東海地区の俳句団体である「中部日本俳句作家会」(以降、中日作家会)は、昭和23年5月に中日新聞文化部所属の加藤鎮司(早蕨、俳句評論、橋代表)が「俳句の枠を取り去った新しい俳句の推進」を目的に立ち上げたのが始まりである。昭和30年より会員のアンソロジーである「年刊句集」を毎年発行している。出稿者の中から1名もしくは2名に、「中部日本俳句作家会賞」が贈られる。受賞者の中には忘れられたり、個人句集を入手できなかったり、個人句集を刊行していない俳人がいる。今回は、歴代受賞者を紹介しつつ、中部俳壇の歴史を見ていこうと思う。句は受賞作品から抜粋、結社は受賞時の所属。
◎第1集 昭和30年度
小島武男 (こじま たけお)
大正元年(1912)生。結社:「早蕨」。平成2年没。内藤吐天主宰の「早蕨」同人。内藤吐天逝去後、昭和52年「橋」創刊に参加。昭和63年「橋」代表。句集:「感傷植物」
吾子生まれしこゑへ覚め耀る夜の林檎
吾子へ降る牡丹雪軀をうちあひつゝ
子の机春の霞へちかく置く
塚腰杜尚 (つかこし としょう)
大正11年(1922)生。結社「天狼、環礁」。平成25年没。山口誓子、加藤かけいに師事。「天狼」同人、「環礁」同人。「森」主宰。句集:「都会派」
天心に触れつゝひばり翅つよし
死に瀕し金魚が水を彩れり
凩が凩を追ふ天涯まで
◎第2集~第4集 受賞者なし
◎第5集 昭和34年度
中村吉子 (なかむら よしこ)
昭和4年(1929)生。「早蕨」。「早蕨」同人。「早蕨」終刊後は無所属。
樹々若く万朶の花の接吻(きす)する唇(くち)
少年哀し黒きレースの手を待つや
騎馬朝露に疾駆の鞭を乙女より
◎第6集 昭和35年度
小島武男 (こじま たけお)
二回受賞は彼だけ。これ以降、過去受賞者は選考から除外することになった。
麦熟るゝ夜へ降りし汽車明るく去る
映し合う鏡の中の雪の世界
手籠よりパン頭復活祭の陽へ
◎第7集 昭和36年度
武藤城楠 (むとう じょうなん)
明治38年(1905)生。結社:「早蕨」。「早蕨」同人、「つばき」同人、「営」同人。
埋葬終る薊につまづくこともなく
寒い傾斜一日単位の木の歯車
万緑をわがものとして寂しき木樵
◎第8集 昭和37年度
坂戸敦夫 (さかと あつお)
大正13年(1905)生。結社:「南風、火燿」。平成22年没。「南風」同人。「俳句評論」同人。同人誌「騎の会」を発足し編集同人、発行者。句集:「地下水脈」「冬樹」「朿刑」「苦艾」「艸衣集」「異界」「影異聞」「異形神」「彼方へ」
厚き冬霧自己喪失の都市沈む
痛烈な梅雨夕焼ここにあるは訃報
虹の断片見て荒涼と都市の夜へ
◎第9集 昭和38年度
加藤佳彦 (かとう よしひこ)
昭和4年(1929)生。結社:「早蕨、俳句評論」。「早蕨」同人、「俳句評論」同人。「早蕨」終刊後、「橋」の創刊に参加、同人。
鳥を撃たず青空の近くに住む
海をひらくひとつの撃鉄として嬰児
眠い虎の分身焦げるパン一枚
◎第10集 昭和39年度
上月 章 (こうづき あきら)
大正13年(1924)生。結社:「早蕨、十七音詩、海程」。平成19年没。「海程」創刊に参加、「早蕨」同人。「早蕨」終刊後、「橋」に参加。第13回現代俳句協会賞受賞。句集:「胎髪」「蓬髪」「上月章句集」
武器をもつ農民に似て燃える生木
教室裏口遺族たちに発育のいい彫刻
靴をもつてのぼる高い塔の内部
◎第11集 昭和40年度
鈴木河郎 (すずき かわろう)
大正14年(1925)生。結社:「青玄、営」。昭和58年没。「青玄」「林苑」を経て「草苑」同人。元・現代俳句協会東海地区会議幹事。句集:「双神の時」「空華」
枯れて久しき葦同温の老人待つ
酒を待つ木椅子に冬の樹を感じ
日本脱出も難し聖菓の弱き燭
◎第12集 昭和41年度
中野 茂 (なかの しげる)
昭和4年(1929)生。結社:「早蕨、俳句評論」。平成6年没。「早蕨」同人、「俳句評論」同人。「早蕨」終刊後は、「橋」の創刊に参加、同人。「青の会」会長。句集:「魚眼」
赤い窓ある夫婦に植物のような夜明け
磨いた歯で遠い冬日の森を噛む
高層ビルの真下ごみ箱が愉しくこわれ
◎第13集 昭和42年度
星野昌彦 (ほしの まさひこ)
昭和7年(1932)生。結社:「早蕨、林苑、営」。「早蕨」「地表」「林苑」「橋」等の同人を経て、「景象」創刊。第1回現代俳句新人賞。第5回現代俳句評論賞。第68回現代俳句協会賞受賞。句集:「藁の国」「五丁目二十八番地」「玄冬考」「七百句」「而今そしていま」「是空」「花神の時」「天狼記」
楽器を胸に沈めて驟雨の中にいる
眼帯で眼を覆い触れてみる魚の弾力
海へインクを一滴落とし少年去る
◎第14集 昭和43年度
志摩 聡 (しま そう)
昭和3年(1928)生。結社:「俳句評論」。平成15年没。加藤かけい、富沢赤黄男のち高柳重信に師事。「俳句評論」同人「騎の会」同人。のち無所属。句集:「蜜」「紫刑楽句」「白鳥幻想」「勃海薔薇」「哇」「汽缶車ネロ」「志摩聰全句集」
一角犀の睡りに溺れる子 泥壺の中の胡桃
錫騎士や角(かく)の算術髭の角(かく)
蝿取紙に集(たか)る菫 蘿甸語(らてんご)を遠渚に廃し
◎第15集 昭和44年度
奥山甲子男 (おくやま きねお)
昭和4年(1929)生。結社:「海程、営」。平成10年没。金子兜太に師事.昭和38年「海程」に入会。「営」「赫」「橋」等の同人を経て「木」を創刊に参加し.編集を務める。第38回現代俳句協会賞受賞。句集:「山中」「奥山甲子男句集」「飯」「水」「奥山甲子男遺句集」
雷の夜の幹けんらんと水を隠し
満月の吹かれくる塩髭にためる
飯も水もぞろぞろと着く村が見え
◎第16集 昭和45年度
立原雄一郎 (たちはら ゆういちろう)
大正1年(1912)生。結社:「営、原型派」。平成3年没。「街路樹」同人、「原型派」同人。「橋」の創刊に参加、同人。
妙(みょう)というあるひとひらと悪を練る
ひたすらを彫り冷笑を彫りあがる
以後無事で死界にいます 風岬
◎第17集 昭和46年度
浅井一邦 (あさい いっぽう)
昭和18年(1943)生。結社:「地表、俳句評論」。「地表」同人。「俳句評論」同人。句集:「玄実歌」「風学歌」「火宙歌」「天天小歌」「浅井一邦全句集」
うぐいすを撫でゆくやがて鉄橋や
蟷螂のかけら零れて指はあり
液体のながい坂ゆく冬わすれ
森下草城子 (もりした そうじょうし)
昭和8年(1933)生。結社:「早蕨、林苑、営、海程」。平成30年没。内藤吐天主宰の「早蕨」、「林苑」などを経て、「海程」同人.「木」創刊。第48回現代俳句協会賞受賞。元・東海地区現代俳句協会会長。元・現代俳句協会顧問。句集:「風炎」「生家」「野鯉」。
青年やたそがれをゆく紙の舟
月よりかるく吹かれる伐採の空の男
鯛の身ほぐし食う次の間の血縁たち
◎第18集 昭和47年度
小笠原靖和 (おがさわら せいわ)
昭和18年(1943)生。結社:「地表、俳句評論」。「地表」同人。「俳句評論」同人。「地表」終刊後は、「韻」の創刊に参加、同人。句集:「水奏観」
火を献じて餅の白さのくにさがひ
雨音や死んだ奴から柿出てゆく
軒深く背鰭の冬となりゆけり
◎第19集 昭和48年度
白木 忠 (しらき ちゅう)
昭和17年(1942)生。結社:「地表」。平成25年没。「豈」同人。地表終刊は、「韻」の創刊に参加、同人、編集をつとめる。句集:「牢として風のなかに」「君不知」「暗星」
菜の花や百日鴉くもりつつ
神経の蝶が右手にのこるなり
欲望のあらゆることば葡萄垂る
◎第20集 昭和49年度
田中正一 (たなか しょういち)
大正5年(1916)生。結社:「早蕨、街路樹、俳句評論」。平成元年没。
パン屋を過ぎて身体が宙にある早春
六月の妊婦が愛ずる虫めがね
犬に曳かれて寒(かん)の時空を漂う齢(よわい)
◎第21集 昭和50年度
伊吹夏生 (いぶき かせい)
昭和10年(1935)生。結社:「赫、海程」。平成22年没。小川双々子に師事。「地表」同人。編集長を務めた。同人誌「ZERO」創刊、「木曜島」俳句会代表。平成20年「翼座」創刊代表。
桃山の閑かや狂う兄を連れ
夏がすみ朽ちつつおもき内宇宙
在りし日の雪の音きて絶えにけり
中烏健二 (なかがらす けんじ)
昭和23年(1948)生。結社:「地表」。平成26年没。「地表」同人。「豈」に入会、編集をつとめる。「未定」に参加。句集:「愛のフランケンシュタイン」「Alligator symphony」
陰々と鳴りたる鈴をひろひにくる
川の岸凍蝶のゐるふりをして
仄ぐらき夢を出たがる春の泥
◎第22集 昭和51年度
勝野俊子 (かつの としこ)
昭和7年(1932)生。結社:「早蕨、橋」。中村吉子以来、17年振り二人目の女性受賞。「早蕨」「橋」終刊後は、「翼座」創刊に参加、同人。読売新聞「とうかい文芸」選者。句集:「澪標」
絵蠟燭ともるかなたの女体かな
花あやめ花の高さに坐りけり
忽然とひがん花消え宥されし
岩田礼仁 (いわた れいじ)
昭和18年(1943)生。結社:「地表」。「地表」同人。「地表」終刊後は無所属。
水餅はいかなる鳥にはぐれたる
あさがほにつくづく遲れ生まれけり
鶏頭の旅人となる日の暮は
◎第23集 昭和52年度
清水冬視 (しみず とうし)
大正12年(1923)生。「橋、海程」。平成15年没。「橋」同人。「海程」同人。句集:「寒い林」
蟷螂のうしろの水の泣き出せり
夜桜の下の地獄は湖の地獄
かまつかの一本燃えて鬼はしらす
◎第24集 昭和53年度
鈴木照子 (すずき てるこ)
大正13年(1924)生。結社:「俳句評論、街路樹、橋」。「俳句評論」同人、「橋」同人。「橋」終刊後は無所属。句集:「ふしぎの風」「天窓」「無風の窓」
おんどりの左右のにらみ剃刀とぐ
血の音や樹一本の舞台装置
蠟燭をともして夢の後始末
◎第25集 昭和54年度
橋本輝久 (はしもと てるひさ)
昭和14年(1939)生。結社:「俳句評論、橋」。高柳重信に師事。「俳句評論」同人。「橋」同人。「橋」終刊後は、「伊勢俳談会」所属。現・東海地区現代俳句協会顧問。三重県文学新人賞。第7回現代俳句協会新人賞。三重県文化賞文化奨励賞。句集:「国見」「歳歳」「残心」
とある朝街中の傘が河口に佇ち
菊抱きて日常の顔白くせり
矢印を幾度ゆきて還らざる
◎第26集 昭和55年度
林 英男 (はやし ひでお)
昭和14年(1939)生。結社:「俳句評論、橋」。「青玄」同人、「俳句評論」同人、「橋」同人。「卵の会」会員。「橋」終刊後は無所属。現・東海地区現代俳句協会理事。
寒菊の際過ぎ雨の日の葬り
うなじゆくいま山茶花の闇をまがり
風速き夜はくれないの木をせめる
◎第27集 昭和56年度
高桑冬陽 (たかくわ とうよう)
大正6年(1917)生。結社:「地表」。平成5年没。「地表」同人。句集:「白露祷」
きさらぎは竹に撓へとふことか
ゆるされていいのか雁の腋見えて
てのひらがつかれてゐるに雪つかむ
◎第28集 昭和57年度
受賞者なし
◎第29集 昭和58年度
小出尚武 (こいで なおたけ)
昭和16年(1941)生。結社:「地表」。「地表」同人。
砂握る音の哀しき春の昼
咎なりや鶏頭があり海があり
夭折とは星のしづくをのむことか
林 政恵 (はやし まさえ)
昭和9年(1939)生。結社:「橋」。平成22年没。「早蕨」同人。「橋」の創刊に参加、同人。「橋」終刊後は無所属。句集:「椅子
」
元旦の物置の戸が少し開く
たそがれをしばらく茄子とたのしめり
安堵とは素描の薔薇を見ることか
◎第30集 昭和59年度
岡本信男 (おかもと のぶお)
大正5年(1916)生。結社:「地表、花曜」。平成元年没。「環礁」「天狼」を経て、「地表」同人、「花曜」同人。句集:「挙白拾章」「銀紋雑記」
劇的に地下鉄(メトロ)のにほひ如月は
あゝ垂直に六月は亡命せん
蛍の臭また残る指いくさ前
◎第31集 昭和60年度
鈴木知足 (すずき ちそく)
大正15年(1926)生。結社:「地表、木」。昭和63年没。「地表」同人。「木」同人。
ぬるみゆく水に手を入れ国をふと
曼珠沙華暮れて古今のあるがまま
霜月のつかわねば筆倒れけり
◎第32集 昭和61年度
杉本亀城 (すぎもと きじょう)
昭和2年(1927)生。結社:「地表」。「地表」同人。
末黒野を鎖ひきずりゆく犬よ
葛の葉のみな裏がへる告白や
廃屋が見ゆ空蝉の背なかより
◎第33集 昭和62年度
岸 貞男 (きし さだお)
大正13年(1924)生。結社:「地表」。平成11年没。「天狼」同人。「地表」創刊に参加、同人。句集:「花魂」
大根の山積み欲望とは違ひ
夕焼の岩礁に立ちしことモーゼは
これまでの榠樝を思ふ真暗がり
北川邦陽 (きたがわ ほうよう)
昭和7年(1932)生。結社:「林苑、海程、木」。平成24年没。「海程」同人。同人誌「卵の会」代表。句集:「虚蟬笛」「花夢中」「黒船屋」
上昇の蝶見えるまでガラス拭く
下積みにせり白桃の不器量は
上空の鶴の一掻き見てしまう
◎第34集 昭和63年度
小林美代子 (こばやし みよこ)
大正13年(1924)生。結社:「地表、橋」。「地表」同人、「俳句評論」同人、「橋」同人。
死後しかと目を閉じゐたる花明り
螺子の馬行きては止まる灯のおぼろ
年忘れ踵埠頭の灯に到る
◎第35集 平成元年度
今井真子 (いまい まさこ)
昭和22年(1947)生。結社:「橋」。「橋」終刊後は、「翼座」に参加。「橋」同人、「青の会」会員、「翼座」同人。現・東海地区現代俳句協会理事。現・中部日本俳句作家会事務局。句集:「水彩パレット」「約束」
空缶の中の葉月を蹴り上げる
花冷えやからだ透けゆくすべり台
桃匂う袋を解いて折鶴に
◎第36集 平成2年度
柴田和江 (しばた かずえ)
昭和7年(1932)生。結社:「海程、木」。「海程」同人、「木」同人。
杉の実の匂いことばの気配充ち
春疾風解かれて虚空ゆくもあり
ばらばらに朝のさくらを出てゆけり
永井江美子 (ながい えみこ)
昭和23年(1948)生。結社:「橋」。「草樹」「早蕨」「橋」を経て「韻」の創刊に参加し、現在は編集・発行人を務める。「青の会」会員、「韻」同人。現代俳句協会理事。現・東海地区現代俳句協会副会長。安城市文化協会賞。句集:「夢あそび」「玉響」
八月に生まれしもののひかり合ふ
山茶花に男のこえの残りたる
死ぬ力少し残して桃ひらく
◎第37集 平成3年度
村瀬誠道 (むらせ まさみち)
昭和4年(1929)生。結社:「地表」。「地表」同人。句集:「遊人抄」
春や昔われらねじ式オルゴール
半夏生紐となりゆく男かな
死ぬるとき脳天枝垂れ花火かな
◎第38集 平成4年度
植村立風子 (うえむら りっぷうし)
大正13年(1924)生。結社:「海程、木」。平成26年没。
「海程」同人。「木」同人。句集:「耕」
鶏裂けば麦ばらばらとでてきたる
泥田から素足で飯を食いにくる
盛り上がる黒土であり冬の牛
佐佐木敏 (ささき びん)
昭和13年(1938)生。結社:「地表、ZERO」。「地表」同人。「ZERO」同人。「地表」終刊後、「韻」創刊に参加、「韻」同人。
蝶の翅宙にとどまるとき勁し
銃口をひきつけてゐる杜若
枯蟷螂最後の道のかがやきは
◎第39集 平成5年度
竹内まどか (たけうち まどか)
昭和3年(1928)生。結社:「橋」。「橋」同人。のち無所属。
沖より風無灯の船が沖をさす
棺に入れし花菜いまごろ花盛り
君が見てわがみて満月を鎖す
◎第40集 平成6年度
吉田さかえ (よしだ さかえ)
昭和14年(1939)生。結社:「海程、木、未完現実」。平成18年没。「海程」同人。「木」同人。「伊勢俳談会」所属。第19回三重県文学新人賞。第9回現代俳句協会新人賞。句集:「山の村」
たましいのひとつひとつや梅の花
念仏へ蛇を追う夜は人呼んで
雪おんな見てきて夜は紙を折る
◎第41集 平成7年度
伊藤政美 (いとう まさみ)
昭和15年(1940)生。結社:「菜の花」。山口いさを主宰「菜の花」創刊に参加。現在「菜の花」主宰。現代俳句協会副会長。東海地区現代俳句協会会長。四日市市文化功労者。三銀ふるさと三重文化賞。三重県文化功労章。句集:「二十代」「天の森」「天網」「天音」「父の木」「四郷村抄」
大寒の滝懸命に落ちてをり
何やかや埋める夏野に穴あけて
大焚火みんな背中に闇を負ふ
山田鍵男 (やまだ かぎお)
昭和7年(1932)生。結社:無所属。
跡かたもなし炎天を尋ね来て
汗顔や運河を汚したるひとり
風邪流行る街を流れる黒い河
◎第42集 平成8年度
佐伯春甫 (さえき しゅんぽう)
昭和8年(1933)生。結社:「紫陽花主宰、地表」。句集:「鎖の足」
まんさくのすべてが水に映り・死は
微睡むや蝶一頭を許しつつ
叫びでも怒りでもなく八月来
◎第43集 平成9年度
五藤一巳 (ごとう かずみ)
昭和11年(1936)生。結社:「地表」。平成16年没。「地表」同人。
梅一枝ことに退きたき時を
あやめ・オフィーリア漂ふに水湧きつ
水無月の水を掴んで立ち直る
前田典子 (まえだ のりこ)
昭和15年(1940)生。結社:「海程、草苑、木」。「海底」同人、「木」同人。第16回現代俳句協会年度作品賞。現・東海地区現代俳句協会理事。
陽炎に体はこばれ峠越ゆ
螢きて杉山の闇あたらしき
凍蝶のたましひのまだ凍てざりし
◎第44集 平成10年度
金子晴彦 (かねこ はるひこ)
昭和13年(1938)生。結社:「地表」。「地表」終刊後は、「翼座」の創刊に参加。現「翼座」代表。「木曜島俳句会」会員。現・東海地区現代俳句協会理事。
啓蟄を死刑執行人の影や
七月や鳥・虫・草・木・水死せる
鉄格子をとこ靜かに凍りけり
馬場駿吉 (ばば しゅんきち)
昭和7年(1932)生。結社:無所属。美術評論家、医学博士、名古屋市立大学名誉教授。「年輪」主宰の橋本鶏二に師事。名古屋ボストン美術館元館長。句集:「断面」「薔薇色地獄」「夢中夢」「海馬の夢」「耳海岸」
凍て深き大地にマタイ受難曲
月下ふと假面に死相謝肉祭
紅顔と白骨の間を晝寝かな
◎第45集 平成11年度
井戸昌子 (いど まさこ)
昭和10年(1935)生。結社:「地表、暖鳥」。「地表」同人、「雪天」同人、「翼座」同人。句集:「秘花抄」
実在も不在も春の寒さかな
人間の限界花の散ることも
国憂ひ草矢を乱射してをりぬ
横地かをる
昭和19年(1944)生。結社:「海程、木」。「海程」同人、「木」同人。現・東海地区現代俳句協会理事。
しろつめ草つめたきかたち朝の家
群れるとんぼ二階は母のみずうみ
老僧の透けてくるなり寒の水
◎第46集 平成12年度
二村秀水 (にむら しゅうすい)
大正11年(1922)生。結社:「地表」。「地表」同人。句集:「命綱」「そらは露」「莫眼花」
忘却の大河雪解の幅となる
椿落つ思考の海を昏くせり
生煮の老人乾く西日かな
金子ひさし (かねこ ひさし)
大正6年(1917)生。結社:「海程、つばき、木」。「海程」同人、「木」同人。
大かたは鞄かかえる爆心地
ながながと生きて蛍につきあたる
八月の賽銭箱の中のぞく
◎第47集 平成13年度
小川二三男 (おがわ ふみお)
昭和23年(1948)生。結社:「地表」。小川双々子の甥。「地表」終刊後は無所属。現在の筆名は「藤尾州」。小川双々子の遺句集「非在集」を刊行した。句集:「木偶坊」「白鳥」
一握の野蒜の白の冥かりし
超えるとき泰山木の匂ひたる
水底をザリガニ歩く天渇き
◎第48集 平成14年度
柴田典子 (しばた のりこ)
昭和3年(1928)生。結社:「潮騒」。「潮騒」同人。
逝く春の淀みへ真水こぼしけり
炎天に佇ちをり己の中の闇
穴まどひ一行の詩を曳きゆけり
野村紘子 (のむら ひろこ)
昭和13年(1938)生。結社:「橋」。「早蕨」同人、終刊後「橋」同人。「橋」終刊後、無所属。
雛飾るうしろに亡父も来ていたり
朝に夕なに蟬鳴き人は帰らざる
眼鏡拭くや映りしあまたのもの乾く
◎第49集 平成15年度
岸 美世 (きし みよ)
昭和3年(1928)生。結社:「地表」。平成21年没。「地表」同人。地表終刊後は無所属。岸貞男の妻。
踏絵あり非日常の日常や
科学的立場としてのトマト熟れ
不条理の最たるかたち枯向日葵
大西健司 (おおにし けんじ)
昭和29年(1954)生。結社:「海程、木」。昭和48年「海程」入会、のち同人。現・東海地区現代俳句協会副会長。句集:「未完の海」「海の翼」「海少年」「群青」
馬の目の潤みて夏に散る花よ
深海魚の兄かな春に化粧せり
空蟬の中に熊野の闇を置く
◎第50集 平成16年度
淺井霜崖 (あさい そうがい)
大正15年(1926)生。結社:「地表、禱炎」。平成24年没。「環礁」同人。平成9年同人誌「禱炎」創刊代表。平成10年「環礁」終刊後、「地表」入会、同人。句集:「黄砂茫茫」「淺井霜崖全句集」
鐵板に霰まろびし黙示かな
月おぼろ人間の盾きらめきつ
河骨ニオエツノ男タツテヰル
◎第51集 平成17年度
浅生圭佑子 (あさお けいこ)
昭和17年(1942)生。結社:「海程、木」。「橋」同人。「海程」同人。「木」同人。現・東海地区現代俳句協会理事。
おだやかに帰雁となりて逝かれけり
トマトに塩ひとつまみ降る生きるとは
夕星はわたしの味方十二月
◎第52集 平成18年度
石上邦子 (いしがみ くにこ)
昭和7年(1932)生。結社:「海程、卵の会」。「卵の会」は北川邦陽が代表の同人誌。「橋」同人、「海程」同人。
目に見えぬ花粉ざらつく祖国かな
月天心肉切り包丁研いでをり
大寒の肩甲骨の確かなり
山田哲夫 (やまだ てつお)
昭和13年(1938)生。結社:「海程、木」。「林苑」同人。「海程」同人。「木」同人。現・都会地区現代俳句協会理事。句集:「風紋」
雑踏のひとりがふっと消え風花
鈴虫の闇へかたむくこころかな
鶏が横切り胡麻を干す老婆
◎第53集 平成19年度
中根唯生 (なかね ただお)
昭和4年(1929)生。結社:「氷点」。「環礁」同人。「氷点」に入会。のちに「氷点」代表。「木曜島」俳句会にも参加。句集:「旦暮抄」「きつね雨」「有情帖」「八旬」「百句鈔 山・蜩・蝸牛」
心太啜って個人・個人かな
百年ののちを振り向く蝸牛
ヒロシマ忌レールが二本伸びている
◎第54集 平成20年度
杉﨑ちから (すぎさき ちから)
昭和5年(1930)生。結社:「海程、木、氷点」。「早蕨」同人。「海程」同人、「木」同人。句集:「鉄の繭」「鐵」
人日や家が機械に壊される
てのひらに落花しずかに血のかよう
枯蟷螂われみる眼玉ひかるなり
◎第55集 平成21年度
山口 伸 (やまぐち しん)
昭和4年(1929)生。結社:「林苑、青、海程、木」。安城文化協会名誉会長。句集:「心土」「野帖」「麦稈抄」
極月やあてなき鶴を折っており
抽斗にニトロ冬がぬうと来る
庭焚火継ぐ子なければ燻れり
◎第56集 平成22年度
犬飼孝昌 (いぬかい たかまさ)
昭和16年(1941)生。結社:「菜の花」。「菜の花」編集長。現・東海地区現代俳句協会事業部長。句集:「土」
長く引く波に石鳴る春の暮
鵺鳴くやすぐには消えぬ猜疑心
幾重にも峰を重ねて鮎の川
前田秀子 (まえだ ひでこ)
結社:「草樹」。
春雷の音のひとつに母がゐる
りんご真二つ対称といふ不安
雁渡ることばを綴りゆくやうに
◎第57集 平成23年度
稲葉千尋 (いなば ちひろ)
昭和21年(1946)生。結社:「木、海程」。「海程」同人、「木」同人。「蘖通信句会」世話人。現・東海地区現代俳句協会会計監査。
白梅の一輪という重みかな
またテロが頬に飯粒つけたまま
便器一つ白鳥ほどに光らせて
時野穂邨 (ときの すいそん)
大正15年(1926)生。結社:「林苑」。「林苑」同人。句集:「落し文」
水飲んで大きな夏の隅にいる
さくらさくら忽ち昨日を遠くする
花虻の花粉まみれという幸せ
◎第58集 平成24年度
鈴木 誠 (すずき まこと)
昭和9年(1934)生。結社:「海程、木」。平成29年没。「海程」同人、「木」同人。句集:「原郷」
夏の午後靜かなる人は靜かに逝く
郭公は空の歪みを直し鳴く
曼珠沙華このごろ土に傷を持つ
米山久美子 (よねやま くみこ)
昭和6年(1931)生。結社:「翼座、韻」。「天狼」「地表」に所属し、終刊後は「翼座」「韻」の創刊に加わる。現在は「韻」同人。句集:「おきなぐさ」
春立つといふに物音ひとつせず
蝉しぐれ浴びる寡黙の人となり
ためらひつ惑ひつ翔べり冬の蝶
◎第59集 平成25年度
神谷きよ子 (かみや きよこ)
昭和7年(1932)生。結社:「林苑」。「林苑」同人、愛知県豊橋市の「とまり木俳句会」代表。
更衣ひととき過去の中に居る
直線を重ねて畳む秋袷
黄落のひかりの中にいて老いる
◎第60集 平成26年度
平山圭子 (ひらやま けいこ)
昭和20年(1945)生。結社:「木、海程」。「海程」同人、「木」同人。
子を容れて日傘の男近づけり
夏つばめ筋肉質の平和像
寒禽や森の静寂裂けている
星川佐保子 (ほしかわ さほこ)
昭和16年(1941)生。結社:「秋、翼座」。「秋」は石原八束の主宰誌。石原八束に師事。「秋」入会、同人。「翼座」同人。句集:「あゆちの泉」。
逢ふひとの誰かれ眩し初御空
花桃の賑やかすぎる午後であり
淋しさの湧く日十薬引いてをり
◎第61集 平成27年度
大島多津子 (おおしま たつこ)
昭和33年(1958)生。結社:「雪天」。「雪天」は新谷ひろし氏主宰の俳誌。現在の俳号は金子ユリ。「韻」同人。現・東海地区現代俳句協会広報部長。句集:「チベットの春」
浮揚する凧愛といふ糸が在り
赤ちゃんと寝転んでゐる宇宙かな
しぐれふるただ黙々と群集は
永井清成 (ながい きよなり)
昭和14年(1939)生。結社:「林苑」。「林苑」「第二卵の会」に入会。のち無所属。句集:「夕もみじ」「夏冬」
あしたには空蟬となる身の火照り
渋柿吊す測られている骨密度
空瓶に沈んだままの寒さかな
◎第62集 平成28年度
武藤紀子 (むとう のりこ)
昭和24年(1949)生。結社:「円座主宰」。年児玉輝代に俳句を学び、宇佐美魚目に師事。「晨」同人、「古志」同人。平成23年「円座」創刊。現・東海地区現代俳句協会理事。句集:「円座」「朱夏」「百千鳥」「冬干潟」。
さまざまの戦の果ての柿の色
現とも夢とも冬の杖の人
椰の葉に来てしばらくを冬の蠅
片山洋子 (かたやま ようこ)
昭和26年(1951)生。結社:「円座、韻」。「円座」同人、「韻」同人。句集:「羊水の。」
鶴を見てひらがなのからだで眠る
サガン読む果肉のやうな九月の部屋
いちまいの凍蝶水になる途中
◎第63集 平成29年度
佐藤武子 (さとう たけこ)
昭和5年(1930)生。結社:「翼座」。「環礁」同人、上田五千石の「畦」同人。両誌が終刊後は「地表」、「地表」終刊後は「翼座」創刊同人。「木曜島俳句会」に参加。句集;「舞踏」。
枇杷の花言葉の裏を極彩に
てふてふの群るるやはらかき闘争
水溶性の恋をして冬の鳥
天野素子 (あまの もとこ)
昭和32年(1957)生。結社:「翼座」。「翼座」同人。
三月の外科白い傘の明るさで
空にジャズ消え紫苑の静けさ
冬の海まなざし遠き駱駝かな
◎第64集 平成30年度
平賀節代 (ひらが せつよ)
昭和22年(1947)生。結社:「菜の花」。「菜の花」同人。現・東海地区現代俳句協会事務局長。句集:「たんぽぽ」
青き踏む自分の歩幅大切に
膝抱いて海を見てゐる啄木忌
一人居の夜の寒さは四方から
岡本千尋 (おかもと ちひろ)
昭和14年(1939)生。結社:「菜の花」。「菜の花」同人。句集:「緑さす」
抽斗の一つが開かぬ雛箪笥
さくら咲く母校の窓の大きかり
神送る男がひとり火を焚きて
1.受賞者の師系
受賞者を輩出する師系がほぼ決まっている。加藤かけい系(環礁、潮騒)、内藤吐天系(早蕨、橋)、太田鴻村系(林苑)、小川双々子系(地表、韻、翼座)、森下草城子系(海程、木)、伊藤政美系(菜の花)である。会員も選考委員もこの師系に属する人ばかりだから、この結果になるのは当然だろう。中日作家会は東海地区現代俳句協会の母体となっていて、歴代東海地区会長は内藤吐天(当時は東海地区会議委員長)、小川双々子、森下草城子、伊藤政美氏である。
2.受賞者の生年
生年不明の1名を除くと、受賞当時の受賞者の生年は、明治年代1名、大正年代19名、昭和0年代29名、昭和10年代21名、昭和20年代9名、昭和30年代2名である。近年の傾向から考えて、昭和20年代俳人の受賞が今後も続くだろう。
3.会員数の推移
正確な会員数が記録され始める昭和35年度が165名。それから会員数は増え続け、平成9年度には327名、それから減少し始め、平成30年度は155名である。今後も毎年8名ほど減少していくと予想される。
4.現在の会員の生年
平成30年度の所属会員の生年は、大正年代9名、昭和0年代48名、昭和10年代62名、昭和20年代30名、昭和30年代5名、昭和40年代1名である。ちなみに10年前、平成20年度の昭和30年代は1名である。10年で4名しか増えていない。昭和30年代の会員に男性はいない。
5.俳人と組織運営
俳句をつくる能力と組織を運営する能力は違う。たいていの「俳句賞」は、作品に対する評価、俳人としての評価であるのが普通だ。しかし、組織を存続させていくのなら、組織を運営する人間が必要だし、育てなければならない。句会を開催し、俳誌を刊行するだけで、会員が増える時代は終わった。新規会員の獲得と既会員の退会防止対策を考え、実施する人間が必要だろう。
6.中日作家会の活動
平成30年度の中日作家会の活動は、毎月の句会(参加者は会員)、毎月句会報発行(寄稿者は会員)、年刊句集刊行であった。
ちなみに昭和49年度の活動内容は、毎月の句会のうち、8月は特別例会として三谷昭、高柳重信、赤尾兜子を迎えて講話及び選句選評。10月も特別例会として阿部完市を迎えて講話及び選句選評。11月は句会場を名古屋城に移し、小天守閣会議室内にて「名城観菊句会」を開催。
句会報は会員の寄稿に加え、8月号は特別例会の講話(高柳重信、赤尾兜子)、10月号は「「時間」俳句のなかの」阿部完市寄稿、12月号は「年刊句集48年度読後」阿部完市寄稿。そして年刊句集刊行であった。
7.最後に
中日作家会発足当時の事務局長の柳田知常(早蕨、橋代表、金城大学学長)の言葉で締めくくる。
「俳句作家会はこれでいいのかという漠然たる不満は、やはり底の方に低迷していて、その低迷の渦は次第にその速度を加えて行くように見える。俳句作家会は、各結社の単なる連合体なのか、中部俳壇というものの政治的な実態なのか、純粋に文学としての俳句を追求しようとする研究団体なのか。幾つかの要素・性格を抱合しているのだとすれば、その要素・性格に従って会の仕事を分け、もっと機能的に車が廻転するようには出来ないものか」(昭和43年度年刊句集「中日俳句作家会の動向」より)
◎第1集 昭和30年度
小島武男 (こじま たけお)
大正元年(1912)生。結社:「早蕨」。平成2年没。内藤吐天主宰の「早蕨」同人。内藤吐天逝去後、昭和52年「橋」創刊に参加。昭和63年「橋」代表。句集:「感傷植物」
吾子生まれしこゑへ覚め耀る夜の林檎
吾子へ降る牡丹雪軀をうちあひつゝ
子の机春の霞へちかく置く
塚腰杜尚 (つかこし としょう)
大正11年(1922)生。結社「天狼、環礁」。平成25年没。山口誓子、加藤かけいに師事。「天狼」同人、「環礁」同人。「森」主宰。句集:「都会派」
天心に触れつゝひばり翅つよし
死に瀕し金魚が水を彩れり
凩が凩を追ふ天涯まで
◎第2集~第4集 受賞者なし
◎第5集 昭和34年度
中村吉子 (なかむら よしこ)
昭和4年(1929)生。「早蕨」。「早蕨」同人。「早蕨」終刊後は無所属。
樹々若く万朶の花の接吻(きす)する唇(くち)
少年哀し黒きレースの手を待つや
騎馬朝露に疾駆の鞭を乙女より
◎第6集 昭和35年度
小島武男 (こじま たけお)
二回受賞は彼だけ。これ以降、過去受賞者は選考から除外することになった。
麦熟るゝ夜へ降りし汽車明るく去る
映し合う鏡の中の雪の世界
手籠よりパン頭復活祭の陽へ
◎第7集 昭和36年度
武藤城楠 (むとう じょうなん)
明治38年(1905)生。結社:「早蕨」。「早蕨」同人、「つばき」同人、「営」同人。
埋葬終る薊につまづくこともなく
寒い傾斜一日単位の木の歯車
万緑をわがものとして寂しき木樵
◎第8集 昭和37年度
坂戸敦夫 (さかと あつお)
大正13年(1905)生。結社:「南風、火燿」。平成22年没。「南風」同人。「俳句評論」同人。同人誌「騎の会」を発足し編集同人、発行者。句集:「地下水脈」「冬樹」「朿刑」「苦艾」「艸衣集」「異界」「影異聞」「異形神」「彼方へ」
厚き冬霧自己喪失の都市沈む
痛烈な梅雨夕焼ここにあるは訃報
虹の断片見て荒涼と都市の夜へ
◎第9集 昭和38年度
加藤佳彦 (かとう よしひこ)
昭和4年(1929)生。結社:「早蕨、俳句評論」。「早蕨」同人、「俳句評論」同人。「早蕨」終刊後、「橋」の創刊に参加、同人。
鳥を撃たず青空の近くに住む
海をひらくひとつの撃鉄として嬰児
眠い虎の分身焦げるパン一枚
◎第10集 昭和39年度
上月 章 (こうづき あきら)
大正13年(1924)生。結社:「早蕨、十七音詩、海程」。平成19年没。「海程」創刊に参加、「早蕨」同人。「早蕨」終刊後、「橋」に参加。第13回現代俳句協会賞受賞。句集:「胎髪」「蓬髪」「上月章句集」
武器をもつ農民に似て燃える生木
教室裏口遺族たちに発育のいい彫刻
靴をもつてのぼる高い塔の内部
◎第11集 昭和40年度
鈴木河郎 (すずき かわろう)
大正14年(1925)生。結社:「青玄、営」。昭和58年没。「青玄」「林苑」を経て「草苑」同人。元・現代俳句協会東海地区会議幹事。句集:「双神の時」「空華」
枯れて久しき葦同温の老人待つ
酒を待つ木椅子に冬の樹を感じ
日本脱出も難し聖菓の弱き燭
◎第12集 昭和41年度
中野 茂 (なかの しげる)
昭和4年(1929)生。結社:「早蕨、俳句評論」。平成6年没。「早蕨」同人、「俳句評論」同人。「早蕨」終刊後は、「橋」の創刊に参加、同人。「青の会」会長。句集:「魚眼」
赤い窓ある夫婦に植物のような夜明け
磨いた歯で遠い冬日の森を噛む
高層ビルの真下ごみ箱が愉しくこわれ
◎第13集 昭和42年度
星野昌彦 (ほしの まさひこ)
昭和7年(1932)生。結社:「早蕨、林苑、営」。「早蕨」「地表」「林苑」「橋」等の同人を経て、「景象」創刊。第1回現代俳句新人賞。第5回現代俳句評論賞。第68回現代俳句協会賞受賞。句集:「藁の国」「五丁目二十八番地」「玄冬考」「七百句」「而今そしていま」「是空」「花神の時」「天狼記」
楽器を胸に沈めて驟雨の中にいる
眼帯で眼を覆い触れてみる魚の弾力
海へインクを一滴落とし少年去る
◎第14集 昭和43年度
志摩 聡 (しま そう)
昭和3年(1928)生。結社:「俳句評論」。平成15年没。加藤かけい、富沢赤黄男のち高柳重信に師事。「俳句評論」同人「騎の会」同人。のち無所属。句集:「蜜」「紫刑楽句」「白鳥幻想」「勃海薔薇」「哇」「汽缶車ネロ」「志摩聰全句集」
一角犀の睡りに溺れる子 泥壺の中の胡桃
錫騎士や角(かく)の算術髭の角(かく)
蝿取紙に集(たか)る菫 蘿甸語(らてんご)を遠渚に廃し
◎第15集 昭和44年度
奥山甲子男 (おくやま きねお)
昭和4年(1929)生。結社:「海程、営」。平成10年没。金子兜太に師事.昭和38年「海程」に入会。「営」「赫」「橋」等の同人を経て「木」を創刊に参加し.編集を務める。第38回現代俳句協会賞受賞。句集:「山中」「奥山甲子男句集」「飯」「水」「奥山甲子男遺句集」
雷の夜の幹けんらんと水を隠し
満月の吹かれくる塩髭にためる
飯も水もぞろぞろと着く村が見え
◎第16集 昭和45年度
立原雄一郎 (たちはら ゆういちろう)
大正1年(1912)生。結社:「営、原型派」。平成3年没。「街路樹」同人、「原型派」同人。「橋」の創刊に参加、同人。
妙(みょう)というあるひとひらと悪を練る
ひたすらを彫り冷笑を彫りあがる
以後無事で死界にいます 風岬
◎第17集 昭和46年度
浅井一邦 (あさい いっぽう)
昭和18年(1943)生。結社:「地表、俳句評論」。「地表」同人。「俳句評論」同人。句集:「玄実歌」「風学歌」「火宙歌」「天天小歌」「浅井一邦全句集」
うぐいすを撫でゆくやがて鉄橋や
蟷螂のかけら零れて指はあり
液体のながい坂ゆく冬わすれ
森下草城子 (もりした そうじょうし)
昭和8年(1933)生。結社:「早蕨、林苑、営、海程」。平成30年没。内藤吐天主宰の「早蕨」、「林苑」などを経て、「海程」同人.「木」創刊。第48回現代俳句協会賞受賞。元・東海地区現代俳句協会会長。元・現代俳句協会顧問。句集:「風炎」「生家」「野鯉」。
青年やたそがれをゆく紙の舟
月よりかるく吹かれる伐採の空の男
鯛の身ほぐし食う次の間の血縁たち
◎第18集 昭和47年度
小笠原靖和 (おがさわら せいわ)
昭和18年(1943)生。結社:「地表、俳句評論」。「地表」同人。「俳句評論」同人。「地表」終刊後は、「韻」の創刊に参加、同人。句集:「水奏観」
火を献じて餅の白さのくにさがひ
雨音や死んだ奴から柿出てゆく
軒深く背鰭の冬となりゆけり
◎第19集 昭和48年度
白木 忠 (しらき ちゅう)
昭和17年(1942)生。結社:「地表」。平成25年没。「豈」同人。地表終刊は、「韻」の創刊に参加、同人、編集をつとめる。句集:「牢として風のなかに」「君不知」「暗星」
菜の花や百日鴉くもりつつ
神経の蝶が右手にのこるなり
欲望のあらゆることば葡萄垂る
◎第20集 昭和49年度
田中正一 (たなか しょういち)
大正5年(1916)生。結社:「早蕨、街路樹、俳句評論」。平成元年没。
パン屋を過ぎて身体が宙にある早春
六月の妊婦が愛ずる虫めがね
犬に曳かれて寒(かん)の時空を漂う齢(よわい)
◎第21集 昭和50年度
伊吹夏生 (いぶき かせい)
昭和10年(1935)生。結社:「赫、海程」。平成22年没。小川双々子に師事。「地表」同人。編集長を務めた。同人誌「ZERO」創刊、「木曜島」俳句会代表。平成20年「翼座」創刊代表。
桃山の閑かや狂う兄を連れ
夏がすみ朽ちつつおもき内宇宙
在りし日の雪の音きて絶えにけり
中烏健二 (なかがらす けんじ)
昭和23年(1948)生。結社:「地表」。平成26年没。「地表」同人。「豈」に入会、編集をつとめる。「未定」に参加。句集:「愛のフランケンシュタイン」「Alligator symphony」
陰々と鳴りたる鈴をひろひにくる
川の岸凍蝶のゐるふりをして
仄ぐらき夢を出たがる春の泥
◎第22集 昭和51年度
勝野俊子 (かつの としこ)
昭和7年(1932)生。結社:「早蕨、橋」。中村吉子以来、17年振り二人目の女性受賞。「早蕨」「橋」終刊後は、「翼座」創刊に参加、同人。読売新聞「とうかい文芸」選者。句集:「澪標」
絵蠟燭ともるかなたの女体かな
花あやめ花の高さに坐りけり
忽然とひがん花消え宥されし
岩田礼仁 (いわた れいじ)
昭和18年(1943)生。結社:「地表」。「地表」同人。「地表」終刊後は無所属。
水餅はいかなる鳥にはぐれたる
あさがほにつくづく遲れ生まれけり
鶏頭の旅人となる日の暮は
◎第23集 昭和52年度
清水冬視 (しみず とうし)
大正12年(1923)生。「橋、海程」。平成15年没。「橋」同人。「海程」同人。句集:「寒い林」
蟷螂のうしろの水の泣き出せり
夜桜の下の地獄は湖の地獄
かまつかの一本燃えて鬼はしらす
◎第24集 昭和53年度
鈴木照子 (すずき てるこ)
大正13年(1924)生。結社:「俳句評論、街路樹、橋」。「俳句評論」同人、「橋」同人。「橋」終刊後は無所属。句集:「ふしぎの風」「天窓」「無風の窓」
おんどりの左右のにらみ剃刀とぐ
血の音や樹一本の舞台装置
蠟燭をともして夢の後始末
◎第25集 昭和54年度
橋本輝久 (はしもと てるひさ)
昭和14年(1939)生。結社:「俳句評論、橋」。高柳重信に師事。「俳句評論」同人。「橋」同人。「橋」終刊後は、「伊勢俳談会」所属。現・東海地区現代俳句協会顧問。三重県文学新人賞。第7回現代俳句協会新人賞。三重県文化賞文化奨励賞。句集:「国見」「歳歳」「残心」
とある朝街中の傘が河口に佇ち
菊抱きて日常の顔白くせり
矢印を幾度ゆきて還らざる
◎第26集 昭和55年度
林 英男 (はやし ひでお)
昭和14年(1939)生。結社:「俳句評論、橋」。「青玄」同人、「俳句評論」同人、「橋」同人。「卵の会」会員。「橋」終刊後は無所属。現・東海地区現代俳句協会理事。
寒菊の際過ぎ雨の日の葬り
うなじゆくいま山茶花の闇をまがり
風速き夜はくれないの木をせめる
◎第27集 昭和56年度
高桑冬陽 (たかくわ とうよう)
大正6年(1917)生。結社:「地表」。平成5年没。「地表」同人。句集:「白露祷」
きさらぎは竹に撓へとふことか
ゆるされていいのか雁の腋見えて
てのひらがつかれてゐるに雪つかむ
◎第28集 昭和57年度
受賞者なし
◎第29集 昭和58年度
小出尚武 (こいで なおたけ)
昭和16年(1941)生。結社:「地表」。「地表」同人。
砂握る音の哀しき春の昼
咎なりや鶏頭があり海があり
夭折とは星のしづくをのむことか
林 政恵 (はやし まさえ)
昭和9年(1939)生。結社:「橋」。平成22年没。「早蕨」同人。「橋」の創刊に参加、同人。「橋」終刊後は無所属。句集:「椅子
」
元旦の物置の戸が少し開く
たそがれをしばらく茄子とたのしめり
安堵とは素描の薔薇を見ることか
◎第30集 昭和59年度
岡本信男 (おかもと のぶお)
大正5年(1916)生。結社:「地表、花曜」。平成元年没。「環礁」「天狼」を経て、「地表」同人、「花曜」同人。句集:「挙白拾章」「銀紋雑記」
劇的に地下鉄(メトロ)のにほひ如月は
あゝ垂直に六月は亡命せん
蛍の臭また残る指いくさ前
◎第31集 昭和60年度
鈴木知足 (すずき ちそく)
大正15年(1926)生。結社:「地表、木」。昭和63年没。「地表」同人。「木」同人。
ぬるみゆく水に手を入れ国をふと
曼珠沙華暮れて古今のあるがまま
霜月のつかわねば筆倒れけり
◎第32集 昭和61年度
杉本亀城 (すぎもと きじょう)
昭和2年(1927)生。結社:「地表」。「地表」同人。
末黒野を鎖ひきずりゆく犬よ
葛の葉のみな裏がへる告白や
廃屋が見ゆ空蝉の背なかより
◎第33集 昭和62年度
岸 貞男 (きし さだお)
大正13年(1924)生。結社:「地表」。平成11年没。「天狼」同人。「地表」創刊に参加、同人。句集:「花魂」
大根の山積み欲望とは違ひ
夕焼の岩礁に立ちしことモーゼは
これまでの榠樝を思ふ真暗がり
北川邦陽 (きたがわ ほうよう)
昭和7年(1932)生。結社:「林苑、海程、木」。平成24年没。「海程」同人。同人誌「卵の会」代表。句集:「虚蟬笛」「花夢中」「黒船屋」
上昇の蝶見えるまでガラス拭く
下積みにせり白桃の不器量は
上空の鶴の一掻き見てしまう
◎第34集 昭和63年度
小林美代子 (こばやし みよこ)
大正13年(1924)生。結社:「地表、橋」。「地表」同人、「俳句評論」同人、「橋」同人。
死後しかと目を閉じゐたる花明り
螺子の馬行きては止まる灯のおぼろ
年忘れ踵埠頭の灯に到る
◎第35集 平成元年度
今井真子 (いまい まさこ)
昭和22年(1947)生。結社:「橋」。「橋」終刊後は、「翼座」に参加。「橋」同人、「青の会」会員、「翼座」同人。現・東海地区現代俳句協会理事。現・中部日本俳句作家会事務局。句集:「水彩パレット」「約束」
空缶の中の葉月を蹴り上げる
花冷えやからだ透けゆくすべり台
桃匂う袋を解いて折鶴に
◎第36集 平成2年度
柴田和江 (しばた かずえ)
昭和7年(1932)生。結社:「海程、木」。「海程」同人、「木」同人。
杉の実の匂いことばの気配充ち
春疾風解かれて虚空ゆくもあり
ばらばらに朝のさくらを出てゆけり
永井江美子 (ながい えみこ)
昭和23年(1948)生。結社:「橋」。「草樹」「早蕨」「橋」を経て「韻」の創刊に参加し、現在は編集・発行人を務める。「青の会」会員、「韻」同人。現代俳句協会理事。現・東海地区現代俳句協会副会長。安城市文化協会賞。句集:「夢あそび」「玉響」
八月に生まれしもののひかり合ふ
山茶花に男のこえの残りたる
死ぬ力少し残して桃ひらく
◎第37集 平成3年度
村瀬誠道 (むらせ まさみち)
昭和4年(1929)生。結社:「地表」。「地表」同人。句集:「遊人抄」
春や昔われらねじ式オルゴール
半夏生紐となりゆく男かな
死ぬるとき脳天枝垂れ花火かな
◎第38集 平成4年度
植村立風子 (うえむら りっぷうし)
大正13年(1924)生。結社:「海程、木」。平成26年没。
「海程」同人。「木」同人。句集:「耕」
鶏裂けば麦ばらばらとでてきたる
泥田から素足で飯を食いにくる
盛り上がる黒土であり冬の牛
佐佐木敏 (ささき びん)
昭和13年(1938)生。結社:「地表、ZERO」。「地表」同人。「ZERO」同人。「地表」終刊後、「韻」創刊に参加、「韻」同人。
蝶の翅宙にとどまるとき勁し
銃口をひきつけてゐる杜若
枯蟷螂最後の道のかがやきは
◎第39集 平成5年度
竹内まどか (たけうち まどか)
昭和3年(1928)生。結社:「橋」。「橋」同人。のち無所属。
沖より風無灯の船が沖をさす
棺に入れし花菜いまごろ花盛り
君が見てわがみて満月を鎖す
◎第40集 平成6年度
吉田さかえ (よしだ さかえ)
昭和14年(1939)生。結社:「海程、木、未完現実」。平成18年没。「海程」同人。「木」同人。「伊勢俳談会」所属。第19回三重県文学新人賞。第9回現代俳句協会新人賞。句集:「山の村」
たましいのひとつひとつや梅の花
念仏へ蛇を追う夜は人呼んで
雪おんな見てきて夜は紙を折る
◎第41集 平成7年度
伊藤政美 (いとう まさみ)
昭和15年(1940)生。結社:「菜の花」。山口いさを主宰「菜の花」創刊に参加。現在「菜の花」主宰。現代俳句協会副会長。東海地区現代俳句協会会長。四日市市文化功労者。三銀ふるさと三重文化賞。三重県文化功労章。句集:「二十代」「天の森」「天網」「天音」「父の木」「四郷村抄」
大寒の滝懸命に落ちてをり
何やかや埋める夏野に穴あけて
大焚火みんな背中に闇を負ふ
山田鍵男 (やまだ かぎお)
昭和7年(1932)生。結社:無所属。
跡かたもなし炎天を尋ね来て
汗顔や運河を汚したるひとり
風邪流行る街を流れる黒い河
◎第42集 平成8年度
佐伯春甫 (さえき しゅんぽう)
昭和8年(1933)生。結社:「紫陽花主宰、地表」。句集:「鎖の足」
まんさくのすべてが水に映り・死は
微睡むや蝶一頭を許しつつ
叫びでも怒りでもなく八月来
◎第43集 平成9年度
五藤一巳 (ごとう かずみ)
昭和11年(1936)生。結社:「地表」。平成16年没。「地表」同人。
梅一枝ことに退きたき時を
あやめ・オフィーリア漂ふに水湧きつ
水無月の水を掴んで立ち直る
前田典子 (まえだ のりこ)
昭和15年(1940)生。結社:「海程、草苑、木」。「海底」同人、「木」同人。第16回現代俳句協会年度作品賞。現・東海地区現代俳句協会理事。
陽炎に体はこばれ峠越ゆ
螢きて杉山の闇あたらしき
凍蝶のたましひのまだ凍てざりし
◎第44集 平成10年度
金子晴彦 (かねこ はるひこ)
昭和13年(1938)生。結社:「地表」。「地表」終刊後は、「翼座」の創刊に参加。現「翼座」代表。「木曜島俳句会」会員。現・東海地区現代俳句協会理事。
啓蟄を死刑執行人の影や
七月や鳥・虫・草・木・水死せる
鉄格子をとこ靜かに凍りけり
馬場駿吉 (ばば しゅんきち)
昭和7年(1932)生。結社:無所属。美術評論家、医学博士、名古屋市立大学名誉教授。「年輪」主宰の橋本鶏二に師事。名古屋ボストン美術館元館長。句集:「断面」「薔薇色地獄」「夢中夢」「海馬の夢」「耳海岸」
凍て深き大地にマタイ受難曲
月下ふと假面に死相謝肉祭
紅顔と白骨の間を晝寝かな
◎第45集 平成11年度
井戸昌子 (いど まさこ)
昭和10年(1935)生。結社:「地表、暖鳥」。「地表」同人、「雪天」同人、「翼座」同人。句集:「秘花抄」
実在も不在も春の寒さかな
人間の限界花の散ることも
国憂ひ草矢を乱射してをりぬ
横地かをる
昭和19年(1944)生。結社:「海程、木」。「海程」同人、「木」同人。現・東海地区現代俳句協会理事。
しろつめ草つめたきかたち朝の家
群れるとんぼ二階は母のみずうみ
老僧の透けてくるなり寒の水
◎第46集 平成12年度
二村秀水 (にむら しゅうすい)
大正11年(1922)生。結社:「地表」。「地表」同人。句集:「命綱」「そらは露」「莫眼花」
忘却の大河雪解の幅となる
椿落つ思考の海を昏くせり
生煮の老人乾く西日かな
金子ひさし (かねこ ひさし)
大正6年(1917)生。結社:「海程、つばき、木」。「海程」同人、「木」同人。
大かたは鞄かかえる爆心地
ながながと生きて蛍につきあたる
八月の賽銭箱の中のぞく
◎第47集 平成13年度
小川二三男 (おがわ ふみお)
昭和23年(1948)生。結社:「地表」。小川双々子の甥。「地表」終刊後は無所属。現在の筆名は「藤尾州」。小川双々子の遺句集「非在集」を刊行した。句集:「木偶坊」「白鳥」
一握の野蒜の白の冥かりし
超えるとき泰山木の匂ひたる
水底をザリガニ歩く天渇き
◎第48集 平成14年度
柴田典子 (しばた のりこ)
昭和3年(1928)生。結社:「潮騒」。「潮騒」同人。
逝く春の淀みへ真水こぼしけり
炎天に佇ちをり己の中の闇
穴まどひ一行の詩を曳きゆけり
野村紘子 (のむら ひろこ)
昭和13年(1938)生。結社:「橋」。「早蕨」同人、終刊後「橋」同人。「橋」終刊後、無所属。
雛飾るうしろに亡父も来ていたり
朝に夕なに蟬鳴き人は帰らざる
眼鏡拭くや映りしあまたのもの乾く
◎第49集 平成15年度
岸 美世 (きし みよ)
昭和3年(1928)生。結社:「地表」。平成21年没。「地表」同人。地表終刊後は無所属。岸貞男の妻。
踏絵あり非日常の日常や
科学的立場としてのトマト熟れ
不条理の最たるかたち枯向日葵
大西健司 (おおにし けんじ)
昭和29年(1954)生。結社:「海程、木」。昭和48年「海程」入会、のち同人。現・東海地区現代俳句協会副会長。句集:「未完の海」「海の翼」「海少年」「群青」
馬の目の潤みて夏に散る花よ
深海魚の兄かな春に化粧せり
空蟬の中に熊野の闇を置く
◎第50集 平成16年度
淺井霜崖 (あさい そうがい)
大正15年(1926)生。結社:「地表、禱炎」。平成24年没。「環礁」同人。平成9年同人誌「禱炎」創刊代表。平成10年「環礁」終刊後、「地表」入会、同人。句集:「黄砂茫茫」「淺井霜崖全句集」
鐵板に霰まろびし黙示かな
月おぼろ人間の盾きらめきつ
河骨ニオエツノ男タツテヰル
◎第51集 平成17年度
浅生圭佑子 (あさお けいこ)
昭和17年(1942)生。結社:「海程、木」。「橋」同人。「海程」同人。「木」同人。現・東海地区現代俳句協会理事。
おだやかに帰雁となりて逝かれけり
トマトに塩ひとつまみ降る生きるとは
夕星はわたしの味方十二月
◎第52集 平成18年度
石上邦子 (いしがみ くにこ)
昭和7年(1932)生。結社:「海程、卵の会」。「卵の会」は北川邦陽が代表の同人誌。「橋」同人、「海程」同人。
目に見えぬ花粉ざらつく祖国かな
月天心肉切り包丁研いでをり
大寒の肩甲骨の確かなり
山田哲夫 (やまだ てつお)
昭和13年(1938)生。結社:「海程、木」。「林苑」同人。「海程」同人。「木」同人。現・都会地区現代俳句協会理事。句集:「風紋」
雑踏のひとりがふっと消え風花
鈴虫の闇へかたむくこころかな
鶏が横切り胡麻を干す老婆
◎第53集 平成19年度
中根唯生 (なかね ただお)
昭和4年(1929)生。結社:「氷点」。「環礁」同人。「氷点」に入会。のちに「氷点」代表。「木曜島」俳句会にも参加。句集:「旦暮抄」「きつね雨」「有情帖」「八旬」「百句鈔 山・蜩・蝸牛」
心太啜って個人・個人かな
百年ののちを振り向く蝸牛
ヒロシマ忌レールが二本伸びている
◎第54集 平成20年度
杉﨑ちから (すぎさき ちから)
昭和5年(1930)生。結社:「海程、木、氷点」。「早蕨」同人。「海程」同人、「木」同人。句集:「鉄の繭」「鐵」
人日や家が機械に壊される
てのひらに落花しずかに血のかよう
枯蟷螂われみる眼玉ひかるなり
◎第55集 平成21年度
山口 伸 (やまぐち しん)
昭和4年(1929)生。結社:「林苑、青、海程、木」。安城文化協会名誉会長。句集:「心土」「野帖」「麦稈抄」
極月やあてなき鶴を折っており
抽斗にニトロ冬がぬうと来る
庭焚火継ぐ子なければ燻れり
◎第56集 平成22年度
犬飼孝昌 (いぬかい たかまさ)
昭和16年(1941)生。結社:「菜の花」。「菜の花」編集長。現・東海地区現代俳句協会事業部長。句集:「土」
長く引く波に石鳴る春の暮
鵺鳴くやすぐには消えぬ猜疑心
幾重にも峰を重ねて鮎の川
前田秀子 (まえだ ひでこ)
結社:「草樹」。
春雷の音のひとつに母がゐる
りんご真二つ対称といふ不安
雁渡ることばを綴りゆくやうに
◎第57集 平成23年度
稲葉千尋 (いなば ちひろ)
昭和21年(1946)生。結社:「木、海程」。「海程」同人、「木」同人。「蘖通信句会」世話人。現・東海地区現代俳句協会会計監査。
白梅の一輪という重みかな
またテロが頬に飯粒つけたまま
便器一つ白鳥ほどに光らせて
時野穂邨 (ときの すいそん)
大正15年(1926)生。結社:「林苑」。「林苑」同人。句集:「落し文」
水飲んで大きな夏の隅にいる
さくらさくら忽ち昨日を遠くする
花虻の花粉まみれという幸せ
◎第58集 平成24年度
鈴木 誠 (すずき まこと)
昭和9年(1934)生。結社:「海程、木」。平成29年没。「海程」同人、「木」同人。句集:「原郷」
夏の午後靜かなる人は靜かに逝く
郭公は空の歪みを直し鳴く
曼珠沙華このごろ土に傷を持つ
米山久美子 (よねやま くみこ)
昭和6年(1931)生。結社:「翼座、韻」。「天狼」「地表」に所属し、終刊後は「翼座」「韻」の創刊に加わる。現在は「韻」同人。句集:「おきなぐさ」
春立つといふに物音ひとつせず
蝉しぐれ浴びる寡黙の人となり
ためらひつ惑ひつ翔べり冬の蝶
◎第59集 平成25年度
神谷きよ子 (かみや きよこ)
昭和7年(1932)生。結社:「林苑」。「林苑」同人、愛知県豊橋市の「とまり木俳句会」代表。
更衣ひととき過去の中に居る
直線を重ねて畳む秋袷
黄落のひかりの中にいて老いる
◎第60集 平成26年度
平山圭子 (ひらやま けいこ)
昭和20年(1945)生。結社:「木、海程」。「海程」同人、「木」同人。
子を容れて日傘の男近づけり
夏つばめ筋肉質の平和像
寒禽や森の静寂裂けている
星川佐保子 (ほしかわ さほこ)
昭和16年(1941)生。結社:「秋、翼座」。「秋」は石原八束の主宰誌。石原八束に師事。「秋」入会、同人。「翼座」同人。句集:「あゆちの泉」。
逢ふひとの誰かれ眩し初御空
花桃の賑やかすぎる午後であり
淋しさの湧く日十薬引いてをり
◎第61集 平成27年度
大島多津子 (おおしま たつこ)
昭和33年(1958)生。結社:「雪天」。「雪天」は新谷ひろし氏主宰の俳誌。現在の俳号は金子ユリ。「韻」同人。現・東海地区現代俳句協会広報部長。句集:「チベットの春」
浮揚する凧愛といふ糸が在り
赤ちゃんと寝転んでゐる宇宙かな
しぐれふるただ黙々と群集は
永井清成 (ながい きよなり)
昭和14年(1939)生。結社:「林苑」。「林苑」「第二卵の会」に入会。のち無所属。句集:「夕もみじ」「夏冬」
あしたには空蟬となる身の火照り
渋柿吊す測られている骨密度
空瓶に沈んだままの寒さかな
◎第62集 平成28年度
武藤紀子 (むとう のりこ)
昭和24年(1949)生。結社:「円座主宰」。年児玉輝代に俳句を学び、宇佐美魚目に師事。「晨」同人、「古志」同人。平成23年「円座」創刊。現・東海地区現代俳句協会理事。句集:「円座」「朱夏」「百千鳥」「冬干潟」。
さまざまの戦の果ての柿の色
現とも夢とも冬の杖の人
椰の葉に来てしばらくを冬の蠅
片山洋子 (かたやま ようこ)
昭和26年(1951)生。結社:「円座、韻」。「円座」同人、「韻」同人。句集:「羊水の。」
鶴を見てひらがなのからだで眠る
サガン読む果肉のやうな九月の部屋
いちまいの凍蝶水になる途中
◎第63集 平成29年度
佐藤武子 (さとう たけこ)
昭和5年(1930)生。結社:「翼座」。「環礁」同人、上田五千石の「畦」同人。両誌が終刊後は「地表」、「地表」終刊後は「翼座」創刊同人。「木曜島俳句会」に参加。句集;「舞踏」。
枇杷の花言葉の裏を極彩に
てふてふの群るるやはらかき闘争
水溶性の恋をして冬の鳥
天野素子 (あまの もとこ)
昭和32年(1957)生。結社:「翼座」。「翼座」同人。
三月の外科白い傘の明るさで
空にジャズ消え紫苑の静けさ
冬の海まなざし遠き駱駝かな
◎第64集 平成30年度
平賀節代 (ひらが せつよ)
昭和22年(1947)生。結社:「菜の花」。「菜の花」同人。現・東海地区現代俳句協会事務局長。句集:「たんぽぽ」
青き踏む自分の歩幅大切に
膝抱いて海を見てゐる啄木忌
一人居の夜の寒さは四方から
岡本千尋 (おかもと ちひろ)
昭和14年(1939)生。結社:「菜の花」。「菜の花」同人。句集:「緑さす」
抽斗の一つが開かぬ雛箪笥
さくら咲く母校の窓の大きかり
神送る男がひとり火を焚きて
1.受賞者の師系
受賞者を輩出する師系がほぼ決まっている。加藤かけい系(環礁、潮騒)、内藤吐天系(早蕨、橋)、太田鴻村系(林苑)、小川双々子系(地表、韻、翼座)、森下草城子系(海程、木)、伊藤政美系(菜の花)である。会員も選考委員もこの師系に属する人ばかりだから、この結果になるのは当然だろう。中日作家会は東海地区現代俳句協会の母体となっていて、歴代東海地区会長は内藤吐天(当時は東海地区会議委員長)、小川双々子、森下草城子、伊藤政美氏である。
2.受賞者の生年
生年不明の1名を除くと、受賞当時の受賞者の生年は、明治年代1名、大正年代19名、昭和0年代29名、昭和10年代21名、昭和20年代9名、昭和30年代2名である。近年の傾向から考えて、昭和20年代俳人の受賞が今後も続くだろう。
3.会員数の推移
正確な会員数が記録され始める昭和35年度が165名。それから会員数は増え続け、平成9年度には327名、それから減少し始め、平成30年度は155名である。今後も毎年8名ほど減少していくと予想される。
4.現在の会員の生年
平成30年度の所属会員の生年は、大正年代9名、昭和0年代48名、昭和10年代62名、昭和20年代30名、昭和30年代5名、昭和40年代1名である。ちなみに10年前、平成20年度の昭和30年代は1名である。10年で4名しか増えていない。昭和30年代の会員に男性はいない。
5.俳人と組織運営
俳句をつくる能力と組織を運営する能力は違う。たいていの「俳句賞」は、作品に対する評価、俳人としての評価であるのが普通だ。しかし、組織を存続させていくのなら、組織を運営する人間が必要だし、育てなければならない。句会を開催し、俳誌を刊行するだけで、会員が増える時代は終わった。新規会員の獲得と既会員の退会防止対策を考え、実施する人間が必要だろう。
6.中日作家会の活動
平成30年度の中日作家会の活動は、毎月の句会(参加者は会員)、毎月句会報発行(寄稿者は会員)、年刊句集刊行であった。
ちなみに昭和49年度の活動内容は、毎月の句会のうち、8月は特別例会として三谷昭、高柳重信、赤尾兜子を迎えて講話及び選句選評。10月も特別例会として阿部完市を迎えて講話及び選句選評。11月は句会場を名古屋城に移し、小天守閣会議室内にて「名城観菊句会」を開催。
句会報は会員の寄稿に加え、8月号は特別例会の講話(高柳重信、赤尾兜子)、10月号は「「時間」俳句のなかの」阿部完市寄稿、12月号は「年刊句集48年度読後」阿部完市寄稿。そして年刊句集刊行であった。
7.最後に
中日作家会発足当時の事務局長の柳田知常(早蕨、橋代表、金城大学学長)の言葉で締めくくる。
「俳句作家会はこれでいいのかという漠然たる不満は、やはり底の方に低迷していて、その低迷の渦は次第にその速度を加えて行くように見える。俳句作家会は、各結社の単なる連合体なのか、中部俳壇というものの政治的な実態なのか、純粋に文学としての俳句を追求しようとする研究団体なのか。幾つかの要素・性格を抱合しているのだとすれば、その要素・性格に従って会の仕事を分け、もっと機能的に車が廻転するようには出来ないものか」(昭和43年度年刊句集「中日俳句作家会の動向」より)