相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!
☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

「かにが沢公園」の梅花の数が増えてきた!!

2019-01-23 12:47:06 | 公園・庭園
座間市緑ヶ丘に四季の花で彩られ市民の憩いの場、座間八景の一つとなっている「かにが沢公園」はある。園内は初冬は「梅の花」、春には「ソメイヨシノ」と「神代曙」合わせて30本近くある桜が咲く。秋には「天上の花」と言われる「曼珠沙華」の花が園を美しく彩る。この時季水仙くらいで花は少ないが、百花に先駆けて咲く希少な代表は梅である。子供広場に「紅梅」、「白梅」、「しだれ梅」が十数本植栽されている。先週訪れたときは春の兆し、証なのだろうか陽当たりのいい右側の1本の「紅梅」十数輪ほど咲いていた。少し暖かい今日、訪れると開花の数もだいぶ増えていた。明日は13度の気温、三寒四温これから徐々に暖かくなっていよいよというか、やっと梅の季節到来となる。(1901)






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仲良し小道「さくら百華の道」の「河津桜」の蕾が膨らみ始めた!!

2019-01-22 15:08:23 | 
相模が丘の住宅街を南北に貫く全長1.6kmの緑道「仲良し小道=さくら百華の道」はある。さくら百華の道には64品種、220本の多種多様な桜の木が植栽されている。今、「寒桜」、「冬桜」が咲き残る中、次に「椿寒桜」、「修繕寺寒桜」、「大漁寒桜」、「河津桜」が開花に向けてスタンバイ中である。もっともポピュラーなヒカンザクラと早咲きオオシマザクラの自然交配種で一重で淡紅色の桜「河津桜」が今、つぼみの先端がピンク色に帯びはじめ膨らみ始めていた。昨年に比べ、雨も降らない比較的穏やかな日が続いていることから今年は開花が早いかもしれない。すでに相模原公園でも、そして今日のテレビでは新松田の松田山ハーブガーデンでも咲き始めたと報じていた。気温の好条件で一気に開花が加速、今月末には数輪開花するかもしれない。3月末に登場する桜の女王「ソメイヨシノ」の開花まで「河津桜」を楽撮しなければならない「さくら百華の道」が華やぎ始める日が近づいている。待ち遠しい限りである。(1901)






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三井寺と呼ばれている「天羅山真盛寺」

2019-01-22 11:01:49 | 寺院
都杉並区梅里、妙法寺に行く途中右側に真盛上人が興した天台宗盛宗西教寺の東京別院「天羅山養善院真盛寺」はある。創建は寛永8年(1631)。真観上人が湯島天神前に開創後、大正11年(1925)当地に移転。本尊は阿弥陀三尊立像。三越の前身の「越後屋」の菩提寺であることから「三井寺」と呼ばれている由緒ある寺。「寺号標」(寺門)から長く続く参道を進むと「山門」があり杉並区内では第3位(6200坪)の広さを誇る静寂な境内正面には入り母屋造りの「本堂」、左に目白の旧細川候爵邸から移築された書院造りの「客殿・庫裏」、「中玄関書院」、「鐘楼」、「元三大師堂」、「新鏡ヶ池」がある。建築当時のままという歴史的価値がある伽藍(建造物)は東京別院に相応しい威容である。(1901)














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今夜は美しい真ん丸の「望(満月)」を撮る!!

2019-01-21 19:45:58 | 天体/月
終日穏やかな快晴だった今日は高気圧に覆われ広範囲において「満月」を楽しむことができる。今夜7時、空を見上げると地球からなんと約38万kmという彼方にはっきりと美しい真ん丸の「望「満月」」が見える。急遽我が「愛機」を取り出して撮影に臨んだ。月は地球の四分の一大きさであるがなんと美しく、ロマンティックなのだろうか?今夜の満月は太陽と反対方向の時の現象である。先日は左舷がほんの少し欠けて「月齢13」(中潮)であったが今夜は「月齢15」である。月の表面の薄暗い部分が「」で、明るく白っぽい部分が「山脈」である。クレーター、峡谷、谷、海、湖、沼、入江、岬、大陸、山脈、尾根、断崖がありそれぞれ名前が付けられている。満月は世界中の人々が注目する宇宙の神秘とでもいうべき現象である。(1901)






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「威光山法明寺」の境外堂「鬼子母神堂」

2019-01-21 10:54:18 | 寺院
池袋雑司ヶ谷に「威光山法明寺」の境外堂「鬼子母神堂」はある。鬼子母神堂は安産、子育の神様である鬼子母神をお祀りするお堂として今も多くの人々に親しまれている。当山に祀る鬼子母神のご尊像は室町時代の永禄4年(1561)、雑司の役にあった柳下若挟守の家臣「山村丹右衛門」が清土(文京区目白台)の地の辺りより掘りだし、星の井あたりでお像を清め、東陽坊(後に法明寺に合併)という寺に納めたものである。電荒川線「鬼子母神前」駅からつながる参道の都指定の天然記念物、樹齢400年のケヤキ並木が続く。石畳を進むとお堂を護るように左右に仁王像が建てられている。正面に寛文4年(1664年)徳川4代将軍家綱の代に加賀藩主前田利常公の息女で、安芸藩主浅野家に嫁した自昌院殿英心日妙大姉の寄進により建立された「本堂」がある。金剛不動尊を安置した法不動堂、境内南東には倉稲魂命を祀った「武芳稲荷堂」、妙見堂、大黒堂、樹齢約700年といわれる大公孫樹がそびえる。本堂北側には山岡鉄舟の碑もある。古来この地が「稲荷の森」と称されていた頃の幾百年の名残を今に伝えている。(1901)










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