goo blog サービス終了のお知らせ 

相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!

☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

久遠寺の末寺の「今正山大乗寺」

2025-05-12 13:14:58 | 寺院
小田原市栄町に江戸時代には身延「久遠寺」末寺の日蓮宗寺院「今正山大乗寺」鎮座している。慶長2年(1597)創建。玉泉院日養上人が慶長6年(1601)に開山。本尊は三宝の諸尊。小西法縁。小田原駅を下った数分の所に構えられた「寺号標」(寺門)より入山すると正面に入り母屋造り風の「本堂」、右に庫裏がある。境内には本尊は釈迦如来の「第六天社」、末社として六浦明神(疱瘡=天然痘の守護神)、勤皇の志士殉難三士の首塚、甲斐の武田家の家臣七人の首塚がある。(2505)
 
 
 
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

座間栗原の古刹「栗原山崇福寺」

2025-05-11 07:22:34 | 寺院
座間市栗原に臨済宗建長寺末寺の「栗原山崇福禅寺」は鎮座している。戦国時代に村民の太郎衛門(鈴野家の先祖)が創建。本尊は釈迦如来。昭和53年(1978)に「開山450年祭」が盛大に行われている。「山門」右脇にある「お地蔵様」は文久元年1861に建立されたもので土地の人々から「子育て地蔵」として厚く信仰されており、幼児抱いて慈愛深いその姿は子を思う母親の情愛を感じさせる。「山門」より入山すると左手に「鐘楼」、正面に入り母屋づくりの「本堂」、本堂右に「庫裡」がある。境内の植木は手入れが行き届き美しい。また当寺の裏山の歴代僧墓地には無縫塔、キリシタンに関係する「マリア地蔵」がある。更に1200~1300年前の人々の二基お墓「北横穴墓群」がある。境内にはオオデマリ、ショウブ、シランが咲いている。(2504)
 
 
 
 
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小田原に「信州善光寺」所縁の「華葉山善光寺」がある!!

2025-05-10 07:28:54 | 寺院
「牛に引かれて善光寺参り」で有名な「信州善光寺」に所縁のある善光寺と名がつく寺院は全国に120か寺ある。その中の一寺が小田原市栄町に鎮座する浄土宗寺院「華葉山善光寺」(龍雲院)である。創建は不詳だが、元は光誉竜雲(文禄元年・1592没)が荻窪の寺町に創建した浜町「誓願寺」の末寺で「華葉山一乗院龍雲寺」と号したと「風土記稿」に掲載がある。その後、廃寺となり「誓願寺」に合併されるも、西念寺と小田原善光寺の僧侶「松蔭宣龍」(大正12年亡)が発願により龍雲寺の廃寺跡を購入し明治18年(1885)に堂宇を建立。本尊は阿弥陀如来である。「寺号標」(寺門)より入山すると正面に亜鉛葺きの宝形造り屋根、流れ向拝の「本堂」、右に「庫裏」「仏堂」がある。本堂前には「三界萬霊塔」が建てられ「地蔵」が祀られ、左には「慰霊塔」がある。また当寺のすぐ隣には「笠森稲荷神社」が鎮座している。当寺は足柄三十三観音霊場20番霊場である。今日小田原は「第61回 北條五代祭り」が開催中、行列の最後に練り歩く「神輿」が出番を待機していた。(2505)
 
 
 
 
 


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

町田市小山田の堂宇を移建の「大沼観音堂」

2025-05-08 09:55:19 | 寺院
相模原市南区西大沼、大沼公会堂裏に「井出の沢の合戦」による戦死者を弔うために創建された曹洞宗寺院「大沼観音堂」は鎮座している。本尊は大日如来(千手観音)。村持としているが新編相模国風土記稿によればこの堂の創建年代等は不詳だが、天保年間(1830~)の凶作と疱瘡の大流行による死者の供養のため、町田市小山田にあった堂宇を移建したと伝わる。現在の堂宇は平成19年11月、新しく建て替えられ。明治時代以降は念仏講が催されており「本堂」では毎月1回、年寄りが集まり明治時代に伝えられた念仏が唱えられている。戦前まで「双盤念仏」も行われていたが鉦を供出したため中止となり以来行われていない。相模原市道大沼通りに面しバス停「大沼」より南へ100mのところに小さな「堂宇」が建てられている。(2505)
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

麻溝台の「源吾山顕正寺」のツツジ景!!

2025-05-08 07:25:52 | 寺院
相模原市麻溝台に日蓮宗寺院「源悟山顕正寺」は鎮座する。当寺は開山は明治30年(1987)で百年の寺歴を誇る。本尊は釈迦牟尼仏。当寺は病気平癒を祈った「源吾上人」が観音様のお告げを受け山梨県の身延山日朝堂にて修業の後、故郷へ帰る時、東の方へ千箇寺参りをせよのとのお告げからここ下溝の地へ来られた時に篤信の信者を得て留まり開山いう経緯を辿る。「山門」を正面に入り母屋造りの「大本堂」、左前には「敬信殿」がある。堂内は「鬼子母神」、境内には鐘楼が建ち、一角に「金龍弁財天」が祀られている。寺号標に左側境内では三株のツツジが満開である。(2505)
 
 
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする