雪月花 季節を感じて

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貝紫幻想

2010年02月01日 | 雪月花のつぼ ‥美との邂逅
 
 米沢の「野々花染工房」五代目・諏訪好風氏のお話をうかがう機会にめぐまれた。「貝紫」と墨書きされた桐箱にたいせつにしまわれていたのは、生成色の紬地に鮮やかな紫でペルシャ紋様を描いた帯地。その色は、黄金に匹敵するほど貴重なものだったことから「帝王紫」ともよばれ、かつてカエサルやクレオパトラが愛した、にごりのない、透明感あふれる紫である。染織家は、この幻の色を染めるため貝から抽出した染料を数十年ものあいだ寝かせておく。貝紫は紫外線を吸収し酸化することにより発色するため、時を経るほどよい色に染まるのである。さらに、いちど染めると退色しないという性質をもち、三千年以上も生きつづけるという。

 諏訪氏は、貝紫の神秘に魅せられた男女の物語を描いた芝木好子の『貝紫幻想』(絶版、男性のモデルは京都「染司 よしおか」の四代目)を読んだのだろうか。お太鼓部にならんだふたつの紫のペルシャ紋は、ふたりの人間を抽象化したようにも見え、その周囲は藍で染めたちいさなダイヤ紋が散りばめられていた。海の色と、ちいさな巻き貝の抱く色が、諏訪氏の織布の上でみごとに出合い、溶け合っていた。一瞬、地中海の海辺をさまよっているような錯覚を覚えたのも、不思議でないかもしれない。


 時空を超越したものに出合うとき、日々いたずらに時を費やしていることを思わずにいられない。