「詩客」俳句時評

隔週で俳句の時評を掲載します。

俳句時評 第121回 ブレッソンの目 叶 裕

2020年05月06日 | 日記
 尊敬する写真家にマグナム・フォトのアンリ・カルティエ・ブレッソンが居る。若い頃キュビズムの彫刻家アンドレ・ロートに師事し絵の道を目指したブレッソンだが、マン・レイの写真と出会い写真家を目指す事になるも当時隆盛していたダダイズムに傾倒する事はなく、計算され尽くした巧みな構図をとりながら人為を感じさせないエスプリのある作風が特徴であった。中でも1952年に刊行された「Image à la sauvette(決定的瞬間)」は黄金分割を基にした幾何学的パターンをモチーフに取り入れながら過去、現在、そして未来が凝縮されている事が一瞥出来ることをテーマとし、写真史に残る名作となった。ブレッソンは「写真は短剣のひと刺し。絵画は瞑想だ」という言葉を残したが、俳句のいわゆる「写生観」をこれほど見事に言い表した言葉は無いだろう。翻って現在の俳人諸氏の句を見ればどちらかといえばコラージュやモンタージュに近い「二物衝突」や意外性ある取り合せの妙ばかり追いかけ、一瞬の凝縮を十七文字に焼付けるような作家が少ない事がすこし不満である。俳句史に古きをたずねることも何より大切である事は言を俟たぬが、偉大なる写真家にその真髄を求めるのもまた一興ではないだろうか。

 叶裕 里俳句会、塵風、屍派