劇団北斗星の芝居はマチネーだったので、劇場を出ても日は高かった。
「半端な時間やけど、飯でも食うか?」
「うん!」
元気よく返事をしたところで、拓馬のスマホが鳴った。
「祖父ちゃん、なに?」
電話は、拓馬の祖父からだ。拓馬の目が真剣になったので間合いを取った。
「……うん、うん、そらかめへんねん……今すぐ帰るから、気にしいな。ほんなら……ごめん里奈、用事ができてしもた」
「お祖父さん、具合が悪いんじゃないの?」
思わず深入りした物言いになる。
「え、うん。電話できるぐらいやから、大したことはないと思うんやけど……じゃ、ごめん。またな」
大したことだったんだろう、拓馬は、その場でタクシーを掴まえて行ってしまった。
さよならも言えなかった。なにか言葉をかけようとして、その言葉を探しているうちに拓馬は行ってしまった。
「ハアーーーーーーーー」
長いため息を一つついて、地下鉄の駅に向かう。
ついさっきまでは空腹だったお腹が重い。もう真っ直ぐ帰ろう。
しけた顔で帰るのがやなんで、鶴橋で降りて歩く。
自販機の前、腰に左手を当てて、グビグビと缶コーヒーを飲んでいる法被姿のオッサンが目に入る。
どうして男というのは腰に手を当てて飲むんだろう……おっかしい……心が、少しだけほぐれる。
「お、アンティーク葛城の里奈ちゃん!」
オッサンが振り返り、気安く言葉を掛けてきた。
「あ……」
法被の襟に『デトロイト靴店』のロゴ。あの万年閉店セールの靴屋さんだ。
「おおきに、うちのハイカットスニーカー履いてくれてるんやね」
目ざとく、オジサンは靴に目を停める。
「憶えていてくれたんですか?」
「忘れるかいな。こんなにハイカットスニーカーが似合うベッピンさんは、めったに居てへんからね」
「ハハハ、うまいんだ。お世辞でも嬉しい」
「ちゃうちゃう、お世辞やないで。街猫まもり隊のオバチャンらも言うてる」
「え、小母さんたちが?」
「せや、猫田さんなんか、あんな子が孫やったらええにになあて、ため息ついてたよ」
「またまたあ」
「いや、ほんま。またお似合いのパンプスとかあるから、店の方にも来てね。ほな、仕事やから、またね!」
オジサンは四車線の道路を軽々と渡って店に戻っていった。翻った法被の下に名札が見え、オジサンが福田さんであることが知れる。
「憶えておこう。あたしの名前覚えていてくれたんだから」
福田さんのお蔭で軽くなった心は、電柱一本分向こうに見えてきたアンティーク葛城、その店先に出てきた男の姿にふたたび重くなった。
まるで、いきなり鉄の塊を落とされたようなショック!
反射的に、すぐ横の路地に入り、男が通るのをやり過ごす。
――どうして……!?――
「……ただいま」
「あ……おかえり」
「おかえり……」
伯父さんも、おばさんもよそよそしい……思い切って聞いた。
「来てなかった?…………お父さん?」
伯父さんもおばさんも固まってしまった。