「老いる覚悟」森村誠一著より。
ここでの小タイトルは“便利な道具がダメ老人を増やしている”となっていた。それらの道具は、携帯電話、パソコン、デジカメだという。フレーズの中で“便奴”というのは、便利性の奴隷という意味の造語だった。
しかし、本当にそうだろうかとやや疑問を持っている。むしろ、私には携帯電話をはじめデジタル機器を自由に扱えるのは老人としてすごいことにさえ思えるが。デジカメを手にして、それを道具として趣味を発展させられれば素晴らしいことにさえ思えてくる。
逆に奴隷になっているのは、若者の方ではないだろうか。電車やバスの中ではケータイやデジタルゲーム機器に熱中している姿を毎日のように見かける。単なる時間つぶしにしか思えない。まるでデジタル中毒だ。
むしろ、ネットを通じての情報入手手段がないと不安を感じるのは若者の方に多そうだ。自分はもう若くはないがやはり、ケータイが身近にないと不安を感じることもある。そんなものがなくても平気で生きていけるのが、老人の強さにさえ思える・・・な。
ここでの小タイトルは“便利な道具がダメ老人を増やしている”となっていた。それらの道具は、携帯電話、パソコン、デジカメだという。フレーズの中で“便奴”というのは、便利性の奴隷という意味の造語だった。
しかし、本当にそうだろうかとやや疑問を持っている。むしろ、私には携帯電話をはじめデジタル機器を自由に扱えるのは老人としてすごいことにさえ思えるが。デジカメを手にして、それを道具として趣味を発展させられれば素晴らしいことにさえ思えてくる。
逆に奴隷になっているのは、若者の方ではないだろうか。電車やバスの中ではケータイやデジタルゲーム機器に熱中している姿を毎日のように見かける。単なる時間つぶしにしか思えない。まるでデジタル中毒だ。
むしろ、ネットを通じての情報入手手段がないと不安を感じるのは若者の方に多そうだ。自分はもう若くはないがやはり、ケータイが身近にないと不安を感じることもある。そんなものがなくても平気で生きていけるのが、老人の強さにさえ思える・・・な。
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