オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
94『こういうのどう思う?』
主人公は、沢村さん、あなたがおやんなさい!
八重桜……敷島先生はドラマのような大きくキビキビした声で言うもんだから図書室中の注目が集まった。
で、わたしとアメリカ人コンビ以外は、好意的な眼差しを向けてきた。
「それ良いわよ! 千歳は色白で可愛いからうってつけよ!」
「せやな! 腹減った時の千歳て、なんや儚げで、つう(鶴が恩返しで変身した女)が千羽織織り終えた時の疲れた感じにピッタリや!」
須磨先輩と啓介先輩が熱烈賛同!
ミリーとミッキーは『夕鶴』を知らないのでキョトンとしている。
「じゃ、沢村さん、本番の日は食事の量を減らしてもらわなくちゃね」
「え、えと……」
「沢村さんが主役を張ってくれたら、文化祭は感動の渦よ! 他のクラブもタイアップしてもらって、装置は美術部、音響は放送部、そうだ、間にコーラス部の挿入歌とか入れてもいいわね! うん、きっと文化祭の目玉になるわよ!」
敷島先生は、構想が膨らんでしまって、自分が主役のように目をキラキラさせた。
みんなも「それはアイデアだ!」「いまから楽しみ!」とか言い出す。
敷島先生は好きじゃないけど、こういう生徒を引っ張っていく力は、やっぱ先生なんだと思う。
でも、わたしは違和感があった。
「か、考えさせてください」
そう言うのが精いっぱいだった。
わたしが主役をやったら感動の渦……この言葉に抵抗があった。
引っ込み思案の言い訳もあるんだけど、それを差っ引いても残ってしまう嫌なものがある。
子どものころピーマンが大嫌いで、どんなに小さく刻んで分からなくされてもピーマンのエッセンスは分かってしまった。
あれに似ている。
わたしが主役、その「わたし」の成分はなんなんだろう。
先生は「沢村さん」としか言わなかったけど、言わないところに意味を感じてしまう。
足がこんなだから、舞台に立ったら……て、立つことなんかできない。座りっぱなしか車いすでなきゃ舞台には出れないよ。
つまり、どうやっても――脚の不自由な――身体障がいの――という枕詞の付いた姿になってしまう。
「考えすぎなんじゃないかなあ」
夕食の片づけをしながら話したら、ビール片手のお姉ちゃんが言った。
お姉ちゃんは食事の準備はするけど片付けはしない。
さっさとビール出してソファーの上で胡坐をかいている。
むろん流しに食器を持っていくところまではやるけど、ほっとくと三日でもシンクにほったらかし。
そういうのヤダから、同居をはじめて一週間もするとわたしの仕事になった。
「こういうのどう思う?」
食器を洗い終わってリビングに戻ると、お姉ちゃんがタブレットを見せた。
「ん? ああ、24時間テレビ……こういう人が頑張ってますって企画ね」
遠まわしに言った。要は障がい者が登山したり車いすマラソンしたりの感動コーナー……わたしは観ないけどね。
「こういうの感動ポルノって言うんだよ」
「感動ポルノ?」
「演出が入ってるし、ワザとらしいでしょ。それに『障がい者は健常者に感動を与えるための道具じゃない』という考え方」
「うん、分かる。障がい持ってる人は、自分から進んでは観ないわよ、こういうのは」
「でもね、学校の文化祭くらいは違うと思うの」
「どういうふうに?」
「学校って、ま、身内じゃない。喋ったことが無くても沢村千歳という一年生が居るというのは知ってるわけじゃない、ま、その身内がやってますってノリでもいいんじゃないかとも思う」
「どっちが言いたいのか分からないよ」
「わたしは送り迎えに見るレベルでしか空堀高校知らないからさ、それ以上断定的なことは言えないよ。ま、そういうこと知ったうえで自分で考えるのね」
「いっしょに考えてよ」
「やだ、これからまだ飲むんだから、むつかしい話はここまで……」
「もー、このごろ飲みすぎだよ……って」
返事を待っていたら、この酔っぱらいはスイッチが切れたように寝息を立てていた。