サ カ タ の ブ ロ グ 

やぁ、みんな。サカタだよ。

わたしはマリー

2016年12月21日 | サカタだよ
今日はヴェルサイユも大変な賑わいですこと。ごきげんよう、わたしはマリー・アントワネットの
うまれかわりのサカタだよ。パンがなければケーキを食べればいいじゃない? 人はパンのみ
に生きるにあらず、甘いモノにも生きるなり。糖質制限ダイエットしながらデザートを欠かさない
あなたたちに、どうこういわれるようなことじゃなくてよ。パンがあってもケーキを食べるんでしょ、
ちかごろのわかいひとは!



わたしがハプスブルグ家にうまれたのは1755年11月2日、お母さまはマリア、お姉さまたち
も名前はみんなマリアばかりよ。本当はすぐ上の姉のマリア・カロリーネがフランス王妃になる
予定だったけど、その上の姉マリア・ヨーゼファがナポリ王妃になる直前に亡くなってしまって、
代わりにカロリーネが嫁いだから、末娘のわたしアントワネットがルイ16世と結婚したの。



それから250年ぐらい経って、わたしの生涯を美術品でたどる「マリー・アントワネット展」が
2016年10月25日から17年2月26日まで、日本の六本木・森アーツセンターギャラリーで
開催されているから、うまれかわりのサカタだよも取材と称して足を運びました。なつかしい。
なにもかも、あのころを彷彿させるものばかりで涙がこぼれそう。



ロココの薔薇と呼ばれたサカタだよ、じゃなくてマリーだよ。政治のことはわかりませんけど、
審美眼にはここだけの話とても自信があります。わたしを描いた絵画はもちろん、調度品も
ぜひご覧いただきたいわ。日本でつくられた桃の小箱や負い籠の香料入れが革命で散逸
しないで残されていることなども、とてもうれしく思います。



これが首飾り事件の、わたしが宝石商から騙し取ったと疑われた160万ルーブルの首飾り
ですのね。たいへん趣味の悪いこと。わたしがこんなもの欲しがると思われることだけでも、
我慢なりません。知らないといったら、知らないんです! 大嫌いなデュ・バリー夫人が注文
した首飾りなんて、わたしが引き取るはずありません。この詐欺事件のせいで革命が起きた
と、いま思い出しても悔しくて気絶しそう。



不幸になって初めて、自分が何者かわかるのです。バスティーユが襲撃されたときは暴動の
ひとつで、まさか革命とは思いませんでした。わたしもその後、2か月くらいは小トリアノンで
何不自由なく静かに暮らしていたんです。フェルゼンも訪ねてくれましたし、パンが欲しいなら
みなさんに上げればいいのに、みなさんが欲しかったのはパンより首だったんですね。



夫がギロチンにかけられて、夫だけでなくわたしも。身代わりマリーという歌があるようだけど
あれはわたしのこと? 処刑台に向かうときも、わたしは毅然とした態度を崩さなかったつもり
です。カペー未亡人と呼ばれて髪を短く切られ、後ろ手に縛られて汚い荷馬車で見せしめに
されたのは不当な扱いでした。なぜなら、王は縛られなかったはずです!



そのとき着ていたのは、こんな服でした。わたしの生涯は、12月24日発売のクロワッサンにて
作家の中野京子さんが「マリー・アントワネット展」を案内する記事で詳しく知ることができます。
サカタだよが担当したARTのページです。



大群衆が取り囲むコンコルド広場で、断頭台に上るわたしは死刑執行人の足を踏んでしまって、
ごめんなさいねと謝りました。そのとき靴が片方、脱げ落ちて、すぐに誰かにひろわれましたが
ゲルノン=ランブル伯爵とやらが購入して今に伝わっているようです。

来週のこのブログは、
「ギャグ」の予定です。
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