酒を飲むのが好きだ。と、言うと何故かお酒が強いと思われがちなのだが、そんなことは全くない。上限はだいたい四杯。一杯目はできればビールで、その後は気分によって白ワイン、ハイボール、レモンサワー、あとは焼酎の水割か、お湯割など。顔はけっこうすぐ赤くなる。お酒の強い人たちの、ワインボトルを一人で空けたトークにはとても混じれない。しかしこう言うと飲めない人からは「酒が弱いとは『ほろよい』で真っ赤になる人のことを言うんだ!」と異論が上がったりするので、なかなか難しい。ま、飲み始めてしまえば、そんなことはどうでもよくなるけれども。と言うことで、忘年会シーズンでもあることだし、今回はお酒の俳句を鑑賞してみたい。
忘年会といいつつ、夏の句から。
缶チューハイ女子寮のみな洗ひ髪 西山ゆりこ
大学の女子寮だろう。みんなお風呂でさっぱりした後の、それぞれ好きな「缶チューハイ」のひと時。甘い味、甘くない味、度数の低いもの、高いもの、最近はノンアルも色々ある、とにかく種類が多い缶チューハイは誰も置いて行かないお酒だ。気の置けない仲間と重ねていく時間の愛しさに、楽しい色を添えてくれる。
冷し酒がちやりがちやりと運びて来 斉藤志歩
こちらはお店で、お酒が運ばれてくるのを待っている景。器が「がちやりがちやり」と、少し大きな音を立てている。それが既にもう涼しげで、冷酒への期待が膨らむ。繊細な玻璃の器と言うより、少し遊びのある無骨な器か、琉球グラスのようなイメージが浮かぶ。
テキーラや胡瓜の種のやはらかく 佐藤文香
お次はテキーラ。佐藤文香さんがアメリカでの生活を詠んだ句集『こゑは消えるのに』からの一句。日本ではテキーラと言えばショットで半分は遊び感覚で飲むものと言うイメージがあるが、こちらはゆっくり飲んでいる景として詠んだ。添えられた大ぶりの胡瓜は、日本とは少し食感が違って、異国の酒とよく馴染む。
あたらしきもののすべてにライム絞る 佐藤文香
こちらも同じ句集から。「あたらしきもののすべてに」と書かれているが、むしろ因果がひっくり返り「ライム絞る」ことで、目の前の全てが新しく生まれ変わって見えるような、清々しくて気持ちの良い句だ。お酒とは言っていないけれど、ライムを絞るお酒として、コロナビールを思い出す。
ガーベラ挿すコロナビールの空壜に 榮猿丸
その「コロナビール」のおしゃれな壜に「ガーベラ」を挿している。花瓶が無い、普段は花を飾ったりはしない家なのだろう。そんな家にやってきたガーベラは、誰かからのプレゼントだろうか。それはもしかしたら、コロナビールを一緒に飲んだ相手なのかもしれない。と、ただ花を挿しているだけなのにドラマを感じる一句である。麒麟ビールの空壜じゃなくて良かった。
山川にビール冷やすやケースふたつ
山水にビール重は大薬罐 小澤實
こちらは日本のビール、しかも瓶ビールだ。山の家に、親戚が集まるのだろうか。「ケースふたつ」分を、つまりはかなりの量を沈めている。冷蔵庫で冷やされたビールよりもとびきり美味しそうに感じるのは、私が都会住まいだからだろうか。途中で追加した数本に、転がって行かないように薬罐が乗っているのも景としてユーモラスだ。
盛り上がるビールの泡は口で吸ひ 若杉朋哉
ビールと言えば泡である。今日も日本中で、あるいは世界中で起きているビールの現場を、きっちり写生したのがこちらの句。生ビールの泡も愛おしいけれども、こちらはどちらかというと勢いよく注いだ瓶ビールの景が浮かぶ。小さなコップでビールの髭をつけている大人は、何故か牛乳の髭をつけている子供の満足げな顔を彷彿とさせる。
去年今年カルアミルクに水の層 後藤麻衣子
甘いコーヒー牛乳を思わせる「カルアミルク」。お酒初心者の頃によく飲んだ懐かしいカクテルで、あまり強くないので、久しぶりに楽しむお酒としても、良いチョイスである。年末の家族の集まりで、産後に初めてお酒を飲んでみたけれど、甘さをちびちび楽しんでいたらいつの間にか氷の層ができていた。そんなイメージだ。楽しい気持ちを味わうには、これでもちょうどいい。
サバランに染みゆくラム酒春灯 このはる紗耶
お酒は製菓にも使う。オレンジの香りのコアントローや、甘く華やかな香のラム酒は、その代表とも言える。「サバラン」はブリオッシュをラム酒入りシロップに漬けた大人のケーキだ。じゅわっとした艶が、春の夜に美しく輝いている。
ウーロンハイたつた一人が愛せない 北大路翼
重いのか、軽いのか。真面目なのか、いい加減なのか。そんな悩みに寄り添うのは、やっぱりビールでも日本酒でもワインでもなく「ウーロンハイ」程度に、甘くなく、手頃で、肩の力の抜けたお酒なのだなと思う。
昼酒が心から好きいぬふぐり 西村麒麟
何の予定もない休日の、ぼんやりとした昼の光の下で飲むお酒は、現代の多忙な(そしてお酒が好きな)大人にとっては間違いなく、確かな幸福の形の一つである。しかも、昼酒には特別な準備もいらなければ、お金がとってもかかるわけでもない。その気やすさが季語の「いぬふぐり」と合っている。なんとなく、どちらも人前で大声では言いにくいところも似ている。
猿酒をかかへ祭の尾に蹤けり 石寒太
「猿酒」は『猿が木の実を蓄えていた樹木の空洞や岩の窪みに雨や露が溜まり、自然に発酵して酒になったもの(角川合本俳句歳時記第四版)』という、空想の季語である。その不思議で蠱惑的な酒を抱えて、祭の列の尾に付く。山奥からさらにその奥へ、此岸と彼岸の境界へと迷い込んでいきそうな、色彩が豊かで幻想的な景だ。ほろ酔いで夢を見ている、揺蕩うような心地よさを感じる。
出典
角川俳句 2024 年 11 月号(株式会社 KADOKAWA)
同人誌 『詩IA』 砕氷船(斉藤志歩・榊原絋・暮田真名)
同人誌 『編むvol.1』 後藤麻衣子
同人誌 『カルフル 創刊号』 カルフル(土井探花・古田秀・このはる紗耶)
『天の川銀河発電所 現代俳句ガイドブック Born after 1968』(左右社)佐藤文香編著
句集『こゑは消えるのに』佐藤文香(港の人)
句集『澤』小澤實(KADOKAWA)
句集『鶉 新装版』西村麒麟(港の人)
句集『あるき神』石寒太(百年書房)
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