ロイス ジャズ タンノイ

タンノイによるホイジンガ的ジャズの考察でございます。

直立猿人

2007年11月19日 | 諸子百家
タンノイヨークを『ラックスSQ-38FD』で鳴らしたことがあって、クラシック音楽ならそこでやめておけばよかったと後々思う円熟の世界が聴こえた。
マランツ#7のパネルにそっくりの飽きの来ないデザインとあいまって、プリとメインのワンパッケージされた芸術品である。
ところが目黒に、ヨークをマッキントッシュで鳴らすジャズ喫茶があり、なるほどねえという圧倒的にグラマラスな音がするのを聴いた。
一旦踏み出せば、パイオニアのM-4(A級トランジスタ)やマッキンC-26(トランジスタ)などを御迎えして、良いけれどなにかが足りないと思わせたのは38FDの音の記憶である。
ウエスギアンプとオースチンTVAによって、やっと38FDを越える音楽がきこえて、そんなことは翌日に気がついてもよかったのに、何年もかかったのがわからない。
聴くところの音楽がいろいろでLPの音質もさまざまで、一瀉千里の見通しがきかなかったのである。
ある深夜、アパートの廊下を引きずる不気味な音に驚いて首を突き出すと、それはチバ君だった。
「ちょっとこれから、星を見るから」と、なにやら大きな箱の一方を両手で曳いて言うのでついていった。
階段をゴトンゴトンと落とし、碑文谷の月夜の路上に天体望遠鏡を組み上げると、土星の輪というものを見た。
そのときはじめて、チバ君の何かが見えた気がした。
「一緒に食べよう」と、アンパンを買って来たりするおもしろい人だった。
ドーナツ盤の『直立猿人』を聴いたのはその頃で、ミンガスを、何か言ってみたかったが言葉が出なかった。



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トゥオネラの白鳥

2007年11月18日 | 徒然の記

どこかに忘れた憧れを呼び戻そうとする、静寂のなかに息づいている呼び声が聞こえてくるこの写真は、先日の客人がもってきてくださった作品の1枚だ。
当方も、伊豆沼に遠征したことがあって、はたしてこのようなシーンが、あの沼のどこにかくれていたのかと、びっくりした。
腕におぼえのある人々が、ちょっと刀の鍔をパチンと鳴らしてみせた感じが楽しい。
まだほかにも、大勢の腕利きのひとたちが控えているので、オーディオ装置だけではなく、絶景のフレームを見せていただきたいものだ。
ラックスの38FDというアンプでジャズを聴くこのドラマーは、カメラとスティックを自在に操って、あるときはロイスで控えめに珈琲を飲む。
この日は、棚から抜いてきたというソニー・スティットのアルバムを、写真と一緒に楽しませていただいた至福の一時。

☆わかりきったことを申すようなれど「白鳥の写真」についてこの一枚を選んだ感想を。絵は寒鴉枯木、歌は雪月花、ゲージツは真善美破。
この写真の「真理」は、左上の民家の灯りにあって、蕪村の「五月雨や大河を前に家二軒」とちがい一軒であるところ自然の闇と白鳥との関係に絶妙のバランスを見せる。「善」は三羽の鳥の物語る平安。「美」はめずらしい光の角度ともろもろのタイミングという、真善美のそなわった佳品と感服しました。
もし、家が3軒並んでいたら、黒沢明なら二軒をつぶすのではないでしょうか。



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バッハ、無伴奏チェロ組曲

2007年11月17日 | レコードのお話
銀座の小ホールにてバッハの「無伴奏チェロ・ソナタ」を聴いたのは、知人のチケットのピンチ・ヒッターであった。
彼は多摩川べりに住んで、テクニクスの三段に重なった当時最新理論の黒いスピーカーを早くも手に入れ、ぜひどうぞ聴きなさいと招いてくれて、いろいろな音楽をたのしませてくれた。
そのときご馳走になったのも、カレー・ライスである。
舌鋒鋭く、剣の流儀でいうとフェンシングのように突っ込んでくる彼は、ジャズを聴くかと思えば、チャイコフスキーのピアノ・コンチェルトを何枚も蒐めていた。
このような人の、ほどよく辿り着くスピーカーは、JBLでもアルテックでもタンノイでもないか、今どのスピーカーを鳴らしているか想像もつかない。
彼の代わりに、銀座に出向いて日本人チェリストのバッハを聴いた。
ホワイトハウスでケネディをまえに『鳥の歌』をひいたカザルスが、この曲を至高の演奏と聴かせていたので、ライブを楽しむ心がけで聴かないと、不満が湧いたりする。
それまで『トルトゥリェ』の演奏をレコードで聴いて、「気迫、精神力では随一」とか「豪
気な英雄の風格」などと、当方の無伴奏チェロはこの一点に集約されかけていたときで、感想も辛口になったようだ。
そのうえ、松ヤニの粉が飛び散る録音と絶賛された『シュタルケル』の全曲を、「圧倒的に自在の境地を聴かせる演奏」など評されるにつけ、レコードの棚に手を伸ばすとき、どれにするか一瞬の逡巡を持つようになったのがくやまれる。
あるときロン・カーターがブルン・ブン・ブンとベースを爪弾いて、この難曲をあっさりと料理したところを聴いた。
ジャズの重要なシーンに存在する高名の人がバッハとはこれいかに。彼はもともとチェリストであったと噂だが、
ジャズベーシストではミンガスやチェンバース、またホランドもいるが、「ロン・カーターを聴かせてくだされ」といわれたとき、ウーンと、いまいち定まらない有名人ではなかろうか。
ベルリンの壁が崩れたとき、瓦礫のそばでこの曲を弾いたロストロポーヴィチでさえ全曲録音にためらいをみせた難曲のこの盤を、陽射しの雪に照りかえる冬の毛越寺庭園を散策するような気分に聴かせるロン・カーターはえらい。








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CHET

2007年11月11日 | 巡礼者の記帳
秋も深まり、庭の松の葉が少し枯れていくころ、かわりにサザンカが咲いた。
ボルゲーゼの松は、惚けた姿でおもしろくとも、日本の庭にはやはり赤松や黒松が良い。
無外流の剣客、秋山小兵衛が、縁側で羊羹をつまみ茶を飲むとき、羊羹には、珈琲ではなく緑茶か番茶が書いてある。
羊羹も皿に切り分ける「厚み」にこだわった池袋の客が、平泉駅の桜羊羹を買うのにつきあったことを思い出す。
そのとき現れた関ガ丘の哲人はご健勝であった。
散歩の途中に、いま見てきたホヤホヤの世間のありさまを順を追って配線図のように話す。
弱電に強く、というと用語に矛盾あるが、国家試験のコレクターなのか、受験の進捗についてご報告がある。
その散策、探訪の話は、いぜんから関東一円におよび、羽田空港の景色の写真も「どうぞ」と預かった。
「江戸時代なら隠密と間違われ、危ないところでしょう」と、コレクションを笑ったが、怪しさの無いところが人徳の人もいる。
「ここの装置ほどではありませんが」と申されて、ご自身のスピーカーの新しくなったことを言い、比べるようにチェット・ベイカーのトランペットに耳を澄ましていた。
チェットのバッキングは、J・ジョーンズdとエバンスp、ハービー・マンのフルートが、意外な音色のメタモルフォーゼンだ。
蕃のブラジル・珈琲をゆっくりいただく。



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次の扉

2007年11月08日 | 巡礼者の記帳
あなたが、むかしジャズで御飯を食べていたことは伺いましたが、ほかにもなにか有りそうですね?
と、あれからだいぶ間が空いたので、もうひとつ扉を開いたところはどうなっているのか、遠慮しつつ、たずねた。
当方は、相手のお話を聴くのも、音楽と同じくらい楽しい。
絶対喋りませぬ、というひとに、いろいろな空砲を何発も撃っては徒労に終わることも有る。
ほかの人とは、楽しそうに話ししていた人が、石のように黙る、とういうのはいかんが。

「それが、有るのですが、ちょっと遠慮していました」
スチール撮影が大好きで、トロフィーのたぐいの置き場所に困るほどの赫々たる戦果をあげておられるといい、朝も暗いうちから伊豆沼や名所に遠征されたそうである。
ぜひそれを、観せていただきたいものです。
ウェス・モンゴメリーの「ソリチュード」を聴きながら、あれこれ風景を想像した。
ジョニー・グリフィンが、サクスを柔らかく鳴らしたところで観客の拍手が湧き起こると、ライブはいいなぁとパリのステージを思いつつ、そうとうな画像におめにかかれるはずの次回が楽しみになった。

☆箸のかわりに、ドラマーの使ったスティックとブラシを見せてもらった。



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MAIDEN VOYAGE

2007年11月04日 | レコードのお話

ハンコック楽団の『MaidenVoyage』はストラビンスキー『春の祭典』と、旋律の似合うのがおもしろい。
オーケストラとハンコック楽団がいちど共演して二曲のハモるところをぜひ、聴いてみたかった。
明かりを落とした部屋のタンノイで聴いて、オーケストラの低音弦が地響きをたてて春の芽吹きを表現するところで、A・ウイリアムスのシンバルが青い火花を噴いてクッキリと弦の総奏の間を飛び跳ねる絶妙のスティックさばきを想像する。
「何にもしないでタンノイからこのシンバルが出るのですか」
ステージの壁に浮いて響いてくるイスタンブール・シンバルの音を誰かが言ったとき、そういえば、マランツ7はタンノイを高い音までコントロールしていることに気付いた。
巷間に言われる、JBLとマーク・レビンソンのシンバルではないけれど、鋭い金属盤のシュワーンと震える響きが、MaidenVoyageの盤に絶えず韋駄天のように駈けて、停まることがない。ロン・カーターのベース・ワークも霞んでしまうほどだ。
ハバートのトランペットとコールマンのサクスと、ハンコックのピアノの五重奏を聴けば、ジャケット・アートを気に入って買ったLPが、内容も素晴らしかったと、多くの人が言うのはもっともと思う。


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