「詩客」俳句時評

隔週で俳句の時評を掲載します。

俳句時評181回 川柳時評(11) 「伝統川柳」について2 湊 圭伍

2024年04月30日 | 日記
 前回、『類題別 番傘川柳一万句集』正・続・新について紹介したが、昨年出版された『類題別 番傘川柳一万句集 第四集』が入手できた。「一万句集」は1963年にそれまでの「番傘」誌に掲載された中から精選された川柳句を類題にカテゴライズ(俳句での歳時記のようなイメージ)して出版され、その後、20年ごとに続、新、第四集と続けられてきた「本格川柳」の牙城、「番傘」の基幹企画である。
 詳しくは、前回の記事をご参照ください。
 俳句時評177回 川柳時評(10) 「伝統川柳」について 湊 圭伍
 「題詠別」という編集意図とはズレるが、第四集から私が魅力的だと思う作家の句を抜き出してみる。

そこ退いてえなお陽さんが当たらへん 本庄東兵
むせかえるような昭和のにおいだな
妻はまだ綱引きの手を緩めない
さてどうするかおしぼりで顔を拭く
思い余って手の平に聞いてみる


七五三の三がいばっているようだ   森中惠美子
失礼な手を美しく逃げている
矢印の向こう大事な人が逝く
生きるべし少女のままのふくらはぎ
女をすこし忘れると眠くなる


開花予想も死期も外れること多し   西山春日子
納まりが悪い令和の舌の位置
勿体ないを集めゴミ袋に詰める
行くあてもないのに髭が剃りあがる
喋りたいだけ喋ったら寝てしまう


葬った前科を風が掘り起こす     高畑俊正
春はあけぼの素焼きの子らが光りだす
鑑真和上の膝から海の音がする
父の癖字は永久保存しておこう
神無月とことん鬼でいてやろう


逢う日まで月遠くなり近くなり    真島久美子
ワイパーの速さ別れはこんなもの
左手の中で育っている疑問
ぼんやりと眺める他人様の傷
壊れたら私のせいにすればいい




そこそこの凡人がいて虹になる    壺内半酔
そんな訳で始発電車で帰ろうか
信号できっちり止まるではないか


やわらかいものやわらかくつつむ春  笠川嘉一
これからのこと赤になる青になる
空っぽになってる腕を組んでいる


巡礼の魂はまだ生臭い        西美和子
宝塚百年脚も長くなり
ときどきは妻と握手をしておこう


雨降れば駅にやさしい人がいる    藤本秋声
心ここにあらず画面の中にある
甘党が思うに一個余るはず


美しいままXのまま柩        片岡加代
いちゃいちゃと出口に二人立っている
会えるうち会おうだんだん日が翳る


罪状をぽつりぽつりと鍋の蓋     真島美智子
君にだけやさしいのではないのです
爪やすり凶器のごとく握りしめ


白けすぎたシラノの鼻を踏む     阪本きりり
笑いころげてやがて悲劇が始まった
哲学に飽きてポケットから死体


たっぷりと時間をかけて歩で受ける  竹森雀舎
逆立ちをすれば秘密がこぼれそう

この中はちょっと暗くて楽しいよ   小梶忠雄
ここはもう流れでハイと手をあげる

手がお留守でっせと母の声が飛ぶ   鮒子田嘉子
屁理屈をこねる男にメロンパン

軽薄なことばに乗らぬ肩の雪     田頭良子
ペンだこが消えた寂しい指になる

風邪半分もらってくれる人といる   川端六点
白杖へ美女しか声をかけて来ぬ

 前回も同じようなことを書いたので嫌がられるだろうなと思うが、第四集も、続や新に続いて、よいと思える句を探すにはなかなか骨が折れる。ただし、一万余句を読み通して抜き出せば、上記のように「番傘」調を引き継いだ、あるいは、そこから現代へと一歩踏み出した佳句がぽろぽろと見つかる。上のようにそうした句だけを並べてみると、「伝統川柳」も捨てたもんじゃないよね(上から目線になってすみませんが)とワクワクする。
 そこで思うのは、現在の川柳に俳句や短歌より外部から見ての分かりにくさがあるのは、一種の「平等主義」が原因なのではということだ。はっきり書いてしまえば、上のような好作家だけの句で集を編めば、川柳のおいしいところをぎゅっと集めたアンソロジーができるはずなのである。
 ただし、第四集では(これは第一集から編集方針は変わっていないと思うが)できるだけ多くの作家の句から選ぶ、ということになっているようだ。それで質が保たれるならばいいが、残念ながら、抽象的で表現としての工夫や具体性がない句、ただの報告で「それで?」という句、概念や事象を説明しただけの句、固定観念を書いただけの説明句、いいこと・正しいことをまとめただけの句、抽象的な日本(地域)礼賛・万歳の句、新聞記事の見出しやキャッチフレーズそのままの句、若者の風俗や新しい社会風潮を茶化し愚痴っただけの句、同想のもっと優れた句や作品などがすでにある句、他ジャンルや他の言説・情報と交換可能である表現、日本語としておかしいのではと思える表現。
 などがあふれていて、川柳に興味を持った人にぜひこれを読んでください!とは言いづらいものになっている。第一集のときには、平等主義的な編集によって大阪・関西を基盤とする「番傘」の集団としての面白味が出ていたが、残念ながらそうした地域的基盤は薄れている(あるいは、メディア化され、「吉本」化されて、もうそろそろ他の地域のひとびとに―関西の人にも?―飽きられ始めている)。そうした状況で平等主義で広くとろうとすると、薄っぺらい、どこかで見た固定観念があふれてしまう。結果、独自の視点を追求し、表現に工夫をこらした上に引いたような好句が埋もれてしまうのだ。
 もっとも、「類題別」のアンソロジーだからこれでよいという見方もあるだろう。その場合、他のチャンネルで、上にあげていた作家が名作家、好作家である、というのが、「番傘」、そして川柳界の外に見えるような出版物があるかどうかである。
 私の手元に、『番傘川柳百句叢書 第一集』(1973年刊)がある。初期同人の浅井五葉らから出版当時までの「番傘」の好作家10人を選んで、ひとり100句ずつ選び、それぞれ文庫サイズの薄い装丁でまとめている(10冊が一つの箱にまとめられている)。それぞれの作家から1句抜いておく。

萬物の霊長酔うて倒けている      浅井五葉
泊り客よう寝ましたと嘘をつき     木村小太郎
水引の金に汚れる目出度い日      小川舟人
犬飼って以来目につく犬の記事     上田芝有
面影を思い出してる人形師       勝間長人
両方へ犬も別れる別れ道        田中麦魚
食パンは今日一日の柔らかさ      加賀佳汀
こわいこといきなり金をくれる人    大石文久
サービスに子供が何か呉れただけ    藤井好浪
屋中をながめお世辞をいうつもり   梶原渓々

 このように、少なくとも1970年代までの「番傘」には、自分たちがよいと思う川柳を好作家として見えるように、手に取って確認できるようにしようという姿勢があったようだ。川柳界は20世紀後半のどこかでそういう姿勢を忘れてしまっていたように思われる。

 こうしたことを書くのは、現在、従来の川柳界とはちょっと離れたところで、個々の作家の個性を装丁にまで活かした句集が継続的に出るようになっているからだ。

母子手帳開くと草の匂いする      小原由佳『反対側の窓』(青磁社、2022年)より
少しずつ記憶が違う宝島
手から手へ毒も疲れてきてしまう
ぶらんこを拠点に活動しています
いつも見る帽子の人も秋になる


三角に折られた過去を持つ鳥だ     城水めぐみ『甘藍の芽』(港の人、2023年)より
甘そうね 触れたところが痣になる
つむじから漏れる悪魔の独り言
二番目に好きな色から減ってゆく
ご自由にどうぞと書いてある背中


のがのならなんのことない春の日の   瀧村小奈生『留守にしております。』(左右社、2024年より)
太刀魚のひかりをするするとしまう
かもしれない人がひゅんっと通過する
夏よ!(曖昧さを回避していない)
曇天がかたむくときのトム・ウェイツ


衣紋抜くしろながすくじら細くなり   千春『句集 こころ』(港の人、2024年)より
コウノトリから減薬の誘いを受ける
挟みましょうか挟まれましょうか、惑星
食器拭くあなたの指が鍾乳洞
扶養などシロツメグサに塗ってみろ


 「伝統川柳」的な写実なよさは上のような新しい作家の句にも十分に感じられるので、「番傘」や狭い意味での「伝統川柳」にこだわる必要もない、ともいえるだろう。とはいえ、最初に引いたように、「番傘」の実力もしっかりと外に見えるようにしてもらいたい。ということで、これも新刊で出たという真島久美子の句集が一般にも手にとれるようになって欲しいと思う。私も未読なので、とりあえず、西脇祥貴さんのツイートから孫引きで―

片想いだろうピンクのドラえもん    真島久美子句集『恋文』
長雨が例え話のなかに降る
鍵穴を覗くと向こう側も雨
瘡蓋の奥はノンフィクションの海
意味もなく鷗になりたがるティッシュ
一日を乗せるわたしの貨物船
カーディガン脱いでひとりの皮膚呼吸
意思表示すると氷の椅子になる
そこはもう光ですねと閉じる棺
正直な顔をキーホルダーにする
姉として喫水線を越える闇
妹が笑う 地球の裏側で
トマトより嫌いな人が一人いる
自分史の七話あたりにある砂漠


 *

 他、自分の宣伝にもなってすみませんが、今年2月18日に、岩手県北上市にある日本現代詩歌文学館で、「朗読とトークの会 2023」に参加してきました。4ジャンル(自由詩、短歌、俳句、川柳)から一人参加で毎年開かれています。日本現代詩歌文学館のYouTubeチャンネルに記録動画がアップされていますので、よろしければご視聴ください。

朗読とトークの会 2023 (日本現代詩歌文学館YouTubeチャンネル)
朗読作品テクスト
「朗読とトークの会 2023」@日本現代詩歌文学館 朗読作品

 今年の参加者は、小島日和さん(詩人)、小原奈実さん(歌人)、斉藤志歩さん(俳人)と私(川柳)でした。過去回の動画もアップされています(川柳からの参加者は、竹内ゆみこ(2019.1)、暮田真名(2020.1)、真島久美子(2022.1)、柳本々々(2023.1))。

 重要: 日本現代詩歌文学館では詩歌関連の資料を収集されています。書庫も案内していただきましたが、特に川柳向けの棚はまだまだ余裕があるようでした。もし、川柳関連の貴重な雑誌、書籍がありましたら、ぜひ、日本現代詩歌文学館のほうに連絡してみてください。所蔵2部までは引き取っていただけるそうです。

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