最近、バニラアイスにほんのちょっと塩を振って食べるのが好きだ。ちょっと前に塩キャラメルが流行ったときには全然乗れなかったのに我ながらどうしたのか。麦茶にもほんのちょっと塩を入れて飲んだりしている。漢方の先生が言うには、抱え持った恐怖を御しきれなくなったひとはやたらと塩味を欲したりするんだそうな。今年はまぁ、こんな世相だし、自分もいつの間にか恐怖感が溜まってきているのかもしれない。
そんな今年、詩歌トライアスロンに初めて応募した。今まで専ら短歌しかやってこなかったので、今年は他のジャンルにもトライしてみようと思ってのことだった。トライしてみてわかったけれど、僕は俳句というものが壊滅的にわかっていない。現代詩については読者としてであればそれなりに触れてきたけれど、俳句は、そういえば読んだこともほとんどないのだった。
ちなみに、僕が詩歌トライアスロン応募作品の冒頭で詠んだ俳句と、ラストに置いた短歌がこちら。
火よ、 冬野にあればなお赤く
投げ出されてここへ着いたと思ってた 冬、燃えているのは流れ星
普通に俳句を詠もうとしても詠める気がしなかったので、ラストに置こうと決めて作った短歌からイメージを逆算して、季語を調べて、初句が破調だけどもういいや、という勢いでなんとか作った一句だった。季語なんて調べるのも初めてで楽しかったけれど、審査員の方々にこれを俳句だと思ってもらえる自信はなかった。
ずっと短歌をやってきて、隣接ジャンルなのに何故こんなにも俳句と縁遠かったのだろう。
考えてみる。やはり「俳句って難しそう」という僕の中のイメージが僕を俳句から遠ざけた大きな原因なのだけど、「難しそうだから近寄らなかった」の一言でくくるのは雑すぎる気もする。じゃあ短歌は「難しそう」じゃなかったのか?
短歌を始めたころの自分のことを考えてみる。当時自分は二十台の中盤で、新卒で入った会社をすぐに辞めたその後で、とにかく悶々としていた。学生時代を引きずり続ける青春ゾンビ状態でもあったし、何物でもない自分が苦しかった。
未消化の感情を吐き出すこと。アイデンティティの核になる何かを見つけること。その二つのことを求めていたときに引き寄せられたのが短歌だった。
――未消化の感情を吐き出すこと。
多分理由はそこにあるように思う。当時の僕が短歌に引っ張られ、俳句には強い引力を感じなかった理由。整理のついていないグジャグジャの感情、想いを受け止める【器】としての短歌に、僕は無意識的に引き寄せられていったんだと思う。色んな感情や感傷を持て余していた当時の僕にとって、十七音、かつ季語の使用が求められる俳句はあまりにも余白が少なく感じられたのだろう。
もちろん、皆が皆そうだとは言わない。短歌をやっている知人の中には「想いなんてどうでもいいから言葉で遊びたいんだよ」というスタンスのひともいるし、俳句をやっているひとが皆感情の整理されたスッキリした人格の持ち主ってわけでもないんだろうとは思う(どうなんだろう)。ただ、僕の中で俳句はどこか高度な知的遊戯のように見えていて、俳句を専門にやっているひとはスカッとしていてすごいな(私的な感情と表現欲求をリンクさせずにいられてすごいな、みたいな詳しく翻訳すると多分そんな感じ)、とずっとそんな風に感じていた。これまで俳人の方と交流を持つこともほとんどなかったので、今後出会う俳人の方がいればそこらへん、聞いてみたいなと思っている。それこそ、「私はまさに青春ゾンビですが専ら俳句をやっています」なんてひとがいたら超話したい。
今回、詩歌トライアスロンに応募したのがきっかけで俳句にも少し興味が出てきている。自分ももう三十台後半になって、短歌の作り方や短歌との関わり方も少しずつ変わってきた。短歌を離れる気なんてないけれど、鞄の中に歳時記を入れて持ち歩いたりするのもこれからの自分の日々にとって良いアクセントになるかもしれない。ここ(短歌村?)に住み始めて十年以上、ずっと交流のなかった「お隣さん」俳句について、僕がいま感じているのはそんなところ。
そんな今年、詩歌トライアスロンに初めて応募した。今まで専ら短歌しかやってこなかったので、今年は他のジャンルにもトライしてみようと思ってのことだった。トライしてみてわかったけれど、僕は俳句というものが壊滅的にわかっていない。現代詩については読者としてであればそれなりに触れてきたけれど、俳句は、そういえば読んだこともほとんどないのだった。
ちなみに、僕が詩歌トライアスロン応募作品の冒頭で詠んだ俳句と、ラストに置いた短歌がこちら。
火よ、 冬野にあればなお赤く
投げ出されてここへ着いたと思ってた 冬、燃えているのは流れ星
普通に俳句を詠もうとしても詠める気がしなかったので、ラストに置こうと決めて作った短歌からイメージを逆算して、季語を調べて、初句が破調だけどもういいや、という勢いでなんとか作った一句だった。季語なんて調べるのも初めてで楽しかったけれど、審査員の方々にこれを俳句だと思ってもらえる自信はなかった。
ずっと短歌をやってきて、隣接ジャンルなのに何故こんなにも俳句と縁遠かったのだろう。
考えてみる。やはり「俳句って難しそう」という僕の中のイメージが僕を俳句から遠ざけた大きな原因なのだけど、「難しそうだから近寄らなかった」の一言でくくるのは雑すぎる気もする。じゃあ短歌は「難しそう」じゃなかったのか?
短歌を始めたころの自分のことを考えてみる。当時自分は二十台の中盤で、新卒で入った会社をすぐに辞めたその後で、とにかく悶々としていた。学生時代を引きずり続ける青春ゾンビ状態でもあったし、何物でもない自分が苦しかった。
未消化の感情を吐き出すこと。アイデンティティの核になる何かを見つけること。その二つのことを求めていたときに引き寄せられたのが短歌だった。
――未消化の感情を吐き出すこと。
多分理由はそこにあるように思う。当時の僕が短歌に引っ張られ、俳句には強い引力を感じなかった理由。整理のついていないグジャグジャの感情、想いを受け止める【器】としての短歌に、僕は無意識的に引き寄せられていったんだと思う。色んな感情や感傷を持て余していた当時の僕にとって、十七音、かつ季語の使用が求められる俳句はあまりにも余白が少なく感じられたのだろう。
もちろん、皆が皆そうだとは言わない。短歌をやっている知人の中には「想いなんてどうでもいいから言葉で遊びたいんだよ」というスタンスのひともいるし、俳句をやっているひとが皆感情の整理されたスッキリした人格の持ち主ってわけでもないんだろうとは思う(どうなんだろう)。ただ、僕の中で俳句はどこか高度な知的遊戯のように見えていて、俳句を専門にやっているひとはスカッとしていてすごいな(私的な感情と表現欲求をリンクさせずにいられてすごいな、みたいな詳しく翻訳すると多分そんな感じ)、とずっとそんな風に感じていた。これまで俳人の方と交流を持つこともほとんどなかったので、今後出会う俳人の方がいればそこらへん、聞いてみたいなと思っている。それこそ、「私はまさに青春ゾンビですが専ら俳句をやっています」なんてひとがいたら超話したい。
今回、詩歌トライアスロンに応募したのがきっかけで俳句にも少し興味が出てきている。自分ももう三十台後半になって、短歌の作り方や短歌との関わり方も少しずつ変わってきた。短歌を離れる気なんてないけれど、鞄の中に歳時記を入れて持ち歩いたりするのもこれからの自分の日々にとって良いアクセントになるかもしれない。ここ(短歌村?)に住み始めて十年以上、ずっと交流のなかった「お隣さん」俳句について、僕がいま感じているのはそんなところ。