「詩客」俳句時評

隔週で俳句の時評を掲載します。

俳句時評 澄み渡るもの 久谷 雉

2019年03月24日 | 日記

  火の剣のごとき夕陽に跳躍の青年一瞬血塗られて跳ぶ 春日井建

 春日井建の代表歌の一つだが、屈折を幾重にも孕んでいるにもかかわらず、ひとすじの水のしたたりに見られるような清冽さも湛えている一首だ。円形の「夕陽」を「火の剣」に喩えるところにそもそも、無理が生じている。

 しかしながらその無理を超えて、あるいは無理そのものを燃やし尽くして迫ってくる熱がある。いや、無理があるからこそ熱は激しく、「青年」の肉体を痛めつける。火ぶくれよりも先に「」の噴き出るようなダメージを与えるのだ。この歌の力点は「一瞬」の語にかかっている。濃厚な死の予感で満たされた空間に「一瞬」だけ許された「跳躍」――または、末期(まつご)の華やぎとでも呼ぶべき光が閃く。

 既に九十歳代の半ばを過ぎた深見けん二の句集『夕茜』(ふらんす堂)を繙いているあいだ、実は上の春日井の歌を思い出していた。深見と春日井の方向性は全く異なるものだが、終末を意識しているゆえに生まれる瑞々しさを深見の句集に見出すことができるからだろう。そもそも「夕暮」ではなく『夕茜』という、夜が訪れる直前の天空が見せる鮮やかな色彩に焦点をあてたタイトルのせいもあるかもしれない。

  滑空の翼の張りや夏燕

 句集冒頭の一句だが、細かな解説は必要あるまい。一点の曇りもない碧空を、なめらかな軌道を描いて降下していく一羽の鳥の影だけを見ればよい。ここには若々しく澄み切った集中がある。しかしながら、果たしてこの若々しさは現実に若い人間の手から紡ぎだせる類のものなのだろうか、という畏れのような感情も湧いてくるのを否定できない。この夾雑物のない澄み渡りは、むしろ終末の接近を意識している者の瞳の中に満ちるべきものなのではあるまいか。

  天上は澄みわたりけり朴の花
  雨の中蛍袋を蜂離れ
  五月雨の雨垂太く白くなり
  見るうちに開き加はり初桜
  立読の娘真白き襟巻を
  杖とめてものの芽にとりまかれけり

 いくつか私が目をとめた句をぬき出してみた。深見の師である高浜虚子などからの俳句史的な流れへの位置づけを、俳句の玄人ならば行いたくなるのかもしれない。しかしながら、私はただひたすら、老いの深まりゆえに触れることのできる青春性とでもいうべきものへの通路をこれらの句のむこうにたずねることに喜びをおぼえている。


俳句時評 第107回  危機の詩  曾根 毅

2019年03月07日 | 日記

  インドネシアのスマトラ島北端に位置するアチェ州の州都バンダ・アチェは、二〇〇四年十二月に起こったスマトラ島沖地震(死者二十二万人、負傷者十三万人)において、震源地に近く大津波の直撃に遭い、地形が激変するほどの甚大な被害を受けている。かつてこの地は内戦状態であったが、津波を機に休戦を締結。インドネシアで最も敬虔なイスラム教徒が居住する地域でもある。

 今回私は、津波到来時の避難場所として設けられた津波タワーの一階にて、主婦が被災経験をもとに創作したという詩を聞く機会を得た。彼女は、詩について誰かに教わったことはなく、日常生活の中で詩を書き留めているのだという。津波に纏わる一つの詩を紹介していただいたのだが、それは韻を踏んだ特徴的なリズムを持つ詩であった。

 私は彼女に対し、三つの質問を投げ掛けた。一つ目の質問は、「詩は自分のために作るものか、それとも誰かのために作るのか」。これに対して彼女は、読者のため、誰かに読んでもらうためだと答えた。二つ目に、「その歌い上げるようなリズムから想像するに、祝詞のように詩を神にささげるというような意識があるのか」。これに対しては単刀直入に、詩と神との関係については考えたこともないとの答えだった。イスラム教において神は、私が考えている以上に絶対的な存在であった。最後の質問は、「危機の時に作る詩と、平時の詩との違いはあるか」。これについて彼女は、平時の詩はエンターテインメント。対して危機の詩は、誰かの救いになるような、詩を受け取るものの心に癒しを与えるような特別な感覚を伴うと答えてくれた。危機的な状況の中に救いを見るというのは、例えば親しい人を看取るときに、救いを願う気持ちなどを想像すれば感覚的にわかる。彼女は詩を専門的に勉強したことのない主婦である。私は質問に対する明晰な答えに舌を巻いた。

 インドネシア語の表記はアルファベットを使用する。彼女の詩の韻律に特徴を感じたのは、技巧ではなく、そもそも読み書きの言葉でない、音やリズムで意味やニュアンスを伝える言語であるからだと思いあたった。そうだとすると、危機や特殊な状況を書くときに、特別の技術や誇張が必要だろうかという疑問が浮上した。誇張した表現で、いかにも鬼気迫る様を表すのは、大げさで、わざとらしく見られる可能性がある。またそれ以前に、危機的な状況下では、技巧に工夫を凝らしている余裕など無いということもあるだろう。私自身、被災経験にかかわる俳句を書いたとき、まずはストレートに想いを表すことが重要だと感じていた。そこには、心情を吐露することによる個人的な気持ちの浄化も含まれていたのかもしれないが、そのことによって、危機の詩として、重量感の漂うものが生まれるのではないかと思う。

 危機的な状況に直面したときの緊張感と神経の昂りは、体の硬直や血圧の上昇、手の発汗などの身体変化を伴う。そのような鋭敏な神経と筋肉の動きから発せられる詩は、最もシャープで、最も的確な言葉の選択を欲求すると同時に安定に傾く心の働き、癒しや救いの感覚を誘発するのではないかと思われる。津波の詩を紹介してくれた主婦が、詩を教わったことはないと重ねて説明していたのも、表面的には平明でストレートな内容であったからだ。

 では、俳句は危機的な状況を表現するにあたって、技巧を捨て、詠い上げるような抒情を捨て、シャープで的確な言葉の選択を行い、その短さのうちに沈黙をもって表現機能を埋没させてしまうものだろうか。俳句の技巧として、例えば、短い韻律をわざと破調にすることで狙う意味の分断などもあるが、しかしその方法も危機を書くにあたっては、前述したわざとらしい誇張と取られかねない。俳句は意味内容の省略に加えて、この韻律効果を極端に限定するところに特徴を持っている。短歌的抒情のような形式美を捨てた、一句単位の自律の詩であると言えよう。日本語の持つ七五調の凝縮された言葉のエッセンスが、断片的に節に表れたとしても、その効果に大きく拠りかかることはない。代わりに、漢字の持つ情報量や、単語一つ一つに関連する重層的なイメージ、多義の効果は、省略することで機能を増幅させる。また、省略は抽象にも通じる。省略され、削除された多くの言葉たちによって支えられ、強靱な詩を表出するものだ。

 震災を詠むことの抵抗に、悲惨を上手に詠い上げることへの抵抗がある。加えて、第三者が悲惨に立ち入ることが、道徳的に憚られるということもあるだろう。アジア・太平洋戦争後に高濱虚子が、俳句は戦争の影響を受けなかった、と発言したことは有名だが、今という時代を書けない詩に未来があるとは思えない。

 俳句の定型は、被災地において、誰もが心の裡に仕舞い込んでしまった悲痛の声を形にしてくれた。言い出せない悲しみや弱音も、定型に乗せることで言葉にすることができた。説明しようのない想いを負って人に捧げ、残された者のやるせない思いを形にした。アチェの主婦が危機の詩に託した思いや、そこに感じたという救いの感覚はここに通じる。叙事詩やひいては散文にも詩があるように、詩を書く以前の志に詩への鍵があると思われる。

 

生きてあり津波のあとの斑雪   曾根 毅

風花の我も陥没地帯かな      〃

薄明とセシウムを負い露草よ    〃

桐一葉ここにもマイクロシーベルト 〃

燃え残るプルトニウムと傘の骨   〃

 

 東ジャカルタにあるダルマプルサダ大学の学生たちに、自分の俳句を伝えることに、私は無防備であったと反省している。日本語の詩をインドネシア語に訳すのに、日本語の範疇で内容紹介を行おうとしても、相手にとっては単なる単語の羅列になってしまい、詩ならではの言葉を伝えることにはならない。単語と単語のぶつかり合いだけでは不十分なのだ。今回、翻訳の途中で、日本語で表した詩の言葉について、インドネシア人、日本人の複数の通訳者がどの言葉を選ぶべきか戸惑う場面があった。対応する単語が無いということではなく、詩を感受する場面で、詩が文法を逸脱し、言葉が持つ重層的なイメージや多義性を伴うことで成り立っているという問題に、翻訳の場面でぶつかってしまうのだ。翻訳を通じて俳句を紹介するにあたり、まずは訳者が日本語で書かれた詩を、詩として感受することが必要である。場合によっては、詩に込められた思いを、もう一度インドネシア語で構成し直す必要があるのかもしれない。

 これらのことを踏まえて、今回インドネシアの地で私自身の作句について再認識し、思いを新たにしたのは、無季俳句の可能性についてであった。バンダ・アチェで聞いた危機の詩や、ダルマプルサダ大学の学生たちとの交流の場面で、自分が初学のころから無季俳句に取り組んできたことが、間違いではなかったという手応えを感じた。俳句が国境や時代の垣根を越えようとしたときに、約束事だから、あるいは有用だからという理由で、歳時記の単語を眺めて句を作るということではいかにも頼りない。俳句が季語を必要とするという信条は、一方で季語があるから俳句が容易く作れるということに通じている。季語なくしては詠めないという脆さに対して、無季俳句は最短詩の骨格に詩の内実を追求しようとする意志に向かわせる。ただ単純に季語が入っていないから無季ということではない。季語を生活の中にある物として、情況に引き付けて用いるのが、無季俳句における季語(物)の用法である。物と情とを通わせ同化する日本の詩のオリジナリティーを踏まえ、象徴で普遍に通じてゆくやり方だ。

 先の東日本大震災では、美しいだけでは済まされない恐ろしい自然の姿に直面した。自然災害の頻発やテロを含め、激しく世界情勢の移ろう危機の時代にあって、グローバルな視点で俳句を考えるうえでも、俳句形式の力を発揮する最も先鋭的なかたちとして、無季俳句は今一度見直される価値があるのではないだろうか。

(初出:角川「俳句」平成二十九年二月号)

 

曾根 毅(そね・つよし)

1974年生まれ。「LOTUS」同人。現代俳句協会会員。第四回芝不器男俳句新人賞受賞。句集『花修』(深夜叢書社)。佐藤文香編著『天の川銀河発電所』(左右社)入集。共著『新興俳句アンソロジー』(現代俳句協会青年部編・ふらんす堂)。

2019年3月2日~3月30日まで、日本近代文学館(東京都目黒区駒場)にて開催の「震災を書く」展に揮毫作品出展中。

https://www.bungakukan.or.jp/cat-exhibition/11785/