🍑・MOMOTO・🍑デブだって彼女が欲しい!
22『子どもスイッチ』
「……もう満開なんだ」
横を歩いている桜子が、ポツリと言った。
「ほんとだ……」
「感動のない言い方ね……」
八瀬の家からの帰り道、思い立って国富川の土手道を歩いている。土手道の梅が満開になっていたのだ。
思い立ったと言っても、どちらかが提案して「そうしよう」と言ったわけではない。気障な言い方をすれば阿吽の呼吸だ。お互いの歩調や視線の向きを察して、ちょっと遠回りになる土手道に来た。考えて見たら、子どものころ駆けっこをしたコースだ。あのころは、桜子は、いつもドンケツだった。
「……妻鹿さんて、亡くなっていたのね」
「うん、だから、妻鹿さんの代で演劇部潰れたんだな」
八瀬は二日かけて『最新の鞄やろー!』の言葉を残した妻鹿というおデブのことを調べていた。
『最新の鞄やろー!』というナゾは『審査員のバカヤロー!』という意味だった。
狭い主観と思い込みで「作品に血が通っていない、思考回路、行動原理が、高校生のそれではない」と切り捨てられた不満……というよりは、情けなさと、高校演劇への危機感の発露であるように思えた。
「想像だけど、はっきり『審査員のバカヤロー!』とは言えない状況だったんだろうな」
「そうでしょうね……もう、うちの県で残ってる演劇部って20校切ってるのよね」
「もう隣接の県と合同でなきゃ、コンクールもできないってか」
この情報は、八瀬が調べてくれた。妻鹿さんは、そういうことを見越して想いを残していた。高校演劇という言葉はハイスクールドラマと置き換えられていたので、ネットの中で埋もれていたということだった。
「素敵な人ね、妻鹿さんて……あたしも、あのころの妻鹿さんと同じ二年生だけど、あんなにエキセントリックな生き方はできないなあ」
「デブでも?」
「うん……て、桃斗のデブを許してるわけじやないからね。今の桃斗見てると友だち以上には戻れないよ……傷ついた?」
「デブだって、デリケートなんだぞ」
「ハハハ」
桜子が遠慮なく笑う。梅の並木が途切れ、まだ蕾も硬い桜の並木にさしかかる。
「今年の桜は早そうだな」
「追いつけない……」
笑顔を萎ませて桜子が呟く。春からの転校しなければならない運命を受け入れかねているのが分かる。桜子も懸命なんだ。
「そうだよ、桜子は、いつもドンケツだった!」
「なによ、小学校のころでしょ!」
「さて、どうかな?」
「よし、じゃあ走ってみよう!」
「い、今か!?」
「そうよ、思い知らせてやる!」
そういうと、桜子は陸上選手のように、スタートの姿勢をとった。
「よーい……ドン!」
オレも桜子も子どもスイッチが入って、鬼のように走った。
デブの割には体力は落ちていない、50メートルほどはいい勝負だ……と、思ったら。
「ここから本気よ!」
桜子がダッシュ! そうはさせじと速度を上げたところで、二人の足が絡んだ。
「「ウワッ!!」」
景色が回転して、土手を絡みながら転げ落ちた。
身体の下の柔らかい感触で気が付いた。桜子に重なるようにして土手の下まで転げ落ちていた。
「おい、桜子!」
「う~ん……」
一声唸って、桜子の意識がもどった。
「だいじょうぶか?」
「もう……死ぬかと思った! なんとかしなさいよ! クソデブ!」
デブの上にクソを付けることはないだろう……。
🍑・主な登場人物
百戸 桃斗……体重110キロの高校生
百戸 佐江……桃斗の母、桃斗を連れて十六年前に信二と再婚
百戸 信二……桃斗の父、母とは再婚なので、桃斗と血の繋がりは無い
百戸 桃 ……信二と佐江の間に生まれた、桃斗の妹 去年の春に死んでいる
百戸 信子……桃斗の祖母 信二の母
八瀬 竜馬……桃斗の親友
外村 桜子……桃斗の元カノ 桃斗が90キロを超えた時に絶交を言い渡した