戦後生まれに、8月15日の記憶はない。
ところが、或る日の8月15日、たまたまアキバ索敵飛行のあと、石丸電気から購入した戦利品LPを小脇に、歩きくたびれて山手線の青いシートに腰を下ろしていた。
夜更けのその車両には、お盆のせいかほとんど人が居なかったから車窓の夜景も見ほうだいで、これまでの収穫を思い浮かべていると、次に停車したドアから、酔って足どりのあやしい男が乗り込んで来た。
スーツのまえを開け、ネクタイをゆるめた眉の太い男は、当方と真向かいに座り、二人だけの車両に気分が緩んだのか、「戦友たちに申しわけない!!」などと、青二才の当方に酔った赤い目をくれながら演説やりだした。
お国に命を捧げた戦友とひきかえ、いまの世の中は云々、と加熱した悲憤慨嘆が続くので、あちゃーという気分で、真向かいに座ったまま、黄色の袋に入れた石丸のレコードも、このさいあやしく思えてかしこまった。
だんだん声が大きくなったとき、突然「ヤメロー!ばかもの!」と、隣の車両から、たまりかねて辛く甲高い青年将校のような怒声がビューと飛んできて、あとは品川駅まで線路のゴトン、ゴトンという音だけである。
一声の記憶が耳に残って、当方の8月15日になった。
蓄音機に布団をかぶせて聴いたと噂の戦中の規範でいえば、ちょうどそのときの山手線の車両の空気では、当方は非国民であり、ベートーヴェンはかろうじて許されるが、モーツァルトや、グレン・ミラーは(素)敵である。
没収されずに済んだ『SUPER BASS』をたまにタンノイで聴くと、Ray Brown, John Clayton, Christian McBrideの三丁のベースが豪華にブリンブリン鳴るが、これはライブのほうが見ごたえがあって有難い気分になるのでは。
石丸電気には、選りすぐりのLPがキープされてあるうえ、高額な割引券がついて捨てがたかった。
ところが、或る日の8月15日、たまたまアキバ索敵飛行のあと、石丸電気から購入した戦利品LPを小脇に、歩きくたびれて山手線の青いシートに腰を下ろしていた。
夜更けのその車両には、お盆のせいかほとんど人が居なかったから車窓の夜景も見ほうだいで、これまでの収穫を思い浮かべていると、次に停車したドアから、酔って足どりのあやしい男が乗り込んで来た。
スーツのまえを開け、ネクタイをゆるめた眉の太い男は、当方と真向かいに座り、二人だけの車両に気分が緩んだのか、「戦友たちに申しわけない!!」などと、青二才の当方に酔った赤い目をくれながら演説やりだした。
お国に命を捧げた戦友とひきかえ、いまの世の中は云々、と加熱した悲憤慨嘆が続くので、あちゃーという気分で、真向かいに座ったまま、黄色の袋に入れた石丸のレコードも、このさいあやしく思えてかしこまった。
だんだん声が大きくなったとき、突然「ヤメロー!ばかもの!」と、隣の車両から、たまりかねて辛く甲高い青年将校のような怒声がビューと飛んできて、あとは品川駅まで線路のゴトン、ゴトンという音だけである。
一声の記憶が耳に残って、当方の8月15日になった。
蓄音機に布団をかぶせて聴いたと噂の戦中の規範でいえば、ちょうどそのときの山手線の車両の空気では、当方は非国民であり、ベートーヴェンはかろうじて許されるが、モーツァルトや、グレン・ミラーは(素)敵である。
没収されずに済んだ『SUPER BASS』をたまにタンノイで聴くと、Ray Brown, John Clayton, Christian McBrideの三丁のベースが豪華にブリンブリン鳴るが、これはライブのほうが見ごたえがあって有難い気分になるのでは。
石丸電気には、選りすぐりのLPがキープされてあるうえ、高額な割引券がついて捨てがたかった。