相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!
☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

「榛名神社」御神水のような「瓶子の滝」

2018-09-15 08:43:35 | 神社
榛名神社の長い参道を進み「御水屋」(手水舎)、「本殿」に近づいた見事なほど立派な「矢立杉」の向かい側付近の対岸の山あい岩肌、瓶子岩の間をすべる様に落ちていく一筋の流れる滝「瓶子の滝」がある。「瓶子」とは神に供える神酒を入れる器のことで、長い年月をかけて岩を削り一筋の滝が流れ落ち文字通り、自然が作り出した神秘的な美しさが感じられる魅力のスポットである。「瓶子の滝」は高さ23m、水量は少なく、滝壺もなく流音は残念ながら聞こえないが、その細い一筋の滝がなおさら神がかっていて風流、風情が感じられる。この滝も冬場には凍ってしまうというその姿も見てみたいものである。(1809)











  
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「榛名神社」の参道に「七福神」がお出迎え!!

2018-09-14 07:05:43 | 神社
榛名山巌山の標高800m、15万㎡の境内地に榛名神社は鎮座する。境内に建ち並ぶ国指定の重要文化財級の建造物は見応えある。神社入り口、隋神門を抜けると巨岩奇岩の間に作られた約700メートルの参道、右手下に榛名川渓谷の清流や瀧、その周囲には老杉が空を塞ぐように蔽い、森厳極まりないまさしく神域に心洗われる。約700メートルの参道の7ヶ所に福をもたらすとして信仰されている「七福神(像)」が祀られている。随身門からまず四天王の一仏で七福神の中では唯一の武将「毘沙門天」続いて道教の神で南極星の化身。中国の伝説上の人物で酒を好み長寿の神「寿老人」、次に唐の末期、中国に実在したといわれる仏教の禅僧で弥勒菩薩の化身ともいわれている「布袋」、道教の神で南極星の化身で「福禄寿」、七福神中で唯一の日本の神様「恵比寿」、ヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティー神「弁才天」、ヒンドゥー教のシヴァ神の化身マハーカーラ神「大黒天」の順番である。本社まで20分は要する長い参道、七福神のそれぞれと向き合ってみるのもここ榛名神社ならではの魅力かも知れない。(1809)














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神々の棲む杜に1400年の時を刻む「榛名神社」

2018-09-13 09:11:11 | 神社
高崎市榛名山町に赤城山・妙義山と共に三毛三山の一つ「榛名山」はある。その中腹に今なお悠久の歴史を刻み榛名山の神を祀る「榛名神社」はある。式内社で上野国六宮、十二社の一社である。雨乞い神社として、修験者の霊場であった。創建(伝)は用明天皇元年(586)、1400年の社歴を誇る由緒ある古社である。主祭神は火産霊神(火の神)、埴山姫神(土の神)。国道406号に沿ってフルーツ街道を進むと朱色の大きい「第一鳥居」がある。ここから本社まではまだ9kもある。参道入口に近づくと「第二鳥居」(高さ15.9m、20.3m)がある。鳥居を抜けると門前の社家町には幾つかの「宿坊」が点在、「お店」が建ち並ぶ参道が続く。門(社号標)より「鳥居」と「隋神門」(もとは仁王門)を潜り「みそぎ橋」を渡ると左手には切り立つ岩、右下手に榛名川の溪谷、途中に自然が作り出したアーチ岩「鞍掛岩」を見ながら「巌山の参道」を進むと、七カ所に「七福神象」、左手に「三重塔」(神宝殿)がある。「神橋」を渡ると右手に国重文の「双龍門」(御唐門)、その右先に「御水屋」がある。対面の山あいには一筋の「瓶子の滝」を見ることができる。「神幸殿」を左手に臨み「神門」を抜けると権現造りの精緻な彫刻が素晴らし「本殿」(本社・幣殿・拝殿)がある。本殿背後には奇岩「御姿岩」そそり立っている。本殿の対面に「神楽殿」、「額殿」、「札所」がある。6世紀末の創建の社は森深く広がる15万㎡の広大で荘厳な神域、幽玄の森の中に1400年の歴史が息づいてる。(1809)


















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上毛三社の一社「妙義神社」

2018-09-12 14:24:03 | 神社
群馬県富岡市妙義町妙義に上毛三山の一つで、日本三大奇勝(奇岩怪石)の一つである「妙義山」の主峰「白雲山」の東山麓、老杉の生い茂る景勝の地、妙義山信仰の中心の「妙義神社」はある。創建は宣化天皇2年(537)、約1500年前といわれる古社である。江戸時代は関東平野の北西に位置し江戸の乾(戌亥)天門の鎮めとして「家運永久子孫繁昌」を願って歴代の徳川将軍家に深く信仰された。主祭神は日本武尊、豊受大神、菅原道真公、権大納言長親卿。道の駅「みょうぎ(物産センター)」より登山入口を左折すると朱色の大きい「第一鳥居」がある。「総門」(旧白雲山石塔寺の仁王門)を抜けると右に「授与所」、「旧宮様御殿」がある。総門の奥正面に「銅鳥居」、「手水舎」があり、ここから「本社」に向かう急勾配の男坂「165段の長い石段」が続く。上りきったところにある「随神門」と「唐門」を抜けると正面に鮮やかな色彩が施された国指定の重要文化財となっている、権現造りの「本社」(本殿・幣殿・拝殿)がある。境内社には稲荷神社、和歌三神社、水神社、愛宕社、厳島社、波己曽社がある。本社を筆頭に境内の諸建造物は江戸初期から中期にかけての江戸時代建築の趣きをもつ壮麗そのもので、老杉の鬱蒼たる神域に輪奐の美を連ねている。白雲山の標高800m付近に白文字の「大」が小さく見える。これは江戸時代に建立され、妙義神社の妙義大権現の「大」であり妙義神社にお参り出来ない村人や旅人のために建てられた。当社は大河ドラマのロケ地として度々登場している。(1809)




















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赤城山と湖を御神体とする「赤城神社」

2018-09-08 16:46:42 | 神社
群馬県前橋市富士見町赤城山、関東平野北西縁に立つ「赤城山」、山頂にある湖、火口丘の地蔵岳を御神体としてまた山岳信仰に由来する神社「赤城神社」はある。創建は不詳ながら大同元年(806)に小沼から見上げる神庫岳の中腹より大沼の畔に御遷宮された記録があり1200年の社歴を有する。朝廷より御神位を賜っていたり、長元年間(11世紀)には正一位に叙せられている。江戸期には東照大権現、徳川家康公を祀り、将軍家、諸大名の信仰厚く三代将軍家光公より寛永19年に社殿再建を命じられた。祭神は赤城大明神(大国主神/磐筒男神/磐筒女神/経津主神の四柱を総称)。大山祇神と徳川家康公を合祀。赤城姫と淵名姫という二人のお姫様が赤城山で命を落とし、その後、赤城山の神様となったという伝説もある。「大洞赤城神社」とよばれ、全国に300社程ある「赤城神社」の「総本宮」と有力視(推定)されるうちの一社で非常に由緒正しき歴史ある社である。標高は1400mを超える場所「赤城山登山の玄関口」、出張山や見晴山、黒檜山などの山々に囲まれた「大沼湖」の「小鳥ヶ島」鎮座している。鮮やかな朱色の橋を渡り石の「鳥居」を抜けると右手正面に朱色鮮やかな荘厳かつ華麗な「社殿」が周囲の山、緑に湖に溶け込むように一体となっている。本殿、中門、惣門は県重文財となっている。社の後にある巨石「櫃石」は古代の祭祀の遺跡といわれる。群馬県屈指のパワースポット御利益と、また大沼湖の美しい四季折々の風景を求めて数多くの老若男女が観光に訪れる。(1809)














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