泣きなが原化けそこないの尻尾かな
「泣きなが原」とは、大分県にある原っぱのことで、ある悲嘆な伝説に由来して呼ばれたそうだが、筆者は実際のその場所に行き、「妖しい生き物」に遭遇したそうだ。言葉が響い
て記憶に残る。「そこなう」ということが真空に置き去りにされて、雲のなかで円を閉じたような感覚がした。
苦海浄土を読んだときの感触が蘇ってくる。なぜ僕が、今回テーマを石牟礼道子「色のない虹」にしたかというと、ぶっちゃけ言うとこの場をお借りして、私は「苦海浄土」という本が好きなんだよ、ということを伝えたかったからです。とはいえ、好きすぎて言葉では伝わらない領分ですので、好きだということだけ伝えます。これを読んだとき(実は最近三部作まで全部読んだのですが)不思議に途中から最後まで(おもしろ……)と思えたことがなかったのです。(わかったよもう……)の方が強かった。でも、私のマゾヒスティックな部分が、魂を感じた。水俣病について怒りを感じた。私は石牟礼さんの文章にすっかり惹かれてしまった!
どんなところが一番好きなのか?筆者は、創作することを目的としていない。創作することは手段に過ぎず、もっと他の、怖ろしいものを相手にしている。その相手たちは……そこはここでは言及不要だとおもうので、止めておきますが。
題名「色のない虹」の「虹」の記述が、苦海浄土第三部の最後の方に出てくる。
「波の道とも霧の道ともしれぬ、流水型の白い虹が、海のおもてのあたりから、落日にむかって流れていた。魚たちも死者たちもかの虹の道をのぼっていくのか」
虹が「七色」だ、というのがまあ普通の感覚ですが、色がない。実体がない、でも「色のない虹」はある。とても不思議な、でもありふれた世界。筆者は、聞き語りという手法を混ぜながら、作品を編んでいました。聞き語りは、子供が最初に教わるとても普遍的な、世界に触れる最初の手法です。作品を読むと感じますがそこには「私(個?)」はいない。ですが、「私(個!)」はいる。流れるような鮮やかな澱みのある世界。訴えかけてくる水俣の営み。私は、ジャズだなと思いました。変幻自在な大地の円環に、公害という敵がやってきた。筆者はこれと格闘する。諦めてしまいそうな地獄の地獄に、ひとりの人間(でもこれはひとりではない)の心象は対峙している。そして今も続いている。少なくとも人類の存在する世界ではずっと続く。
ここで、俳句に戻りますが(好きすぎて伝えられないと書いたのに伝えてすみません)、石牟礼さんは自分のことを「俳人」だとは思っていないそうだ。
花れんげ一本立ちして春は焉りぬ
鮮やかな花は春を終わり、気が付けば人間たちが特別視をしない、大地と結びつく働きをしている。本当の姿を現している。石牟礼さんはこういう、人間たちがこれまで「見向きをしてこなかった歴史」を鮮やかに描いている。その行為には、強く惹かれる「核」がある。花れんげをささえる土があり、土は「核」に抱かれている。花れんげはここでは筆者の作った単なるオブジェではなく、生き続けている。存在しているのではなく、生成している。
渚にてタコの子じゃれつく母の脛
タコの生態を調べてみた。タコは生涯で一度の交接を終えるとまもなくオスは力つき死ぬが、メスは卵を産んでそれが孵るまで断食をしながら巣を守る、という仕事がある。その期間は6ヶ月から10ヶ月といわれる。母ダコは巣穴を守るだけでなく、卵についたゴミやカビを取り除き、水を吹きかけては澱んだ水を新鮮な水に変えるそうだ。そして、卵が孵ったあとボロボロになり死んでゆく。この句では「母の脛」にじゃれついているタコの子、だが、「母の脛」の意味するものは見放せない。硬い人間の脛と吸盤のついた軟体のタコ。触れあうそれぞれは異種には違いないが、「育てる母、育てられる子」の関係が成り立つ。筆者は種を超えた母子との思い出の中で何を感じたのだろう。生命と自然がふれあう場所の記憶。
水底の名もなき沼に蓮ねむる
創作はときどき表面ではなく、人の内面のずっと深いところに届く。意識しないうちに、言葉の紡ぐ風景につかまっている。蓮が眠っている。沼についての概念、水底についての概念が、「名もなき」ことで本来の個性を回復している。筆者は「名もなき」物質のそばで見えたとおりに描いている。脚が体のそばにあるように。
そして音楽の音符がたがいに関連した反応を示すように、見えないものは言葉によって見えないものの束縛を解く。この蓮はねむっていると筆者が言うなら、それを想像することができる。世界は、黙っていると、世界に起こる出来事の多くを見過ごしてしまう。大切なことを失わないように表現することは大切である、と私は思う。
「色のない虹を書いてきたような人生です」と筆者は語る。
筆者が、亡くなるまでの二年間のあいだに書かれたこの句集は、筆者の、燃え立った生の痕跡を残している。また筆者が描いたえんぴつ画も載っている。パーキンソン病を患う不自由なふるえる手で、何時間もかけて描いていたらしい。牛の絵があるが、(僕はやっぱり邪で)牛の絵があると、ラスコーやアルタミラの洞窟に描かれたものを連想してしまう。筆者自身幼いころ、近所で飼われていた牛をじっと観察して、よく描いたのだという。私たちは、1万7000年前の生物の痕跡を肌で感じることが出来る。その「歴史」はいろんな見方があると思います。その牛を、遊びで描いたのか、狩り仕事の為に描いたのか、抑圧されながら描いたのか、人間が描いたのではなく牛自身が自画像の為に描いたのか……? 彼らが射る/射られる矢は摩擦を与える障害に打ち勝つだろうか?矢は天を駈けるのだろうか。私たちは未来に何を残せるのでしょうか?
最後に……
うつされしこころはくちず野バラかな
これもまた私の妄想ですが……「こころはくちず」ここまで読んだみなさんは、どんな解釈をしたのだろうか。とても興味深い。
こころは朽ちず?
こころ白地図?
〈参考・引用〉苦海浄土全三部・石牟礼道子(藤原書店・2016)