みちのくの山野草

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「雨ニモマケズ」論争(谷川徹三の講演「今日の心がまえ」)

2022-02-24 16:00:00 | 一から出直す
《三輪の白い片栗(種山高原、令和3年4月27日撮影)》
 白い片栗はまるで、賢治、露、そして岩田純蔵先生の三人に見えた。
 そして、「曲学阿世の徒にだけはなるな」と檄を飛ばされた気がした。

     (承前)

 さて、前回の最後に
 結果として「雨ニモマケズ」論争は、〈賢治に理想的人間像を見るか否か〉、という1950年代的議論の終焉を告げる役割を果たしたと解することができるだろう。
という見方を引いたが、この〝「雨ニモマケズ」論争〟とは、例の谷川と中村稔との間に起こったあの論争のことなので、この論争について少しく考えてみたい。

 まずはその発端となったのが、時局が敗色濃厚になっていた昭和19年9月20日に行った谷川の講演「今日の心がまえ」であろう。
 谷川はこの講演で、
 この詩(「雨ニモマケズ」のこと:投稿者註)を私は、明治以来の日本人の作った凡ゆる詩の中で、最高の詩であると思っています。…投稿者略…その精神の高さに於いて、これに比べ得る詩を私は知らないのであります。
             〈『宮沢賢治の世界』(谷川徹三著、法政大学出版局、昭和45年)6p〉
というように、「雨ニモマケズ」を褒めちぎった。しかし、いみじくも谷川はこの講演で、
 私は賢治を知って既に十年になりますが、賢治の生前竟にその人を知ることができず、これを非常に残念に思っているものであります。しかし死後直ぐその作品に接し、それ以来この人に対する感情は年と共に愈々昂まるのを覚えます。
             〈〃31p〉
と聴衆に語っているわけで、生身の賢治を知らず、また、花巻を訪れてそれほど賢治のことを調べたとは見えない谷川が、なぜ賢治や「雨ニモマケズ」をここまで持ち上げることができたのだろうか<*1>。

 そして谷川は、
 宮沢賢治の文学が賢者の文学としての性格を顕著にもっておる
             〈〃24p〉
と主張し、
 「雨ニモマケズ」の詩は、賢者の文学としての賢治の文学の特色を、最も純粋に最も高い精神で打ち出したものであると私は考えております。
             〈〃29p~〉
と語っていた。それは、賢治は「生活者」でありこの詩に詠まれているようなことを「実践した」からだというのが谷川の根拠のようだ。しかしながら、谷川はそのことを実証的には裏付けていない。なぜならば、谷川は、
 その実践を、宮沢賢治は自分の生まれた地方の農民達の友としてしたのであります。…投稿者略…「雨ニモマケズ」の中に「サムサノナツハオロオロアルキ」という言葉があって…投稿者略…この冷害について如何に賢治が心を痛めていたかは、彼の詩の中にも、これに関するものが沢山あることによって知られていますし、童話「グスコーブドリの伝記」では、主人公ブドリは、この冷害予防のために、人工的に火山を爆発させ、その作業に自ら進んで自分の身を犠牲にするのであります。賢治はそういう英雄的な死に方はしなかった。しかし賢治の文学はどこまでも実践者の文学であり、その死も実践者の死であったと私は考えております。
             〈〃28p〉
と決めつけてはいるものの、賢治が「雨ニモマケズ」で詠んでいるようなことはほぼ何一つ実践していないということを私は『本当の賢治と本当の露』等において実証できているからだ。言い換えれば、谷川は自分の抱いている賢治像を基にして作品の内容を「事実」であると決めつけているのではなかろうか。
 さりながら、客観的にこの「雨ニモマケズ」を読めば、
  雨ニモマケズ
  風ニモマケズ
  雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
  丈夫ナカラダヲモチ
  慾ハナク
  決シテ瞋ラズ
  イツモシヅカニワラッテヰル
  一日ニ玄米四合ト
  味噌ト少シノ野菜ヲタベ
  アラユルコトヲ
  ジブンヲカンジョウニ入レズニ
  ヨクミキキシワカリ
  ソシテワスレズ
  野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
  小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
  東ニ病気ノコドモアレバ
  行ッテ看病シテヤリ
  西ニツカレタ母アレバ
  行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
  南ニ死ニサウナ人アレバ
  行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
  北ニケンクヮヤソショウガアレバ
  ツマラナイカラヤメロトイヒ
  ヒデリノトキハナミダヲナガシ
  サムサノナツハオロオロアルキ
  ミンナニデクノボートヨバレ
  ホメラレモセズ
  クニモサレズ
  サウイフモノニ
  ワタシハナリタイ
             <『校本宮澤賢治全集 資料第五(復元版雨ニモマケズ手帳)』より>
となっているのだから、「サウイフモノニ/ワタシハナリタイ」の連が重要であり、これ以前の、
  雨ニモマケズ
  風ニモマケズ
   ……
  ミンナニデクノボートヨバレ
  ホメラレモセズ
  クニモサレズ
の部分は、賢治がそうありたかった、つまり賢治が抱いていた「理想像」にすぎず、賢治がそのように「生活した」わけでもなければ「実践した」わけでもないことを、賢治自身が私たちに教えてくれる。端的に言えば、
    「雨ニモマケズ」はあくまでも賢治の理想像であり、賢治が理想的人間像であることを裏付けるものではない。
ということではなかろうか。

 にもかかわらず、谷川は聴衆にたたみかける、
 私は鴎外の墓の前にも、漱石の墓の前にも、本当にへりくだった心をもって跪きたいとは考えません。しかし、賢治の墓の前には私は跪きたい。…投稿者略…数年前ですが、北海道に参りました帰り、かねて念願の花巻に寄って、私は、この「雨ニモマケズ」の詩の後半を刻したその詩碑の前に心から額づきました。
              〈〃30p〉
とか、
 「雨ニモマケズ」の精神、この精神をもしわれわれが本当に身に附けることができたならば、これに越した今日の心がまえはないと私は思っています。
            〈〃32p〉 
というようにである。

 「哲学者」が公的な場でこんなことを言うということは如何なものか。

<*1:投稿者註> それどころか、このような谷川が、賢治の死後約一年半後の昭和10年4月発行の『宮澤賢治研究1』(編集草野心平、宮澤賢治友の会、)の見返しの広告において、

というように既に褒めちぎっていたことを知り、私は不自然さを抱く。

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