛とを見るということであります。
たとえば私が日常何気なく見過ごしていた山口山を、先生は感にたえたように、
「あの山は実にすばらしい山ですね。実に豊富だ」
と言われます。…投稿者略…
という記述内容からも示唆される。これで私は、ますます山口山を今年は歩き回らねばと思うようになった。
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☆『筑摩書房様へ公開質問状 「賢治年譜」等に異議あり』(鈴木 守著、ツーワンライフ出版、550円(税込み))![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/20/a2fa88a84d3910d7fdeeca669a068dd1.png)
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〒025-0068 岩手県花巻市下幅21-11 鈴木守 ☎ 0198-24-9813
《新刊案内》
この度、拙著『このままでいいのですか 『校本宮澤賢治全集』の杜撰』
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を出版した。その最大の切っ掛けは、今から約半世紀以上も前に私の恩師でもあり、賢治の甥(妹シゲの長男)である岩田純蔵教授が目の前で、
賢治はあまりにも聖人・君子化され過ぎてしまって、実は私はいろいろなことを知っているのだが、そのようなことはおいそれとは喋れなくなってしまった。
と嘆いたことである。そして、私は定年後ここまでの16年間ほどそのことに関して追究してきた結果、それに対する私なりの答が出た。延いては、
小学校の国語教科書で、嘘かも知れない賢治終焉前日の面談をあたかも事実であるかの如くに教えている現実が今でもあるが、純真な子どもたちを騙している虞れのあるこのようなことをこのまま続けていていいのですか。もう止めていただきたい。
という課題があることを知ったので、 『校本宮澤賢治全集』には幾つかの杜撰な点があるから、とりわけ未来の子どもたちのために検証をし直し、どうかそれらの解消をしていただきたい。
と世に訴えたいという想いがふつふつと沸き起こってきたことが、今回の拙著出版の最大の理由である。しかしながら、数多おられる才気煥発・博覧強記の宮澤賢治研究者の方々の論考等を何度も目にしてきているので、非才な私にはなおさらにその追究は無謀なことだから諦めようかなという考えが何度か過った。……のだが、方法論としては次のようなことを心掛ければ非才な私でもなんとかなりそうだと直感した。
まず、周知のようにデカルトは『方法序説』の中で、
きわめてゆっくりと歩む人でも、つねにまっすぐな道をたどるなら、走りながらも道をそれてしまう人よりも、はるかに前進することができる。
と述べていることを私は思い出した。同時に、石井洋二郎氏が、 あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証してみること
という、研究における方法論を教えてくれていることもである。すると、この基本を心掛けて取り組めばなんとかなるだろうという根拠のない自信が生まれ、歩き出すことにした。
そして歩いていると、ある著名な賢治研究者が私(鈴木守)の研究に関して、私の性格がおかしい(偏屈という意味?)から、その研究結果を受け容れがたいと言っているということを知った。まあ、人間的に至らない点が多々あるはずの私だからおかしいかも知れないが、研究内容やその結果と私の性格とは関係がないはずである。おかしいと仰るのであれば、そもそも、私の研究は基本的には「仮説検証型」研究ですから、たったこれだけで十分です。私の検証結果に対してこのような反例があると、たった一つの反例を突きつけていただけば、私は素直に引き下がります。間違っていましたと。
そうして粘り強く歩き続けていたならば、私にも自分なりの賢治研究が出来た。しかも、それらは従前の定説や通説に鑑みれば、荒唐無稽だと嗤われそうなものが多かったのだが、そのような私の研究結果について、入沢康夫氏や大内秀明氏そして森義真氏からの支持もあるので、私はその研究結果に対して自信を増している。ちなみに、私が検証出来た仮説に対して、現時点で反例を突きつけて下さった方はまだ誰一人いない。
そこで、私が今までに辿り着けた事柄を述べたのが、この拙著『このままでいいのですか 『校本宮澤賢治全集』の杜撰』(鈴木 守著、録繙堂出版、1,000円(税込み))であり、その目次は下掲のとおりである。
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