もと「フィッシングパーク」であった跡地が相模原公園の一部となり「せせらぎの園地区」となっている。当園にはソメイヨシノをはじめ100本を超える桜が植えられている。満開時にはそれぞれの桜色で織り成されるグラデーションは、文字通り「桜の園」となる。ソメイヨシノは紅い蕾状態、その園内で今、咲きだそうとしているのが濃いいピンクが美しい「陽光」と「神代曙」である。園を出た道路沿いに一本が桃色、一本が白色の二本の「しだれ桜」が今見ごろを迎えている。よく見ると寄り添う夫婦のように白と紅色のコントラスト、グラデーションとなって幻想的な、神秘的な美しさとなってしだれている。(1803)
もと「フィッシングパーク」跡地が相模原公園の一部となり「せせらぎの園地区」となった。当園には「ソメイヨシノ」をはじめ「神代曙」、「陽光」、「コマツオトメ」、「大島桜」、「紅しだれ」など約100本を超える色んな種の桜が植えられている。満開時には一本一本が桜が競演しあって文字通り「桜の園」となる。ソメイヨシノは蕾が膨らみだして紅味を帯びてきて開花も秒読み段階。そんな中、園内で今にも咲きだしそうなのがピンクの蕾が膨らませている「陽光」、「神代曙」、「コマツオトメ」である。まだ園を出た道路脇に寄り添うように2本(赤と白各一本)の「しだれざくら」が見ごろを迎えている。今週中には「桜ワールド」、「桜ペール」にを纏ったように最も華やいだ園となる瞬間へカウントダウンが始まっている。(1803)
相模原市南区上鶴間に日蓮宗身延山久遠寺末寺の「方運山青柳寺」はある。創建は天正年間(1573~1592年)、本尊は釈迦如来(現在は大曼荼羅)である。山門を潜ると砂利が敷き詰められた境内正面に重厚な瓦葺の「本堂」、左に「庫裏」と右に「鐘楼」、そして数多くの石碑がある中で目を惹くのが明治17年(1884)に自由民権運動の舞台となった証「武相困民党発祥之地」の稗である。平成10年に相模原古民家園に移築保存されている「青柳寺庫裏」は県重要文化財である。そして境内に樹齢の高そうな一本の「シダレザクラ」がありピンク味を帯び、現在3~4分咲きまで進んでいる。今年は開花早くあと数日で見頃となる勢いである。(1803)
相模原下溝に昭和29年に築造された相模川系横浜水道局の沈殿処理に使われている「相模原沈殿池」はある。昭和29年に築造され88万㎡の貯水量で横浜市民が一日に使用する水量の7割をカバーする貯水である。柵越しに見る光景はまるでまるで海か湖を見ているかのような広さで素晴らしい景色である。この沈殿池は「かながわの探鳥地50選」にも選ばれており「コサギ」、「カルガモ」、「カワラヒラ」など数十種類の野鳥の飛来場となっていて、その野鳥を観察、撮影する愛好家の「バードウオッチング」の唯一のスポットとなっている。訪れた日は20羽近くの「カモ」が土手あるいはウキの上で休息中であった。(1803)
もと「フィッシングパーク」跡地が相模原公園の一部となり「せせらぎの園地区」となっている。当園にはソメイヨシノ、神代曙、陽光をはじめ100本を超える桜があり満開時はそれこそ「桜の園」となる。今「神代曙」と「陽光」、「コマツオトメ」などがはち切れんばかりに紅い蕾膨らみ始めている。ソメイヨシノはピンク味を帯びているが全体的にはまだ蕾である。それぞれの木の下で数羽の「ムクドリ」がやってきた。ムクドリ(椋鳥)はスズメ目ムクドリ科の鳥類で全長24cmほどの大きさである。翼と胸、頸は茶褐色しており、頸から頭部にかけてと腰に白い部分が混じり、足および嘴=くちばし=は黄色である。この時季ムクドリはよく見かける。こうしてカメラを向けても餌を啄むことに夢中である。(1803)