大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・アーケード・4《花屋のあーちゃん》

2018-02-28 16:38:52 | 小説

・4
《花屋のあーちゃん》



 フラワーショップ花のあやめは、二日たっても腰が痛い。

「ウーン……」と唸ってしまって、あやめは自分がお婆ちゃんになってしまったような気になった。

 おとついは、アーケーズ前列の左端に居た。白虎フェスタを盛り上げたくて、9人のメンバーは歌にもダンスにも熱が入ってしまい、フォーメーションが膨らんでしまって『365日のお買い物』のツーコーラス目のスピンで危うくステージから落ちそうになった。
「ウグッ」人知れず唸り声をあげ腰を捻ってバランスを取った。で、なんとか転落は免れた。

 その場はなんともなかったが、昨日から腰が痛み始めた。

「あーちゃん、薮井さんとこ行って来たら」
 中学校に納品する花を切りそろえながら姉の桔梗が言った。
「やだよ、大したことないし」
 薮井医院は町医者としては珍しく内科・小児科の他に整形外科を兼ねている。江戸の昔から城下町の町医だったのでオールマイティーなのだ。

 ただ去年から息子の健一が大学病院から戻ってきたのが商店街のジュニアたちには問題なのだ。

 健一は「けんちゃん」とか「けんにい」とか呼ばれ、白虎通り商店街では西慶寺の諦観と並んで、われらのお兄ちゃんというべき存在だった。高校大学とラグビーをやっていた健一は、それだけでも文武両道なのだが、全日本ラグビーで五郎丸歩が脚光を浴びてからは「ソックリ!」という噂がたって、ローカルテレビが取材に来たほどである。

 腰の痛みなら診療用のベッドにうつ伏せにされ、けんにいの手で触診される。

 正直言って、左の股関節にも痛みがある。
 むかし母が腰を痛めて診てもらうのに付き添ったことがる。けんにいの父である大先生が診てくれた。あの時の触診を見ているので、あやめは絶対に薮井医院には行きたくない。で、あやめは順慶道を跨いだ商店街の西の畑中薬局に向かった。
「すみませーん」
「お、あーちゃんじゃないの」
 店主の梅子ばあちゃんが明るく声をかけてくれる。
「えーと……」
「あー、腰を痛めたんだね、おとついがんばってたもんね。どれどれ……」
 商店街の年寄りはお見通しだ。調剤室にあやめを上げて、秘伝の湿布を貼ってくれた。
 赤ん坊のころから世話になっているので、パンツをずり下ろして湿布を貼ってもらっても平気だ。
「これで痛みはひくけど、薮井さんのとこで診てもらったほうがいいよ」
 三日分の湿布を渡しながら梅子婆ちゃんは忠告する。
「うん、ありがとう」

 店に帰ると「ごめん、中学校から電話があったの、あやめ行ってきて」と桔梗から頼まれた。

「え~やだよ」
「チョイチョイと形整えるだけだから。あたしもお父さんお母さんもお店があるから」
 自分しかいないことは分かっている。入学式や始業式が立て込む今日明日は、フラワーショップ花は忙しい。店番に姉の桔梗と母は欠かせないし、父には配達がある。あやめは口を尖らせただけで中学に行くことにした。
 商店街のジュニアたちは、家の仕事と言われれば逆らえない。いちおうプータレてはみるが、そこまでだ。
 良くも悪くも、白虎通り商店街には昔ながらの繋がりが、家庭にも地域にも濃厚に残っている。

「中学校からだって言い方がずるいよね……」
 グチりながら中学校の正門を潜る。
「あ、咲花さん。講堂の方に行って」
 職員室で会った元担任は入学式の準備をしながら指示をした。「咲花」のイントネーションが在学中と微妙に違う。在学中は苗字としての「咲花」だったが、今の言い方はフラワーショップ花の昔の屋号『咲花』のそれであった。

「あ~~~~」

 ため息をつきながら講堂に向かう。講堂では明日の入学式に向けての準備の真っ最中で、教頭の水野が腹を抱えながら……と言っても笑っているわけではない。この人の癖で、タップリでっぱたお腹を支えるように手をあてがっている。よく見ると両手はベルトを握っていて、大きな声を出してズボンがずり下がるのを予防しているのだ。
「あのう……」
 おずおずと声を掛けると、ゼンマイ仕掛けのように水野教頭は振り返った。
「おう、咲花の!」
 またしても屋号のイントネーションで呼ばれる。
「すまん、壇上の生け花、もうちょっと様子よくしてくれ」
「あ、はい……」
 

 一礼して壇上に上がる。

 壇上の壺活けの花は綺麗に活けられている。昨日姉の桔梗が配達して活けていったものである。特に問題はないが、桔梗の癖で、やや派手だ。
――問題ってほどじゃないんだけどなあ――
 そうは思うが、注文主の意向には逆らえない。あやめ自信美華流華道師範の腕を持っている。ほんの3分ほどで、思い切り古典的な活け方に直した。あまり早くやってしまっては軽々しいので、さらに10分以上かけて直しているふりをする。

「できました。いかがでしょう?」
「おう、これこれ。穏やかに控えているような佇まいがいいね。ごくろうさん」
「ありがとうございます。では、これで……」
 帰ろうとしたところ、声がかかる。
「まあ、お礼に持って行ってくれ」

――あっちゃ~~~~~~――

 あやめは教頭からもらったドテカボチャを担いで帰路に着いた。このカボチャを恐れて桔梗は妹に振ったのだ。
 水野教頭の家は代々相賀家の家老の家で、江戸時代の飢饉をカボチャで乗り切った伝説がある。明治になってからは農学博士として有名になり、相賀名物の相賀カボチャを開発した。
 で、水野家では、人への(特に目下の)慰労には、この相賀カボチャを使うことが慣わしになっている。
「これ、5キロはあるわよね……」

 そうして商店街の東口に差し掛かったとき、にわかに腰にきた。

「う、う~~~~~~~~~~~~~~ん!!!」
 あやめはカボチャを抱えたままへばってしまった。で、へばった場所がよくなかった。
「けん兄ちゃん、たいへん、花屋のあーちゃんが!」
 ちょうど医院から出てきた肉屋の遼太郎が医院の奥に呼ばわった。あやめは待合室のご近所の人たちに担がれて診察室に運ばれた。
「湿布だけで安心しちゃだめじゃないか。よし、すぐに楽にしてやるからな」
 けんにいに向かって「ノー」は言えない。さんざ触診されて、腰とお尻にブットイ注射をされてしまった。

 あやめは声を掛けた肉屋の遼太郎とは、しばらく口をきかなかった。 


※ アーケード(白虎通り商店街の幼なじみたち) アーケードの西側からの順 こざねを除いて同い年

 岩見   甲(こうちゃん)    鎧屋の息子 甲冑師岩見甲太郎の息子

 岩見 こざね(こざねちゃん)   鎧屋の娘 甲の妹

 沓脱  文香(ふーちゃん)    近江屋靴店の娘

 室井 遼太郎(りょうちゃん)   室井精肉店の息子

 百地  芽衣(めいちゃん)    喫茶ロンドンの孫娘

 上野 みなみ(みーちゃん)    上野家具店の娘

 咲花 あやめ(あーちゃん)    フラワーショップ花の娘

 藤谷  花子(はなちゃん)    西慶寺の娘


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