「詩客」俳句時評

隔週で俳句の時評を掲載します。

俳句時評 第102回 虚子チェックリスト 黒岩徳将

2018年10月07日 | 日記

 筑紫磐井編著の『虚子は戦後俳句をどう読んだか 埋もれていた「玉藻」研究座談会』(深夜草叢社 2018、以下「本書」と記す)は、が昭和二七年〜三十四年に「玉藻」の若手で行われた「研究座談会」の内容のうち、昭和二十九年〜三十四年に高浜虚子が参加した内容の中から、戦後俳句に関する虚子の言葉を中心に抜粋して収録されている。「研究座談会」は月次で行われており、俳句本質論をはじめとする多様な話題が扱われたが、筑紫は研究座談会における戦後俳句論を「虚子による戦後俳句史」と位置づけており、最晩年の虚子の俳句観を示したものとして極めて特徴的なものとしている。

 研究座談会の主要メンバーは深見けん二、清崎敏郎、上野泰らであった。深見けん二ら当時の若手が虚子に研究座談会参加を促したとき、虚子は「草田男などよかろう。半分味方で……。あとは我が陣営のものとしたらよからう。」と答え、虚子参加の初回は草田男・波郷・楸邨のセットで準備された。既にこの経緯だけでも当時の俳壇の状況が垣間見えて面白い。「我が陣営のものとしたらよからう。」という言い方には、当たり前だが自分の俳句観を打ち出すことがホトトギス内外にどのように影響を与えるのかを考えていることがうかがえる。本書には34人の作家に対する虚子の評が掲載されている。虚子およびメンバーは、作家の句を一句一句評するという愚直でミクロな試みをすることで、作家が目指している姿の仮説立てと虚子の俳句観の照合が行われ、作家自体への評価がなされるという広がりがもたらされる。また、各作家の代表作とも言えるべき句について虚子が意外にも厳しい評価を下している点が興味深い。(虚子との研究座談会において、虚子に感想をうかがう句については研究座談会メンバーが選んでいる。)本書は資料的な側面が強く、「読者が佳句だと思っていた句を虚子が否定的に反応している」もしくは「読者が駄句だと思っていた句を虚子が積極的に評価している」句を見つけるのが面白い読み方ではないかと思う。たとえば、本書の研究座談会が抜粋されているのは第2部だが、第1部の「『研究座談会』を語る」では深見けん二・齋藤愼爾・筑紫磐井・本井英が会話しているのだが、「六月の女すわれる荒筵 波郷」に対して虚子がダメだと言っていることに注目している。有名句だからといって無批判に名句だと摺り込まれてしまってはいないか、と虚子に正された感覚を覚えた言説がいくつかあった。

 すでに出ている本書の反響としては、「いぶき 第2号」の俳句時評で中岡毅雄が「虚子の批評を分析してみると、ひとつは、『季語』がその本意を表しているかということ。もうひとつは、具象的にモノが描けているかということに絞られるだろう」と書いている。おおむね賛成なので、この認識をベースに、虚子の用いる批評用語や虚子が曲げなかった俳句観を複数のケースを例に検討していきたい。

1秋櫻子の句「霜の菊傷つきし如膝重し」について

虚子は「感じを述べたにしてもしつこいです。」(p113)「単純に叙して、趣、感情の深い句が好ましいです。(中略、霜の句を指して)ああいふ風な句よりも、妻病めり秋風門をひらく音 湯婆や忘じてとほき医師の業 の方が、しみじみとした感じが出てゐる。感情を強調した処が無く、感情は深くうちに潜んでゐるから、かういふ句の方が奥床しいと思ひます。」としている。(p117)「感じ」とは感覚、感性の意味であろうか。座談会ではたびたび用いられている。筆者の不勉強かもしれないが、「感じ」という用語は巷の総合誌や結社誌ではあまり多くは見られない。「感じ」を直接的に打ち出すよりも抑えめに表現した方が、読者が句を受け取り、作者が持った‘深い感情’の方向へ想像を広げる余地が残されているということだろうか。また、楸邨の「木の葉ふりやまずいそぐなよいそぐなよ」には、「感じはいいらしいが……」と少し濁す。(p151)一方で能村登四郎「合掌部落ほろぶ日月の露ふれり」については、「これは分るね。心持を運ぶのにすらすらと運べてをる。主観が正しく出てゐるからだらう。」とある。(p200)「主観が正しく」の「正しく」がどういう意味なのか気になるが、この登四郎の句への評価を見るに、中岡の指摘している「具象的にモノが描けている」ことは「感じ」の的確な表出に必須項目ではない。ただ、「具象的にモノが描けている場合」に「感じ」が出る可能性は高い。「写生ぢやない句があつても無論差支えありません。唯写生を貴ぶ許りです。それも句作の上から、必要上からいふことです。写生をすれば自然具象したものになる。」(p198)というコメントもあり、第1部のp73の筑紫・深見の会話の中でも言及されている。

2楸邨の「虹消えて馬鹿らしきまで冬の鼻」について

 虚子は「かういふ句が出来るのは季題の研究が充分でないからですよ。冬と云へば季題になつてゐるといふのですか。」と辛辣である。ちなみに、この句については、今井聖が『言葉となればもう古しー加藤楸邨論』(朔出版、2018)で「楸邨は、最初から意図した笑いではなくて、対象に対して正面からぶつかるそのぎこちなさ、朴訥さの中から湧き出てくるような笑いを提示している。」と書いている。今井が論点にしているのは「私」の存在であり、季語の扱い方ではない。虚子とは明らかにプライオリティが異なる。虚子は「冬の鼻」を認めない立場に立つが、虚子の句に「尾は蛇の如く動きて春の猫」があり、「春の猫」と「冬の鼻」のどのあたりにボーダーラインがあるのかが難しい。季語についてのみならず、高柳重信の作品を「これを俳句といふことは、どうかと思うふ。」(p187)と言ったり、や兜太の無季句を「但し十七音詩としてですよ。俳句では無いですよ。」(p211)と俳句とそうでないものの境界線を引いている。重要なのは境界線をどこに設定しているかである。

 

3目迫秩父「狂へるは世かはたわれか雪無限」について

 虚子は「際限もなく雪が降るとは云はうが、『雪無限』といふ言葉はをかしい。」と言う。(p235)筑紫は虚子の評価基準を「絶対基準:熟した表現ー不熟な表現」「相対基準:われらの俳句—われらと違う俳句」の二つに分解している。(p101)また、無季の句は「十七音詩」と呼び、俳句としての評価の俎上に上げないという態度をとっている。34人全員の評において、虚子の「熟した表現—不熟な表現」の指摘は細かい。現代の句会で中途半端な句を出してしまったらずたずたにされてしまいそうなレベルである。「熟した」「不熟」のボーダーラインは‘一般性’によって担保されると思うが、この一般性は非常に曖昧なものであり、流動的である。

 虚子の基準を探ることで、極論すれば私たちは「研究座談会」の全てに目を通せば、新たな俳句と出会い選句をする際に、「虚子チェックリスト」を作成し、傍らに置き、一句一句をチェックリストと照合させることが可能ではないかと思う。

 そういった行為にどれほどの意味があるだろうか?

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