「詩客」俳句時評

隔週で俳句の時評を掲載します。

俳句評 原ゆき句集『ひざしのことり』を読む 秋月 祐一

2020年01月17日 | 日記
 原ゆきの『ひざしのことり』は、ふらんす堂の第一句集シリーズから、2020年1月1日に発行された句集である。
 原ゆきは「船団の会」に所属し、2016年に「抒情文芸」最優秀賞を、2018年に第10回船団賞を受賞している、実力派の俳人である。

  音楽はさよりの動きにてドアへ

 巻頭句。目には見えない音楽を「さよりの動き」と捉えた発想が新鮮である。数ある魚の中から「さより」を選びとった作者の語感が鋭い。そして、ドアから流れ出たさより=音楽はどこへ行くのだろうか。読者の想像を誘い、句集の世界へと導いてゆく。

  花吹雪公園が船出してゆく

 花吹雪舞う公園が、桜の大樹を中心にそっくり船出をしてゆく。あたかも映画『天空の城ラピュタ』のエンディングのような、壮大なイメージの句である。日本の文芸は、古来から桜を題材としてその美しさを詠んできたが、この船出のイメージはきわめて斬新であり、読後に陶酔感のようなものをおぼえた。

  死体役すいっと起きて星月夜

 演劇を題材にした句である。それまで死体役だった俳優が、出番を終えて、「すいっと起き」上がった瞬間を巧みに捉えた。約束事を離れたときの、すっぴんむくな時間がここには描かれている。芝居小屋の外には星の輝く夜空が広がっている。「死体役」「すいっと」「星月夜」というサ行音の韻律の張りもここちよく響く。


  地下鉄は来週とびうおの予定

 都市と海岸を行ったり来たりしている地下鉄が、来週はとびうおになる予定だという。ルーティン化された日常を超えようとするラディカルなパワーに満ちた句で、季語「とびうお」の印象が新鮮なものに更新されている。「来週とびう/おの予定」という句またがりも、躍動感を生むのに効果を上げている。

  こんな夜は茗荷の息をしてください

 これは恋の句であると思って読んだ。「茗荷の息をしてください」という頼みは真剣そのものであり、突然のことばに面食らいながらも、思わず「はい」と言ってしまいそうになる。「茗荷」という季語の野菜のセレクトがよい。茗荷の味は、子どもには理解できない大人のものであり、茗荷の香りの息はじつになまめかしい。

  打楽器を鳴らし足りない日の葛湯

 まず「打楽器を鳴らし足りない日」という認識の仕方がおもしろい。楽器を演奏する人でなくても、打楽器を思うさま叩いてみたい日はあるのではないだろうか。ガンガンと鳴らす打楽器に取り合わされたのは、とろんとやさしい葛湯。この対比になんとも言えないとぼけた味わいがある。

  安物の戦艦めいて春の風邪

 春の風邪で休養中の自分のからだを、「安物の戦艦めいて」と捉えた句である。そんな風に感じたことは一度もないのに、この句を読むと、的確に言い当てられた気がするから不思議である。「安物の」がじつに巧い。熱に浮かされ、節々が痛み、自分のからだが自分のものでないようなときの不確かさが伝わってくる。

  逢うときのすこし海猫めく鞄

 逢瀬のときの鞄が「海猫めく」。唐突な海猫の出現に驚かされるが、まるめこまれてしまう。ポイントは「すこし」にあるのかもしれない。海猫めいた鞄とは謎めいており、同時にエロティックな雰囲気を漂わせている。逢いたさが募り、どこかしら常軌を逸した人物像が浮かんでくるのである。

  かの人とはぐれ夜店は抽象画

 祭りの夜の光景である。「かの人とはぐれ」た後(喧嘩でもしたのか、それとも迷子になったのか)眼前の夜店のならぶ風景が、光と色の氾濫する抽象画に見えたという。もしかしたら、その光景は涙でにじんでいるのかも。いずれにせよ、シンプルなことば遣いで写しとられた景のあでやかさに、うっとりとしてしまう。

俳句時評 第117回 俳句の記憶 廣島 佑亮

2020年01月06日 | 日記
 戦後、中部地区から創刊した無数の俳誌を、どれだけの人が覚えているのだろう。それらの俳誌で活躍した大勢の俳人たちを、どれだけ思い出すことができるだろう。
 かつて中部俳壇の現代俳句を牽引した内藤吐天主宰「早蕨」、加藤かけい主宰「環礁」、小川双々子主宰「地表」が終刊して久しい。
 今回は、現在刊行中で私が入手できた中部地区の俳誌を紹介したい。

「韻」
代表・後藤昌治、編集・永井江美子
同人誌、年3回刊行、平成20年創刊、師系・小川双々子

 平成19年、小川双々子の死によって「地表」が終刊。その同人12名によって立ち上げられた。創刊には、後藤昌治、永井江美子の他、小笠原靖和、佐佐木敏、白木忠、中烏健二、武馬久仁裕、山本左門らが名を連ねる。現在の同人は19名。
 巻頭言、外部からの特別寄稿、同人特別作品、同人20句、同人作品評、後藤昌治の連載エッセイ「長いときの流れの中」が主な内容だ。
 特別寄稿には、かつては大畑等、大友義幸、阿部鬼九男が文章を寄せている。31号は川名大「高柳言説とホビー俳句」である。

31号より

  墜栗花雨入口多きラビリンス          川本利範
  そしてチェロ弾き水無月に身籠りぬ       片山 蓉
  両手で受く泰山木の花の粋           後藤昌治
  詩因探れば夕凪に仮死滲み出る         佐佐木敏
  紫陽花よ落下の部屋のなかにいる        千葉みずほ
  鵜舟寂光ひたすら舟であり続け         永井江美子
  吸水の揚羽の翅の息遣ひ            前野砥水
  囀れり動かぬことを力とす           森千恵子
  紫陽花やヨカナーンの首奉る          山本左門
  手庇で見る若葉山歓喜に満つ          依田美代子
  梅の香に誘はれ歩く天蒼し           米山久美子
  大でまりこでまり誰と遊ぼうか         渡邊淳子
  鉄臭き零時ふらここ行つたきり         有本仁政
  遮断機を潜つた人よ夕霞            車 春吉
  父のこゑの霾るうしろすがたかな        小笠原靖和


「菜の花」
主宰・伊藤政美、編集・犬飼孝昌
結社誌、月刊、昭和38年創刊、師系・多田裕計、山口いさを

 昭和38年、職場のグループを中心に創刊。菜の花を連想させる鮮やかな黄一色の表紙が創刊以来続いている。写生を基本とした、実感が芯にあることを追求し、主観写生主義、実作主義を貫いている。毎号第1ページに「俳句は自我と伝習との調和の詩である」という言葉を飾っている。主宰作品は毎月20句2ページの見開きで掲載。同人自選作品は、作品7句の8名、天の森集6句の16名、当月集5句15名、同人集Ⅰの5句、同人集Ⅱの5句と続く。菜の花集は100名近くの投句者があり、主宰が選に当たっている。同人による会員句評、若手による「青年部だより」があり、最終ページに主宰推薦になる30句が掲載されている。

令和元年7月号より

  自画像の眠さうな顔亀鳴けり          伊藤政美
  校正の赤き字も文字万愚節           犬飼孝昌
  花の土手何も持たずに歩きけり         田中青志
  冴返る家裏に捨つ逆水             平賀節代
  花の風抜くる絵島の謫居かな          成木幸彦
  たちまちに野の中にをり粽解き         小野由実
  海近き寺に一日空海忌             岡本千尋
  柿若葉雀の声がよく似合ふ           大堀祐吉
  参道のゆるやかな坂花御堂           𠮷田きみ子
  はんざきの目の動きたる花の昼         和田芙美
  水の無き橋を渡りて春惜しむ          上村えつみ
  提灯の影の揺れゐる花筵            佐藤千恵
  春の色賞でて京菓子買ひにけり         高尾田鶴子
  長閑しや畑の中に国司跡            東海憲治
  甲板にペンキの匂ふ薄暑光           西田青沙


「円座」
主宰・武藤紀子、編集長・小川もも子
結社誌、隔月刊、平成23年創刊、師系・宇佐美魚目

 真白な表紙に宇佐美魚目の筆になる題字「圓座」が印象的だ。毎号表紙裏に「宇佐美魚目の一句」が掲載され、主宰作品は見開き2ページに10句、中田剛の5句、清水良郎の5句、同人2人の特別作品10句と続く。同人自選作品の百千鳥集は5句、朱夏集は主宰選となる。連載の多さも特色で、創刊から続く中田剛「宇佐美魚目ラビリンス」の他、森川昭「新・千代倉家の四季」、関悦史「平成の名句集を読む」、橋本小たか「十数えてあたたまる」、藤原龍一郎「句花万華鏡」など、作家陣も豪華で読み応えがある。令和元年12月、全国俳誌協会の第8回編集賞特別賞を受賞した。

令和元年6月号より

  梛の木に凭れてゐたり春の人          武藤紀子
  てのひらにひよこの匂ひ花菜風         星野 繭
  料峭や見越しの松の魚目邸           佐々木和子
  蛇穴を出て夕映の菩提樹に           山本きよ子
  空を飛ぶ蛇少年の手を離れ           岡田百合絵
  海底でありし秩父の山笑ふ           中山壱路
  浜の足跡消しながら春の風           加山紀夫
  あたたかや昔の人が遭ひにくる         狩谷洋子
  おぼろ夜や誰かの歩く杖の音          辻まさ野
  文鳥を探す貼紙夏近し             野呂よしこ
  鳴く亀に乗つて行こうぜロックンロール     藤田廣子
  春泥は女の中にあるといふ           中川 肇
  藤の波須磨の巻まで読みたれど         麻香田みあ
  地球儀の国境ぼかす春埃            桂あすか
  再会の声やはらかし夕ざくら          小川もも子


「蘖通信」
世話人・稲葉千尋、編集・稲葉千尋
超結社句会、隔月刊。

 稲葉千尋氏は、海原同人。蘖通信句会は隔月で開催される郵送スタイルの互選句会。俳誌というより、句会報に近い体裁だが、全句に選者の1行選評を載せる。毎号裏表紙に外部の俳人作品を掲載する「招待席」、同人ひとりの特別作品20句と短文が続く。毎回、4名の特別選者を招いている。

平成31年3月号より

  顔認証の眉毛気になる寒の入          稲葉千尋
  蟹を割く真っ赤に染まる日本海         平川義光
  郵便受けもていねいに拭く年の暮        若林卓宣
  横抱きの郷愁空に凧              松本勇二
  抱擁を解くように散る冬薔薇          瀬戸優理子
  初詣り小銭の鼓動にぎりしめ          夫馬瑳衣子
  残照の縄跳びどこでやめようか         藤田敦子
  人参を噛めば人参色の音            月野ぽぽな
  逢えば静電気のふたり冬木立          柏柳明子
  冬晴の影喰う男ありにけり           赤野四羽
  日短し脳と手足に時差少し           黍野 恵
  マスクして素つぴんといふ身の軽し       半田 綾
  「あのね」「うん」それだけの朝冬菫       神戸亜矢子
  冬の蠅案外遊び上手なり            奥山和子
  隙間風赤鉛筆を盾として            松本たけし


「翼座」
代表・金子晴彦、事務局・今井真子
同人誌、年刊、平成20年創刊、師系・小川双々子

「地表」終刊後、編集長だった伊吹夏生を代表に「地表」「環礁」「橋(早蕨後継誌)」の同人が創刊。21名の同人が20句と短文を載せる。「感銘の一句」「同人作品を読む」やエッセイが書かれている。「通りすぎた俳人たち」は、今は亡き俳人たちの姿を甦らせる。

第11号より

  ひとやから聞こゆる蝉の歩く音         金子晴彦
  宇宙とは音楽である冬銀河           天野素子
  独活一本ま白き音を立てにけり         今井真子
  一途なる少年狐罠外す             木村晴代
  磨崖仏仰ぐ色なき風の中            笹山喜代惠
  寒の月根方に鬼九男灯しけり          佐藤武子
  わたくしにまだ荷のありし晩夏光        野崎妙子
  詩神降る白アマリリス反るとき         星川佐保子
  街角の白木蓮や繭籠る             水谷静子
  父と子のキャッチボールや菊日和        宮地瑛子


「景象」
主宰・星野昌彦、編集・加藤浩子
結社誌、季刊、平成元年創刊、師系・内藤吐天

 巻頭の主宰作品は見開き4ページ26句。毎号2段組み10ページにおよぶ論考「存在の詩型」は第93回。伊丹三樹彦の20句の寄稿。同人作品Ⅰ・Ⅱもそれぞれ10句と俳句の数が多い。巻末で紹介される「百人百景」は水谷積男の写真で、主宰のインタビューによる愛知県豊橋市ゆかりの文化人を紹介する。

通巻119号より

  帰らなむ帰りなむいざ蟬時雨          星野昌彦
  「どっこいしょ」口癖となり春隣        神藤美智子
  今日卒寿諸葛菜の一花かな           林 弓恵
  相槌を打ちつつ鶴の帰りけり          荒川千枝子
  夜の雪積む追伸の余白かな           廣瀬員江
  令月やますます香る梅の花           加藤浩子
  改札を抜けて長篠暮の秋            白井満鶴


「南風」
主宰・宮崎眞澄、編集・大嶋裕子
結社誌、月刊、昭和21年創刊、師系・臼田亜浪、山田麗眺子

 70年以上の歴史をもつ俳誌で、結社としての主張は持たず、一人一派主義。宮崎眞澄主宰作品は7句、恒風抄は同人5人の7句。まつかぜ集は同人7句。毎号特別作品として同人2人の7句。同人作品鑑賞、支部紹介、吟行記、主宰選のあさかぜ集へと続く。「歳時私記」は創刊主宰・山田麗眺子の短文を再録する。

令和元年7月号より

  四方の樹々囀り放ち墓じまい          宮崎眞澄
  メーデー歌再び起これ新緑に          近藤重郎
  人柱鎮む堤や散るさくら            井尾紀子
  花疲れ人疲れして窓に寄る           木村たか
  暦法六輝茄子の植え日を決め得たり       中津川貞


「白桃」
主宰・齋藤朗笛、編集・齋藤朗笛
結社誌、月刊、昭和二十20年代創刊、師系・高浜虚子、杉浦冷石

 毎号巻頭には吟行句会の写真と様子、1句と感想文が載り、すぐに主宰選の「雑詠」が続く。主宰作品は「雑詠」の最後尾に20句。評論の類は載らない。おそらく何十年もこのスタイルで刊行し続けているのだろう。同人制を設けず、添削料の規定もなく、各種の賞も制定していない。

  みちのくの星空映る植田水           齋藤朗笛
  街灯の点滅妖し明易し             中根幸江
  防人の見返り峠時鳥              村田俊子
  赤錆の門扉の奥に手毬花            高岡栄子
  施しやうもなく十薬の蔓延りぬ         山本清稀人


「松籟」
主宰・山本比呂也、編集・有我重代
結社誌、月刊、昭和36年創刊、師系・加藤燕雨

 1ページ目には創刊主宰の加藤燕雨と二代目主宰の高橋克郎の1句が載る。主宰作品が7句、天韻集は主要同人8名で各7句。同人作品の天籟集は主宰選で約250人の大人数。会員作品の松籟集も主宰選で約220人。他に秀句抄、作品鑑賞などが載る。

令和元年6月号より

  花影や店の奥なる樺細工            山本比呂也
  花三分あとの七分を待つ虚日          島津余史衣
  離れては振り返りてはさくらかな        加藤洋子
  朝寝てふ小さき幸せありにけり         有我重代
  子雀や思ひ出さるる師の視線          太田 孝


「鯱」
主宰・服部鹿頭矢、編集・服部鹿頭矢
結社誌、月刊、昭和40年代創刊、師系・水原秋桜子、澤田緑生

「馬酔木」の僚誌としての50年ちかく歩んできた。主宰作品7句、主要同人の緑標集は7句。同人作品の鯱集Ⅰは7句、同人作品の鯱集Ⅱ・会員作品の鯱集Ⅲは主宰選。選後評、吟行記、作品鑑賞などが載る。

平成31年1月号より

  蔦紅葉鎮守の泉しづもれる           服部鹿頭矢
  日向ぼこのあとの背丸くなりにけり       大森三保子
  谷ふかく激つ瀬波や紅葉冷           度会昌広
  干柿の連を掛けある無人売           山口貴志子
  ひと筋の滝の長さや山黄葉           丸山美奈子


「耕」
主宰 加藤耕子、編集 加藤耕子
結社誌、月刊、昭和61年創刊、師系・加藤春彦

 主宰は俳句の国際交流にも尽力し、英文誌「KO」を年2回発行している。主宰作品は見開き2ページで20句。同人2人の特別作品20句。同人作品の樹林集Ⅰは5句。会員作品の樹林集Ⅱは主宰選。選評寸言、俳句時評。主宰の連載「先人に学ぶ」は「猿蓑」の鑑賞と解説で、日本文と英文が載る。

令和元年6月号より

  花歳々容かはらぬ坐禅石            加藤耕子
  夕風の匂ひ微かや梅三分            平戸俊文
  囀りの木の下通り抜けにけり          日比野里江
  家持の小舟の揺らぐ春の夢           藤島咲子
  馬撫でて始まる乗馬木の芽晴          清水京子


 「結社の時代の終焉」が俳句総合誌で取り上げられる状況の中、インターネットの普及・俳句人口の減少により、結社の役割・存在意義がますます問われることになるだろう。
 最後に故・山口いさを「菜の花」名誉主宰の文章で締めくくる。「結社に所属する以上、まずはじめは優等生になる素直さがない限りだめだと思う。俳句初等科を優等で終了した人のみが、俳人として世間に通用する作家、つまり個性的な一匹狼にもなれるのである。ともかく自分の体質に合った結社を選び、学びとるものを学びとってしまえば、あとはどんどん好きなところへゆくなり、一人でやるなり同人誌をつくるなり、大いに自分を試して見られればよいのであって、中途半端に自己過信をしてみても結局地に足がついていないから、どこへいっても、どうやってみてもものにならぬことだけは明らかだ。結局、結社の功罪など、結社側にあるのではなく所属する側の学び方と心掛け次第だと思う」(昭和54年「菜の花」4月号『俳句は結社で学ぶもの』より〔昭和55年度中部日本俳句作家会「年刊句集」より転載〕)