憶えのある剣客達は、3ウェイ・オールホーンと聞いて、心にさざ波のたつ気分で、タンノイも、JBLも一瞬忘れる。
もう試みた人も、いまだかって無い人も、あの剛毅の冒険的システムに、ブルー・ノートのセッションをあてはめて、指の動きの見えるようなベースの唸り、風圧のドラムスのあいだから降ってくるシンバルの青い光、反射し楓の音響板を叩くピアノ線の音符。完成された想像の立体音響を思って仕事の手が止まる、それは美化された難しいオールホーンの音である。
五味康佑さんが、自宅に拵えたコンクリート・ホーンから鳴った音を聞いて即座に失敗を認め、金槌を握って打ち壊す比喩が落差の無念を物語っていたおそろしいオール・ホーン。
だが、理想のオール・ホーンの音は必ずある。
ウイーンフィルやベルリンフィルの音を、タンノイよりもさらにこれまで以上に聴こうというなら、まぼろしのウーハー・ホーンの登場を待つのか。
このように待つのが楽しい或る日のこと、ふとした用事で訪れた某所の装置を聴いた。
「ジャズのことは、さっぱり...」などと申されながら、眼の前の大画面にうら若い女性の海辺のプロモーションビデオが次々と流されるかとおもえばまた、その屋のあるじの行動を追うと青いキュウリのお新香と御茶の手配にも忙しい。
「おいしいお新香ですね」と言ったら、ハイと、ラップをかけた持ち帰りパックを奥から作ってきて、いったいどうなっているのだ?
すると、こんどは壁面の大きなスクリーンに、ビートなにがしとその屋の主人が席をならべて映しだされて、『テレビタックル』という番組に遠征出演されたときのものといわれるが、普段と様相を換えていささか斜に構えてニコリともせず受け流している主人の演技力に、ビート某氏は持て余し気味に頭を抱えてついにテーブルに額を落としているところが価値であると思った。
それが普段、誰でも承知しているあいそのよろしいご主人の笑顔であるが、刀を納めている仮の姿であるともみえ、対比の妙にますます感心した。
そのとき、一瞬、風が通るようにさりげなく、あの3ウエイ、オール・ホーンの粋とうたわれているクリプシュ社のマホガニー・キャビネット装置が鳴った。
流れたのは、聴き覚えのあるエヴァンス・トリオによる日曜のビレッジヴァンガード・セッションである。
まさかこの時刻に、本当に装置を鳴らすとは予期していなかったので、わずか5分ほど鳴らされた静かな『ワルッ・フォー・デビー』の音符の、そこにぱらぱらと散った様子に、マッキントッシュ・アンプのブルーのイルミネーションを見ながら、やっぱり完成されたオール・ホーンは良いね、と思った。
このような箱に仕組まれたオール・ホーンシステムは設計者の粋である。
折り曲げホーン部に低音用15インチ口径ウーファーを用いているところがタンノイと似ているが、フロント開口部をつくらず、壁面をホーンの延長にするしくみのポール・W・クリプシュが考案した独自のフォールデッドホーン設計だ。
この装置でオーケストラなどを聴けば、映像のビート某氏のようにこちらも頭を下げたくなるようでさえあるが、このようなシステムを備えて、ガラス窓の向こうの渓谷の春夏秋冬を眺めている日常こそ、粋の極みなのかもしれない。
もう試みた人も、いまだかって無い人も、あの剛毅の冒険的システムに、ブルー・ノートのセッションをあてはめて、指の動きの見えるようなベースの唸り、風圧のドラムスのあいだから降ってくるシンバルの青い光、反射し楓の音響板を叩くピアノ線の音符。完成された想像の立体音響を思って仕事の手が止まる、それは美化された難しいオールホーンの音である。
五味康佑さんが、自宅に拵えたコンクリート・ホーンから鳴った音を聞いて即座に失敗を認め、金槌を握って打ち壊す比喩が落差の無念を物語っていたおそろしいオール・ホーン。
だが、理想のオール・ホーンの音は必ずある。
ウイーンフィルやベルリンフィルの音を、タンノイよりもさらにこれまで以上に聴こうというなら、まぼろしのウーハー・ホーンの登場を待つのか。
このように待つのが楽しい或る日のこと、ふとした用事で訪れた某所の装置を聴いた。
「ジャズのことは、さっぱり...」などと申されながら、眼の前の大画面にうら若い女性の海辺のプロモーションビデオが次々と流されるかとおもえばまた、その屋のあるじの行動を追うと青いキュウリのお新香と御茶の手配にも忙しい。
「おいしいお新香ですね」と言ったら、ハイと、ラップをかけた持ち帰りパックを奥から作ってきて、いったいどうなっているのだ?
すると、こんどは壁面の大きなスクリーンに、ビートなにがしとその屋の主人が席をならべて映しだされて、『テレビタックル』という番組に遠征出演されたときのものといわれるが、普段と様相を換えていささか斜に構えてニコリともせず受け流している主人の演技力に、ビート某氏は持て余し気味に頭を抱えてついにテーブルに額を落としているところが価値であると思った。
それが普段、誰でも承知しているあいそのよろしいご主人の笑顔であるが、刀を納めている仮の姿であるともみえ、対比の妙にますます感心した。
そのとき、一瞬、風が通るようにさりげなく、あの3ウエイ、オール・ホーンの粋とうたわれているクリプシュ社のマホガニー・キャビネット装置が鳴った。
流れたのは、聴き覚えのあるエヴァンス・トリオによる日曜のビレッジヴァンガード・セッションである。
まさかこの時刻に、本当に装置を鳴らすとは予期していなかったので、わずか5分ほど鳴らされた静かな『ワルッ・フォー・デビー』の音符の、そこにぱらぱらと散った様子に、マッキントッシュ・アンプのブルーのイルミネーションを見ながら、やっぱり完成されたオール・ホーンは良いね、と思った。
このような箱に仕組まれたオール・ホーンシステムは設計者の粋である。
折り曲げホーン部に低音用15インチ口径ウーファーを用いているところがタンノイと似ているが、フロント開口部をつくらず、壁面をホーンの延長にするしくみのポール・W・クリプシュが考案した独自のフォールデッドホーン設計だ。
この装置でオーケストラなどを聴けば、映像のビート某氏のようにこちらも頭を下げたくなるようでさえあるが、このようなシステムを備えて、ガラス窓の向こうの渓谷の春夏秋冬を眺めている日常こそ、粋の極みなのかもしれない。