大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・134『ごりょうさん奇談・2』

2020-03-29 13:43:51 | ノベル

せやさかい・134

『ごりょうさん奇談・2』         

                    ※ 堺では仁徳天皇陵のことを「ごりょうさん」とよびます。

 

 

 

 え………………………………………………………?

 

 丸保山古墳の傍まで来ると、にわかに霧が立ち込めてきて数メートル先も見えへんようになってきた。

 朝と言うても、もう九時は回ってる。こんな時間に霧がかかったりするんやろか……?

 不思議に思いながらも、危ないので自転車を下りて押して歩く。

 自転車を押す手にパシパシと手応え……あれ、アスファルトと違う。

 いつの間にか土の道になって、タイヤが砂を噛む音がしてる。意識すると靴の底の感触も違う。

 土の地面て、学校のグラウンドか公園の中くらいしかあれへん。

 ボサーっとしてて、どこか人さんの敷地にでも迷い込んでしもたんやろか?

 

 立ち止まって、周囲を見渡すと、ちょっとずつ霧が晴れてくる。

 

 え?

 丸保山古墳のシルエットが見えてきて、その次にごりょうさんの山みたいな姿もおぼろに浮かんでくる。

 で、二つの古墳以外のものが何も見えへん。

 というか、なんにも無い。

 足元は、自分が居てるとこが教室くらいの広さで見えるだけで、地面に残ってる霧に隠れて、その先は窺い知れへん。

 さくら……さくら……

 霧の中から『さくら』と呼ぶ声がする。

 この霧の中、花見に来て、お目当ての桜が見えへんのでボヤいてる……のんか。ひょっとして、あたしの名前?

 ちょっと怖い。

『さくら……お前のことだよ、さくら』

 はっきり聞こえたかと思うと、お堀に面したとこの霧がサーーっと晴れて、馬を曳いた男の人が現れた。

「あ、え、わたしのことですか?」

「そう、さくらのことだよ」

 その人は『まんが日本の歴史』の第二巻くらいに出てきそうな風体をしてる。髪を角髪(みずら)に結って、生成りのツーピースみたいなんを着てる。

 上着はダボッとしてて、腰のとこで帯みたいなんで締めてる。ズボンはダボッとしてて、膝のとこでくくって、毛皮のブーツみたいなんを履いてる。

 髭を生やして、真っ直ぐな刀を下げてて、ほんまに『まんが日本の歴史』のコスプレや。

「すまん、ここまで来て馬が動かなくなってしまった。道を急いでいるのだが、これでは間に合わない。少しの間でいい、さくらの馬を貸してくれないか」

「馬?」

「さくらが曳いている、それだよ」

 え、自転車のこと?

「そうだ、すまんな」

 そう言うと、その人は、あたしの自転車に跨って霧の向こうに走り去ってしもた。

 

「ええと……」

 

 呆然としてると、馬が顔を寄せてくる。

「あたし、馬になんか乗られへんよ……」

 そう言うと、馬は器用に姿勢を低くして『早く乗りな』という顔をする。

「だ、だいじょうぶ?」

 おっかなびっくりで跨ると、馬はゆっくり歩きだした。

「え、あの人のこと待たんでもええのん?」

 馬は応えずに、ポックリポックリと霧の中を歩いて行く。

 

 しばらく行くと、ようやく霧は晴れ渡って、うちの山門の前に着いた。

 

 よっこらしょ……。

 おばちゃんに、どない言お……霧の中で、古代のコスプレおじさんに自転車貸してやったら、こないなってしもた。

 ぜったい信じてもらわれへん。

 え?

 なんと、馬が腰の高さほどの馬の埴輪に変わってしもた!

 怖くなって山門の中に駆けこんで、ちょうど本堂から出てきたテイ兄ちゃんと出くわす。

「どないしたんや、目が泳いでるで」

「え、いや、せやさかいに、せやさかいにね」

 アタフタと説明すると、テイ兄ちゃんは山門の外を指さした。

「自転車やったら、山門の前に停めたあるやんか」

「え、ええ!?」

 今の今まで馬の埴輪があったとこに自転車が停まってる。

 

 キツネにつままれたような気持ちで自転車を片付けると、スマホがメールの着信音。

 

「え、うそ!?」

 なんと、頼子さんから。

 

―― いま、関空に到着。これから二週間の隔離生活に入ります ――

 

 

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戯曲:シャボン玉創立記念日・2

2020-03-29 06:50:59 | 戯曲
シャボン玉創立記念日・2     
                   大橋むつお
 
※ 無料上演の場合上演料は頂きません。最終回のところに連絡先を記しておきますので、上演許可はとるようにしてください。
 
 
時・ 現代ある年の秋
所・ 町野中学校
人物・
岸本夏子   中三
水本あき   中三
池島令    町野中の卒業生歌手
池島泉    令の娘、十七、八歳
 
 
 手を振る令、拍手。フェードアウトして拍手はチャイムに置き換わって、放課後の学校の環境音が加わり明るくなる。あきが硬い表情、早足で花道(客席通路)を通って学校を出ようとしている。夏子が、それを追い、舞台上で追いつく。
 
 
夏子: あき、あき、ちょっと待ってよ、待ってったらあき!
あき: なに? 悪いけど、わたし急いでるから。
夏子: 待ってよ、大事な話なんだから。
あき: じゃ手短に……
夏子: あき、進路変えるんだろ!?
あき: 誰に?
夏子: 誰に……?
あき: 誰に聞いたの? 担任の上原……生徒の秘密しゃべるなんて最低だ!
夏子: 違うよ。わたしの勘。あき、むつかしい顔して相談室、先生といっしょに入ったろ。出てきたら上原先生までむつかしい顔してて、一言「考えなおせよ」、それ無視して行ったよね。
あき: 立ち聞きしてたの?
夏子: 違うよ、式典の司会やったから、令さんがお帰りになる前に挨拶しとこうと思って校長室へ……三分も居なかった。令さんを車まで送ろうと思って校長室を出たら、ちょうどあきと上原先生とが出てくるところで……あき、廊下で令さんの娘さんとぶつかったのも憶えてないだろ? むっとしてたよ。
あき: え、令さんが?!
夏子: バカ、娘さんの方だよ。わたしがかわりに謝っといた。
あき: ありがとう……でも……
夏子: わたし、その場で上原先生に聞いたの。「あき、進路変えるんですか?」って。
あき: 聞く方も聞く方だけど、しゃべる方もしゃべる方だ!
夏子: バカ、「人の問題に首をつっこむな!」上原先生は、そう言って職員室へ行ったよ。それだけでわかったよ。そしてわたしが追いかけてきたってわけよ。
あき: わたし、もう決めちゃったから。
夏子: 杉の森やめて明野に変えるんだろ?
あき: ……
夏子: 公立で音楽科もってるのは杉の森しかないんだろ? 競争率高いけど、そのために十分勉強したし、準備もしたじゃないか。わたしなんか、将来わかんないから地元の明野だけど、あきは声楽目指すって一年の時から決めてたじゃないか。
あき: だって……
夏子: だってもあさってもない!
あき: 夏子……
夏子: こんな言い方したら失礼だけど、音大とか芸大とか……個人レッスンうけなきゃムリだろ、うちもあきんとこもそれほどブルジョワじゃないし……公立の杉の森の音楽科でしぼってもらうのが一番の安上がり……なんだろ?
あき: 令さんの「シャボン玉」を聞いたろ?
夏子: う、うん……
あき: 圧倒されちゃった……
夏子: あ、アハハハハ……
あき: 何よ?
夏子: あれ聞いてやめようと思ったわけ? ハハ、当然といやあ当然だけど。令さんプロだよ、童顔に見えてるけど、あの道二十年のベテラン。それが、余裕のヨッチャンで歌った童謡だよ、びっくりするほど上手くてあたりまえ。
あき: 違うよ。たしかに、ジャズシンガーで鳴らした池島令が、「シャボン玉」だもん、ズッコケちゃって、驚いて、最後しびれた……
夏子: それ、学校の陰謀。池島令って言やあうちの卒業生で一番有名じゃん。でも中村正太って卒業生の県会議員たてなきゃならないんだって、県の文教委員とかやっててソリャクにはあつかえないって、だから割当時間が二十五分、それも五分オーバー。それで令さん急きょ一曲減らして、「シャボン玉」だけにしたんだって。でも聴かせるよねえ……歌もいいし、話もいいし。シャボン玉が、夢とか希望とか……考えたらそうだよね、毎日、いろんなものに興味持ってさ。好きになった男の子……へへ一日に三人くらいは、いいなって思ったりするもんね。
あき: そんなに?!
夏子: 素敵って思うだけだよ。ウインドショッピングみたいなもんよ。次のお店のショーウインド見たら、もう前のお店のことなんか忘れてる、そういうこと、うまく表現してるって思った。
あき: 令さん、こうも言ったんだよ。「楽そう、近くにあるから、お手頃だから、友だちもやってるから……そういうのはダメ!」
夏子: だからなによ?
あき: わたし……動機が不純だから……
夏子: 何が不純よ?
あき: だって……杉村君が……
夏子: え……杉村とけんかでもしたの?
あき: しないよ、けんかなんかするわけないでしょ!
夏子: 怒ることないでしょ、可能性として聞いただけなんだから。
あき: わたし、杉村君が受けるから杉の森うける気になってたの。そうでしょ、令さん言ってた、友だちもやってるからっていうのはダメだって、ガーンて空が落ちてきた感じ、今まできれいな星や虹だと思ってたものが、落ちてきた空に書いてあったペンキ絵みたいなもんだって言われた感じ。
夏子: 考えすぎだよそれ。
あき: ううん違う。前から感じてたの、同じコーラス部で、いっしょに歌えるのが好きだった……
夏子: そこは告白する前に何度も聞いた。とばして言って。
あき: ビデオじゃないから早まわしなんかできないよ。
夏子: じれったいって意味なの。
あき: ごめん……
夏子: 謝る暇あったらしゃべる!
あき: だから、二年の冬に彼が杉の森受けるって言ったとき、わたしも受けるって……三年の二学期には受験のため、クラブも引退、時々話はするけど。あいつ夢でいっぱいなんだ、大学の声楽部はどこそこがいいとか、将来はオペラのなんとかでかんとかしてみたいとか、わたしはただ杉村君と同じところに居たいから。そういうことが令さんの話聞いてたら、そういうことがいっぺんに頭の中をグルグル回っちゃって友だちがやってるから……って令さん言ったとき、わたし、令さんと目が合っちゃって、まるで心を読まれて、わたしに言われたみたいな気がして……
夏子: それで、まっすぐ上原先生のとこへ行ったんだ……わたし、最初保健室へ行ったんだよ、気分が悪いのかなあって思って。居なかったから、安心して校長室に挨拶に行ったら、ちょうど出入りのタイミングが適っちゃったってことよ……
あき: そうなんだ、ありがとう……でも、もう決めちゃったことだから(立ち去ろうとする)
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・84「イベントか!?」

2020-03-29 06:34:15 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)84

『イベントか!?』瀬戸内美晴     



 空堀商店街は西に向かって緩い下り坂になっている。

 商店街は道幅が狭く採光が悪いので、ちょっと薄暗い。

 この坂道を下って学校に至るので、登校時の憂鬱ということもあり、ちょっと凹む。
 逆に下校時は坂道を上る。
 下校の開放感と、谷町筋に向かって明るく開いた出口が坂の上に見えていることもあって素敵。
 多少いやなことがあっても、明日は良いことがあるかもとか思える。
 良いことがあると、もうちょっと良いことが続くんじゃないかと思わせてくれる。

 わたし達の前を薬局のオッチャン・オバチャンが谷町筋に向かっている。

 洗剤を買って、学校の話に花が咲いた。
 お二人は空堀高校の卒業生で、奥さんは絵里世(エリーゼ)という名前のドイツと日本のハーフだ。
 喋っている分には完璧に薬局のオバチャンなんだけど、こうやって歩く姿を見ていると、腰高にシャキッとした姿勢はアッパレ、ゲルマン人! わたしが洗剤を買った後、商店街の寄合があるというので、いっしょに店を出たんだ。
「良い感じの御夫婦だね……」
 坂道効果なのか、ミッキーはのぼせた感じで言う。なに頬っぺた赤くしてるのよ!

 オッチャンもオバチャンも、わたしたちを好意的に見てくれた。
 日米高校生の組み合わせが、男女の違いは逆なんだけど、自分たちの青春時代のロマンスと重なるところがある様子。
 でもって、ミッキーは、オッチャンオバチャンの好意に羽を付けて妄想たくましの様子。
「なによ、この手?」
「あ、ごめん」

 両手の荷物を左手にまとめ、空いた右手を肩に回してきやがった。

 ちょっとしたことなんだけど、許してしまえばズルズルになる。
 夕闇のゴールデンゲートブリッジを見下ろしながら迫って来た前科があるんだよね。
「じゃ、ここで。帰ってくるころには夕飯出来てるからね」
「やっぱ、ミハルといっしょに帰るよ」
「だめよ、領事館の用事は最優先で済ませておかなきゃ」
「でも、大そうな荷物だよ」
「食材以外はミッキーに任せるから、じゃね」
 食材のレジ袋だけをかっさらって、ちょうど青になった横断歩道を渡る。
 ホームステイ先が変わったので、ミッキーは領事館に手続きに行かなければならないのだ。同じ地下鉄に向かうんだけど上りと下りに分かれる。もっとも谷六駅のホームはアイランド型なので上りも下りも同じなんだけど「男には付いて来て欲しくないところに寄るの」と言って断ってある。
 
 信号渡り終えても背中に熱エネルギーを感じる。振り返ると案の定、ミッキーが子犬みたいな目で手を振っている。

 ハズいけど、邪険にもできず下げたままの左手をソヨソヨ振っておく。
 奴が地下鉄の昇降口に消えてホッとため息。
「待っへはわよ……」
 舌足らずが聞こえてきたと思ったら、角のたこ焼き屋さんからたこ焼き頬張ったままのミリーが出てきた。
「わたしたちもお供します~(o^―^o)ニコ」
 なんと軽やかに車いすを操作して千歳も現れ、それから……
「え、え……演劇部全員!?」

 演劇部は、わたしの料理講習をイベントにしてしまった!
 

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坂の上のアリスー34ー『カンテービョー?』

2020-03-29 06:22:59 | 不思議の国のアリス

坂の上のー34ー
『カンテービョー?』   



 

 三日目の今日は朝から神戸だ。

 夕べ、ガイドの放出(はなてん)さんが「神戸とか兵庫県を舞台にしたドラマをご存じですか?」と聞いてきたのがキッカケだ。

 今から思うと、うまい提案の仕方だった。

 神戸に行ってみませんか?――では俺たちは乗ってこなかっただろう。
 若干世間の高校生からズレたところがある俺たちだが、物事に関する関心は人並みだ。この暑い盛りに「あ、そう言えば、そういう街あったよな」という程度にしか神戸には関心がない。
 だから――神戸を舞台にした――と聞かれてもとっさには出てこない。
 二三分して「えと……『火垂るの墓』とか『少年H』とかでしょうか?」と、一子が答えた。
「そうですね」そう言っただけで放出さんはニコニコしている。
「あ……でも、それって夏休みの読書感想の課題図書みたいですね」
 そう、あまり心の琴線に触れるようなものではない。
「けっこう有るわよ」スマホを弄っていたすぴかが呟く。

 すぴかが示した画面には、神戸や、その周辺を舞台にしたドラマや映画や小説の一覧が出ていた。

 が……。

 心当たりがあるのは……『火垂るの墓』とか『少年H』ぐらいしかない。
「歌謡曲とかJポップとかでもジンクスがありましてね、神戸を舞台にした歌はヒットしないんですよ」
「え、そうなんですか?」Jポップには一家言ある綾香が検索し出した。
「ほんとにねーなあ……」真治も検索し出した。

 松任谷由実: タワーサイドメモリー もんた&ブラザーズ: KOBE 内山田洋とクールファイブ: そして神戸 なんかが出てきたが、俺たちが知っている曲は一つも無かった。

 そんなにつまらないところなのか……俺たちはマイナスの関心を持った。

 で、そんなにつまらないところなら一度見ておこう!
 なんとも神戸の人たちには申し訳ない動機で、俺たちは神戸に向かうことになったわけだ。

「まずは、ここから見て行きましょう」

 冷房の効いたボックスカーを出ると清々しいほどの暑さだ。
「中華料理のレストラン?」すぴかがボケたことを言うが、ボケとは言い切れない雰囲気があった。
 いかにも中国というような塀をめぐらせた門は、この中が立派な中華レストランであるような佇まいだ。
「本場の中華丼が食いたいなあ」
 真治が正直な反応をする。
「ここは関帝廟です」
 車を運ちゃんに任せてきた放出さんが正解を言う。だが、俺たちは初めて聞く名称だった。

「「「「「カンテービョー?」」」」」

 俺たちの不思議時計が動き始めた。


 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

 

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ここは世田谷豪徳寺・55《あかぎ奇譚・2》

2020-03-29 06:14:00 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・55(惣一編)
《あかぎ奇譚・2》   



 

 

「護衛艦カレーナンバー1グランプリ in よこすか」

 三面記事のコラムなどで、ご存じの方もおられるだろうが、わが「あかぎ」も無謀ながら参加した。
 15隻の艦艇から、各艦ご自慢のカレーの店を出し、お客さんの投票でトップを決めようという、市民との交流を主眼に置いたイベントであった。

 これに、なんと「あかぎ」の烹炊長がノってしまった。

「あかぎ」は、船こそ海自で最大最新の護衛艦であるが、それは護衛艦としての能力である。烹炊にかけては、古い艦の方に分がある。
 海自のカレーは旧海軍の伝統を引き継いだもので、その目的は、曜日感覚が鈍くなる海上勤務で、今日は何曜日か忘れないため、海自の各艦は、金曜日のメニューはカレーと決まっている。
 で、百年あまり続けていると、単なる習慣を超えて、ほとんど防衛機密。各艦で独自のレシピがあって、部外秘になっていることが多い。
 自然艦齢の古い艦ほど、磨きが掛かっていて、レストランで言うと、そこらへんのファミレスと、戦前から続く老舗ほどの違いがある。

「勝負はともかく、乗員の士気を高めるには、杉野君の結婚と同じくらい効果がある」

 艦長の決裁で決まってしまった。

 烹炊科のメンバー始め、乗組員はみな張り切ったが、オレはいやな予感がした。

――オレと杉野曹長はかり出される――

 杉野曹長のカミサンは某放送局の美人アナ。でもって、新婚。こないだの結婚式での元大和の乗り組みだったひいお祖父さんの話は、ネットでも流れ、アクセスはかなりのものがある。放送局が、これにのってこないわけが無い。
 それに、オレの妹は女優のタマゴ。つい先日『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の映画に脇役ながら主役の親友役として出ることが決まったことでもあり、その線からの脅威も排除できなかった。

「杉野君と、佐倉君も出てくれるね?」

 予想通り艦長は、命じてきた。

「なんで、こんなエプロンなんだよ!?」
「はあ、家内が、どうしても、これを付けろと言うものでありますから」
 早くも尻に敷かれた杉野曹長が、カレー色に「あかぎ」のロゴと、なぜか萌えキャラのプリントがされたエプロンを差し出した。

 この日ばかりは、岸壁やら沖に停泊した護衛艦は、ただの背景に過ぎなかった。なんと言っても百年の伝統のカレーである。カレーに関しては日本で一番古いのが海自である。開場一時間前には、長蛇の列が出来ていた。

 で、案の定、開場と同時にネットで面の割れた杉野曹長と、そして同じエプロンをした「あかぎ」のテント前に人が殺到した。むろん、その先頭は某放送局である。

「今日は『護衛艦カレーナンバー1グランプリ in よこすか』に来ております。こちらが自衛隊最新最大の護衛艦『あかぎ』のブースです」
 杉野曹長のカミサンであり、看板女子アナである彼女が語り始めると、吉本のタレントが、特徴のあるメガネをかけて、MCになってしまった。
「みなさん。この純子アナと杉野さんは、他人行儀な顔をしてますけど、つい先日ご結婚されたばかりです。今日のエプロンも純子アナのお手製とか。まあ……この胸の萌えキャラは『ガルパン』の西住みほじゃあーりませんか! これ、やっぱり奥さんの趣味ですか?」
「は、家内は陸と海の区別もつかんようで。でも、こういうことは家内まかせですので……」
「ハハ、どうやら『あかぎ』は中辛カレーのようです」
「こちらのイケメンの方が、何を隠そう、今売り出し中の女優佐倉さくらさんのお兄様です。こんにちは佐倉さん。今日は妹のさくらさんは?」
「は、あいつも何かと忙しいんで……」

「忙しいお仕事の一つが、今日の『護衛艦カレーナンバー1グランプリ in よこすか』のレポートです!」

 なんと、さくらが別のテレビクルーを連れてやってきた。
「今度『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』に出演させていただくことになりました。それを記念して、みんなで『フォーチュンクッキー』一発やっておこうと思います。むろん先頭は、わたしの兄の佐倉惣一三等海尉です。では、はりきっていきましょう!」

 放送局が、いつのまにか設置した機材から、大音量の「フォーチュンクッキー」。あっという間に数百人の踊りの輪になってしまった。さくらのやつは、オレが二尉に昇進したことを忘れててるし……。

 で、扱いこそ、大々的であったが、肝心のカレーは、某潜水艦にもっていかれてしまった。

 艦長の目論見通り、親睦と士気の高揚という目的は、オレの恥さらしという犠牲の上に成功裏に終わった。

 しかし、このほのぼのとした空気は、南西海域への出航任務で消し飛ぶことになる……。

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