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スターアニスの 『大和路 里の光彩』

アーカイブ中心の風景写真、趣味の書・刻字など・・いろいろと楽しんでおります。

桃山時代の名勝・豪華な庭園は秀逸!

2007-04-26 19:05:43 | 西国三十三箇所めぐり

<3番札所  風猛山 粉河寺>



場所:和歌山県紀の川市粉河2787



和歌山県の北部を流れる紀ノ川の北岸にあり、JR和歌山線粉河駅から大門まで門前町を成している。

奈良時代の末(西暦770年)に大伴孔子古(おおとものくじこ)が、この地に庵を持ち、千手観世音菩薩を本尊として創建されたお寺である。

鎌倉時代には七堂伽藍、550ケ坊という広大な寺領を持っていたが、豊臣秀吉の紀州攻めでの焼き討ちや戦後の農地解放で寺領は縮小したが、今でも20有余の塔頭がある。従ってこれらは何れも江戸時代に再建されたものである。


粉河寺の大門(重要文化財)。良質のケヤキ材を用いた江戸時代中期の建築である。桁行13m、梁間7.5mの大きな楼門である。


この右手に流れている川が「粉河」。お寺の名前の由来となった川である。


市の指定文化財「荷葉鉢」1775年に造られたもの。粉河鋳物の代表作品である。 

上は、大門の仁王さん。左右2体ある。中門には左右あわせて4体がある。




粉河寺の中門。「風猛山」の扁額があり、その周囲には葵の紋が入っている。徳川吉宗との関りが深いのだ。



千手観音が出現した池なのだろうか? 出現池の三角堂。



本堂前に造られた粉河寺庭園は、桃山時代の枯山水の庭園で、上田宗箇の作。紀州石で力強さを出し、美しい刈り込みで仕上げられ名勝に指定されている。


境内には、ケヤキの大木が聳えていた。また参道にも樹齢1000年のケヤキがあった。

広い境内のアチコチに花と実が出迎えてくれる。


和歌の浦の絶景を望む境内から・・

2007-04-25 23:27:03 | 西国三十三箇所めぐり
<2番札所  紀三井山 金剛宝寺(紀三井寺)>



場所:和歌山県和歌山市紀三井寺1201



小雨の降る中を午前9時に出発。高速道路を乗り継ぎ1時間20分で紀三井寺に到着。

山門は修理中なのか、シートで覆われていた。入山料は50円。安い!
このお寺、十一面観音をご本尊として西暦770年(1237年前)に開基されている。

境内には、本堂、楼門、多宝塔、鐘楼といった室町、桃山時代に建てられた重要文化財が立ち並ぶ。

早咲きの桜の名所(日本桜の名所百選の一)であり、境内には気象庁の開花宣言の標本木があって、春を告げるお寺としても知られている。


231段の急な石段。「結縁坂(けちえんざか)」と呼ばれている。 


男厄除坂42段。女厄除坂もあった。


本堂前の桜の木は、気象庁の開花宣言の標本木なのだ。境内には1500本の桜の木が・・・。


国の重要文化財指定十一面観世音菩薩は大光明殿に安置されているが、50年に一度それも1ケ月間しか開扉されない。今度は2020年に開扉されるという。あと13年後だ。一生に一度しか会えないのだ。


本堂の正面横には「なで仏 の びんするさん」の像がある。参拝者の悪い処を「びんするさん」の部分にハタキのようなもので擦り、身代わりになってほしいと願うと、叶えられるという。


右手奥の石垣から流れているのが「清浄水(しょうじょうすい)」である。
この他に境内で湧く「楊柳水」と「吉祥水」を併せて、これら三つの井戸からお寺の名前が付いたと言われている。




境内から見下ろすと、和歌の浦の絶景が・・・。今日は雨天のため視界悪し。


各お寺での御朱印を書いて頂いたあとは、このようにお寺に備え付けのドライヤーで乾かすのだ。


国内最大規模の「八角円堂」

2007-04-19 18:18:40 | 西国三十三箇所めぐり
<9番札所  法相宗大本山 興福寺 南円堂>



所在地:奈良市登大路町48

猿沢池の北西側の石段を登ると、目の前に八角形の屋根が迎えてくれる。



710年、平城遷都の際に興福寺に改名。藤原氏の氏寺として栄華を極めた興福寺境内に「南円堂」がある。
山門は無く、塀で囲まれておらず、自由に出入りできる。実におおらかな寺である。

現在の南円堂は、平成8年に解体修理を終えて綺麗に蘇ったばかりである。
日本最大規模の八角形の屋根の下には「不空羂索観音菩薩坐像 (国宝)」がある。
この像は、運慶の父康慶と、その一門が造りあげたもの。
また特徴は、三目とも彫眼とし、瞳の部分だけ刳り抜き、ここに内側から玉眼を嵌入している。このような例は他にないとか。

平成22年(2010年)には、創建1300年を迎える。そのため、創建当初の《天平の文化空間》を再構築するため、境内の整備事業が始められており、基礎部分が工事中であった。

境内の国宝館では、国宝の「阿修羅像」「十大弟子像」「板彫十二神将像」「金剛力士像」「千手観音像」など、昔、教科書で見た国宝・重要文化財がずらりと並び、圧巻であった。(もちろん、撮影禁止なのだ。)


南円堂の内陣は非公開となっており、扉が閉まっていた。


創建1300年を迎える平成22年に向けて、中金堂の再建工事が進められている。(手前は南大門跡)


南円堂から松の木越しに五重塔が見える。


鹿とハトが一緒に戯れる境内である。修学旅行生の団体がバスを連ねて、拝観に・・・。また、外国人の姿が多かった。 


境内の国宝館では、あの有名な「阿修羅像」などが展示されていた。

境内には「五重塔・三重塔・東金堂・北円堂・国宝館・本坊」などがある。


竜を法力で池に閉じ込め、石蓋をしたお寺

2007-04-19 13:21:29 | 西国三十三箇所めぐり
<7番札所  真言宗豊山派 龍蓋寺(岡寺)>



所在地:奈良県高市郡明日香村岡806





創建1300有余年。国宝・重文が多数。厄除け寺として有名。

天智天皇の創建(663年)と伝えられ、天平12年(740年)の正倉院記録に記されている。
タイトルの法力で竜を閉じ込め、この寺を創建したのは、奈良時代の名僧、行基や良弁などを育てた法相界の祖と言われる「義淵僧正」なのです。

本尊は高さ4.5mの如意輪観世音菩薩。現存するものとしては日本最大の塑像として知られている。奈良時代の特徴ある仏像である。
この本尊と義淵僧正像は国宝である。

日本でも最も古い厄よけ霊場とされ、この祈願の始まりは『大和名所図絵』にも示されているとか。

人生の厄年祈願には、多くの人々が訪れている。
花の寺としても知られ、「石楠花」「サツキ」「紅葉」を求めてくる参拝者も多い。



花の寺としても有名。石楠花が5分咲き。 


境内には牡丹も植えられ、2株ほどが咲いていた。まだ蕾が多かった。 



石楠花と十三重石塔。

1987年に、実に500年ぶりに再建された三重の塔。

天候が悪く、明るさに欠けるが、綺麗な花たちがこころを癒してくれる。


庭園も見事だ。樹齢500年のサツキもある。


西国三十三箇所巡り (壷阪寺)

2007-04-18 23:21:30 | 西国三十三箇所めぐり
<6番札所  真言宗豊山派 壷阪山 南法華寺(壷阪寺)>


所在地・奈良県高市郡高取町壺阪


703年の創始。 
南法華寺は眼病患者を救う観音を祀る寺として有名になたのは、明治時代になってからだとか。


正式名は南法華寺であるが「壷阪寺」や「壷阪観音」の名前のほうで知られている。
本尊の十一面千手観音像は眼病に霊験あらたかといわれる仏さま。目鼻だちがはっきり・クッキリの顔立ちだ。

本堂の中は本尊を中心にして、その周りをぐるりと回ることが出来るのだ。
その本堂内には、盲人の沢市とその妻お里の夫婦愛を描いた浄瑠璃で有名な「壷坂霊験記」の「沢一の杖」なども展示されていた。
説明によればこの杖に触れると夫婦円満に過ごせるという。カミさんと二人、そっと触れてみた。

境内には沢市とお里の道行きの像も立っている。また、中村勘九郎(当時)らがこの寺で演じた「壷坂霊験記」がDVDで放映されていた。

境内で目を引く像高20mの大観音石像や寝像、お釈迦さまの一代記を表わす10枚のレリーフ、普通のお寺には似つかないスツーパを納めた大石堂などの巨大石造物は、長年にわたるインドでのハンセン氏病救済活動や小学校運営に対してインド政府から寄贈されたものなのだ。


お釈迦さまの一代記を表わす10枚のレリーフ。


大観音石像。3億年前のインドの花崗岩を原材料として、7万人の人出でインドで製作されたものです。


大観音石像と寝像。大観音石像の像高20m、重さ1200トン。66個に分割して運ばれ日本で組み立てられたという。
この観音像は昭和58年(1983年)3月に開眼したものだ。
寝像は「大涅槃石像釈迦如来」。8m、30トン。平成11年4月に安置されたものである。




スツーパを納めた大石堂の内部。




境内ではヤマブキが満開。


大観音石像の横顔を遠くから見ると・・・。


朱塗りの建物に新緑が映える。


高取方面が望める。かなりの高台にある。