気の向くままに

山、花、人生を讃える

友の有難さを感じる

2019年12月29日 | 人生

昨日は仲間5人で忘年会をした。忘年会といっても、酒のない忘年会で、カラオケをして、その後近くの店で食事をしただけのことである。

 

カラオケは3時間、それぞれ好きな歌をうたい、最後は一人の発案で、それまで歌っていた曲と打って変わった「ふるさと」をみんなでうたった。初めは「?」だったが、歌ってみるとこれが今日の中で一番ジーンとさせられた歌だった。

 

夕食は皆1000円前後のものだが、グルメを志向する者はメンバーの中にいないので、この程度の食事会でというか、この程度だからというべきか、ともかくこれで充分楽しい食事会なのである。

話は弾み、幸い店も空いていたので90分ほどもアレコレ雑談して、お互いに「良い正月を」と言って解散した。

 

毎年の忘年会で、毎年、こうして友のいる有難さを感じさせてもらっている。感謝

 

 

私の好きな1節

○あなたがたは、いつでも好きな時に帰郷できる。

あなたがそうしたいと思えばいつでも、わたしたちは、再び一緒になることができる。

わたしとの合一という歓喜、あなたがたは、それを再び知る。

帽子がはらりと落ちるとき。

風があなたの顔を吹きすぎるとき。

夏の星空の下でコオロギの声を聞くとき。

はじめて虹を見るとき。

赤ん坊が生まれてはじめて泣き声をあげるとき。

素晴らしい夕日が最後の光を投げかけるとき。

そして、素晴らしい人生の最後の息をひきとるとき。

わたしは常に、時の終わりまで、あなたがたとともにいる。

あなたがたとわたしの合一は完成されている。

これまでも、今も、そしてこれからいつまでも。

あなたと私はひとつだ。今も、永遠に。

(以下略)              『神との対話』(ニール・土ナルド・ウォルシュ著)より

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藤井美和さんの話

2019年12月21日 | 人生

先日書いた『突然の恋』を読み終わり、昨日から『小さな奇跡』(谷口純子著)というエッセイ集を読み始めた。そして次のような感動的な記事があったので、紹介させてもらいます。

 

それは「藤井美和」という人の話で、この方は現在(2007年頃)関西学院大学准教授で、死生学・スピリチュアリティ研究センター長をされているとのことである。

 

この藤井美和さんという方は大学で法律を学び、卒業後は新聞社に就職し、その頃はまだ少ない男女平等の仕事に就くことができ、やり甲斐のある仕事を任され、充実した日々を送っていたそうだ。ところが会社に就職して6年目、仕事に脂がのってきた28歳のとき、突然頭痛と手の痺れを覚えたそうである。

 

そして「3日」というほんのわずかな期間に、指1本動かず、瞬きさえできない全身麻痺の状態になったとのこと。それは藤井さんにとって全く思いがけない出来事で、病院に運ばれ、麻痺が進む中で死に直面し、「私の人生は何だったのだろう、何のために生きてきたのだろう」と思ったそうです。

 

そして、自分の28年の人生を振り返ったとき、お金や社会的地位、名誉や財産など目に見えるものを求めて、多くの時間とエネルギーを費やしてきたが、死に際してそれらは何の助けにもならないという事がわかったそうです。また、自分はこれまで人のために何かしただろうかと、自分中心の人生を振り返り後悔したそうだ。バリバリ仕事をすることが、自分のためにも会社のためにも役に立つことだと思っていたが、知らず識らずのうちに自己中心的な生き方になっていたと気づいたとのこと。

 

病院に運ばれたその日のうちに麻痺は呼吸筋に及び、息をするのも苦しい中で、藤井さんは祈ったそうだ。

 

「神さま、もう一度生きるチャンスを与えてください。もう一度命が与えられたら、今度は人のために何かしたと言えるような、そして本当に喜んで天国に行けるような、そんな生き方をしたいのです」

 

こうして、泣きながら祈ったその晩、進行していた麻痺が止まった。が、その翌日、主治医からは「もう死にませんよ。けれども、一生寝たきりか、良くて1年後に車椅子に乗れたらいい方です」と言われたそうだ。

 

だが、藤井さんはその後、奇跡的な回復をし、半年後には杖をついて退院し、2年後には関西学院大学に学士編入し、更にはアメリカのワシントン大学で5年間学び、博士業を取得して現在に至っているとのこと。そして、この話は藤井美和さんと双子の妹である里恵さんとの共著『魂のケアー・病む人のかたわらに』という本に載っているとのことです。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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別れの寂しさ

2019年12月17日 | 人間死んでも死なない

今朝、パソコンを開くと「フォローしているブログの新着記事」欄に「あなたのいない現世(うつしよ)」というタイトルを見つけ、どんなことが書かれているかと興味をそそられながら、その記事を開いた。するとそれは「詩」であった。
 

この方は、時々文芸誌か何かに詩を投稿し、また入賞もされている人で、以前、わたしの好きな「海の誓い」と題する詩を紹介させてもらったことがある。他にも好きな詩があって、この方の詩を楽しみにしている1人である。

 

私は勝手にこの方は独身をとおしている人かと想像していたが、この詩からは、どうやらそれは間違いらしく、この人には「またなって言ったろ」とか「友へ 君を想う」と題する詩があり、あれは友の死を悼んで詠んだ詩かと思っていたが、ひょっとして「夫」との別れの詩だったのかと想像し、その真に迫った感じを何となく合点できた気がしたのだった。

 

それからまた、「フォローしているブログの新着記事」欄には、「蓮の花と涙」と題する記事があり、その記事を開くと、蓮の花が薄く霞がかった様に描かれたきれいな絵に、短い文章が添えられていて、「涙が枯れるというけど、あれは嘘ね」という、夫を亡くした知人の話を紹介し、「私も同感」とあった。

 

今日は久しぶりに、1日家でくつろげるので、一通り、他の方のブログを見た後、コーヒーを飲みながら、先日買った『突然の恋』と題する生長の家の谷口純子先生著のエッセイ集を読み始めた。するとその中の「ひと筋の光」と題する記事の中に、こんな感動的な話があった。

 

それは山梨県の中込昭子さんという56歳の主婦が、朝日新聞の「ひととき」欄に投稿した記事とのことで、本には次のように紹介されている。

 

≪本からの引用≫
この主婦はお盆が近づいたある日、ベランダで洗濯物を干していると玉虫が飛んできたので、両手でそっと包み込み、息子に声をかけると、彼は携帯電話のカメラで撮ったという。その時、ふと、その年の4月に亡くなった自分の夫が、この虫に姿を変えて来てくれたように思ったそうだ。生前夫は自然や生き物が好きで、2人で玉虫を話題にしたこともあったからだ。

「お父さんなの?帰って来てくれたの?」と声をかけ、

「私たちの所へまた来てね」と言いながら、窓から放してやった。

その日から1週間以上、玉虫は毎日2人の前に現れ、そしてすぐ近くにとまったり、部屋の中を旋回したりした。家の中に入れて新盆の飾りを見せ、

「何とか頑張ってやっていますよ」と言って外へ出そうとしても、飛び立たなかったそうだ。

亡くなった夫が、寂しさと悲しみに沈んでいる自分を励ましに来てくれたように思えてならなかったという。

しかし、8月15日の夕方、その虫は玄関から飛んで行ったまま、姿を見せなくなった。

まだ落ち込むこともあるそうだが、前向きにやって行けるようになったというのである。

 

以上が、投稿された記事の紹介として書かれたものだが、わたしも70歳になり、何かとこのような話題も他人ごとではなくなり、関心を持つようにもなった。11月に出席した中学の同窓会では、他界した同級生も2割近くになるとの話も聞いた。死が怖いというのではなく、一人になった寂しさが他人ごとではなくなくって来たのを感じるのである。

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別れ

2019年12月07日 | 人間死んでも死なない

       おはようございます。
       はじめてコメントさせていただきます。

 

       感動的なお別れに思わずホロリとさせられました。
       素晴らしい大往生ですね。

 

       涙が出なかったのは、きっとご主人様が陰で支えて下さっていたからではないかと思いましたが、
       それとも、お別れの悲しさに涙も出なかったのでしょうか。

 

       いずれにしても、お寂しいことと思いますが、
       どうぞ、お元気で過ごされますよう、
       そして、ご主人様のご冥福をお祈り申し上げます。

 

以上は、ある方のブログを読んで、言葉をかけたくなって書いたものですが、

このような時に初めてコメントするのも変に思われたので、そのままになっていたものです。

 

 

2週間ほど前、わたしの兄嫁が他界して、兄はすっかり気落ちして元気をなくしていますが、
そんな兄を見ていると、わたしは家内より先に逝くと思っていたが、自分が後になるかもしれないと、
ふと、そんな思いも湧いてくるようになりました。

 

人間は、決して死なない。それは間違いないと思っていますが、
しかし、やはりその姿が目に見えなくなれば、どうしようもなく淋しいのかもしれませんね。
何処にも姿は見えなくなるし、話をしたくても、会話をすることも出来なくなるのだから。

 

先日、『神との対話』(ニール・ドナルド・ウオルシュ著)の抜き書きしたのを読んでいたら、死についてこんなふうに書かれている1節がありました。

 

○どの瞬間も始まったとたんに終わる。それがわからないと、その瞬間のどこがこの上なく大切なのかわからず、平凡なひとときにしか思えないだろう。どんな交流も「始まりが始まった瞬間」に「終わりが始まる」。そのことをよく考え、深く理解して初めて、すべての瞬間の、そして人生そのものの貴重さが充分にわかるだろう。≪中略≫
 これが最後だと思えば、誰かと一緒のひとときが輝くだろう。どの瞬間も、経験するのはこれが最後だと思えば、はかり知れないほど重いものになるだろう。死から目を背けているから、自分自身の生命を考えなくなるのだよ。 

 

素晴らしい1節だと思いますが、

死という別れの寂しさは、経験した者にしかわからないと思いますが、しかし、また会える時もあるに違いないと思う。

 

枯葉となって散り、また、若葉となって萌え出す。そして、恋愛し、結婚し、我が子の誕生を見て喜び、老いて孫を抱きてまた歓ぶ。
そして、また散る。

 

そんな一生を繰り返しながら、樹齢何百年という桜のようになっていくとしたら、その寂しさも、意義あるものに違いないと思えるし、その相方も、より大切な人に思えて来たりもする。

 

思い出しましたが、飯田史彦著『生きがいの創造』という本の中には、夫に先立たれて、いつまでも意気消沈している妻を見かねて、あの世から夫が話しかけるという実話が載っていました。記憶だからその通りではないが、凡そこのような会話でした。

 

夫:こら、いつまでも寂しがってばかりいては駄目だ!

妻:ふ~ん、あなたはいいわよね、もう天国へ行ってしまったんだから。でも私はまだこの世に生きていて、これからも一人で生きなきゃいけないんだからね~。(と、すねたように言う)

夫:そうだよ、君はまだ生きているんだよ。生きているのに死んでいちゃいけないんだよ。ほら、元気を出しなさい!」

 

まあ、こんなような会話でした。

 

変な話になり、また、長くなったのでここまでにします。

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応援、ありがとうございます

2019年12月02日 | その他

永らくブログの更新ができずにいますが、それにもかかわらず、応援のために訪問してくださる皆様に心より感謝申し上げます。

忙しさにかまけて更新せずにいるうちに、不精癖がついてしまいましたが、また近いうちに更新する気になることもあるだろうと思います。

そのときにはまたどうぞよろしくお願いします。応援、ありがとうございます。

                                                              

              

                                                                       『おお~い 俳句』より

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