気の向くままに

山、花、人生を讃える

限界に挑戦

2016年05月21日 | 信仰

長らくご無沙汰していました。

昨年の秋に「見知らぬ男の話」を書いて、自分もこの若林さんのように「わたしの話を聴いて下さい。きっと良くなりますよ」と言えるようになりたいと思ったのがきっかけで、ごく自然に神想観の回数が増え、それまで1,2回だったのが3回するようになり、更に年が明けて剪定の仕事が減りはじめるとともに、4回、多い時には5回することも珍しくなくなりました。

そして、調子がいいぞと思っていたら、良いことが来るどころか、私にとっては気が重くなる大役の話が舞い込んできました。どんなお役かは今は言えませんが、それをお断りしていると、逃げるわたしを追いかけるようにして別の依頼が舞い込んできました。それは練成会の運営委員になって欲しいという話でした。わたしは「これは逃げるからこのように追いかけて来るのだ」と思って、運営委員の話を仕方なく引き受けました。そして打ち合わせの会議に出ると、なんと「神官になってくれないか」との話。なんでこんなに次から次へとこんな話が舞い込んで来るのか、というのがその時の偽らざる気持ちで、もちろん、お断りしました。そして、結局はとりあえずという感じで、司会をすることになりました。

司会をするぐらいはマニュアルもあることだし、なんてことはないのですが、しかし、しかし・・・。この練成会の運営委員というのは女性ばかり。唯一男性は練成会責任者のトップのみ。しかも何人かいる司会担当者はピチピチの40代の若い女性ばかり。そんな中へ70近いおっさんが新入りして司会をやれというのか、というわけで、恥ずかしさと屈辱感さえ覚えました。しかし、もうこれ以上逃げてばかりもおれず、「やけのやんばち、日焼けのナスビ」で、観念しました。要するにあれもダメ、これもダメと逃げ回っていると、こんな羽目になるという事ですね。

 

さて、今日書きたいのはその事ではありません。

実ははじめに頼まれた大役を何故辞退してきたかというと、いろいろ理由はあるのですが、そのうちの大きな一つは、そのお役を引き受ければいつかは練成会の早朝行事の先導役もしなければならなくなるということでした。早朝行事の先導となれば、神想観と聖経読誦などで座布団なしで1時間20分も畳の上に正座し続けなけれはなりません。わたしは座布団の上でも神想観の坐り方で坐っていられるのは頑張っても1時間だろうし、座布団なしならせいぜい45分程度だろうと思っていました。ある程度は我慢できるとしても、長くなるにしたがって痛さが増してくるから、いくら頑張っても、45分から更に30分も坐りつづけておられるとは思えませんでした。それが「逃げたい」大きな理由の一つでした。

ところが、いくらわたしが逃げても、逃げさせてくれない可能性もあるので、先月の末から座布団を使わず、登山用の分厚い靴下をはいて、少しづつでも時間を伸ばせないかと挑戦をはじめました。そして、ついに、1週間ほどで、1時間20分の早朝行事を出来るまでになりました。いやあ、やれば出来るものですね。

それでわかったことは、「痛くてたまらん」と思うから、その通り「たまらん」ようになるのであって、痛さをこわがらずにいれば、痛いは痛いままで、この位の時間なら我慢できる、ということでした。

というわけで、嫌は嫌ながら、いつでも引き受けるぞという気持ちになっています。

そして、毎日、早朝行事をしつづけることが楽しみになっている次第です。合掌

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする