確かに「貴重な」資料なのだろう。被爆者たちの血液と尿が保存されている。
原爆投下が「人体実験」だったことがよくわかる。
放射線影響研究所、「放影研」。
前身は、原爆傷害調査委員会、ABCC。
最初、被爆者たちは「被曝治療を受けられる専門的な場所が出来た」と誤解した、という。
アメリカは、この仕事について、今も手を引いていない。
ABCCを憎んでいた人達が、今、気持ちに変化があり、かつて行っていた解剖=これ以上遺体を切り刻むのはお断りだが、多くの人達が亡くなった事実を無駄にするな、という気持ちになっているというあたりで、あまりの事態の複雑さに茫然とする。
今を生きる者なら、戦争のためではなく、戦争をなくすために役立てる、と言う、勇気はないのか。
『誰がための放影研』。フジテレビ系、深夜の放映だったが、貴重な番組。
『はだしのゲン』を入れているところが、いい。もっと入れてほしい。
まあそれは、私が、『はだしのゲン』を映画で見たいと思っている、ということなのだろう。
これは、撮り足して、映画にすべき。難しいけど、やりがいがあるはず。
かつて、『標的の村』『クワイ河に虹をかけた男』を映画にすべき、と、背中を押した私が、声を大にして言いたい。
同じテレビ画像で、Amazon primeの宣伝で、三浦・松本の姿を見る不愉快について、言わないようにしてきたが、いやなものはいやだ。運動をする気はないけど、あの宣伝を流している間は絶対に Amazon primeの会員にはならない。
テレビというメディアの中で、それとは、対極の、誠実。
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かつてABCCと呼ばれ、被爆者に忌み嫌われた研究機関「放射線影響研究所」。何のために存在したのか。これまでの歩みを振り返り、今後のあり方を考える。
広島市内を一望する小さな山の上にある放射線影響研究所、通称「放影研」。放射線が人体に及ぼす影響などを調査する研究機関だ。その事業費は日米両政府で折半されていて、日本は厚生労働省、アメリカは核開発などを行うエネルギー省の所管となっている。被爆者の平均年齢が82歳を超える現在、放影研がたどってきた歴史を知る人は少なくなっている。その前身はアメリカが1947年に設立した原爆傷害調査委員会。略称の「ABCC」と呼ばれてきた。アメリカは原爆を実戦で使用する以前から、放射線が人の身体に影響を与えることを把握。そして広島・長崎に原爆を投下後、長期的な影響調査を行うため設けたのがABCCだった。ここでは、被爆者の検診や遺体の病理解剖が行われ、膨大な数の血液や尿のサンプルが収集された。しかし、被爆者が望んだ“治療”は行われなかった。戦勝国が敗戦国を調査すること、それは被爆者を「科学の目」で見ることであり、被爆者をいわば「モルモット」として扱ったことはヒロシマの人々に大きな怒りと悲しみを与えることになった。番組では、ABCCの検査によって心に深い傷を負った被爆者の証言や、放影研で働く研究員、放影研の最高意思決定機関の議長を取材。放影研は誰のために、何のために存在したのか。被爆者を70年以上見つめてきたこの研究機関の過去から現在までの歩みを振り返るとともに、これからのあり方について考える。