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奈良時代(8世紀ころ)この地は「熊野神社」と修験道の寺院が一体となった
神仏習合の形態をとる新熊野権現と言う宗教施設で広く信仰されていたが、それ
も平安時代以降は衰退したと言う。
そして、明治の神仏分離令で十二社権現は「熊野神社」となり、修験道が禁止さ
れ分離された「五流尊龍院」は天台宗の寺院となったが、第二次大戦後に天台宗
から独立し、再興されて日本修験道の本庁となった。
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そんな歴史を物語るのが境内の東にひっそりと建つ「五流尊龍院の塔」と
呼ばれる風格のある三重塔(県指定重要文化財)で、その「五流尊龍院」は、
そこから300メートルほど東に行ったところに在る。
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修験道の総本山とは言え「五流尊龍院」は、こじんまりとした庵のような風
情を持つ、そんな感じの寺院である。
周辺は樹木が鬱蒼と茂った森で、白壁の参道に沿って入り口を入ると、左が茅
葺屋根の御庵室(庫裏)で、その前には良く手入れされた庭園が広がっている。
丁度今頃は境内の紅葉も見頃を迎えているはずだ。
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石段を上るとそこは護摩壇で、正面には不動明王が、左手に護摩堂があり、
その横に「役行者尊像」が建っている。更に進むとその奥には本堂を構えて
いて、修験道の総本山らしくここには信徒の宿泊所などもある。
またこの地には、明治の元勲・大久保利通が暗殺された折使っていた馬車が
供養のため奉納されている。遺族から託されたものらしい。
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そこから更に進むと「五流稲荷大明神」や「庚申さま」などがあり裏門に至り、
「熊野神社」に通じているが、この道は古い昔にタイムスリップしたような風景
が出迎えてくれる。
参拝者も余り多くはないので、境内と合わせ散策の雰囲気は悪くない。(続)
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