「詩客」俳句時評

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俳句時評176回 「殺すぞ」と言われる前に――町田康『入門 山頭火』を読む 谷村 行海

2024年01月04日 | 日記
「物書きの看板を上げておきながら山頭火も知らないでどうする。世の中をなめているのか。殺すぞ」

 2023年12月5日に春陽堂書店から刊行された『入門 山頭火』は、作者の町田康へ向けられた衝撃的な言葉から始まる。そして、この言葉を契機にして春陽堂書店の『Web新小説』に掲載された原稿をまとめたものが本書となる。
 『入門 山頭火』は二部構成で、第一部「解くすべもない惑ひを背負うて」は、山頭火が行乞に至るまでの来歴をまとめたもの。また、第二部の「読み解き山頭火」は町田康が山頭火の句を独自に解釈したものだ。
 周知のとおり、町田康は小説家であり俳人というわけではない。ゆえに正直なところ、専門外の人間が山頭火を解釈した本を読むよりも、同じく春陽堂書店から刊行されている村上護の『山頭火 漂泊の生涯』や中公文庫の石川桂郎『俳人風狂列伝』を読んだほうがよっぽど山頭火への理解が深まるのではないかという思いはあった。だが、タイトルにも「入門」とついている通り、この本は単純に解釈を求める本というわけではなく、あくまでも山頭火を知るきっかけの本。それも、山頭火という人間のことを幅広い層に伝え広めるという趣向の本という印象を受けた。

 単に山頭火の来歴などを紹介するだけでは、日ごろから俳句に親しんでいない人や山頭火にさして興味のない人はすぐにページを閉じてしまうだろう。ところが、町田康の手にかかればそうはならない。例えば、山頭火の援助をした兼崎地橙孫の説明は次の通りだ。

 この地橙孫という人は年は若いが、いやさ若いからこそ、伝統的な俳句をぶちこわして新しい俳句をガンガンやっていこうという過激派というか、パンクというか、そういうなかで目立っていて、熊本で、『白川及新市街』という雑誌を創刊して、まるで目黒で目白が爆裂したような俳句をこしらえて赤丸急上昇中のいかしたGuyであったのである。

 このように、町田康の小説を読んでいるときと全く同じようなパンチのある文章により、山頭火の来歴やそれにかかわる人物たちが紹介されていくのだ。そして、1つあたりの章は10ページ程度。パンチのある文章に良い意味で翻弄されていくうち、するすると山頭火の人生が頭に入っていく。これであれば、文体による好みこそあるかもしれないが、山頭火をよく知らない人間であってもとっかかりやすいことだろう。
 また、町田康自身が妙に自身なさそうな部分が随所に見られるのも好ましい。先に挙げた『山頭火 漂泊の生涯』の話が「いまのところこれしか読んでいないからこれにばっかり拠ってる」「困ったときの『山頭火 漂泊の生涯』頼み」「人と人の間にどのような感情の通交があったかは、いつ何時も解らない。うかがい知れない。ただ、銭金のことなら少しは解る。何故かというと村上護『山頭火 漂泊の生涯』を読んだからで」などといった具合に登場する。知らない領域のことを知ろうとするとき、一方的に断定的な書き方・言い方をされてしまうと辟易してしまう方も一定数いることと思う。だが、このような少しばかりの自身のなさのおかげで、山頭火を知ろうとしてこの本を読んでいる読者に近い立場で物事が言い表される結果となっており、読者は書かれた内容を受け入れやすいものとなっている。
 さらに、第二部の句の解釈についても、多数の句を取り上げるのではなく、5つの句だけに焦点を当てたのも入門としてとっかかりがいいように思う。俳句をよく知らない人からすれば、いきなり多数の句の解釈を言われたとしても、それがどういう意味かを瞬時にのみこむのは難しい。だが、句の数をしぼり、そして、その句の描かれた背景にあるものを丁寧に描くことによって一句への理解が深まり、ほかの句を読んでみようという前向きな気持ちも生まれてくる。
 このように『入門 山頭火』は、入門書としてはこれまでにないタイプのもので、多くの人に受け入れやすいものとなっている。「山頭火を知らないでどうする。殺すぞ」などと言われる前に一人でも多くの方がこの本を読み、山頭火を知るきっかけになってほしい。

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