「詩客」俳句時評

隔週で俳句の時評を掲載します。

俳句時評150回 川柳時評(3) こんとんとビー面 湊 圭伍

2022年06月27日 | 日記
 川柳の世界が活気づいているらしい。去年自分が川柳句集を出しているのだからこんなふうに他人事のように言うのも変ではあるが、逆に渦中にあるからこそどうも見えにくいところもある。冷静に見れば、短歌や俳句のひろがりに比べて、川柳の世界はずうううっと狭い。ただ、狭いところであるからこそ、凝縮されて沸騰しているところもあるようだ。ともあれ、「時実新子」という特異点を除いては文芸らしさとはほど遠いところでしか世間で注目されていなかった川柳から、ちょっとした風穴が外の世界へ開いている現在である。
 そうした状況を示す出来事の筆頭が、暮田真名『ふりょの星』、平岡直子『Ladies and』、なかはられいこ『くちびるにウエハース』という、左右社からの句集連続刊行だろう。ヴィレッジヴァンガードで展開されている『ふりょの星』販売や、紀伊國屋書店国分寺店の企画「こんなにもこもこ現代川柳 いったいぜんたいなんてこったい」フェアなど、ふと立ち寄った書店で、サラリーマン川柳やシルバー川柳以外の川柳の世界に偶然衝突してしまう誰かを想定できる事態も起こっている。
 個人的には、こうしたかたちでのひろがりは、2001年刊のなかはらの『脱衣場のアリス』(北冬舎)でも予感できたものだと思っている。なのでそれから20年、なかはらの句に示されていた新しい軽みというものにつづく作家が登場してくるまでどうしてこれほど時間がかかったのか、という方がじつは疑問である。

 さて、川柳の真に自由な部分が突出してあちらこちらでのぞいているそうした状況の中で、私が個人的にもっとも沸騰しているところと見ているのは、「月報こんとん」や「川柳句会ビー面」の周辺だ。
 「川柳句会こんとん」~「月報こんとん」は暮田真名が企画した句会~ネットプリントで、Google Formsを使った句会からはじまり、投句者のなかから暮田の選んだふたりの作家、二三川練と松尾優汰が暮田と共に川柳句や評論を月一で発表している。また、「川柳句会こんとん」の投句者ササキリ ユウイチが、同句会の他の参加者に呼びかけて始まったのが、「川柳句会ビー面」である。〈夏雲システム〉利用の毎月の句会から、ササキリの編集によってネットプリントやnoteでの作品と選評の公開が行われている。句会活動や作品発表に加えて、「川柳句会こんとん」/「川柳句会ビー面」周辺では、評論においても力がこもった発表がつづいている。「川柳諸島がらぱごす」(城崎ララと西脇祥貴のユニット、1号の「川柳どうぶつえん」より改名)のように、編集に時間と手間がかかる対談形式の川柳論を発表する試みもある。こうした試みでは、従来の結社誌や同人誌と違って、ネットや文学フリマなどの媒体を使ったフットワークの軽い活動が主である。
 川柳をめぐる新しい動きを生み出したのは、これまでの川柳界から見事に切れた場で川柳活動を始めた暮田真名であることは間違いがない(遡ると、暮田に注目し、『はじめまして現代川柳』(書肆侃侃房)などでくりかえしとりあげた小池正博の慧眼につながるが、今回はそこまでは視野に入れないこととする)。ただし、上に述べた動きのなかで生まれた作品群には、暮田の川柳だけからは出てこない多種多様なスタイルが見られて、暮田という触媒によって川柳ジャンルの自由度が伝染的に広がっていく様子が見てとれ、そこがいちばん楽しいところである。
 「月報こんとん」と「川柳句会ビー面」から作品を引いてみる。

「月報こんとん」春文フリ特別号(https://note.com/kuredakinenbi/n/nc91d30d2a369)より

不規則に溜池斬ってしまえば         細村星一郎(ゲスト)

二光年先の小さなソーセージ

あっ、えっと、そういう川柳ではなくて、   松尾優汰

Will The Circle Be Unbroken 飛ばない教室

心臓のはやさで鯨だとわかる         二三川練

サバイバルダンス 提喩 サバイバルダンス

ヒントがあれば同じ運命を辿るのに      暮田真名

オートクチュールの日差しじゃないか


「川柳句会ビー面」2022年3月号(ネットプリント)より

栞がない 湾岸で挟む            嘔吐彗星

トランぺッター がラッパーではないです   公共プール


「川柳句会ビー面」4月(https://note.com/sasakiri/n/na10cc69f601e)より

苔の一人称を知った日         小野寺里穂

服装自由、三位一体であること     ササキリ ユウイチ

身から出た錆に魚類と言い聞かす    城崎ララ

視覚的アーメン聴覚的般若      南雲ゆゆ


「川柳句会ビー面」5月(https://note.com/sasakiri/n/n468d16d34881)より

進化論まちがえたかも ほしたべよ    下刃屋子芥子

投降 おれの青いことばは踏むな     西脇祥貴

ご当地のソフトクリームのがらんどう   佐々木ふく

五月から十月まで引き上げてよし     雨月茄子春


 さて、世間一般で流通する「川柳」のイメージからは遠いこうした川柳がどこから来たか、また、どう読めばよいか、といった評論めいたことも書こうかと思ったが、第一回である今回は紹介のみにとどめておこうと思う。気になる方は、上にあげた「川柳句会ビー面」の句の引用元である、ササキリ ユウイチのnoteの各ページに飛んでもらえれば、参加者の熱のこもった読みがどっさりと公開されているので、そちらをご覧いただきたい。

 動きが遅い従来の川柳の世界から自由に、セルフメイドで川柳の場を作っていく動きは他にもある。Twitter上での24時間常時オープン、誰でもすぐに参加可能な「#さみしい夜の句会」(月波与生主催、句会参加者のアンソロジーとして『さみしい夜の句会短詩集Ⅰ』が出版されたばかり)は、川柳のみならず短詩なら(散文も?)投稿OKのこれ以上はないであろう自由な場。『スロー・リバー』(あざみエージェント)、『リバーワールド』(書肆侃侃房)の川合大祐による「zoom川柳講座 「世界がはじまる十七秒前の川柳入門」(https://note.com/16monkawai/n/n539014c6b790)は、日々、過剰な圧をもって創作をつづける現代川柳作家が創作の秘密を明かす講座(7月17日より開講)。森山文基・真島久美子による「川柳本アーカイブ出版賞」(http://weekly-web-kukai.com/publishing-awards-2022/)は、受賞者をすぐに句集出版につなげる、発信重視の川柳賞。これらの試みは、今回重点的にとりあげた「月報こんとん」と「川柳句会ビー面」のような動きと従来の川柳の世界をつなぐような位置にあると言える。
 とはいえ、今あちこちで自然発生し、バラバラのままで展開している川柳の世界を、従来の川柳界にどうしてもつながなければならないかというと、まあ、それはどうでもいいことのような気がするし、それぞれの試みは単に面白い川柳の場をつくろうとしているだけ、でもある。
 2022年の「川柳本アーカイブ出版賞」受賞作より、数句引いておく。

そこここの氷柱は父と母の指    西沢葉火

電話から僅かにずれている巣鴨

方舟やエレベーターに蝿と僕

ストローが声にならないパピプペポ

 「川柳本アーカイブ出版賞」は、先に書いたように、受賞後すぐに句集が出版されるという企画で、西沢葉火の(第二)句集は11月出版予定。

 さて、結局のところ言うべきことは、みなさんも川柳を始めませんか、今がいちばんいいタイミングかもしれませんよ、ということだけなのである。短歌や俳句のようにエスタブリッシュした場に認められることはないかもしれないけれど、自分(たち)でこれから面白い場を作っていくことができますよ。