ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

フレディ・ハバード

2007年10月29日 | レコードのお話

セミナーのあった横浜のホテルで、夕食のカレーライスにそれは出た。
まだ味わったことのない、想像を越えた味。
一枚の皿に盛った、橙色の魔術を思い出す。
トランペッターといえば、マイルスとC・ブラウンを最初に挙げるのだろうか、ただ上手いだけではなく、時代の風格や伝説まで演奏にまとって燻銀のタンノイは鳴る。
身長の高い客が「わたしはそれほど耳が良くありませんが、この真空管アンプは造ってどれほどになるのでしょう」と、言い残して去った数日あと、845アンプの後列の戦車用真空管がこと切れた。
久しぶりに「300Bアンプ」に灯を入れてみると、フレディ・ハバードを聴きたくなった。
カーティス・フラー、トミー・フラナガン、J・ギルモアts、A・ディビスb、L・ヘイズdsによる1962年ニューヨーク秋のスタジオ。
腕っぷし揃いのサウンドは、タンノイで距離を置いた小宇宙が展開される。
そのとき、あの横浜のカレーライスのことが浮かんだのが謎である。
セミナーの中心は『ジョハリの窓』についてすったもんだ、けっきょく、単一民族の日本では過度の開示はなじまないということで、あとが続かず打ち切りになったが、カレーの味だけは収穫であったと思う。
庭の柿の葉を掃き集めながら、ボブス・ブレイズの旋律を思い出し、またタンノイの前に戻った。


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テナー・マドネス

2007年10月20日 | レコードのお話
ガーランド(P)とチェンバース(b)とジョー・ジョーンズ(d)が隣りの広間に控えている。
タンノイは充分ウオーミング・アップされ、チラリと時計を見て、或る人物の登場を今や遅しと待ちかまえているところの、それは誰かな?
それが生涯にただ一度の共演といわれるロリンズとコルトレーンである。
楷書体のロリンズと草書体のコルトレーンが、1枚の紙に揮毫した1956年に立ち会う幸運に、ソワソワする。
たまたま姿を見せたコルトレーンが「一緒にやろう」とさそわれ、ロリンズと偶然にサクスを並べた録音をおおいに期待してプレステッジのモノラル盤に針を降ろすのだが、いかにタンノイのサウンドといえども、この演奏は分析するより、楽しむものである。
フィリー・ジョー・ジョーンズが、とくに2人のプレイを喜んで余裕綽々の演奏。
『サキソフォン・コロッサス』の1か月前に録音されたという『テナー・マドネス』を、現代の誰と誰にあてはめて、有り得ない組み合わせの対談を想像したらよいか。
という、べつの想像が浮かんだりしてジャズは。

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Swing Low, Sweet Cadillac

2007年10月18日 | 徒然の記
『タンノイ』に耳をかたむけ、薄いグラスでビールを飲む。
はるかミュンヘンの群雄割拠のビール王国を思い出つつ、日本のキ○ン・ザ・ゴールドを、飲んでいる。
このビールには当方だけ知っている薬効がある。

ガレスピーの『Swing Low, Sweet Cadillac』を聴きながら、ふと思い出した。
当方の住む町の、御近所のワニ皮サイフ長老が言った。
「あのぅ、この銀色の缶ビールだが、おたくで買ったものではないけれど、中身が入ってないのをどう思いますか」
ふむっ?大正時代の口頭試問だな。
それはまだ見たことがないほど、完全密封でいい仕事をしているカラッポの缶ビールだった。
商品としてより骨董的価値が高い。このまま持っていたほうが良い気もするが念のためメーカーに問い合わせましょう、と預かった。
陽射しのやけに眩しい日、銀色メーカー社員が押っ取り刀でやってきて、申された。
「原因はいま、調べさせていますが...これを」と、汗を拭いて代わりに出した缶は中身の入ったのが5本に増えている。
「ご近所の偉人の問い合わせだから...」と言うと、すかさず「では、私もご一緒にまいります...」
彼は軽く腰をあげて、スイングしている。
当方は、それを押しとどめ、念のためにその1本の味を冷やして診たのであった。
そういえば先日、長老の奥方が見えて、鰐皮の主は今イシの手術をしているそうだが。
ROYCE開店のとき、一番最初にやってきて、もぞもぞと赤い包みを開き、高麗老舗の『朝鮮人参』の箱の封を切って、ワシ掴みにわけてくれたひとである。

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海から見る陸奥国分寺と多賀城

2007年10月16日 | 歴史の革袋
松島で腹ごしらえもおえ、次にいよいよ隣町千二百年前の遺跡、大伴家持の多賀城跡と陸奥の国分寺跡をめざす。
海から帆船で入港したいところだが、古代の街並はすでにないので、車で中心部に乗り入れる。
多賀城遺跡は小高い丘陵に広がり、当時は海岸線も内陸に入り込んで、いまからは想像も出来ないような絶景が広がっていたようだ。
家持と芭蕉の旅をしのんで、歌枕に一時を過ごした。

☆スケッチは、想像図

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松島や

2007年10月15日 | 歴史の革袋
レコードの『右』回転を決めたのは、右利きの人である。
レコードが左巻きなら、逆に曲がったアームを、左指で盤に乗せることになったかな。
『バッチア・フィレン』を聴いて、秋の始めに旅をする。
船がゴン!ゴン!と唸りをあげ岸壁を離れたとき、後部デッキから海が見えた。
この松島にて、芭蕉も感激のあまり飽和したという未完の一句を、ぜひ、ひねりたいものだが、不穏な天候に大きく揺れるデッキで、小さな子が親にしがみついて泣きだしている。
海鳥の餌にエビ煎を売っていた乗務員が、見かねて飛んできて何か言っている。
もっと、のんびり舟遊びを期待していた当方は、ふと、浮き袋、救命胴衣を付近に捜す気分になったが、100人以上も乗っている客はイザというときどうするのか、発句どころではない。
そんなことはおかまいなしに、ガイド嬢のアナウンスは島々を結んで行く。
「松の1本生えたあの島は、舟遊びした伊達政宗が、庭に運んできた者には銭千貫を与える、と賞賛したセンガンジマ?でございます」
260あるという小島のあいだを縫って、海龍丸は進む。
ところで、歴史館に停めてきた車の駐車料金はどうなるのかな、ひるの弁当は?
「海の青と空の青や、観光客の放った餌に群れて、海鳥はきょうもさまよう」
芭蕉もたぶん、とり混み中につき、歌どころではなかった。

☆駐車場にビフィーターの姿はなかった。これはこれで臨機応変のビフィーター。
☆塩竃寄りの「ガ○ト」は駐車場が空いていた。席もゆったりと、これまでのところ穴場かな。

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三角地帯

2007年10月13日 | 巡礼者の記帳
JOE BURTON は上手い。
だが、次の仕事が控えている、ような中腰のタッチであるように聴こえる。
それもまた良いのだが、時代に合っていたのかマニア泣かせだ。

ROYCEに入ってきたその客は『ロジャース』という英国のスピーカーで鳴る自宅のジャズは「ぴしっとした音です」
と申されて、ひとすじ白い湯気のたちのぼるコーヒーを喫した。
ぽつりと、自宅は吉祥寺『メグ』の近所で、勤め先は四谷『いーぐる』の向かいであると、リトマス試験紙も真っ赤な話に涼しい顔だ。
......すると避暑地はイチノセキ。

めずらしく電話のあったS先生は「おや。魔の三角地帯、ですね」

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フォルクスワーゲンの客

2007年10月11日 | 巡礼者の記帳

秋田湯沢から登場したその客は『ソナス・ファベール』でジャズを聴いている。
「わたしの聴き方は、音楽が最初にあって、音は二の次です」ほんとうだろうか。
フィニアス・ニューボーンJrの『ハーレム・ブルース』が鳴っているとき、漠然と彼は言った。「ああ、これには、忘れられない思い出があります...」
レイ・ブラウンとエルヴィン・ジョーンズがリズム・セクションを固めるゴスペル風の桂曲が、悪かろうはずはない。いかなる御講評があるのか、期待して次の言葉を待った。
「東京のアパートに暮らしていたとき、部屋に帰るとレコードがきれいに盗まれていて、残っていたのはターンテーブルに載っていたこのレコードだけでした...」あまりの出来事であるが、取り乱す様子が見えないのは、もしや。
「いえいえ、盗まれるモノは、部屋にレコード程度しか無かったという生活で」
そうとうなジャズ好きの曲者を侵入させてしまったものだ。
「このあいだ思い立って家庭教師をやりました。それがうまく良い大学に入ってくれて、入学祝パーティの家に招かれ、彼とはじめて雑談をしたのですが、三島由紀夫が何者か、まったく知らなかったのです」
スイート・アンド・ラブリィのミゾに移った曲を聴きながら、もしまだ、三島由紀夫が生きていたらどうなのか、そのとき居合わせた3人は漠然と考え込んだ。

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BLUES-etteの客

2007年10月07日 | 巡礼者の記帳
音にも重さがある。
スピーカーから飛んでくる音の先端には、堅さがある。
装置から、音の飛び走るスピードに違いがある。
それらが音楽の姿を装って耳に届くところを、大勢の好事家が違いを受け止めて、膨大な時間と大金を贖ってきた。

夏の終わりの或る日登場したその客とは、三度ほど会っているが、これまでは何も話さない正体不明の人物である。
「JBL38センチウーハーを四本、自作の箱に入れています。高音のホーンレンズは、慎重に検討しスラントプレートは選びませんでした」
遠回しに何の事をいっているのか、当方にはピンときた。
ゆっくりと言葉を選んで話された内容から、おぼろげに装置の姿が浮かんでくるとき、それは左右に分離した重厚なスピードのある音が、こちらをめがけてビウーンと飛んできて、底なしに深いかたちのくっきりした低音がズバン!と風圧をともなって、レコードのポリエチレンシールがはためく様子が脳裡に浮かんだ。
ブルース・エットのジャケットをみとめたその客は、B面の『TWELVE-INCH』をぜひと言っている。当方が好むのはEVERYWHEREのほうであるけれど。
カーティス・フラーのトロンボーンとゴルソンのテナーが、T・FLANAGANとJ・GARRISON、ALのバッキングによって、タイトなブルースが心地よい。やはり、B面を寝かせていたひとには福がある。
「このレコードは、とてもカッティングが良いですね。ジャケットを見せてください」
それは仙台の「ベンツにゴム草履さん」から、ムリを言って譲っていただいたバンゲルダー刻印の因縁のレコードであった。
その客が、席を立ったとき、連れの人に聞いてみた。
その装置とやらは「いったい、どんな音?」
「いや....あそこの音は、別格です......」
それだけ聞けば、充分である。
いつか招待のある日を待つというのもうれしい。

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岩出山の客

2007年10月06日 | 巡礼者の記帳
「ガレージのうえに造ったオーディオの部屋です」
岩出山からふらりと足を止める客に「様子のわかる写真を」と、かねて希望していたが、何枚か撮ってきてくださった。
最初に購入したのがエレクタ・アマトールで、そうこうしているうちにもう一つ、大きな箱にウーハーの2つ装着されたトルボーイ型を手に入れた。
ゴールドムンドやマークレビンソンという豪華なアンプで音を響かせて、どちらも手放せない音になっているそうである。
ROYCEで、いただきものの『LA BOHEME』四幕セットを鳴らしたとき
「おっと、このあとはミミが登場して、帰れなくなるので...」とその客は腰を上げた。
ボヘミアンではなく、ビジネスに忙しい人である。

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ON THE SUNNY SIDE OF THE STREET

2007年10月01日 | 巡礼者の記帳
「もう87000キロも走りました」
大船渡から戻ったフラミンゴ氏は、車検前の新車のドアを開けるとメーターを指さした。
東北の港をあちこち飛び回って、荷受けの手配をしては、ちょっとひと休み。おかげで各地のジャズ喫茶に詳しい。
「昨日、カウンターで一緒だった得意先はバーボンが大好き。刺身の品書きを見て、良いバーボンは入っているかネ、というような人で、おねえちゃんも面食らうでしょう」
そのバーボン好きとは何年も顔を合わせていたのに、ジャズが大好きということを、なぜかこれまで話題にしなかったので、共にビックリした。
「ちょっとタンノイを写メールします」と申されてパチリ。
ジャズ喫茶のガイドブックを渡すと、知らなかったところが何軒もあったので、よーしという顔をして、8万7千キロの愛車は発進した。
帰りぎは、さっとジャケットを確認したのはサド・ジョーンズのコルネットで唄うMINE・JUNKO

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