大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

音に聞く高師浜のあだ波は・7『高師浜のあだ波』

2019-09-28 06:13:01 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・7
『高師浜のあだ波』
         高師浜駅


 

 あんたらの写真が出てるらしいよ。

 町会の寄合から帰ってきたお祖母ちゃんが言うた。
「え? うおっ!」
 晩ご飯のあとの食器を洗てるとこやったんで、思わず手が滑って、シンクにお皿を落としてしもた。
 可哀そうなお皿は、きれいに真っ二つに割れてしもた。
「あちゃー」
 お祖母ちゃんが痛々しそうに、割れたお皿を持ち上げる。
 中坊のころやったら「もー、脅かさんとってよ!」とむくれてるとこや。
 でも、高校生のあたしは違う。晩ご飯の直ぐ後に洗い物せーへんかったあたしが悪いと思う。それに、お祖母ちゃんは、あたしを脅かしてドジをさせたろいうようなイケズで言うたわけやない。

 一週間前のことで、今の今まで忘れてた。

 先週、すみれと姫乃を誘て、高師浜に開店した西田さんのイタ飯屋さんに行ったときのこと。
 待ち合わせの高師浜駅で、元駅員のオッチャンに写真を撮ってもろた。
 写真と言われて、それが直ぐに浮かんで、持ってたお皿を落としてしまうくらい、深層心理では気になってたということや。

 姫乃らに教えたろとも思たけど、とりあえず一人で見に行くことにした。

 一晩寝て朝一番で!……と思たけど、起きたら九時半。
 朝ごはんかっこんで、愛車のミカン色の自転車に跨って、高師浜駅を目指す。    

 え、うっそー!?

 人だかり言うほどやないけど、駅前には十人近い人が特設の掲示板を見てる。
「いい写真やねえ」「NMBの子?」「いや、こんな子らはおらへんで」「素人さん?」「まさか」「そやけど、垢ぬけたベッピンさんらやなあ」「三人ともええなあ……」
 そんな呟きやら会話が聞こえてくる。

 花壇の傍に自転車を停めて、恐る恐る掲示板に……ちょ、ちょっとすみません。

 前の方に出ると、それが見えた!
 それは、写真と言うよりはポスターやった!
『音に聞く高師浜』
 タイトルが右の縦書きになってて、左に南海電車のキャプション。その間に挟まれ、トリコロールのワンピを着たあたしらが立ってる。

 イ、イケてる……!

 撮ってもろた後で、モニターに映った写真は見せてもろたけど、そのときもイカシテルとは思たけど、ポスター風に大きなるとインパクトが全然ちゃう!! あたしらて、こんなにベッピンやったん?

 で、期待と心配が沸き上がってきた。

 そやかて、みなさんが感心してるモデルの本人が、ここに居てる、このあたし天生美保!
 いやー気ぃつかれたらどないしょ! ねえ、ちょっと早よ気ぃついてよ! という矛盾した気持ち。

 五分はおったやろか、意識的に顔を晒すようなことはせえへんかったけど、それでも写真見てる人の顔をチラ見とかはしてた。
「ここに自転車置かれると、困るんですけど」
 駅員さんが、あたしの自転車の横で声を上げた。
「あ、すみません。直ぐどけます!」
 みなさんの注目を浴びる……けど、気づかれることは無かった。やっぱ、日ごろのあたしは、ごくごく普通のパンピーというかモブキャラというかNPCというか。

 で、安心したような寂しいような気持ちで、写メ付でメールを二人に送る。

 家に帰ると、リビングのテーブルの上に、きのう割ってしもたお皿が元に戻って置かれてた。
 え、ドラえもんのタイム風呂敷か!?
「思い出のお皿やから、瞬間接着剤で直しといたよ」
 二階から下りてきたお祖母ちゃんが種明かし。とにかく、つなぎ目が見えへんくらいキッチリと直してある。
「ありがとう、お祖母ちゃん」
 お祖母ちゃんが言うほど大事にしてたわけやないけど、言われると、このお皿にまつわるアレコレが思い出される。
「もう普段使いにはでけへんから、壁掛けにしよか」
 お祖母ちゃんは、大事そうにお皿を持って行った。

 お昼を食べよ思たら着メロの音、お、姫乃からや。

――すごいよ、見に行ったら速攻で正体バレちゃった!――

 文面の後に写真が続く。駅前のみなさんに、アイドルよろしく取り囲まれてニヤついてる姫乃。

 なんで姫乃だけ!? 
 
 面白ない休日やった……。
 
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高安女子高生物語・101〔The Summer Vacation・4〕

2019-09-28 06:03:29 | ノベル2
高安女子高生物語・101
〔The Summer Vacation・4〕
      


 
 
「河内音頭しか取り柄がないんだからね!」

 夏木先生の言うことは三日で変わってしもた。
 三日前からのうちのブログアクセスは30000を超えて、事務所にも6期生の河内音頭が聞きたいという電話やメールが殺到。
 で、市川ディレクターと夏木先生らエライさんが相談して、うちら6期生をシアターのレギュラーにすることにした。

 普通、研究生は一か月目ぐらいで一人15秒ほどの自己紹介と先輩らのヨイショがある。
 それから新曲がついて、グループデビューには3か月。それまでは選抜のバックや営業と決まってる。

 それが、ステージ紹介から、わずか6日でステージデビュー。

 日本で数ある女性グループで民謡、それも日本一泥臭い河内音頭。それとオールディーズのVACATIONとの組み合わせが、レトロでありながら、とても新鮮に映ったらしい。とにかく目先の人気第一主義のユニオシ興行が見逃すわけがない。

「ええ、では6期生の選抜と、チームリーダーを発表します」

 取り柄の変更の次に、これがきた。
「緒方由香、羽室美優、山田まりや、車さくら、長橋里奈、白石佳世子、佐藤明日香。あとは決まり通りバックね。ただ人気の具合では選抜入れ替えもありだから、がんばって!」
 落胆やらガッツやら、戸惑いやらが一遍に起こった。で、それを噛みしめる間もなく、夏木先生の檄。
「VACATIONの振り付けをきちんとやります。全員バージョン、選抜バージョン、1分バージョン、4分フルバージョンやるから、3時までには覚えること。3時からは河内音頭の特訓。はい、かかります!」

 さすがは夏木先生、完全に新しい振り付け。オールディーズの匂いを残しながらも、今風の目まぐるしいまでのフォーメーションチェンジ。これはいけると思た。
 午前中で、全員バージョンと選抜バージョンをこなす。上り調子のときは覚えも早い。レッスン風景をカメラ二台で撮ってたとこを見ると、プロモも撮り直しの感触。ユニオシから予算が付いたんやろなあ。

「昼からは、短縮とフルバージョンだけだからコス着けてやります。新調した衣装が来てるから、それ着てやるよ。シャワ-浴びて下着からとっかえてね」
「あの、下着の着替えは持ってきてません」
 という子が半分以上おった。充実はしてるけど、こんなハードなレッスンになるとは思っていなかった。
「あ、そっちの連絡はいってないか。仕方ない。全員分のインナー買ってきて!」

 これは、さすがに男のアシさんと違うて、事務の女の人が買いに行った。全員のスリーサイズは登録済みなんで、サイズ表持っていったら、一発でおしまい。
 シャワーはいっぺんに十二人が限界なんで、大騒ぎ。衣装は着替えならあかんし、頭もセットのしなおし。こないだのロケバスでも、そうやったけど、裏ではうちらは女を捨ててかかってる。学校でこれだけ早よやったらガンダム喜ぶやろな。と、一瞬だけ頭にうかぶ。
 みんなスッポンポンで着替えて交代。MNBに来る子はルックスもバディーも人並み以上やけど、その人並み以上でも胸やらお尻の形が千差万別やのは新発見。

 夏木先生の言うた通り、短縮とフルバージョンの違いは二回ほどでマスター。先生の指導がええのんはもちろんやけど、うちらのモチベーションが高いいうのが大きいことやったと思う。コスは赤と白を基調とした水玉。全体のデザインはいっしょやけど、襟やポケット、タックの取り方が微妙に違うんで、自分のコスはすぐに分かる。

 三時からは、河内野菊水さんが来て、河内音頭の特訓。菊水さんは河内音頭の第一人者。ちょっと緊張したけど、うちと同じ八尾のオッチャン。フリはスタンダードを教えてくれはったけど、ステップさえ間違えへんかったら、アレンジは自由。
「明日香ちゃん、あんた上手いなあ。それだけやれたら、盆踊り、いつでもヤグラに立てるで」
 誉められてうれしいけど、河内音頭は、ほとんど、うちの中に住み着いてる楠正成のオッサンが楽しんでやっとる。700年の筋金入りの河内のオッサン。上手うて当たり前。

 本番前に、先輩の選抜さんらに挨拶。メイクとヘアーの最終チェック。全員で円陣組んで気合いを入れる。
「今日から、6期を入れて新編成。気合い入れていこな!」
「おお!!」
 座長嬉野クララさんの檄で気合いが入る。

 うちらの受け持ちは15分ほどやったけど、舞台も観客席もノリノリやった!

 そのあと、初めての握手会。うちのとこには長い行列。嬉しかった。

 そやけど、その中に関根先輩が混じってたのには気ぃつけへんかった。
 
 佐藤明日香、一世一代の不覚やった……。
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小悪魔マユの魔法日記・47『フェアリーテール・21・夢の底』

2019-09-28 05:53:47 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・47
『フェアリーテール・21・夢の底』
   


 

 ロックオンして程なく、サンチャゴじいちゃんのボートは、大きな島の浅瀬で停まった。
 小さな碇を投げ入れると、身軽にボートから飛び降りて、膝まで水に漬かりながら砂浜に上がっていった。
 ミファも、すこし遅れて浅瀬に着くと、サンチャゴじいちゃんを追いかけた。

 サンチャゴじいちゃんは砂浜からブッシュの中に進み、見えなくなった。
――マークが、まだ点いているでしょ。ロックオンを続けて。
 マユが、ミファの心の中で言った。
「サンチャゴじいちゃん、なんだか身軽になってたよ……」
――てか、若返ってる。背筋は伸びてるし、あの身のこなしは……どうやら、ここからはドキュメンタリーじゃないみたいね。

 二十分ほど行くとブッシュをぬけて、草原に出た。

 マークの下にいるのは……海兵隊のフル装備に身を固めた若者だった。
――あれ……サンチャゴじいちゃんは?
「あれだよ……じいちゃん、若い頃は軍隊にいたんだ。あれ、そのころのサンチャゴじいちゃんなんだよ」
――うそ……!?
「だって、ここはもうドキュメンタリーじゃないんだろ」

 小悪魔のマユよりも、人間のミファのほうが、目の前のことを正確に受け止めているようだ。

 サンチャゴじいちゃん……いや、サンチャゴ軍曹は、ゆっくりと草原を見渡した。むろんミファとマユが合体した女性の姿は見えない。ここは、あくまでサンチャゴの夢の中なのだ。
 やがて、サンチャゴ軍曹は、それを見つけて小走りで寄っていった。まるで宝物を見つけたハックルベリーのように。

 それは、大きなライオンだった。

 ライオンは、金色に近いうす茶色のたてがみを、草原を吹きわたる風になびかせ、うずくまっていた。目は薄く閉じられていたが、今にも開きそう。ゆったりとした呼吸は草原全体の時間を支配しているように威厳があった。
 サンチャゴ軍曹は、かがんで、ライオンの顔を居眠っている友だちのように見ている。
 そして、目覚めるのを待つように、ライオンの横に並んで座った。
 海兵隊の軍曹とライオン……変な取り合わせだったが、ほんとうの友だちのようだった。
「サンチャゴじいちゃん、ライオンが目を覚ますのを待っているんだね」
――これだったんだね、サンチャゴじいちゃんが見ていた、夢の底は……。
「あたしたちも、待っていようよ、ライオンが目覚めるのを」
――うん。ライオンが目覚めたら、全ての秘密が分かると思う。
「なんだか、胸がドキドキしてきた」

「そこまでだ……!」

 合体した二人の後ろで声がした……。


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せやさかい・071『ニャンコの正体・2』

2019-09-27 11:38:16 | ノベル
せやさかい・071
『ニャンコの正体・2』 

 

 

 亡き人のおかげで アミダさまの前に座っている

 

 浄土真宗今月の標語の横に『迷子の子ネコ預かってます』のポスターを貼る。

 山門横のお寺の掲示板やから、そこらへんの電柱やら塀に貼ってるよりも人に見てもらえる。

「はよ飼い主見つかるとええなあ」

 押しピンを片付けながらテイ兄ちゃん。見守ってるあたしとコトハちゃんは、ちょっと複雑。

 きのう学校から連れて帰ってから、ますます可愛さがつのってきて、帰って来るなり子ネコと目線が合うてしもたコトハちゃんも一発でメロメロ。

 コトハちゃんとは、部屋が向かい同士なんで、日付が変わるまで二人の部屋を行き来する子ネコを追いかけたり撫でまわしたり、モフモフしたり。子ネコが寝付いてからも二人子ネコを挟んでニマニマしてた。

 これでは情が移り過ぎると判断した伯父さんが、ポスターを作って山門脇の掲示板に貼ったというわけ。

 もう、飼い主なんか現れへんほうがええ!

 そう、思てても口には出さない。あたしもコトハちゃんもギリギリ理性は保ってる。

 ちなみに、子ネコを呼ぶときは『ねこちゃん』にしてる。

 なんでか言うと、飼い猫やったら、すでに名前が付いてる。へたに名前つけて、飼い主が現れたら混乱するからね。

 賢い子ネコで、おトイレは一発で覚えたし、あたしが連れ出せへんかぎり、二階からは下りてけえへん。

 

 お祖父ちゃんの発案で、子ネコの首に鈴をつける。

  

 チリン

 

 うちは三百坪はあるお寺やさかい、居所が分からんようになったらマズイということで、直径二センチほどの鈴。嫌がるかと思たら、ニャーと一声、本人も気に入りましたいう感じ。

 二階でねこちゃんと遊んでると、玄関の方で覚えのある声。

 これは……落語家の桂米国さん。

 一学期にも、うちの本堂で落語会をやってた。たぶん、こんどやる落語界の打合せやろなあ。

 コトハちゃんは部活で出てるし、伯母さんも出かけてるし、今の女手は、あたし一人。お茶の一つも出さならあかんので「ちょっと大人ししててな」とネコちゃん言うて一階へ。

「あ、ちょうどええわ。いま、呼ぼうか思てたとこや」

 階段を途中まで下りると、伯父さんが顔を出してる。伯父さんの手ぇには、さっき貼ったばっかりのポスター。

 え、もう飼い主が見つかった!?

 衝撃が体を突き抜ける。

「あ、ちゃうちゃう」

 伯父さんの後ろの米国さんが手ぇ振ってる。

「ポスターに『メインクーンの子ネコ』て書いたあるでしょ」

「は、はい」

「メイクーンの子ネコは、けっこうな値段するからね……」

 思い出した、頼子さんが20万円以上する言うてた。

「そうや、その値段につられて、ニセの飼い主が来るかもしれへんでえ」

 そ、そうや。思い至らへんかった!

「せやから、そこは伏せたポスターにせなあかんいう、米国さんの忠告やねん」

「そ、そうですね。そないしましょ!」

 わたしに異論はない。

「よかったら、子ネコ見せてくれる? うちの実家ブリーダーやってるから、確認できるよ」

「そ、そうなんや」

 

 二階からねこちゃんを連れて、リビングに下りる。

 

「おお、なんちゅうカイラシイネコちゃんや。ささ、この米国さんとこおいでえ~」

 優しい顔して、ネコちゃんを受け取ると、胸に抱っこして、あれこれチェックする米国さん。

「……この子は、メイクーンの血ぃが入った雑種やなあ。たぶん、母親がメイクーン。全体の特徴はメイクーンやけど、あちこちの特徴がちゃうわ」

「そ、そうなんですか」

 自分でも狼狽えるくらい安心してしもた。

 

☆ 主な登場人物

 酒井 さくら      堺市立安泰中学二年生 文芸部

 酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の僧侶 日ごろはてい兄ちゃんと呼ばれる

 酒井 詩(ことは)   さくらの従姉 聖真理愛女学院二年生 吹奏楽部

 酒井 諦念       さくらの伯父 如来寺の住職 さくらの母歌の兄 諦一、詩の父

 酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の前住職

 酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦念の妻 諦一、詩の母

 酒井 歌        さくらの母 離婚してさくらを連れて実家に戻った 現在行方不明

 夕陽丘・スミス・頼子  聖真理愛女学院一年生 散策部 ヤマセンブルグ公国王位第一継承者 

 榊原 留美       堺市立安泰中学二年生 文芸部

 夏目 銀之助      堺市立安泰中学一年生 文芸部

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真夏ダイアリー・22『真夏のデビュー』

2019-09-27 07:18:29 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・22
『真夏のデビュー』     


 
 二番になったところで、潤が入ってきて、いっしょに歌いだした。

 バーチャルアイドル拓美をセンターにして、左右に、わたしと潤。わたしは驚きながら、表面は平然と歌い、踊り続けた。
「え、いったいナニ、これ!?」
 タムリのオッサンが白々しいことを言う。
「あ、わたしが本物で、こっちが従姉の真夏です」
 潤もニコニコ答える。
「ちょっとドッキリだったでしょう?」
 涼しい顔で潤は続け、明日のゲストである同じAKRの矢頭萌に電話して、番組のエンドロールになった。

「ねえ、なんであんなことしたのよ!?」
 楽屋に戻ると、わたしは潤に詰め寄った。
「ごめん真夏……」
 潤は今までの業務用の笑顔を消して、うなだれた。
「オレが説明する……この放送局にやられたんだ」
 吉岡さんが苦々しく話し出した。
「潤がスタジオに入ってきたときに、ハンドカメラで潤のこと撮られてしまったんだ。生だから、そのままオンエアーされちまって、隠しようがなくなって」
「そのあとは、わたしの判断……真夏が姉妹だってことは、もうマスコミには流れてるし、真夏も、あんなに見事に歌って踊ってるし、もう逆手にとって、やるっきゃないと思ったの。でも、真夏、なんであんなに上手いの?」
「そうだよ、オレが見てもそっくりだった」
「わたしも、分かんないよ。なんだか自然に体が動いちゃって……自分が自分でないみたいだった」
 そのとき、吉岡さんのスマホが鳴った。
「はい……あ、黒羽さん……え、いいんですか、そんなこと……会長命令……分かりました」
「なにがあったの?」
「真夏っちゃん……明日、潤といっしょに記者会見に出てくれないか」

 記者会見の前に、事務所のスタジオで、もう一度歌って踊った。プロディユーサーの黒羽さんと光ミツル会長が見ていた。やっぱり体と声は、意思に反して潤になってしまう。

「やっぱり、そっくりだ……開き直って売り出すしかない」
「売り出すって……?」
「キミを、AKRの準メンバーとして発表する」
 黒羽さんが真面目な顔で言い、会長さんは、黙って頷いた。潤はうつむいている。
 そんな状態が、三十秒ほど続いた。スタジオの中では自分の呼吸音しか聞こえなかった。
「一応、お母さんに連絡させてもらうよ」
 沈黙を破って、黒羽さんが言った。
「いいです。自分の意思で決めます」

 わたしは自分の意思で決めた。

 お母さんもお父さんも自分のやったことの結果だけを知ればいいんだ、そう思った。
 思いの底には、十年間の寂しさが潜んでいる。その寂しさのさらに底には……口で言えないような感情が潜んでいた。
「芸名は自分で付けていいですか?」
「うん。でも、あんまり変なのは却下だよ」
「わたし……鈴木真夏でいきます!」
 自分でもびっくりするような大きな声になった。

 記者会見は大盛況だった。民放各社にNHKまで来ていた。
「芸名の由来はなんですか?」
 思った通りの質問がされた。
「イチローさんにあやかりました」
 予定通りの答えをした。
「そういや、よく放課後、グラウンドで野球やってますよね」
 K放送の芸能記者が写真を見せながら言った。うらら達と五人野球をやっている写真だ。わたし以外の顔はモザイクになっていたけど、いつの間に……早々に、この世界の怖ろしさを思い知った。

 その夜の歌謡番組にさっそく出ることになった。さすがにお母さんに連絡した。
――見てたわよ、テレビ。帰りは何時……あ、そう。帰ったらお母さんとささやかにお祝いしよう。で、明日と明後日は、スケジュール空けといてね。
 部活で遅くなるぐらいのお気楽さで、お母さん。なんか予感がしたが、深くは考えないことにした。

 鈴木真夏としての初仕事は年末の特番だった。
 
 昼にセンセーショナルなデビューを果たしたばかりだったので、番組の視聴率が稼げるとディレクターは大喜びだった。出演しているみんなが喜んでくれているように思えた。
「気を付けて、どこで足を引っ張られるか分からないから」
 潤が、CMの途中、ひそめた声で言った。
 出番が終わって、バックシートに戻る途中、誰かとぶつかった。交代にステージに上がるアイドルグループだった。
 番組が終わって、楽屋に戻ると、衣装の脇の所が裂けていた……。

 なんとか日付が変わるまえに帰宅できた。

「わたしも、いま帰ってきたとこ。二日間休暇とるの大変!」
 そう言いながら、小ぶりなケーキを用意してくれた。「おめでとう真夏」と書いたホワイトチョコのプレートが載っていた。
「ありがとう、お母さん」
「おめでとう、鈴木真夏!」
 ジンジャエールで乾杯。

 その傍らではエリカが精一杯背伸びしたように花をほころばせていた……。


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宇宙戦艦三笠・13[小惑星ヘラクレア]

2019-09-27 07:09:39 | 小説6
宇宙戦艦三笠・13
[小惑星ヘラクレア]    


 
 テキサスの修理は大変だった。

 なんせ艦体の1/4を失っている、なんにもない宇宙空間、資材そのものが不足しているのだ。
 困うじ果てていると、ヘラクレアという未確認の小惑星から連絡があった。

 よかったら、うちで直せよ。という内容だった。

 警戒してアナライジングをかけようとしたら、なんとヘラクレア自身がワープして三笠の前に現れた。
 まるで、溶鉱炉で溶けかけた屑鉄を、そのまま取り出したような星だった。長径30キロ短径10キロほどの溶けかけた鉛に、様々な宇宙船のパーツがめり込むように一体化した変な星だった。

「やあ、ようこそ。わたしが星のオーナーのヘラクレアだ。趣味が高じて気に入った宇宙船のスクラップの引取りやら、修理をやっとる。ああ、みなまで言わんでもいいよ。目的地はピレウスだろ。あれは宇宙でも数少ない希望の星だからね。ここにあるスクラップのほとんども、ピレウスを目指して目的を果たせなかった船たちだ。中にはグリンヘルドやシュトルハーヘンの船もある」
「おじさん、どっちの味方なの?」
 アメリカ人らしく白黒を付けたそうに、ジェーンが腕を組む。修一たちは、星のグロテスクさに圧倒され、みかさんはニコニコしている。
「自分の星を守ろうとするやつの味方……と言えば聞こえはいいが、その気持ちや修理できた時の喜びを糧にして宇宙を漂っている、ケッタイな星さ」
「あの、惑星とおっしゃる割には、恒星はないんですね?」
 美奈穂が、素朴な質問をした。
「君らが思うような恒星は無い。だが、ちゃんと恒星の周りを不規則だが周回している。みかさんは分かるようだね?」
「フフ、なんとなくですけど」
「それは全て知っているのと同じことだね」
「なんのことだか、分かんねえよ!」
 トシが子供のようなことを言うが、樟葉も美奈穂も、船霊であるジェーンも聞きたそうな顔をしていた。
「ここに、点があるとしよう。仮に座標軸はX=1 Y=1 Z=1としよう……」
 ヘラクレアのオッサンが耳に挟んだ鉛筆で、虚空をさすと、座標軸とともに、座標が示す点が現れた。
「これが、なにを……」
「この光る点は暗示にすぎない。そうだろ……点というのは面積も体積も無いものだ。目に見えるわけがない。君らは、この暗示を通して、頭の中で点の存在位置を想像しているのに過ぎない。だろう……世の中には、概念でしか分からないものがある。それが答えだ……ひどくやられたねテキサスは」
「直る、おじいちゃん?」
 ジェーンが、心配げに答えた。
「直すのは、この三笠の乗組員たちだ。材料は山ほどある。好きなものを使えばいいさ」
「遠慮なく」
「うん……トシと美奈穂くんは、自分のことを分かっているようだが、修一と樟葉は半分も分かっていないようだなあ」
 修一と美奈穂は驚いた。こないだ、みんなで自分のことを思い出したとき、二人は肝心なことを思い出していないような気がしていたからである。
「ヒントだけ見せてあげよう」

 ヘラクレアのオッサンが、鉛筆を一振りすると、0・5秒ほど激しく爆発する振動と閃光が見えた。ハッと閃くものがあったが、それは小さな夢の断片のように、直ぐに意識の底に沈んでしまった。

 気づくと上空を、定遠と遼寧が先を越して行くところだった……。
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音に聞く高師浜のあだ波は・6『言葉というのは』

2019-09-27 06:52:22 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・6
『言葉というのは』
         高師浜駅


 

 言葉と言うのはむつかしい。

 たとえば、たこ焼き屋の岸部さんに「おっちゃん」と呼びかけると「まいど!」と、元気で機嫌のええ返事が返ってくる。
 あたしみたいなカイラシイ女の子やと、一個ぐらいオマケしてくれるかもしれへん。
 これを「おっさん」と呼びかけると、まずムッとされる。呼びかけたのが男やったら「なんやねん?」という尖がった返事になる。
 ほんで「なんやねん?」と返すと「なんやねん!?」になり、さらに「なんやねん!!?」の応酬になってどつきあいのケンカになる。

 マッタイラに「あんた」と呼ばれたヒメノは、岸部のおっちゃんが「おっさん」と呼ばれたくらいにムカついた。

「そら、マッタイラが可哀そうやで」

 そう答え、すみれも小さく頷いた。

 大阪では親しみの籠った二人称である「あんた」は関東人のヒメノには侮辱の二人称に聞こえたということやねんけど、侮辱の二人称ではないことから理解させならあかんかった。
「もっかい食堂にいこ!」
 あたしはヒメノの手を引っぱった。

「女子の話してんのんを、よー聞いてみい」

 そう言うて、三人で空いてる席に座った。
 食堂はピークを過ぎてたけども、男子とちごてデザートにも時間をかける女子がけっこう残ってる。
「この程度やったら、話の内容まで分かるねえ」
 すみれが促すと、ヒメノは耳をそばだてた。
「……ほんとだ」
 女と言うのは、食べてる間でもなにやらお喋りしてるもので、これがピーク時やとワンワンしてしもて、内容までは分からへん。そやけど、これくらいの人数やと意識して聞いてると断片が聞こえてくる。
 あちこちで「あんた」という二人称が飛び交ってる。食堂のおばちゃんも「あんた、なに?」と注文の確認をしたりしてる。
「ね、軽蔑とか、ケンカ売ってるニュアンスとちゃうでしょ?」
「ほんとだ……マッタイラ君に悪いことしたなあ」
 ヒメノは正直に困った顔になった。たとえマッタイラが相手だとしても困った顔になれるのは、ヒメノのええとこやと思た。
「わたしから言っとくわ」
 すみれが気楽そうに言う。あたしは『あそこの毛ぇ剃ったんか?』のわだかまりがあるので適任やない、かというて姫乃が自分でどうのこうのいうのは荷が重い。そういうとこを忖度して、サラリと言えるとこがすみれや。
「いや、やっぱ自分で謝る!」
 ヒメノはきっぱりと立ち上がって、サッサと食堂を出て行った。
「ちょ、ヒメノ!」
「こういうことは勢いでやらなきゃ、やりそびれちゃう!」
 ほとんど小走りになっているヒメノは自販機の前でたむろしている壁際男子を見つけ、真っ直ぐに突撃していった。

 ところが。

「ウ、ヤバイ!」
 リーダー格の木村の一言で、壁際男子らは逃げて行ってしもた。

「えーーーー、なんで!?」

「そら、あんな怖い顔して、あんな勢いで行ったらビビられるで」
「まあ、自然にタイミングが合うのんを待つことやねえ」
 掛け違ったボタンを直すのは、ちょっとむつかしいようです。
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高安女子高生物語・100〔The Summer Vacation・3〕

2019-09-27 06:44:45 | ノベル2
高安女子高生物語・100
〔The Summer Vacation・3〕
              


 
「勝手に河内音頭なんか流すんじゃないわよ!」

 夏木先生が、鬼の顔になって怒った。
「すみません!」
 ワケは分からんけど、研究生は怒られたら、とりあえず謝る。この世界のイロハです。
「あんたたちはオールディーズのイメージで売り出すんだからね。一人違うイメージ出されると困んのよ!」
「はい。すいませんでした」
 そこに横から市川ディレクターが口をはさんだ。
「夏木さん。でも明日香のアクセス、3000件超えて、まだ伸びてますよ。6期生のブログじゃ最高だよ」
「うそ……ほんとだ」
 夏木先生と、市川ディレクターは20秒ほど話して結論を出した。さすがは大阪の芸能プロ、頭の回転は早い。
「よし、今日一日で5000超えるようなら残してよし。超えなかったら、即刻削除。いいわね!」
「はい!」
 と、返事したあとは、カヨさんら研究生が笑うて、もう別の話題になってた。

「ええ、一昨日のバケーションの評判がいいので、急きょプロモーションビデオを撮ることになりました。ただし、製作費は安いから、大阪の無料で撮影できるところだけで撮ります。じゃ、衣装に着替えて。バスに乗り込むよ!」
「はーい!」
 で、20分後には衣装に……いうても、一昨日のありあわせのままやけど。

 まずは、近場の難波高島屋の前。バスからサッと降りたかと思うと……
「カメラ目線でもいいから、とにかくハッチャケて。フォーメーション? そんなのいいから、とにかく一本いくよ」
 マイクも何にも無し。カメラ2台。照明さん二人。音声さんは、たった一人で口パクを合わせるためだけに曲を流すだけ。夏木先生は選抜の人らの振り付け指導で残留。市川ディレクターとアシさんが二人っきり。

 10分で撮り終えると……どうやら撮影許可をとってないようで、お巡りさんから言われるまえに撤収。   

 次にあべのハルカスが見えることだけが取り柄の、親会社ユニオシ興行の屋上。ここは自前の場所なんで、リハも含めて、一時間。それからユニオシの前。日本橋、天王寺、心斎橋なんかで、ゲリラ的に数人ずつ撮影。さすが大阪の物見高いオーディエンスの人らも「なんかやっとるで!」言うて集まったころには撤収。通天閣の下でやったときは、見物のオバチャンがみんなにアメチャンくれた。

「次は大阪城や!」

 大阪城はバスの駐車場のすぐ近く。北側の極楽橋の前で、天守閣を背景二十分。毎日放送が『ちちんぷいぷい』のロケに来てたんで、無理矢理割り込んで一曲やらせてもらう。これは市川さんのアイデアと違うて、うちらと毎日放送の世紀のアドリブ。生放送に5分も割り込む。お互い低予算同士の助け合い。

 バスに戻ったら、アシさん二人がロケ弁を配ってくれた。さすがにMNBのアシさん、この移動の最中に贔屓の弁当屋さんに手配してくれたらしい。
 感心したんやけど、アシさん二人は、みんなが食べ終わるまで、打ち合わせやら、次の手配やらで走り周り。
「ロケの許可下りました」と、アシさん。
 急きょ市役所の前に行って30分。終わりの方では市長さんも出てきてノリノリ。これも互いのPR。大阪の人間のやることに無駄はありません。

 さすがに衣装が汗びちゃ。
「その衣装は、ここまで。次は海水浴!」
 で、一時間かけて二色の浜へ。その間にバスのカーテン閉めてみんなで水着に着替える。
「みんな、高画質で撮ってるから、ムダ毛の処理なんかは、忘れずに。シェーバーはここにあるから、よろしく!」
 22人の勢いはすごい。とても文章では表現できんようなありさまで、着替えたり、ムダ毛の処理したり。朝からのハイテンションで、スタッフのあらかたが男の人やいうことも気になれへん。

 二色の浜に着いたんは4時前。海水浴客が少なくなる時間帯を狙うてる。なんか思い付きで撮ってるようやけど、市川ディレクターの頭には、ちゃんとタイムテーブルがあるみたい。
 二色の浜では、フォーメーション組んで、二回撮った後は、みんなで時間いっぱい遊んだ。カメラさんは腰まで水に浸かりながら撮影……してたらしい。うちらは、そんなんも忘れてはしゃぎまくり!

 その日、家に帰ってパソコン見たら、アクセスは5000件を目出度く超えておりました……(^0^)!    
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小悪魔マユの魔法日記・46『フェアリーテール・20』

2019-09-27 06:36:01 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・46
『フェアリーテール・20』   


 
「このままじゃ、終わらないよ……」

 言葉の意味は、しばらくして分かった。
 あたりに、ウヨウヨとサメが集まって、カジキマグロを狙い始めたのだ。

 サンチャゴじいちゃんは、モリを持って立ち上がった。
 波に大きく揺れるボートの上で仁王立ちになり、獲物を狙うサメたちを寄せ付けまいと必死の形相。
 普通の人間なら、あの揺れるボートに立っていることもできないだろう。それをサンチャゴじいちゃんはベテランのサーファー顔負けのバランス感覚で立っている。
 立っているだけではなく、カジキマグロに寄ってくるサメたちを追い払っている。最初の三頭までは、急所の鼻面を一撃にして仕留めたが、多勢に無勢、一騒ぎ終わったころには、カジキマグロは半分近く食いちぎられていた。

「こういうことなのね……」

 マユは、小悪魔らしからぬ気弱さで呟いた。
「まだまだ、これからよ」
 ミファは怒りと闘志のみなぎった声で、そういうと、船縁をギュッとつかんだ。
「これが夢でなきゃ、魔法で助けてあげられるんだけど……」
「これは、サンチャゴじいちゃんが言っていた最後の漁よ」
「……じゃ、これはドキュメントなの」
「だと思う。なにもかもサンチャゴじいちゃんの話のとおりだもん……ほら」

 また、サメの一群がやってきた。カジキマグロは半分以上食べられてしまった。

「あと二回、サメが襲ってくる」

 ミファの予想どおり、サメは二回やってきて、とうとうカジキマグロを骨だけにしてしまった。
 しかし、サンチャゴじいちゃんは、最後までサメと戦った。
 カジキマグロが骨だけになり、サメも寄ってこなくなると、サンチャゴじいちゃんは、くたびれ果てて船縁に頬を乗せるようにしてくずおれた。
 しかし、目は光を失ってはいなかった。

「なんで、こんなサメだらけのところで漁をしたの……サンチャゴじいちゃんは」
「うちの島はね、むかし大きな戦争に巻き込まれたの……で、負けちゃったから、漁場をひどく制限されて、頭の回る大人たちは、よその島に行って雇われ漁師をやっている。うちの島の漁師は優秀だから、どこでも重宝がられてる。あとは、ちょこっとした観光やら、葉たばこ作ったり……だから、島は、年寄りと女、子どもだけになってしまった」
「それで、裏寂れているのね……」
「それでも、サンチャゴじいちゃんは漁に出た。こうやってリアルなじいちゃんの姿見ちゃうと、ほんと負けちゃうよね……」
「でも、なぜ、このことでサンチャゴじいちゃんを眠らせつづけておくんだろう」
「そうだよね……これなら、勇気づけられはするけど、ただの年寄りの手柄話だもんね……」

 そのとき、ストローハットのボートの先が、なにかに当たった。

「ん、なんだろう……?」

 なにかの先には、まだ海が続いていた。それが、ゲームのエリア限界にきたように前に進めなくなった。しかし、サンチャゴじいちゃんのボートは、その先に進んでいく。
 すると、目の前に大きなアラームが映し出された。

 この先Z指定! CEROレーティング(コンピュータエンターテインメントレーティング機構)

「なに、これ……?」
 ミファが首をひねった。
「だれか知らないけど、この夢に介入してるみたいね」
「Z指定だったら、あたしたち入れないよ」
「フフ、こんなもの……」
 マユが、指を一振りすると、アラームは簡単に消えてしまった。
「え……どうやったの?」
 ミファは、マユに聞こうとしたが、マユの姿が見えない。
「マユ、どこに行ったの……海に落ちた?」
 ミファは船縁から海を見た。すると……。

 海面に映っていたのは、ミファでもマユでもない三十過ぎの女性であった。なかなかの美人である。ミファは驚いて、後ろを見て、もう一度海面を見た。その美人は紛れもなく、自分であるようだった。
「……これって、あたし?」
――でもあるし、わたしでもある。
 自分の頭の中で、マユの声がした。
「マユ!?」
――わたしと、ミファを足したの。すると、こういう三十過ぎのイケたおねえさんになる。三十過ぎだからZ指定は関係なしよ……ちょ、ちょっと、どこ触ってんのよ!?
「あたしって、こんなに胸大きくなるんだ!」
――ま、二人分足した姿だからね、どっちの要素で、こうなったか分からないけどね。ま、体はミファが動かして。考える方は、わたしがやるから。
「で、とりあえず、どうしたらいいの。もうサンチャゴじいちゃんのボート見えないわよ」
――足もとにコントローラーがあるでしょ。
「あ、これ……ワイヤレスじゃないの?」
――首からぶら下げんの。この夢に介入したやつは、ゲーム仕様にしたみたいだから。△ボタンを押してみて。
「あ……!」
 水平線にマークが現れた。
――その方角にサンチャゴじいちゃんがいる。R2ボタンがアクセル。L3のグリグリが舵だから、がんばってね。ボートが見えたらロックオンの※が出るから、R3で合わせて、押し込む。すると自動追尾になるから、よろしくね。
「よっしゃー!」

 気安く引き受けたミファであったが、ロックオンまで二時間もかかるとは思わなかった。R2ボタンを押している右手の人差し指がケイレンをおこしかていた……。


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魔法少女マヂカ・078『M資金・12 アリス』

2019-09-26 14:10:46 | 小説

魔法少女マヂカ・078  

 
『M資金・12 アリス』語り手:マヂカ 

 

 

 それは魔法少女アリスの最後だった。

 敵を追っていると、自分が主人公のアニメそっくりな異世界に飛び込んでしまい。ウサギを追いかけるというトラップに引っかかって、遭えない最期を遂げたのだ。

「では、君たち専用の高機動車を見せよう」

 スクリーンから目を移すと、声の主はディズニーではなかった。

 ヘンリー・フォード……

 ライン生産による自動車の大量生産を成し遂げ、世界のモータリゼーションに先鞭をつけたヘンリー・フォードだ。

 エジソンの友だちでもあったなあ……とか思い出しているうちに、ドッグへと通じる廊下を歩いている。

「アメリカも世界戦略を練り直しているところで、思い切ったことはできないんだが、特別に二人の為に用意したエンタープライズ号だ」

 世界初の原子力空母とスマートな宇宙船を思い浮かべたが、ゲートを潜った先に見えたものは骨とう品だった。

 

 T型フォード……?

 

「見かけは骨とう品だが、人類のモータリゼーションの夢を背負っている。空も飛べれば時空も超えられる。主要な武器はヘッドライトにしこんだパルス砲だが、他にもいろいろある。実戦の中で学んでくれればいい。そう、実戦こそが最高の学習だ。アリスは残念な結果だったが、なあに、魔法少女は不屈の魂だ。さ、時間がない。タイム イズ マネーだぞ。一言ありそうな顔だが、機先を制して、こう言おう『あらさがしをするよりも改善策を見つけよ。不平不満など誰でも言える』 さ、出発したまえ! 世界は結果を待っている!」

 フォードの最後の言葉に被せるようにブルンと身震いして、エンタープライズは霊雁島の上空に飛び立った。

「なんか、勢いに誤魔化された気がする」

「考えない方がいい。もっとも考えが足りないとアリスのようになってしまうがな」

「うん、肝に銘じておく。しかし……司令官の正体はなんだったんだ? いっぱいいるから安心しろ……という意味か……末期的分裂症の現れか? なんだか、代わり映えのしない来栖司令の方が頼もしく思えてきたぞ。第七艦隊と言いながら、一隻も船はなくて、こんなポンコツ自動車があるっきりだし」

「第七艦隊の『七』は七変化(しちへんげ)の七かもな」

「どうせ変化して見せるなら、映画俳優とかの方がよかったな」

「レーガン大統領は、元々は映画俳優だぞ……て、慰めにもならないか」

「それで、当面の敵はなんなんだ? アリスをハメた白兎?」

「予断とか予測は持たない方が……ほら、マヂカが思うから、現れてしまったぞ」

 前方の空中に、時計を見ながら急いでいる白兎が現れているのに気が付いた。

「ああ、無視無視、うまくいっても、いかれた帽子屋に出会うか狂ったハートの女王に出会うだけだからな。あ、ちょっとミラーの向き変えてくれないか」

「うん……え?」

 手を伸ばしてビックリした。ミラーの中にはアリスが映っていた!?

 

 

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真夏ダイアリー・21『ハッピークローバー』

2019-09-26 06:58:12 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・21
『ハッピークローバー』       





――事務所のミスで、仕事がダブルブッキングになっちゃって。タムリの『つないでイイトモ』と『AKRING』の収録が重なって……。

「まさか、そのどっちかに出ろっての……!?」

――申し訳ない、『イイトモ』の方に……。

 異母姉妹の潤の電話のおかげで、わたしは『つないでイイトモ』の収録のため、HIKARIプロの吉岡さんが運転する車に乗せられて、テレビ局に向かっている。
「まあ、MCのタムリさんは気の付く人だから、潤が来るまで、テキトーに合わせてりゃいいから。ま、これでも飲んでて」
 温かい缶コーヒーをくれながら、吉岡さんは、わたしを慰める。でも、そもそもこの吉岡さんが、渋谷のジュンプ堂でわたしを潤と間違えたことが問題の発端になっているわけで、その温もりは缶コーヒーほどにも長続きしなかった。

 わたしは、家を出るときに、すでにAKRの制服に着替えさせられている。あくまで、わたしは小野寺潤として、テレビカメラの前に出る。むろんスタッフの人もタムリさんも知っている、わたしがニセモノだってこと。
 潤は真夏のままでいいって言ってたけど、事務所としてはギリギリまで、わたしと潤とのことは伏せたいらしい。わたしは、どこかで、お母さんとお父さんのことを許していない。だから、潤と異母姉妹であることがバレても構わないという開き直りがある。でも、潤に迷惑はかけたくなかった。
「もう着くよ」
 わたしでも知っているTテレビが見えてきた。わたしは、無意識にポッケの中のラピスラズリのサイコロを触っていた……。

「おはようございます」

 自分でも驚くほど、自然にふるまえた。
「え、ほんとに潤ちゃんじゃないの!?」
 タムリさんが、サングラスをとって、マジマジと見た。
――案外、普通のオジサンだ。わたしは、そう感じた。
「ギリギリまで、潤本人ということで、お願いします」
 吉岡さんが頭を下げる。
「うん、いいよ。事務所の都合ってのもあるんだろうし。でも、きっとバレちゃうよ、いつかは」
「そのときは、そのとき、明るいスキャンダルってことで着地させようと思ってます」
「まあ、なんとかなりますよ。アハハ」
 思ってもいない言葉が潤そっくりの言い回しで、自分の口から出てくる。自分でも驚いた。

「潤ちゃんは、ハッピークローバーで大抜擢だったんだよね」

「ええ、それまではAKRの研究生で、抜擢されたときなんか足震えましたもん」
「だよね、で、デビューでいきなり萌ちゃんとか知井子とかユニットだもんね」
 最初は、当たり障りのない、趣味とか、好きなタレントさんの話だった。でもタムリさんがのっちゃって、潤にしか分からないデビュー当時の話を振ってきた。内心あせったけど、自分でも考えてもいないようなことが口をついて出てくる。
「あれ、たいへんでしょ。一番のサビが終わったところでバーチャルの拓美が出てきて合わせんの」
「ええ、だいたいの立ち位置は分かってるんですけど、手とか足とかの振りが被っちゃうんですよね。人間同士だったら、ぶつかっちゃうんで分かるんですけど、バーチャルだから見えなくってね」
「あれ、潤ちゃんたちには見えてないの?」
「ええ、ホログラムで、周りの人には見えてんですけどね。拓美が動くエリアの中じゃ見えないんです」
「そうだったんだ、オレ、てっきり見えて合わせてんのかと思ってた」
「来年には新曲が出るんで、その時には見えるようにしてもらえるらしいんですけどね」
 わたしってば、知らないことまで喋ってる!?
「じゃ、今日は、そのホログラム借りてきたんで、ちょっとやってもらえるかなあ」
「え、え~、今ここでですか!?」
「いいじゃん、制服も着てることだし」
 吉岡さんが、スタジオの隅で慌てている。どうしよう……。
「仕方ないなあ。タムリさんが、そういう目つきしたときは断れないんですよね」
「ウシシ、よく知ってんじゃん」
「だから、AKRじゃ多無理さんなんて書くんですよ!」
 わたしは、ADさんのカンペをふんだくって多無理!って書いてやった。
「ハハ、まいったなあ」
 そう言いながら、タムリさんが頭を掻いていると『ハッピークローバー』のイントロがかかりだした。




《ハッピークローバー》

 もったいないほどの青空に誘われて アテもなく乗ったバスは岬めぐり
 白い灯台に心引かれて 降りたバス停 ぼんやり佇む三人娘

 ジュン チイコ モエ 訳もなく走り出した岬の先に白い灯台 その足もとに一面のクロ-バー
 これはシロツメクサって チイコがしたり顔してご説明

 諸君、クローバーの花言葉は「希望」「信仰」「愛情」の印 
 茎は地面をはっていて所々から根を出し 高さおよそ20cmの茎が立つ草。茎や葉は無毛ですぞ

 なんで、そんなにくわしいの くわしいの

 いいえ 悔しいの だってあいつは それだけ教えて海の彼方よ

 ハッピー ハッピークローバー 四つ葉のクロ-バー
 その花言葉は 幸福 幸福 幸福よ ハッピークローバー

 四枚目のハッピー葉っぱは、傷つくことで生まれるの 
 踏まれて ひしゃげて 傷ついて ムチャクチャになって 生まれるの 生まれるの 生まれるの
  
 そうよ あいつはわたしを傷つけて わたしは生まれたの 生まれ変わったの もう一人のわたしに

 ハッピー ハッピークローバー 奇跡のクローバー! 




 サビのところでホログラムの拓美が現れる……そんなことより、自分の体が勝手に動いて歌って踊っていることが不思議だった。
 で、二番になったところで、本物の潤が入ってきた……!


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宇宙戦艦三笠・12[ステルスアンカー・2]

2019-09-26 06:48:34 | 小説6
宇宙戦艦三笠・12
[ステルスアンカー・2] 



 

 

 ステルスアンカーとは、巨大な銛(もり)のようなものだ。

 大きさは10メートルほどであろうか、テキサスの艦尾に食い込み、その端には丈夫な鎖が付いていて、鎖の端は虚空に溶けて見えないし、コスモレーダーにも映らない。テキサスは出力一杯にして振り切ろうとしたが、まるで弱った鯨が捕鯨船の銛にかかったように、艦尾を振り回すだけだった。
「修一くん、直ぐに助けてあげて。時間がたつほどあのアンカーは抜けなくなるから!」
 みかさんの声にこたえ、修一は樟葉とトシに命じた。
「テキサスの前方に出る。艦尾のワイヤーを全部使ってテキサスの艦首のキャプスタン(巻き上げ機)やボラート(固定金具)に結束!」
「了解、全ワイヤーをテキサスの艦首に固定!」
 三笠の艦尾から、ありったけのワイヤーが発射され、自動的にテキサスのキャプスタンや、ボラートに絡みついた。
「微速前進いっぱーい!」
「了解、微速前進いっぱーい!」
 トシが復唱し、エンジンテレグラムの針は、いっぱいに振れた。
「三笠は、見かけによらず出力は20万馬力です。必ず引っ張り出します!」

 引きこもりのトシが、こんなに真剣にやる気を見せるのは初めてだった。やがて、テキサスの艦体は軋みだし、軋みは、やがて苦悶の悲鳴に変わっていった。
「ジェーン、大丈夫か!?」
――大丈夫。テキサスは100年も生きてきた丈夫な子だから……!――
 テキサスの軋みは、やがて言葉になってきた。
――公民権運動……ヴェトナム戦争……奴隷制……マンハッタン計画……大統領暗殺……イラク戦争……民族差別……TPP……排出権取引……キューバ危機……南北戦争……イラン……中国……北朝鮮――

 アメリカにとって、過去の過ちや、暗礁に乗り上げている問題などが、次々と悲鳴になって出てくる。ステルスアンカーというのは、その船の所属する国が苦悶している過去と現在の問題を引きずるようにして、船の自由を奪うもののようだ。

――あ、ああー!!――

 ジェーンの声が悲鳴になったかと思うと、テキサスは艦尾1/4をアンカーに食いちぎられて、スクリューや舵を失って、やっとアンカーから離れた……海に浮かぶ船なら、もう沈没状態だ。
「ジェーン、大丈夫!? 大丈夫、ジェーン!?」

 しばらく、テキサスもジェーンも沈黙していた。もう船としては死んだかもしれない。

――こちらジェーン……なんとか生きてる。しばらく曳航してくれる? そいで、ちょっと……むちゃくちゃになったから、しばらく居候させてくれないかしら……――
「いいよ。なんたって、こっちは4人しかいないんだから大歓迎だよ!」
 やってきたジェーンはボロボロだった。髪はあちこち引きむしられたようになり、シャツもジーパンもかぎ裂きや、破れ目だらけになっていた。
「ジェーンを、中央ホールの神棚の下へ。わたしが看病するわ」
 へたりこんだジェーンをみかさんが助けようとすると、ジェーンは、キッパリとその手を払いのけた。
「あのステルスアンカーは、アメリカの矛盾を引き出し、拡大させて自縄自縛にし動けなくする。無理に引っ張ろうとすると艦体が引きちぎられる。このままじゃアメリカ艦隊は全滅する……電信室を貸して、今からワクチンを作る」
「わかった。その間に、テキサスの修復工事をやっておくわ」
「ありがとう、日本の技術なら安心だわ」

 ジェーンは、樟葉と美奈穂に助けられて電信室に向かった。その間にもジェーンの服は、さらにズタボロになっていき、ほとんど裸と変わらないかっこうになっていた。なんとも痛ましくはあるが、見上げた根性だと修一は思った。

「こら、なに見てんのよ。CICに行ってテキサスの復元工事の段取りよ!」
「あ、そんなヤラシイ意味で見てたわけじゃないから……」
「うそ、二人からはイヤラシオーラが出てるわよ!」
 神さまとは言え、女子高生のナリをされていると、つい口ごたえしてしまう。第一オレに関しては誤解だし。
「トシ、離れて歩け。オレが誤解される」
「そんな、オレのせいにしないでくださいよ!」
「どっちもどっちよ。さあ、CICに急ぐわよ!」

 とりあえずグリンヘルドの脅威からは離れた……ように感じられた。
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音に聞く高師浜のあだ波は・5『あたしがミナミに行かれへんかった理由・2』

2019-09-26 06:40:21 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・5
『ミナミに行かれへんかった理由・2』
         高師浜駅


 

 美保、なんでミナミには行かへんかったん?

 自分が西田さんとこの新装開店に行ってこいと言うといて、お祖母ちゃんは聞いてきた。
「ちょっと調子悪かってん」
「え、調子悪い人が、あんなぎょうさん食べてこられるもんか?」
 家に帰ってから、お祖母ちゃんにスマホを見せて、西田さんのお店で食べたメニューを見せたのが間違い。
 歳の割には好奇心が強いお祖母ちゃんは、追及の手を緩めない。
「その……占いで北の方角は運勢悪うて。ミナミ行くのに北に向かういうのんが、そもそも矛盾やし」
「家からミナミ行こ思たら、いつでも北になるやんか」
 とうとう、あたしの向かいに座ってきよった。
「もう、なんやのん、お祖母ちゃん!?」
「かわいい孫のことは、なんでも知っておきたいやんか」
「あーー、それは口実で、またエッセーかなんかのネタにするんでしょ!」
 
 今日は、ちょっとだけ早起きしたんで、朝食にベーコンエッグを作ってる。半熟がいやなんで、焼けるのに時間がかかってる。それをええことにクソババアは孫をいたぶりだした。

「盲腸の手術と関係あるんとちゃうか?」
「ないない、経過は良好。もう笑うても痛まへんし」
 こういう答え方はあかんねん。嘘でも原因を言わんと、クソババアは納得せえへん。でも、急に嘘も思い浮かばへん。
「盲腸の手術いうのんは、毛ぇ剃るやろ」
「グ……」
 ええ歳をして、マッタイラ並のことを言いよる。
「それが、ちょっと伸びてきたとこでパンツに擦れるのが気色悪い? そやろ?」
「もー! ウソでも、そんなこと書かんといてよね!」
「ハハハ、大丈夫やて。分からんようにするさかい!」
 クソババアは、嬉しそうな顔をして回覧板をまわしに行きよった。

 お祖母ちゃんの本名は天生乙女(あもうおとめ)やねんけど、若いころから応円美里(おうえんみりー)いうペンネームで小説なんかを書いてる。本名は公開してないし、著者近影は眼鏡かけて髪形も変えてるんで、正体知ってる人はめったに居てない。で、それをええことに、ときどき身内のネタで書いたりするよってに始末が悪い。

 念入りの朝ごはんが裏目に出て、ムカついたまま家を出た。

 教室の前まで行くと、壁際の男子がヒソヒソと話をしてる。
 お祖母ちゃんと違て、人のヒソヒソ話に耳をダンボにするようなことはせーへんのやけど、お調子もんのマッタイラが凹んでるんで、つい聞き耳になってしまう。

 姫乃・あんた・キレとった・なんでや……なんてな単語が耳に入ってきた。

――なんかあったんか?
 席に着くと、すぐ後ろの姫乃にメールを打つ。こんな時に、コソコソ話すのはええことない。
――あとで話す 昼休みとかに
 その返事だけで、あたしは昼になるのを待った。

「ね、どー思う!?」

 姫乃が切り出したんは、昼食の後、デザートのブタまんをハフハフ食べながらの中庭のベンチ。
「腹立てても、ヒメノは美人やねえ」
 すみれが天然を思わせるのどかさで空気を和らげる。企んでいるわけとはちゃうねんけど、すみれには、こういうピュアな素直さがある。
「壁際男子に、なんか言われたん?」
 女同士やったら、あたしの問いかけはストレートになる。
「マッタイラがね、わたしのことを『あんた』呼ばわりするのよ!」
「「え、え?」」
 たしかに柳眉を逆立ててるヒメノはベッピンさんやと思た。
「だあからーー『あんた』って二人称、メッチャむかつくんですけど!」
 
 一瞬わからんようになってしもた。
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高安女子高生物語・99〔The Summer Vacation・2〕

2019-09-26 06:30:15 | ノベル2
高安女子高生物語・99
〔The Summer Vacation・2〕
        


 
 規格外とれたてレモンの詰め合わせ!!         

 昨日の初舞台の新聞の評。
 家で一番早起きのお父さんに、朝の6時に起こされて知らされた。
 いっぺんに目が覚めてしもた。


 うちらのデビューは、昨日の夏休み初日の劇場公演の二番目やった。選抜メンバーのヒット曲とトークの最後に紹介された。
「ちょっと異例の早熟デビュー。でもどこか面白くて新鮮! 名無しの6期生初のお披露目! バケーション。どうぞ!」
 選抜センターの石黒麗奈さんの紹介で、うちらは舞台のカミシモから11人づつ出て、バケーションをかました!
 舞台のリハは一回しかでけへんかったさかい、ぶつかったり、イントロの間にフォーメーション整えたり、はっきり言うてドンクサイ。
 せやけど、歌と踊りは二日で仕上げたとは思われへんぐらいにイカシテタ!
 衣装は急にお揃いは間に合えへんので、親会社のユニオシ興行の衣装部から借りてきたオールディーズの衣装。衣装さんの工夫で、ブラウスとスカートが半々の割合で揃てる。それをいろいろ組み合わせてバリエーションを工夫。スカーフは首に、それぞれの工夫で巻いて、バラバラの中にも統一感。
 曲はオールディーズの代表曲なんで、たいていのお客さんもノリノリ。

 あっという間に一曲終わって、石黒さんのMCで全員が10秒ずつの自己アピール。

「河内音頭でオーディション通りました。八尾は高安の河内のネーチャン。佐藤明日香! 明日の香り! では明るく元気に河内音頭の一節を!」
「やられてたまるか! 一人10秒。日本橋は恵美須町。お電気娘のカヨさんこと白石佳代子で~す!」
 てな具合に続いて、ボロが出る直前の10分あまりで退場。

 一応観客席は湧いてた。せやけど、これは選抜の人らが作ってくれた空気に乗ってなんとか恥かかんで済ませられた程度やと思てた。

 ところが、新聞の評は好意的やった。ネットで、スポーツ新聞とか見てみると、三面のトップとはいかへんけど、各紙とも三段ぐらいのコラムで書いてくれてて、さっきの「もぎたてレモン」やら「異色の6期生デビュー!」とか書いてくれてた。
「そや、ブログや!」
 うちらは、研究生になった時から、ブログのソフトを渡されて毎日更新してる。MNBやったら仰山アクセスがある思てたけど、まだ顔も見たことない研究生へのアクセスは少のうて、日に300ほどやったけど、昨日は1000件を超えた。

 コメントが20件ほど着てて「明日香の河内音頭が聞いてみたい」いう書き込みが多かった。

 動画サイトで河内音頭を撮って、さっそく流そ思て、美枝、ゆかり、麻友の三人にメール。いきつけのカラオケ屋で動画を撮ってYoutubeでアップロード。ほんまは、そのままカラオケ屋で遊んでたかったけど、夏休みは午後からみっちりレッスン。
「かんにん、また今度!」

 で、スタジオに行ったら、夏木先生に怒られた……。
 
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小悪魔マユの魔法日記・45『フェアリーテール・19』

2019-09-26 06:23:19 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・45
『フェアリーテール・19』  

 
 
 巨大な渦に巻き込まれていくボートのようだった……。

 実際、ストローハットはボートになって、クルクル回っていた。たったいま渦巻きから出てきたように。
 マユは小悪魔で、ミファは港町の子なので、二人ともボートに酔うことはなかった。
 しかし、様子が分かるのには、少し時間がかかった。

 海は、荒れている。まるで海そのものが興奮しているようだ。

 背丈ほどの波が絶えずわき起こり、マユには海の妖精たちが、なにかおもしろいことを見つけて騒いでいるように思えた。
「低気圧が過ぎたところみたい。ほら、波は、まだ騒いでいるけど、空は青いよ」
 ミファが、港町の子らしく解説した。
「こういうときは、いい獲物がかかりやすいんだ……」
 ミファが、そう続けたとき、波間に、チラッと他のボートが見えた。
「あ、あれは……」
「サンチャゴじいちゃんのボートだわ」
「よく分かったわね」
 ミファが感心した。
「だって、ここは、サンチャゴじいちゃんの夢の中だもの」
「え……そうなの!?」
「見たいと言ったのは、ミファの方だよ」
「夢って、こんなにリアルなものなの……潮の香りも、海の感覚も本物だよ」
「……それだけ、サンチャゴじいちゃんの想いが真剣だってことよ」

 波間に見えるサンチャゴじいちゃんは格闘していた。

 リールを巻いては緩め、呼吸を整え、獲物のそれに合わせた。時にサンチャゴじいちゃんは体ごと海に引きずり込まれそうになるが、必死でふんばった。負けそうになるとリール空回りさせ、釣り糸を伸ばす。
 伸ばして、獲物が一瞬力を抜いた時に思いっきりふんばって、リールを巻き、伸ばした二割り増しぐらいに引き戻す。時には、獲物の力が勝って、逆に二割ほど持って行かれることもあった。
 そんなことを何十編もくりかえし、瞬間、サンチャゴじいちゃんが渾身の力でふんばったとき、そいつは海の上に躍り上がるように姿を現した。
 ドッパーーーン!!
 マユの背丈の五倍もありそうなカジキマグロだ。

「じいちゃん、がんばれ!」
 ミファが思わず声をかけた。
「ここは夢の中なんだ。言っても聞こえないわよ」
「でも、でも、サンチャゴじいちゃん、あんなにがんばってんのに……!」
「だから、夢だって。あんまり入り込みすぎると、夢の中から出られなくなっちゃうよ」
「う、うん……」

 それから何時間たっただろうか、ようやく、サンチャゴじいちゃんは獲物を船縁までたぐり寄せ、モリでトドメを刺した。マユとミファも、ボートの船底に尻餅をついてしまった。

「く、くそ……こんな時に、あいつが居てくれたら」
 獲物のカジキマグロは大きすぎて、ボートに引き上げることができない。サンチャゴじいちゃんは、仕方なく船縁に獲物をくくりつけた。

「あいつって、だれ?」
「……少年」
「少年?」
「あたしたちの仲間。いつもサンチャゴじいちゃんのボートに乗っていた」
「今日はいないの?」
「……親が反対していたから。サンチャゴじいちゃんは大物狙いで、坊主で帰ってくることが多くて、稼ぎにならないって、親が反対してたんだ……これは、じいちゃんの最後の漁なんだ」
「最後の漁って……」
「このままじゃ、終わらないよ……」

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