ここは奈良県吉野郡東吉野村平野という高見山の麓。
河内國平刀匠(本名:道雄 第十四代刀匠・河内守國助次男)の刀鍛冶の作業場だ。
刀剣や作業場を見せて頂けるか不安であったが、奥様の快諾を得て、急遽の訪問となった。
朝夕が涼しくなったこの時期は、刀づくりの最盛期だとか。
やはり、暑さ・寒さによって作業効率や鋼(はがね)を熱する温度・湿度に微妙に影響するとか。
従ってお彼岸頃の3月・9月頃が最も適した気候であり、一番良い『刀』が出来るという。
ということで、刀匠は鍛冶場でお弟子さんと作業中のため、お会いできず、また火を使い叩き延ばす作業場には案内して頂けなかった。
(神聖な場に飛込んでの訪問は失礼千万であることは百も承知であり、多忙な中、対応して頂き、申し訳ない気持ちで一杯だ。)
刀匠が作刀した日本刀の茎(「なかご」といい、鍔(つば)までの手で握る部分の刀身部分)に『無玄関』という文字を刻まれた刻印を使われている。
この意味は、他の人との間には壁を作らずどこからでもお入り下さいとのことだという。
ということからか、突然の訪問にも拘らず快く受けて頂いたのかも・・・と勝手に解釈させて貰って・・・。
刀づくりの道具などが展示された建物に案内された。
刀の原料である「玉鋼(たまはがね)」を薄く平らにしたものを小割りにし、その割れ目を見て硬いモノと柔らかいモノを選別し、それぞれを固め、心鉄(しんがね)用と皮鉄(かわがね)用に分け、柔らかい心鉄を皮鉄の硬いモノに挟み込んで、刀身を作るのだ。
1300℃くらいまで炭で熱した心鉄と皮鉄を鍛接(たんせつ)という工程を経て叩いてくっつける。
そして、土置き工程(刃に紋を入れるため焼刃土を塗る工程)を表わす見本の刀を見せて貰いながら説明が進む。
刀匠の日本刀(太刀と刀)は、大阪歴史博物館、伊勢神宮など全国各地の博物館や神社に、また一般の愛刀家に多く納められているという。
続いては、今日は使っておられない「磨きの工程」や「銘を入れる」作業場へ。
その部屋は、はじめて目にするいろんな道具が壁面や床に整然と備わっている。
壁に掛けられている「刀身の形見本」。『主人は、名刀を見れば必ず形をとっておくんです。一振りずつ形が違うのですよ。』と言われる。
砥石で研ぐ作業台とその道具。
人を近づけないその佇まいは凛として神聖。砥石ひとつの置き場所にもこだわりがあるのだろう。
研ぎ師に頼んでいた刀が戻ってきて、銘を入れるのもこの部屋とか。
今はお弟子さんが手伝われているが、昔は奥さんも手伝われたことがあるという。
頼まれた前夜は眠られなかったとか・・・。それだけ、真剣に向き合わなければならないのだ。
説明を聞いていると、刀匠とお弟子さんが打たれる槌音が一定のリズムで隣の作業場から聞こえてくる。
覗くことも許されないほど、神聖な独特な空気が漂っている。
そこには「覗かせて頂けませんか?」と、聞くこともできない空気があった。
日本刀を一振り作るには、鍛冶屋・研ぎ・鍔・柄巻・鞘・紐など、10人程の職人さんがかかわるという。
島根県からの砂鉄を使い、いつまで、この原料が調達できるか不安とか。
刃文は粘土・炭・砥石の粉を混ぜた「焼刃土(やきばつち)」の塗り方によって、模様が異なるという。塗り方も独特の工具とウデが必要なのだ。
「焼き入れ」という工程で、水に入れ急冷することを何度か繰り返す。
この回数の見極めが難しいという。経験と勘だ。ここが刀匠のウデの見せどころなのかも・・・。刃にヒビが入ったりするのもこの工程の出来しだいといわれる。
刀身の反りの形、刃の文様は、年を重ねるごとに更に美しさを味わえるとか。言われていることがなんとなく分かる気になるから不思議だ。日本刀にはそんな魅力がある。
父親が嫁がせる娘に、守り刀として持たせることもあるとか。
日本刀の美術的な価値、本当の美しさ・良さを知っている人が増えているのだろう。
刀にまつわる言葉は、今日も日常的に使われているという。
例えば「鍔(つば)迫り合い」「切羽つまる」「目貫通り」「折紙つき」「鎬(しのぎ)を削る」「反りが合わない」「元の鞘(さや)におさまる」などなど。
なるほど、とうなずく言葉ばかりだ。
奈良県無形文化財保持者である刀匠は、七支刀、藤ノ木古墳出土太刀、剣等の復元も数多く手掛けられている。
そして、NHK番組への出演など日本国内だけでなく、リトアニア国など外国での鍛錬実演や講演なども多いとか。
日本刀の持つ魅力を出来るだけ多くの人に知って頂くために、本の出版やHP(「無玄関」河内國平公式サイト)の開設など、分かり易く解説されている。
刀匠の著書『刀匠が教える-日本刀の魅力』のなかで興味深い言葉を見つけた。
『「なんで今頃、まだ刀を作ってんねん」とよく聞かれる。
「正宗」が残ってる。
「一文字」が残ってる。
闘いや。』
『秘伝という言葉はきらいやなぁ。
見せたったらええねん。
まねでけへん。』
「刀鍛冶」の現場を見せて貰った。本物の刀を目の前にし、分かりやすい日本刀の本を読み、今までこの世界に関心がなかったが、またまた興味のムシが・・・ムクムクと出てきたようだ。
玉鋼(たまはがね)。炭素の含有量が決めてになる。
心鉄と皮鉄を鍛接する工程が見本展示されている。
土置(つちおき)された見本の刀(中央)が・・・
作刀が展示されている。
砥石で研ぐ作業場。道具が整然と並んでいる。ここも神聖な場所だ。
『主人は、名刀を見れば必ず形をとっておくんです。一振りずつ形が違うのですよ。』といわれていた、刀身の形見本。
刀匠の著書『刀匠が教える-日本刀の魅力』より。定価1600円。