I氏に伴われて、その紳士はお見えになった。
「クラシック派だけどね」と、I氏はそっといわれたので、アンプを切り替える気になったのがおかしい。
オーケストラが鳴り響いている最中のこと、急に席を立たれたその人は急ぎ足でテーブルを廻ってアンプに近づくと興味深そうに覗き込んでおられたが、『WE300B』を使ったアンプと確かめてニッコリされた。マニアは音の何ゆえかを賞味するのか。
「大変勉強になりました」と、ほかに何かおっしゃりたい表情をちょっと浮かべて帰って行かれた紳士が、E先生と知らされたのは一ヶ月も経ってからのことである。
そのとき突然、駅前にあるその家に訪ねたことがあるのを思い出した。
詰襟を着た高校一年の頃、先輩の和久さんが「きょうは『E』の家に行きましょう」というのでついて行った、あれは日曜の暑い昼下がり。
玄関で品のよい和服のご婦人に三つ指をつかれ「どうぞ御上がりください」と招き上げられて、そういう習慣を知らないこちらはめんくらったが、廊下を廻って奥の和室に通されるとすでに五、六人の先客があって、揃っている顔は皆上級生だが学生服のままタバコの煙をモウモウ、トランペットの音がビャーッと電蓄から垂れ流れていた。
恐ろしいところに踏み込んだものだが、当時はまだレコードもステレオ以前の時代であったから、ソノシートで楽しんでいたこちらの常識では、その四角形の堂々とデカいモノーラル電蓄がとりあえず衝撃的にめずらしかった。
眼を皿にして、開いた天蓋のターンテーブルを覗き込んでいると、和久さんのいう『E』という上級生が寄ってきて、メガネの奥からやさしい眼でスペアのごついカートリッジを裏返し、針の構造を説明したりアームに差し替えてみせてくれたのである。
それがE先生ご家族の誰か、昔の記憶を申し上げれば、一本の線が繋がった気分がそうとう良かったはずであるのに...。
「クラシック派だけどね」と、I氏はそっといわれたので、アンプを切り替える気になったのがおかしい。
オーケストラが鳴り響いている最中のこと、急に席を立たれたその人は急ぎ足でテーブルを廻ってアンプに近づくと興味深そうに覗き込んでおられたが、『WE300B』を使ったアンプと確かめてニッコリされた。マニアは音の何ゆえかを賞味するのか。
「大変勉強になりました」と、ほかに何かおっしゃりたい表情をちょっと浮かべて帰って行かれた紳士が、E先生と知らされたのは一ヶ月も経ってからのことである。
そのとき突然、駅前にあるその家に訪ねたことがあるのを思い出した。
詰襟を着た高校一年の頃、先輩の和久さんが「きょうは『E』の家に行きましょう」というのでついて行った、あれは日曜の暑い昼下がり。
玄関で品のよい和服のご婦人に三つ指をつかれ「どうぞ御上がりください」と招き上げられて、そういう習慣を知らないこちらはめんくらったが、廊下を廻って奥の和室に通されるとすでに五、六人の先客があって、揃っている顔は皆上級生だが学生服のままタバコの煙をモウモウ、トランペットの音がビャーッと電蓄から垂れ流れていた。
恐ろしいところに踏み込んだものだが、当時はまだレコードもステレオ以前の時代であったから、ソノシートで楽しんでいたこちらの常識では、その四角形の堂々とデカいモノーラル電蓄がとりあえず衝撃的にめずらしかった。
眼を皿にして、開いた天蓋のターンテーブルを覗き込んでいると、和久さんのいう『E』という上級生が寄ってきて、メガネの奥からやさしい眼でスペアのごついカートリッジを裏返し、針の構造を説明したりアームに差し替えてみせてくれたのである。
それがE先生ご家族の誰か、昔の記憶を申し上げれば、一本の線が繋がった気分がそうとう良かったはずであるのに...。