気の向くままに

山、花、人生を讃える

死神なんか怖くない!

2018年05月13日 | 映画

先日、「虹のじゅもん」さんのブログの中にあるいくつかの「詩」を見ていて、「詩」はいいものだなあとあらためて感じさせられました。(形としては)何もないところから、こういう美しい作品が生まれてくることが何か不思議な気がします。そして、詩はやっぱり芸術だなあということを改めて感じさせられました。それで、詩は書けなくとも、何かちょっとしたエッセイでも書きたい気分になって、その昔、掲示板に投稿した記事を読んでいたら、「憑神」という映画を見た感想を書いた記事がありました。

 

それはエッセイとは関係ないのですが、この映画にこめられたメッセージが素晴らしく、詩はその作者だけでなく、人間の良さ、心情の美しさを感じさせてくれるのですが、この映画は、人生のすばらしさを教えてくれている気がします。以下は、その投稿した記事ですが、読みながら、懐かしさと共にまたこの映画を見たくなったことでした。投稿したのは2007年7月になっているので、約11年前に上映された映画ということになります。読んでいただければ幸いです。

 

≪映画「憑神」を見て

先日、「憑神」という映画を見てきましたが、面白そうな娯楽作品と思っていたら、なんと、素晴らしいメッセージが隠されていました。

幕末、俊才ではあるが運に恵まれない一人の若い武士がいました。運に恵まれない彼は人からすすめられ、気まぐれに小さな祠に神頼みをします。そして、神は神でも貧乏神に取り憑かれてしまうところから物語は始まります。貧乏神からは何とか逃れることができましたが、その貧乏神が忠告したとおり、貧乏神の次には疫病神、疫病神の次には死神に取り憑かれることになります。

死神に取り憑かれた彼は、じたばたするのをやめ、死神から逃げようともせず、潔く覚悟を決めて、死神に「早く殺せ」と言います。ところが死神は「私は死の段取りをするだけで、自ら手を下すことはない」と言います。それで、主人公はどうやって死のうかと考え始めます。そして、死と向かい合って考えているうちに、彼は「神にはできないが、人間であればこそできることがひとつだけある」ということに気がつきます。

それが、とっても感動的で素晴らしいものでした。それで、今までは運に恵まれず職にもありつけず、ぶらぶらしていただけの主人公でしたが、その、「神にもできない、人間だからこそできること」をするために立ち上がりました。

妻夫木さん、さわやかでとても格好よかったですよ。何と読むのか、名前も知らなかったのですが、いっぺんにファンになりました。もう1回見に行こうかな。なるほど、そうなんですね。「神にもできない、人間だからこそできること」が、あったんですね。人生って、そんなに素晴らしいものだったんですね。人生を再発見したようで、なんだかとてもうれしくなりました。

 

≪映画「憑神」を見て 2≫

憑神』の主人公、別所彦四朗は最後には死神に取り憑かれてしまうのですが、しかし、それも元はと言えば自分がまいた種、こうなったからには逃げも隠れもせぬ、というわけで死と向き合っていました。そして、願うことはただひとつ、「どうせ死ぬなら満足できる死に方をしたい」ということでした。自分にとって満足できる死に方とは何か?彦四朗は死と向き合いつつ考える中で、「神にはできなくて、人間だからこそできることがひとつだけある」ことに、気がつきました。それは何かと言うと、およそ次のようなことでした。


「死というものがない神には、命を懸けることはできない。しかし、人間は死ぬ。死がある人間であればこそ、命を懸けるということができるのだ。」


このように気づいた彦四郎は「わたしは、自分の志を遂げるために命を懸けることにした」と、死神にその胸中を語るのでした。

そして、死神、その死神というのは実はとてもかわいい女の子が演じているのですが、素晴らしい名演技を見せてくれます。そして、そのかわいい女の子の姿かたちをした死神も、そんな彦四郎が大好きになり、彦四郎のハートの中に入って、彦四郎と一体になります。そして彦四郎は神(死神)と一体になって、颯爽と志を果たしにいくのでした。

私は死神とのやり取りの中で語られた彦四郎の台詞、「死がある人間であればこそ、命を懸けるということができるのだ」というのを聞いたとき、頭の中の視界がぱっーと明るくなり、人生は何て素晴らしいのだ、と大発見したようにとてもうれしい気持ちになりました。

男子と生まれたからには、誰でも「命を懸ける」ということに、大きな憧れをいだく時期があると思います。いや、誰でも本当は心のどこかで、いくつになってもそんな憧れを抱き続けているのかもしれません。でも、本当にそれを果たせる人は少なくて、多くの人にとっては、果たせぬ夢・・・・それどころか、反対に「ああ、自分はダメだ」なんて思うことの方が多いかもしれません。実は私も未だにそこから抜け出すことができず、もがいているという感じです。

しかし、彦四郎の「死がある人間であればこそ、命を懸けるということができるのだ」という台詞を聞いたとき、命を懸けるかけないよりも、まず、いま、自分はそれが可能な人生を生きている、そのことが格好良く、とても素晴らしいことに思えてきました。そして、「死神なんて一つも怖くない」そんなふうに思えたことでした。

≪追記≫

ちなみにブログ「虹のじゅもん」さんの記事の中には、「海の誓い」という詩があり、わたしは特にこの詩が好きですが、その中に、

             海は待っているに違いない
      叶った夢の報告を
      叶わなかった夢の報告を
      新しく見つけた希望を

という素敵な一節がありますが、ほんとに「そうだなあ」と思い、もっと夢をもって生きていかなきゃあと思ったことでした。

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休日のひととき

2018年05月07日 | その他

連休最終日の6日、東京から来ていた息子たちが帰り、孫たちから解放された奥方がどこかへ出かけようかと言うので、近場のお気に入り場所、ワイルドネイチャープラザとアクアワールド水郷パークセンターへ出かけました。往復時間も含めてわずか4時間ぐらいですが、とても良い休息の時間でした。以下はその時の写真です。

 

ワイルドネイチャーの入り口近く。写真ではあまり良い色が出ていませんが、こんもり茂ったエノキの緑豊かな感じに、いつも見惚れてしまいます。

 

これもエノキですが、1本ではなく、数本固まっているので人工的に植えたのではなく、自然にあったものを伐採しないで残したものと思われます。

 

西側を流れる木曽川で、ここはウインドサーフィンのメッカ。広々した眺めのなか、滑るように走るセールを見ていると気持ちがよい。

 

向こうに見えるのは養老山地。手前の小さな茂みが意味あり気です。

 

以下は「アクアワールド水郷パークセンター」での写真です。

老夫婦がベンチに座って山並みを見ていました。 いい眺めです。

 

ここは「美しき青きドナウ」の畔、と言いたいけど、すぐそばを揖斐川が流れていて、その支流です。

 

誰もいないベンチ。ここはあなたが座る場所です。ご自由にここに座った気持ちになって下さい。

 

「黄菖蒲」          

 

 

シャボン玉     

 

 

チューリップの花飾り

 

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肉食を減らすことは平和につながる

2018年05月02日 | 信仰

近年、とりわけアジア諸国の経済発展が著しく、人々の生活が豊かになってきましたが、豊かになれば統計的に野菜食から肉食へと変わる傾向があり、また世界の人口増加と相まって世界の肉の消費量が年々増加し続けているとのことです。

しかし、肉食は牛や豚が殺される際の恐怖心や怒りの感情から血液中に毒素を生じ、それを人間が食するときには、多少なりともその毒素も共に摂取することになり、肉食の多い人は短気となりがちです。

増え続ける肉食の需要に応えるため、これらの飼育のために、アマゾン流域やインドネシアなど世界全体では、毎年日本の四国の面積に匹敵するほどの森林が失われているとのことです。さらには、世界の穀物生産量の1/3が家畜(牛、豚)や家禽(ニワトリ、カモ、アヒルなど)、養殖魚の飼育に消費されているとのこと。つまり、豊かな国の人たちの肉食のために、人間の口に入るべき穀物が家畜の餌となり、その分、穀物の値段が上昇し、貧しい人たちには買えなくなり、飢えて苦しまなければならない原因になっています。

ちなみに牛や豚の体重を1kg増やすために必要な穀物の量は、牛なら7kg、豚なら4kg、鶏なら2kg、魚は1.8kg必要と言われていいます。これでわかるように地球上の穀物を無駄にしないためには、できるだけ効率の悪い肉食を控えることが理にかなっていることになります。

また、肉食の弊害はこれだけではなく、効率を追求して、虐待と言ってよいほどの劣悪な環境で飼育し、身動きできない状態の動物を病気にさせないため、また早く大きくするため抗生物質やホルモン剤が大量に投与されているとのことです。肉を食べるということは、当然これらの不自然な薬物も摂取することになります。

また、これら動物を飼育するには多量の水も消費され、逆にこれらの動物から吐き出される糞尿による水質汚染も問題になってきており、さらには牛のゲップには二酸化炭素の何倍もの温室効果があるメタンガスが含まれ、これも今や地球温暖化の大きな原因にもなっています。

このように肉食することはいろいろの弊害があるのですが、これを逆に言えば、わたし達一人一人が肉食を減らせばそれだけ、飢えて死んでいく子供たちを減らすことができるし、また、温暖化に歯止めをかけることにもつながり、さらには、明日を生きることさえも不安でいっぱいの人々に安心感を与え、格差による不満を減らし、それだけ政情も安定し、しいては世界の平和にもつながることにもなります。

 

以上は「生長の家」で教えられていることですが、アメリカのニール・ドナルド・ウォルシュ著の『神との対話』には、およそ次のようなことが書かれていました。

○毎年何百万の子供たちが、涙にくれる母親の腕の中で、痩せほそって死んでいくのを見ながら、あなたがたはそれを止めようともせず、見て見ぬふりをしている。あなたがたは自分にはそんな力はないというが、力がないわけではない。ただ、止めようという意思がないだけだ。

 皆さんはどう思われますか?

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ある焼き肉店主の物語

2018年04月30日 | 人生

生長の家に「いのちの環」という月刊誌がありますが、その5月号の特集記事で、繁盛していた焼き肉店をやめて、完全菜食のカフェー&レストランの店に切り替えたオーナーへのインタビュー記事があります。 

それによりますと、オーナーは若いころは肉大好き人間で、それで焼き肉店をオープンした。8年後には従業員15人もいるほどの大繁盛であったが、ある時、インターネットで屠殺される牛や豚の生々しい動画を見て、その動物たちの気持ちが伝わってきて涙が流れて仕方がなかった。そして思い出しては1週間ほど泣いていたそうだ。それからいろいろ迷い悩んだ末、奥さんの励ましに後押しされ、焼き肉店をたたみ、苦労の末、完全菜食のカフェー&レストランをオープンするに至ったとのこと。オーナーは以前は体重90キロもあったそうだが、今は60キロ以下となり、また、完全採食になって奥さんのアトピーもなくなり、夫婦ともに性格も穏やかになったとのことです。

興味のある方は、下のアドレスをクリックしていただくと、カラー写真入りのその記事全文を読むことができます。是非ご覧ください。

http://hidokeilife.com/s/inochinowa/%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%82%bf%e3%83%93%e3%83%a5%e3%83%bc_%e7%84%bc%e8%82%89%e7%b9%81%e7%9b%9b%e5%ba%97%e3%82%92%e6%ad%a2%e3%82%81%e3%80%81%e3%83%b4%e3%82%a3%e3%83%bc%e3%82%ac%e3%83%b3%e3%82%ba/

 

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シスター・鈴木秀子さんが語ったこと ②

2018年04月11日 | 信仰

≪先だった娘と母親≫

7年前に娘さんが自死した母親がシスターのもとに通っていたそうです。その母親は次のように言います。

母親:その時点でもう母親失格みたいな、自分の人生すべて否定されたような感じ。寝たきりみたいな生活でした。

そして、3年間ほとんどそんな状態だった敏子(仮名)さんに、シスターは辛い思いを吐き出すように言い、ひたすら聞き役をつとめたとのこと。母親は続けて言います。

母親:(シスターに)言って言って言い続けて、もっともっとって、自分のそういうものを吐き出すと、ある時、ふっと気がつくことがありました。気づいたのは、「いつかは死ぬ」ということ。自分自身も含めていつかは死ぬ。人生は思うようにならないけど、楽しいこともある。生きていてもいいんじゃないかな、自分自身がね。生きていてもいいんじゃないかなという気持ちになった。

そして、このように立ち直り始めた敏子さんに、シスターが次に勧めたのはシスターが開催しているセミナーでその体験を発表することでした。そして、敏子さんはセミナーで体験を発表する。その敏子さんにシスターは言う。 

○あなたにどういうことが起こって、どんなに辛かったかということをみんなに話されたときに、たくさんの人が「勇気をもらいました」って言ってたじゃありません? わたしはあの場面を思い出すたびにもう本当に起こってほしくない出来事が起こり、その出来事によって、今のあなたがあるという、そして、あなたが想像しないところでたくさんの人があなたから勇気をもらっている。だからお嬢さんは大きな贈り物をお母さんにしてくれましたね。お嬢さんは素晴らしいことを天国から働きかけていると思うんです。

場面が変わって、そのことについてシスターは司会者に次のように語っていました。

○やっぱりはじめはとても苦しみましたね。当然ですけども。ずーと辛い思いをしながらも、それでも私のところにきて、今、いのちがあることが、娘はいないけれども、自分はこうして生きている。娘が十何年も自分と一緒に生きてくれたというのが、どんなに嬉しいことだったか、娘のことを思うとやっぱり心が温かくなってくる。だから、娘というのは今は姿は見えないけれども、母親にとっては大きな恵みの存在である。それがわかるようになったときに、娘は死をもって自分に人生で最も大切なことを教えてくれた、それがわかったと言うんですね。

 

いやあ、何か深そうな話ですね。

 

≪臨死体験で変わったこと≫

司会者―—臨死体験をした後、何か変わったことは?

○誰かがなくなったときに、家族は泣いてますよね、亡くなったときに、あの人はあの素晴らしい世界へ行ったんだから、その人のために喜ぶ。家族は悲しいから家族のためには祈りますけれども、亡くなった人のためには喜びを感じるようになりました。それがとても大きなことですね。

司会者――あちらの世界が素晴らしい世界だから、(患者が)病気で苦しんでいらして、厳しい状態の時にも、「安心なさってください」という言葉が説得力を持つんでしょうか?

○(死がまじかに迫っている人たちに)私は手を当てたまま、本当に神様の愛が伝わって私を通ってその方に伝わり、神様の愛が循環しているような、臨死体験で味わった無条件の愛の中にいる安らぎというか、安心感というか、そういうものをもう一度わずかに再現している幸せを感じます。

司会者――なぜ臨死体験の幸福感が再現されるのですか?

○つらい人とか、もう死が控えている苦しい苦しい人はもう見栄とか、体面をつくろうことができない。いのちのギリギリまで迫られているから、その人の“ありのまま”をさらけ出しているわけです。だから私はその人たちから刺激を受けて、自分も飾ることなく、その人たちから“ありのまま”を引き出されて、そうすると、お互いに一体感が浮かんでくるんですね。もう死ぬ前の人間が一番望むのは“愛”だけですよ。だから自分も愛を溢れさせるし、愛を受け止める。だから病人をお見舞いに伺うのは大きな喜びであり、恵みであり、癒しを与えてもらう瞬間でもあるんですね。

 

≪これからの目標≫

司会者――最後に、これからの目標は?

○一つ大きな目標があるんです。年を取るにつれて全部、どんどん、昨日までできたことが、今日はできなくなる。失われてゆく。じゃあ、自分が最後の最後まですることは何だろうかと考えたときに、気づいたことは、息を吸うことと吐くことじゃありません? だから、息を吸うことと吐くことは死の瞬間までするから、これを使わない方法はないと思ったんです。吸うときに感謝を込めて吸い、吐く息に神を讃美する。感謝、讃美という思いを込めて、吸ったり吐いたりする特訓を自分にしているんです。

 

テレビを通して聴いているのを忘れて直接に指導してもらっているような気持ちになり、神の愛が降り注いでくるようでした。名前が一字違いのシスター・鈴木秀子さんに心より感謝です。おかげで自分の名前が好きになりました。感謝、合掌。

 

トチノキ(マロニエ)  横浜「山下公園」で。 はじめてこの花を見たときには、白い衣をまとったキリストのように見えたものでした。

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シスター・鈴木秀子さんが語ったこと ①

2018年04月09日 | 信仰

「あしたも晴れ!人生のレシピ」でシスター・鈴木秀子さんが語っていることを、文字にして整理しておこうと思って、スローで再生しながら、メモしておりました。すると。耳で聞いているだけよりもなお一層深い味わいを感じ、改めて感動させられました。本を読むとき、読むだけでなく抜き書きすると、同じ言葉が一層味わい深くなるのと同じですね。以下は、その番組で語られたことを、すべてではありませんが文字にし、まとめたものをブログ用に書き直したものです。

 

≪苦しみを幸せに変える秘訣は?≫と司会者が質問したのに対し、

○東北の大震災直後に“絆”ということがたくさん叫ばれましたね。「自分自身と良い絆を築く」これが幸福になる第一の法則と私は確信しています。あなたが自分を叱りつけたり、「なんであんなバカなことをしたんだろう」とか言って自分を責めたりしていると、その人は必ず他の人との関係も悪くなります。「ああ、また自分を責め始めたな」と気づいたら、このマジックカードを覚えておいてください。「意外と私は~~」と言うんです。「意外と私は頑張ったじゃない」とか、「意外と私はみんなに感謝している」、そういうふうに自分のよいところを引き出してみて下さい。

 

≪治る見込みのない病気にかかって心配している男性からの相談の手紙に対しての返事≫

○迷うことも、苦しむことも、人間として当たり前ですが、そういうことを通して、また神様が導いて下さり、すべてよく計らっていて下さると私は確信しております。ともかくその時は、湧き起こってくる感情(心配や不安のことか)を認めながら、それに振り回されず、その場その場ですることに心を振り向けていらっしゃるのが一番かと思います。

このような返事の手紙の中にたくさんの「祈る」という言葉があり、「祈ります」という言葉があったとのこと。そして、以来、その病気の症状がまったく出ていないと、男性は語っていました。

シスター鈴木秀子さんにはこのようなたくさんの手紙が来るそうで、中には何十枚もの長い手紙があるとか。そして、鈴木秀子さんは言います。

○でも、書き終わった時には、「何か心が安らかになりました」というような文章になってるんです。その人の辛さを分かち合って理解してくれる人があると、自然と自分で解決する力が湧き出て乗り越えていくと思います。

また、次のようなことも語っておられました。

○周りの人たちは、「そんな辛い話ばかり年中聞いていて、よく身が持ちますね」って言いますけれども、私はただ側にいて、お祈りで支えることしかできない。いつもすべての人の苦しみを担われてたキリストが共にいて下さる。その人と共にいて下さるという確信が私の中にありますから、だから私は苦しみを吸い込まない、しょわない、キリストに背負ってもらいますから。

○(私は)病気を治してあげて下さいとは祈らない。「治してもらうように祈って下さい」ってみんな言いますよ。「この苦しみがなくなるように祈って下さい」。でも、苦しみがなくなることがその人にとってはたして良いのかどうかわからない。その苦しみを通して、その人が人間として成長していくために、その苦しみに出会っているのかもしれない。今起こっていることの中から、その人が人間として成長していくために役に立つ力を与えてください、というように祈りますね。

 

≪祈りについて≫

「祈りとは何ですか?」と司会者に聞かれたときには、次のような話をされていました。

○或る男性から、「自分は船に乗っているので家に帰ることが少ない。自分の留守中、妻が自分の気に入らないことがあったりすると、子供に暴力をふるったり、火傷をさせたりする。誰かに子供を預けたいが、自分の両親は亡くなっていないし、頼れる人もいない。子供を施設に入れる以外にない」という話だった。私も黙って話を聞いていて、「そうかもしれない」と思った。その時わたしが心から伝えたことは「あなたのために毎日祈ります」ということでした。そしたら、その男性は穴のあくほど私の顔を見てて、「自分のために祈ってくれる人が世の中にいる!」と言って、わっーと涙があふれた出た。そして声を上げて20分ぐらい泣き続けたんです。そして立ち上がって、「自分は祈ってもらっているから大丈夫です。子供も必ず守られて、いい子供として成長していきます」と言った。そういう力を与えてくれるのが祈りなんだと感じました。

本当に素晴らしい話ですね。この男性は子供のことをどんなに心配し、煩悶していたかと思います。そして、尊敬しているシスターからの「あなたのために祈ります」という言葉を聞いた時の様子が目に浮かぶようで、思わずもらい泣きしそうでした。

 

「祈り」について、シスターはこの後このようにも語っておられました。

○(小さいとき、虫眼鏡で太陽の光を集めて新聞紙を燃やした経験から)祈りを知ったとき、私は虫眼鏡なんだと思いました。誰かが苦しんでいる。だけどその人が良くなっていくには力が足りないかもしれない。でも太陽があって虫眼鏡さえあれば、その方の癒やしに火がついて、癒しが活性化していく。あるいは勇気が盛り上がって行く。だから神様はいつでも愛を降り注いでいて下さるけれども、虫眼鏡で集中してその人の中にエネルギーを入れていただく、その助けが祈りだと思ったんです。

 

 花(カタクリ)よ、お前も感動しているのか?

 

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シスター 鈴木秀子さん

2018年04月03日 | 信仰

先日、録画するような番組はないかとテレビの番組表を見ていたら、ふと「鈴木秀子」というわたしと一字違いの名前が目に入った。題名を見ると、Eテレの「あしたも晴れ!人生のレシピ」という番組だった。まったく知らない番組だが、とにかく鈴木秀子さんが出演するなら是非見たい、というわけで、すでに7分ほど過ぎていたが録画しながら、番組を見ていた。この人の書いた『愛と癒しのコミュニオン』という本を前に読んだことがあり、大いに感銘していたので、どんな人か興味津々で見せてもらった。

予想以上に素晴らしい人で、「ふと番組に気がつけて良かった、これぞ神様のお導き」と感謝したことだった。86歳になられるそうだが、今なお忙しくご活躍されているらしい。そんな様子を見ることができ、たいへん嬉しい。

最初の7分を見逃したので、再放送はないかと調べたら、4月6日(金)、11時から再放送があることがわかった。4月6日はわたしの誕生日で、わたしにとってこの上なくうれしい誕生日プレゼントである。

シスター鈴木秀子さんは、47歳の時、修道院の高い階段から転げ落ち、5時間ぐらい意識不明になり、いわゆる臨死体験をしたとのこと。白い金色の素晴らしい光が満ちていて、その中に自分が立っている。そして「無条件の愛とはこういうものだ」と、その時強く感じた。それ以来、死は恐れることではないと確信し、死をマイナスにとらえることはなくなったとのこと。

そして今、ライフワークとして回復のむつかしい人たちを、病院や施設に尋ね、見舞いに行く。そして、その人たちの手を握り、呼吸を合わせると、一体感が湧いてきて、自分と相手とが一つになり、自分を通して神の恵みが注がれるようにと祈るのだそうだ。

そう語るときの、シスター鈴木秀子さんのお顔がいかにもやさしく穏やかで愛に満ちていて、深く印象に残ったことでした。

最期に司会者が「幸せになる秘訣」ついて質問したとき、シスターはこう答えていました。

一つは聖なるあきらめ。わたし達を苦しめるのは「もっと、もっと」という欲張りな気持ち。その気持ちを捨てて(今の自分、今の環境など)を素直に受け入れること。それによって「別の道」が見えて来るとのことでした。

もう一つは、寝る前に3つのことに(何でもいい)感謝をすること、だそうです。感謝は心を穏やかにするのだそうです。

 

チャンネル  [Eテレ] 2018年4月6日(金) 午前11:00~午前11:45(45分)

番組内容  カトリックのシスター鈴木秀子さん(86)が、臨終の人々を看取ってきた経験や信仰、臨死体験という特異な体験から得た、独自の死生観や、人生を豊かにするヒントを語る。 (NHK番組紹介より)

 

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剪定班のサムライたち

2018年03月23日 | その他

わがシルバーの剪定班は8人中7人が御年70歳を超えていて、しかもそのうち6人は75歳以上だが、いずれも疲れを知らない猛者ばかりで。さすがに戦前生まれは違うと認めざるを得ない。。

75歳以上の6人のうち3人は「疲れた」と口では言いながら、実際は疲れた気配も見せず、元気いっぱいだ。「いやあ、元気がいいねぇ!」と感心すると、「いや、やっぱり疲れるよ」とは言うが、一つも疲れたようには見えない。

残りの3人は「疲れた」とも言わないから、先日、1人に「疲れることないの?」と聞くと、「うーん、ないねぇ」と答え給うた。こうなると、元気というより、神経が鈍いのか、と思わず疑いたくなるのだが、最近になってこの人は1人暮らしということを知った。75歳を超えて1人暮らし・・・それでいて、寂しそうな「たそがれ」たところがないから、ますます尊敬したくなった。この人が剪定班にきてもう5年は過ぎたと思うが、そんなことは今まで一言も言わなかった。こちらがあれこれ聞いているうちに、はじめて聞かせてくれたのだが、それだけでも感心させられたことだった。ただ、この人はここだけの話・・・総入れ歯です! 

同じく75歳を超えている別の1人だが、仮に治郎兵衛さんとします。治郎兵衛さんは班長で剪定の仕事はもちろん、見積もりのための下見もしなければならないし、個人的に受けている仕事も少なくなく、その他に畑も楽しんでやっている。新聞に時々俳句も投稿していて、日記も毎日書いているとのこと。そしていつも明るく、前向き思考で大いに見習いたいと思っている人である。

さて、この人の自宅の近くに彼より一回り若い独り身の女性がいるそうだ。そして、治郎兵衛さんの奥さんに「お宅の御主人は本当によく働かれて、いいご主人ですねえ」と、いつも褒めるとのこと。そして、ある時、この女性が、いつものように褒めるので、その治郎兵衛さんの奥さんがこう言ったそうだ。

「そんなに良かったら、うちはもういらないので、どうぞもらってってください」

すると、近所の女性はこういったそうだ。

「いえ、わたしも結構です!」

剪定作業をしながらこの話を聞いていたが、思わず吹き出してしまった。そして、何かの拍子に思い出すと、また笑ってしまうのである。

 

思い出しましたが、昼食の時、家内はいつも「徹子の部屋」を見ていて、私は関心ないのですが、ただ、この番組の途中、中井貴一が人力車夫で2人の若い女性を乗せて走って来るコマーシャルがありますね。そして、若い女性が「あれ、中井貴一に似ていない?」と言う。そして、その後の中井貴一の仕草や表情が面白くて、何回見ても笑ってしまうのですが、皆さんはどうですか?

 

話を元に戻して、もう1人、忘れてならない人がいる。この人は剪定に関しては細かい丁寧な仕事は不得手だ。そのかわり、高いところも、人が嫌がるようなやりにくいところも、決して文句を言ったりしない。それどころか、「俺の得意なところだ」と言いたげである。それだけではない。生垣を剪定する道具に電動バリカンがあるが、切れなくなれば、しかるべきところへ出して研いでもらうのが本来なのだが、事務所はいつも予算がないという。それで、この人は自分から奉仕で分解し、刃を研いでくれるのである。こんなに気前がよくて気持ちのいい人はまずいないだろうと思う。余計なことだが、この人は前歯が何本か抜けている。だから硬いせんべいは食べられない。

 

ともかく、そんなこんなで、剪定班先輩の面々には、感心することばかりである。

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おう、ビューティフル

2018年03月19日 | 

ラッパスイセンが咲き出すと、庭がいっぺんに春が来たようになる。ゴッホの絵の黄色は激しく燃えるような印象を与えるが、この花の黄色はいかにも明るい。仏壇に挿してあるラッパスイセンは、お参りするたび、ニコニコと微笑みかけているようである。それで、はじめてこの花のアップを撮りたくなったが、なかなか微笑みかけているようには撮れない。

下の写真は「ヒメオドリコソウ」だが、こんな写真が撮れると嬉しいものだ。まさに「ワンダフル、ビューティフル」と言ったところ。

 

 

 

 ヒメオドリコソウ

 

  

○毎朝、顔を洗って「顔を洗った、ああ、ありがたい」と分かるのが悟りであります。空気を吸うた、ああ、ありがたいと感謝できるのが悟りであります。 

○われわれの心が麻痺していませんでしたら、いつも顔を洗って嬉しい、いつも空気を吸って嬉しい、いつもご飯を食べて嬉しい、というように、ありがたさは天地の間に満ちているのです。このあたりまえのことに天地の恵みを自覚してありがたいと分かるのが悟りであります。 

○物質を物質として観るかぎり本当のありがたさは湧いてこないのであります。化学方程式の世界であって、あるべきものがあるべきように動いているのですから、ありがたさは湧いてこないのです。ところが物質を見ても「物質は無い」と知り、そこに神仏の愛、兄弟の愛が現われているのであると知ると初めてありがたさが湧いてくるのであります。  『生命の実相』26巻  P5~6  

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講演会、そしてセツブンソウ

2018年03月15日 | 信仰

3月10日は講演会でした。講師はまだ30代の、そして生長の家に入信して4年半という若い先生でしたが、さすが宇治に奉職されているだけに、やさしい話でありながら、体験をまじえた味わいのある話に春のような幸せな気分になりました。そして、誰でも知っているやさしい話でも、味わいのある話はできるものだということを教えられました。

生長の家に奉職する前は警察官で、その頃は、何かにつけて「バカヤロウ」が口癖だったとか。たとえば「なんだって今日は雨なんだ、ばかやろう」とか、「なんだってここで信号が赤になるんだ。バカヤロウ」とか、そんな感じだったそうです。そして、悪いところを見つけるのが癖で、生長の家に来るまでは「人の良いところを見よう」などと、そんなこと考えたこともなかったそうです。そんな日々だったから、宇治別格本山の研修員になって、「ばかやろう」が「ありがとうございます」に変わり、「悪いところを見る」が「良いところを見る」に変わり、さらに神に祈ることを知り、人生が一変したという話をされました。見かけは坊主頭のその辺のお兄ちゃんという感じですが、きっとこれから年輪を加え、ますます素晴らしい本部講師になっていくんだろうなあと頼もしく思いました。

講演会は午後2時からで、私は運営委員で早く来ていたのですが、あいにく他の大きな行事と重なってしまい、もう午前中から駐車場が満杯になり、せっかく来てくれた息子も近くにも車を駐車するところがなく、やむを得ず引き返し、話が聞けずじまいで、本当に残念なことでした。

さて、話は変わりますが、今年は例年になく寒い冬でしたが、暖房は入浴後から布団に入るまでの1時間半ほどしか使いませんでした。朝は5時半に起きていますが、どういうわけか、特に我慢をしていたというわけでもないのに、暖房の必要を感じず、自分でも不思議に思っているのですが、ともかく灯油が節約でき、二酸化炭素排出もそれだけ少なかったと喜んでいます。

そして、一気に春が来たような感じですが、講演会の翌日の11日は、春の陽気に誘われて、伊吹山の麓にセツブンソウを見に行きました。去年も出かけたのですが、今年も3月の声を聞き、「春の妖精」が見たくなって出かけた次第です。その後、これも定番の三島池から伊吹山の雄姿を拝み、そして最期は水郷アクアパークを散歩してきました。以下はその時の写真です。

 ≪セツブンソウ≫

 

 

≪伊吹山≫

 

 

≪水郷アクアパーク≫

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過去のすべてのものに感謝し・・・

2018年03月09日 | 信仰

私は、はじめて『生命の実相』を読み始め、読み進んでいたころは、それはそれは感激で、今でもその頃のことを思い出すのですが、そのせいか、他の人からも教えにふれたきっかけの話を聞くのが好きです。

今月出講したところでは、現在72歳になる人からこんな話を聞きました。

その人の子供が脳性麻痺だったか、正確には覚えていませんがともかく脳何とかという病気になり、そのことで心を痛めていた。そんなある日、仏壇の引き出しに生長の家の「白鳩」誌が入っているのを見つけ、何となく読んでみた。そして「いいことが書いてある」と思った。それで、もっと生長の家の本を読みたくなった。すると、彼は養子ですが、そこのばあさんが(その時は既に他界していた)生長の家を信仰していたことがわかった。そして近くに地方講師がいることも分かったので、その講師の家を訪ねていった。そこで『生命の実相』を読むように勧めらて読み、感動し、そして教化部で『生命の実相』40巻すべてをいっぺんに買ったとのことでした。彼は病院のレントゲン技師をしていたが、いまは養子先の金物屋を引き継ぎ、その仕事をしているとのこと。息子は車いす生活で、毎日作業所まで送り迎えしている。そして息子は作業所の仕事を楽しみにしているとのことでした。彼は70歳を超えているのに、まったく濁りのないとても澄んだ目をしていたのが印象的で、世の中にはこういう目をしている人もいるんだと感心したことでした。そんな人だからこそ、40巻すべてを一度に買ったんだろうと思いました。

また、こんな話を聞かせてくれた人もいました。その人は九州から集団就職でこちらへ来ました。その就職先の社長夫婦が生長の家の信仰をしていて、彼は奥さんのアッシー役を頼まれたりすることがあり、そんなことから生長の家を知るようになった。あるとき、その会社の研修で生長の家の本部練成会(飛田給)に5日間の予定で参加させられた。行く前は嫌な気持ちだった。ところが、いざ受けてみると素晴らしい話ばかりで大いに感動した。そして社長にぜひとも10日間、最期まで受けさせて欲しいとお願いして、最後まで練成を受けることができ、感動し、入信したとのことでした。

その時の彼の感激はいかばかりだったかと、社長に「最後まで受けさせて欲しい」と直訴したという話を聞きながら、自分のことのように感激したことでした。彼はその頃、本がスラスラと読めなかったそうですが、『生命の実相』にはすべてフリガナがしてあるので大いに助かった。スラスラと本が読めるようになったのは『生命の実相』のお蔭です、と言っていたのが印象的でした。

 

話は変わりますが、出講の勉強でテキストの『如意自在の生活365章』読んでいたらP79にはこんなことが書いてありました。

○“過去のすべてのもの”に感謝し、“それらすべて”の今後の栄えのために祝福と感謝の愛念を送って、そこを去って行くとき、必ず、その人には、新しき一層善き人生が始まるのである。この世界は、神の造り給うた世界であり、神の支配し給う世界であるから、無限に“人のためになる仕事”また“自分が生き甲斐を感ずる仕事”がチャンと準備されているのである。それはその人の年齢の如何に関することではない。あなたが、なお地上生活の停年が来ない限り既にあなたに必要な仕事は今そこにあるのである。今そこにあるものを今ここに見出し得るか否かは、あなた自身の“心境”“心の態度”“心の傾向”如何にあるのである。「一切万事われより出でてわれに還る」である。

ここにある最初の「過去のすべてのもの”に感謝し」が私の心をとらえ、「そうだ、それはとてもよい事だ。過去のすべてのことに感謝しよう」と思ったら、それだけで嬉しくなってきました。そして、小学校からの先生一人一人を思い出し、また会社で世話になった人々を思い出しつつ「ありがとうございます」としばらく唱えるようになりました。まだ始まったばかりですが、とてもよいことに気づかせてもらったと嬉しい最近です。そんな時、4,5日前ですが、新年度シルバー人材センターの役員(2年)を頼まれました。ふつうならなんだかんだと逃げるところですが、気持ちよく受けさせてもらいました。神様、よろしくお願いします。

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神秘に打たれる

2018年03月04日 | 信仰

アインシュタインが5歳の時、父親がお土産にコンパス(方位磁石)を買ってきてくれた。そして、そのコンパスの針が、手で触れもしないのに勝手に動くのを見て、この世には目に見えない不思議な力があるのを感じ、神秘な感に打たれたとのこと。そして、そのことが後年物理学を志すきっかけになったのだそうです。

以前にもどこかで書いたと思いますが、私が生長の家の教えにふれる前、小・中学と仲のよかった同級生が、ある宗教に入っていて、その宗教の悪い噂は聞いてはいましたが、その同級生にどんな教えなのか聞きに行ったことがありました。そして、その後、別の日に幹部らしい人を交えて話を聞いたことがありました。どんな話だったかほとんど記憶はないのですが、相手の言ったことに対して「片手、片足がなくても、人間の値打ちには何の関係もない」と反論したことをよく覚えています。

たとえば、好きでたまらない恋人がいたとして、その恋人が顔にひどい火傷をし、顔が醜くなったとしても、それでもやっぱり気持ちが変わらないのが本当の恋愛だと、純情な青・少年年時代には多くがそう考えると思う。

しかし、「片手、片足がなくても人間の値打ちは変わらない」と反論した私も、「なぜ?」と聞かれたら、説明はできなかったし、「ほんとうの恋愛なら、たとえ火傷して顔が醜くなっても、好きな気持ちは一つも変わらない、それが本当の恋愛だ」と言う人も、「なぜ?」と聞かれて答えられる人はまずいないのではないかと思う。

その疑問は、生長の家の「人間は肉体ではない。ほんとうの人間は神の生命(いのち)である」という人間観になってはじめて「成るほど」と得心できるのだと思う。それは電灯が明るく輝くのは電灯自身が輝くのではなく、発電所から送られている眼に見えない電気が電灯の中を流れて輝いているのと同じで、その電気に相当するものこそが本当の人間であるというわけですね。

谷口雅春先生の『生命の実相』という本には、そのことが諄々と説かれていて、そして「神は本当にいたんだ!」という驚きとともに、神秘の感に打たれる。そして多くの人が、このような人間観、世界観があったのかと驚き、神秘の感に打たれ、もっと教えを理解したいと思って生長の家にやって来ます。

私はこのごろ、実際の自分ははなはだ不完全でありながらも、神想観で神と一体であることを念じ、また、日常生活の中でも、「完全円満な素晴らしい神と一体である、自分の内に神が生きている」と念じるとき、とてもありがたい気持ちにならせていただくことができ、「人間、神の子」の教えの有難さをしみじみ思います。

2月の練成会で、ある女性講師が講話の中でこんな体験談を聞かせてくれました。

彼女は4人兄弟で、彼女が一番上で18歳の時、1番下の子は3歳だった。そんな時、母親は子供たちを残して家出をしてしまった。彼女は「3歳の子をおいて家を出ていくなんて、どうしてそんなことができるんだ」と、母親を恨んだ。そして生長の家を知り、練成会に参加し、浄心行をするようになった。どうしても母を許せなかったが、浄心行で母に対する恨みを思いのたけ、書き連ねた。そして書き終わったとき、とてもすっきりした。そして彼女は講話の中で、こう言いました。

○母が生んでくれなかったら、私は今ここにいない。何をしてくれたからありがたい、これをしてくれたから有難いじゃないんです。産んでくれたそのことが有難いんです。

聞きながら、涙がこぼれそうになりましたよ。そして、「産んでくれたそのことが有難い」ということが、初めて私にも実感として伝わってきました。

世の中、A1か人工知能か知りませんが、そんなことに驚くより、もっと驚くべきことがたくさんあるのにと思います。もし、神がいること、そして、その神が自分の内に生きていること、しかもそれこそが本当の自分であるとしたら、人工知能どころではないだろうに、と思います。名人に勝つ人工知能などより、この彼女の話の方がよほど素敵で感動的な話ではないかと思います。

ちなみに彼女の母は今80歳を超え、○○に住み、舞妓や芸者さんたちの着物を縫う仕事をしていて、元気で、裕福に、そしてカラオケなどしながら楽しく生活しているとのこと。よかったですね。蛇足ですが、別に男ができて家を出たわけではないそうです。きっと何か事情があったのでしょうね。いずれにしても、すべては神の栄光顕われんがためですね。

○この何事にも絶対に必要な直覚力を養成するにはいかにすべきか。幼時より子供の「神秘がる心」を押し消さないようにすることだ。神秘なることを神秘として教えよ。深く考えれば実に神秘であるところの現象を、当たり前の茶飯事だとして、見逃してしまうような習慣をつけてはならぬ。人間を心臓というモーターで動く機械だと教えてはならぬ。草木をただの毛細管現象で生長する機械だと教えてはならぬ。神仏を偶像であると教えてはならぬ。あらゆる物にやどる生命の神秘を教えよ。神秘に驚異し、生命を崇敬し、その生命の神秘に一歩でも近づくことを名誉と思い、生命を合掌礼拝するように子供に教えよ。 (『生命の実相』第14巻 P161)

 

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 『不殺傷菜食者 3』

2018年03月01日 | 信仰

mikoさんの「不殺傷菜食者」をここに載せるのは第2弾までにするつもりでしたが、第3弾を読んでいましたらこれまた素晴らしく、男女の違いはあれども、自分もこのように愛深く、やさしき人間になりたいと感動せずにはいられませんでした。それで、またアップさせてもらうことにしました。

以下は『不殺傷菜食者 3』です。(当時プリントアウトしていたものを、写経するような気持でワードに入力し、それをアップさせてもらっています。)。

 

「不殺傷菜食者 3」

私のささやかな願いの投稿に、様々な反応を下さり、大変嬉しく感謝しております。『不殺生』について少しでも、多くの方が思いを巡らすご縁になれば、この上ない私の喜びであります。ありがとうございます。今回、食に関する以外の『不殺生』について投稿させていただきます。

『不殺生』を決意したときから、肉食をしないということもさることながら、私は虫を殺さないということも心掛けています。『不殺生』を決意する以前の私は、アリや蚊などが自分の目に映ればすぐに、何も考えることなく反射的にぶちっと潰したり、パチンとやっつけたりしていました。それまでの私にとって、それらの生命は明らかに自分を害する殺すべき『敵』だったのです。生まれたときからそういったことを疑いもせず、それが当たり前で過ごしてきたのですから無理もありません。

それに振り返ってみると、自分自身が実際『不殺生』を実践するまで、ベジタリアンや人間にとって害虫であるはずの虫の命を守る行動などに対し、心の中で距離を置き、どこか冷めた目で見ていた私がいたように思います。正直、不殺生採食も害虫たちを殺さないことも、実際に始めるまでは「栄養面では大丈夫だろうか?」「蚊や蜂の攻撃やアリやクモの侵入を、ただ受け止めることなんて本当にできるだろうか?」こういった思いを含め、「億劫だな、面倒だな、不安だな」などと私は思っていました。

しかし。すべては繋がっているいのち・・・生命礼拝・生命尊重・・・その思いは強く、谷口雅春先生の『心と食物と人相と』の御本にも巡り会い、私は決意を後押しされ、『すべての命あるものとの調和』を心に描き、『生命礼拝・生命尊重』を実践しはじめました。

例えば、洗面台にいた蚊に向かっては「ここでの体験を堪能したら出ていってくださいね」と声をかけ、「私はあなたを殺しません。ですから、どうぞ私たちの血を吸う代わりに、この水を存分にお使いください」と心の中で伝えてみたり、台所のちょっと困った場所におられるアリなどの場合は、「すみませんね」と言いながら、ティッシュなどでやさしく包んで外に移動させたりしています。我が家は昔ながらの古家で、ありとあらゆる害虫の出る今まさにその季節なのです。

しかし、『生命の実相』(第2巻だったと思います)に載っていた「すべての生物その所を得て相侵さざるは神の道なり」という祈りの言葉を支えに、ひたすら実践に勤しんでいます。すると実践するたび、不思議とあれほど憎っくき『敵』だった虫たちのことを「一個の生命が今を一生懸命生きているんだなあ」と愛おしく思えている自分がいることに気づきました。それは、私にとって衝撃でした。そう思える自分の心が「いかに平和で穏やかな気持ちに満たされていることか!!」私にとって何とも言えない嬉しい嬉しい驚きでした。「やってみないとわからない」、それが私の学んだことの一つです。

『虫たちを殺さない』それを実践する私に、友人がこんな話をしてくれました。

知り合いのおじさんの家に行ったら、軒先に大きな蜂の巣があった。でも、その蜂の巣、足れ下がっている部分がなんだか変な具合。よく見ると、ボンドで止めてある。おばさんに聞くと、「そうなの~、あの人モノ好きで、蜂がかわいそうだって言って、わざわざ落っこちた蜂の巣を拾ってボンドで治してあげたのよ。まったく変わり者なんだから~」とのこと。しかも、蜂の巣を修繕したおじさんは、蜂たちにまったく刺されなかったそうだ。ちなみに、「なんであんなことをするのかね~」と蜂に敵意を持つおばさんは、特に何の刺激もしないのになぜだかよく蜂に刺されるらしい。

この話を聞いて、なんだかちょっと嬉しい気持ちになりました。変わり者と変人扱いされるほど、生命の大切さを愛深く実践されているのかもしれないなあ、と。それならいっそ、おバカになるべきかもしれませんね。

我が家には小さい庭があり、少しばかりの畑を作っていいます。見よう見まねで作り始めたばかりですが、葉ものは虫たちの食べ放だいとなっていて、ほどんど芯しか残っておらず、全滅状態です。その状態を見かねた父母たちは、良かれと思い虫たちを捕殺してくれていますが、今までさんざん殺されるものとして扱われてきた彼らに対し、せめてもの償いと思い、「好きなだけ召し上がって下さい」と、私自身は全く何もしません。残念ながら、これらの野菜が、今旬の食卓に上がることはないでしょうが、それはそれでいいと私は思っています。私もちょっとおバカと映るでしょうね。水撒きなどでブンブン近寄ってくる蜂や蚊たちには「私はあなたたちを害する気は全くありません」と心の中で伝え、先ほどの祈りの言葉を唱えながらやり過ごしています。

調和しようとする心は伝わるのか、以前のようにむやみやたらに刺されることが減りました。刺されたとしてもかゆみが後を引くことがほとんどありません。またどうしても殺してしまった場合には、その虫の魂に向かって「このようなことになるので、もうこの場所には来ないように(人間に近づかないように)と仲間たちに伝えてください」そう言って葬っています。

大好きな生長の家の皆さんにお願いです!どうぞ、一匹の虫から始めてみて下さい。虫たちに愛を現わすことを実践してみて下さい。おバカになって「すべての生物その所を得て相侵さざるは神の道なり」という祈りの言葉を唱え、憎っくき『敵』だった]虫たちを愛おしいと感じてみて下さい。そこにいるのは虫ではなく、『一個の生命』だったと気づくことでしょう。そこには、目に見える現象の垣根を越え、『一個の生命』をいとおしい、そう感じられる自分の心が必ずあるはずですから・・・。そして、そう思える自分の心が、【いかに平和で穏やかな気持ちに満たされることか!!】平和な調和した世界は、その心を持ってしか表せないことを、お一人でも多くの方が実感して下さることを願っています。

拙い自分の体験から、実感したことを思わず綴らせていただき大変恐縮です。読んでくださりありがとうございました。

 

以上で、mikoさんの『不殺生菜食者』は終わりです。

プリントアウトしていたものを、ワードで入力していると、ひしひしとその心持が伝わってきて、特に最後の「平和な調和した世界は、その心を持ってしか表せないことを、お一人でも多くの方が実感して下さることを願っています」には、感動せずにはいられませんでした。どこの誰かは知りませんが、心より感謝申し上げます。ありがとうございます。

ちなみに文中の「すべての生物その所を得て相侵さざるは神の道なり」は『生命の実相』第12巻、129ページにも出ていて、この祈りの言葉を書いて立札をしたところ、ネズミが来て食物をかじられる被害が、それ以来なくなったという話が出ています。(2巻は確認していません)

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『不殺生菜食者 2』

2018年02月24日 | 信仰

今日はmikoさんの『不殺生菜食者』の第二弾をアップさせてもらいます。

感動と共に、読むだけでも浄められる心地がして、これを保存しておいてよかったとつくづく思います。イエス・キリストも、釈迦も、もし何も語らなかったとしたら、偉大な教えも、その足跡も何も残らなかった。それと同じ意味で、この投稿文を心から有難く思う次第です。以下『不殺生菜食者 2』です。

私の育った家庭は、どちらかと言えば食というもの(特に肉食)には、まったく関心のない家でした。ですから、子供の頃はハンバーグが大好きでした。しかし、生長の家の教えも知り、屠殺の際の動物たちの涙も知る大人になった私は、肉食をすると体に反応が出て戻してしまうようになり、自分の魂が肉食をすることを身体を使って拒否しているのだと感じるようになりました。その頃から、私は肉食を段々と減らすようになり、ハンバーグで言うなら、使用するお肉を、牛から豚へ、豚から鶏へと変え、量もなるべく少量にして豆腐ハンバーグへと移行してきました。そして、肉食をする際は必ず感謝の思いを添えていただくようになりました。すると、体の拒否反応は出なくなっていました。

しかし、その頃の私はまだ『殺生・不殺生』『生命』などについて思いを深く巡らせていたわけではありません。当たり前のように食していた動物たちが、実は涙を流していたのだと。涙を流しながら、私達人間のために犠牲になって肉を捧げてくれているのだと。なんと可哀そうなことだろう・・・、ああ、ゴメンナサイ!そんな思いをさせていたなんて!なんの懺悔もそして感謝の気持ちも抱かずにただ当たり前に食していた私を許してください。これからは、なるべく食することをやめ、食する際は感謝を捧げます・・・。そんな感じで、私の不殺生への道は始まり、続いていくのでした。

そんな中、前回の投稿文章に書きましたように、子供たちの生命に関わる様々な事件が起きるたび、“生命を守りたい”そんな強い気持ちが私の心の中に湧き起こりました。そして、「殺すものは殺される」という法則を考えたとき、友人が私に言った「目の前に来たからと言って、食料として殺された自分の子供の屍肉を食らう母親はいない」という言葉が、ストン!と私の中に入ってきたのでした。

女性であるわたしには母性というものが宿っています。すべての生命の母であると思える女性特有の母性・・・。その言葉は、私のこの母性を大きく揺るがしました。目の前に出されたもの、与えられたものを感謝して食せばいい。私にはそう思うことがもうできなくなりました。

だからと言って『不殺生』が絶対正しいから、すべての人がそうなるべきだと強要する気持ちはありません。私には小学生の子供がおりますが、不殺生菜食の強制はしておりません。自宅では動物性の食材を一切使いませんので自然と採食になりますが、学校給食ではそういうわけにはいきません。いっそのことお弁当を持たせようかとも思いましたが、子供自身が私の姿勢を見て自然と肉食をやめたくなったとき、その時、どうするべきかを考えることにしようと思っています。ただ、給食でお肉やお魚が出たときには、あなたのために命をくださるのだから、必ず「いただきます、ありがとう」と心の中で言ってね、と話しています。好き嫌いのまったくない子供ですが、最近は「お肉嫌だなあ」と言って残すこともあるようです。

ハンバーグ大好きだった私が、不殺生菜食者になるために歩んできた行程を振り返るとき、その時その時に応じたステップがあるように思えます。何も知らず、知らされる機会もなく、ただ当たり前に食していた段階から、感謝を捧げていのちを頂くという段階があり、やがては導かれ大調和の世界を描く要因になっていくのだと・・・。あくまでも、その個人の魂が自然にそう導かれたとき、あるべき形になればいいなと願っております。生長の家を知らない友人などにも、第一のものを第一にしなければ・・・という強い意志のもと、流産児たちへの思いと、生命礼拝・生命尊重からの不殺生菜食への取り組み、私のありのままをお伝えさせていただいております。

すると不思議なもので、だしの取り方がこんな本に載っていただとか、ベジタリアンのいいHPがあるよとか、畑で取れたお野菜を使ってねとか、遠方の友人などはわざわざ手書きの美味しい野菜料理のレシピを郵送してくれたりと、思い思いに協力してくださり、「絶対菜食までは無理かもしれないけど、少しでも減らしていけたらいいな」と言って、できるだけ採食に近づけようと、私に同調してくださる友人たちが増えています。

「またまた、そんな変なことに凝って・・・」と呆れ顔で私に言った実家の母も、次の日には「だしをとるのに安くてたくさん入った干し椎茸があったから買っておいたよ」と、私の行動に否定的なのかと思いきや、なんだかんだ言っても私の一番の善き協力者です。親というものは本当にありがたいものだとしみじみ思いました。

不殺生菜食者という今の私の姿勢が、少しでも良き影響を周囲に及ぼすことができたならと、ただ神様に全托し邁進して参ります。ありがとうございます。

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感動した記事

2018年02月23日 | 信仰

久しぶりの更新ですが、読んでいただければ幸いです。

生長の家の普及誌『いのちの環』96号に、わたしが書いた感想文が掲載されることになり、2月の初めに谷口清張先生の『一番大切なもの』という本をいただきました。(いやあ、ありがたいですね)

感想文というのは、92号に「福島第一原発の真実」という特集記事があり、それに対する「感想文を募集」とのことでしたので、ちょっとした感想を書いてメールで送らせてもらったのでした。まさか掲載されるなどと考えもしなかったので、そんなことならもっときちんと書けばよかったと反省しています。

これは感想というより、ほんとうはお礼の気持ちで書かせていただいたものです。お礼の気持ちというのは、『いのちの環』78号(平成28年9月号)に「獣医師が見た屠畜現場の実体と、いのちの尊さ」という特集記事があり、それを読んだとき驚きと共に感銘したからでした。肉食は健康のためによくないことや、また肉と共に摂取した血液中の毒素、つまり牛や豚の殺されることに対する怒りの感情から生成された毒素を摂取すれば、その毒素中和のため自分自身が怒りやすくなることを知っていたので、もともと肉は食べないほうでしたが、この特集記事を読んで、はじめて「かわいそうだ」という気持ちが湧いてきたことがうれしく、今回の原発の特集と合わせて一言お礼を申し述べさせていただきたいと思って感想を書かせてもらったのでした。(掲載に当たっては文字数の関係か、お礼の言葉は省略されています)

それにしても、この特集記事を読むまでは、牛肉や豚肉を食べながら、そのために牛や豚が殺されることは一つも考えなかったことが不思議な気がします。多くの人が「おいしい、おいしい」と言って食べるが、そのために彼らが殺されることには、まったく思い及ばないということが今更ながら驚きます。おかげで、私はこの記事のお蔭でチキンのから揚げも食べなくなりました(それまでも、めったには食べませんでしたが)。

さて、この件で思い出したのが、今から12年前の平成18年3月3日に、宇治別格本山のホームページに「E-VOISE」という掲示板があり(今はない)、それに投稿された次の記事です。

当時私はこの投稿記事を読み、大変感動し、自分もいつかこのような心境になりたいと思い、この記事を印刷していたのですが、いま改めて読み返してみても、当時以上に感動させられます。それで、その記事をたくさんの方の目にふれることを願い、どこのどなたかは知りませんが、無断で(きっと許していただけるでしょう)、ここにそのまま掲載させていただきたいと思います。以下はハンドルネームはmikoさんという方の投稿文です。

 

「不殺生菜食者」 

はじめて投稿させていただきます。私は、『不殺生菜食者』です。

子供たちの生命に関わる様々な事件が起きるたび、堕胎・流産児問題をいつも考えずにはおられず、心痛めてただひたすら祈る日々でした。“生命を守りたい”そんな強い気持ちが湧き起こり、すべての生命が繋がっている、もうこれ以上殺すこと・奪うことはやめよう、と不殺生を決意しました。それまでも、屠殺される瞬間に牛も豚も涙を流すと聞いていた私は、徐々に食肉を減らしてはいました。しかし、変な言い方ですが、いただく生命に対し感謝を捧げることで、私の心は折り合いをつけてきたように思います。

ある友人が私に言いました。

「目の前に来たからといって、食料として殺された自分の子供の屍肉を食らう母親はいない」と。

「そうだ、本当にそうだ! すべては神様の生命・・・。感謝すればそれでいい、そう思っていた私の心は間違っていた」

そう思い始めた頃、副総裁谷口雅宣先生が肉食削減のご提案をされておられることも知りました。また、谷口雅春先生の『心と食物と人相』の御本にも巡り会いました。その御本は私の決意を後押しして下さるかのようで、人間の生命だけの問題ではないと思い切ることが出来、一切の食肉をやめタマゴや魚介類も断つことができました。今まで当たり前のように使っていた鰹や煮干しのおだし、動物性エキスの入ったレトルトやカップ麺やルーなど、それらを使えないという不便さと、外食がほとんど出来ないという困った現状もありますが、奥底の魂の喜びが私を支えてくれています。

平和な調和した世界をもたらそうと思うなら、自分自身の心にそれを描き実践し展開していくしかないのだと、強く強く私は思ったのてです。一人一人の意識がこの世の有り様を創り出しているのだとすれば、さまざまな出来事の責任もまた、私自身にあるのだと思うのです。堕胎を許し、食肉を容認する世界をつくっているのは私自身なのだと・・・ 

これからご縁のあった方々に生命礼拝・生命尊重の大切さを精一杯お伝えしていこうと思っております。そして、本当の真理を知っておられる生長の家の方々なら、きっと素晴らしい光の世界を描かれ、広げていかれるものと信じております。ありがとうございます。

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