気の向くままに

山、花、人生を讃える

神様のお引き合わせ

2014年05月02日 | 信仰

昨日、幹部研鑽会での話がでたので、もう一つ。

昔、掲示板で知り合った人から、去年の末ごろに、愛媛県の講師会長をしておられる豊田建彦先生の講演を録音したCDを送っていただき、それを聴いてとても感動させられていたのですが、幹部研鑽会には、愛媛教区も宇治が会場になっているのを知って、ひょっとしてその先生に会えるかもしれないと期待していました。

豊田先生は、20年も博打にのめり込んで借金に借金を重ねてという具合でさんざん奥さんを泣かせた人。とはいっても奥さんは昼も夜も働きつつご主人の実相を祈り、信じつづけていました。一方先生は勝負事から足を洗えない自分に愛想をつかして、ついに自殺までしかけますが、邪魔が入って死ねず、ある日奥さんが神想観を終わってご機嫌が良さそうなのを見計らって性懲りもなく、「お金を頼む」というと、ついに奥さんの堪忍袋の緒が切れ、御主人の居合刀を振り回しつつ「いつかは立ち直ってくれると信じていたのにっ~!」と泣きながらの一括。その時、「もうとっくに愛想をつかされていると思っていたのに、まだ俺を信じてくれていたのか~」と、ついに目が覚め、心底立ち直ることを決心された。そしてゼロからの出発で、借金生活から道場を建て、ソーラーまでつけ、さらにその道場では、先生の個人指導で胃癌が治ったり、失明が治ったりと奇跡も続出し、さらに豊田先生のお誘いで講習会に参加される人は100人、200人、300人と増え続け、そして全国から御夫婦で講演の依頼を受け、忙しくご活躍されているとのこと。その講演にはほんとうに感動させられます。

そんな先生の素晴らしさに、万分の一でもあやかりたい、そんな気持ちで、是非一度お会いしたいと願っていました。そして、研鑽会当日、昼食の弁当を食べ終わったところで、さてどこへ行けばその先生に(運よく)会えるだろうかと、辺りを見回しながら立ちあがると、頭の禿げた人が、並べられた椅子の間の通路をこちらに向かって歩いてくるのが見えました。近づいたときに名札を確認すれば、まさしくその先生の名前。それで、あまりのドンピシャリに驚きながら、さっそく挨拶をさせてもらいました。わたしより5歳ぐらい若い先生です。

挨拶させてもらったとき、「頭が禿げているからすぐ分ったでしょう」と言われ、思わず、「あはは」と笑ってしまったことでした。

一時は愛媛県の道場まで飛んでいきたい衝動にかられていたのですが、思い切りがつかず、あきらめましたが、ここで念願の先生に逢え、わずかな時間ながら言葉を交わし、ご縁をいただき、本当にうれしいことでした。

感謝、感激。合掌。

 

 

写真はユリ科の「ミノコバイモ」という花。4月16日、藤原岳で。

藤原岳には毎年のように登っているが、今回はじめて出会った。                                                                        こんな記事を書いたあとのせいか、可愛い花も、「男の中の男」が山の中で一輪、花を咲かせているように見えてくる。

コメント
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